第3話 暴君ルビーアイ 中編 その2
「アタシはね、自分のことを人間だって思ってた。物心ついた頃からずっと。でも、自分が周りの子たちと違うんだって、あるとき気付いちゃったの。それが五年前。パパとママを問い詰めてわかったことは、アタシが二人の本当の子供じゃないこと。そして、自分が人間じゃなく、ゴーレムというもんすたぁだったということ。アタシ、すっごいショックで、自分の部屋に閉じこもって出てこれなくなっちゃって」
聡樹は思い出した。確かに五年前、真理は三日連続で学校を休んだことがあった。聡樹は真理が心配になって、学校の帰り道にフーズ大森でコロッケを買って――
「そのときにね、アンタがお見舞いに来てくれたのよ。覚えてる?」
「うん、思い出した。あの時の俺は、真理に会わせて欲しいって真理のおばさんに頼んで、でも何度も断られて」
「うん。特にアンタとだけは絶対に会いたくないって思ってたから。でも、アンタは諦めなかった」
「なんでかな。でも、あのときは諦めたら、もう二度と真理に会えなくなるような気がしたんだよ」
「アンタってさ、普段は呆れるほど鈍感なくせに、いざってときは鋭いわね。ホントにそうよ。アタシ、死んじゃうつもりでいたから」
真理がさらっとすごいことを言って、聡樹はギョッと目を丸くした。
「死ぬつもりだったってお前」
「昔の話よ。それほどショックだったんだから。これで、アタシの夢はもう、絶対に叶わないんだなあって思って」
「お前の夢って?」
「そ、それは内緒」
真理は少し焦ったように言った。
「それでさ、アンタがあんまりしつこいもんだから、アタシもイライラしてきちゃって。一発ぶん殴ってやるつもりで部屋から顔出した途端に、目の前にコロッケの入った紙袋突き出されて『一緒に食べよう』だもん。わけわからな過ぎて、すっかり毒気を抜かれちゃった」
「いや、美味しいものを食べれば元気が出るんじゃないかって思ったんだよ。あのときの俺はさ」
あのときの言葉足らずだった自分の言葉を思い出して、聡樹は少し恥ずかしくなった。
「うん、美味しかったよ。アンタに手を引かれて、この公園まで来て、今みたいにこうして二人でベンチに座って、食べたコロッケ。本当に美味しかった。美味しくって、美味しすぎて……思わず涙がこぼれちゃった」
それが、真理の涙の理由。
聡樹の心の中で、記憶のピースが組み合わさって一つの絵ができあがっていく。
「そうだったのか」
「うん。美味しかったし、嬉しかった。アタシはそのとき思ったの。今まで見ていた夢は叶わなくなっちゃったけど、新しい夢ができれば、アタシは生きていくことができるんだって」
「その、新しい夢って」
真理はベンチから立ち上がり聡樹の前に立った。真っ赤な夕日が彼女の顔を赤く照らす。
そして真理は言った。
「アンタの、パートナーになることよ」
「真理……」
「アンタは人間で、アタシはもんすたぁ。人間ともんすたぁが一緒にいるためには、それ以外思いつかなかった。アタシが、アンタと一緒にいるためにはそれしかないって」
『聡樹の初めてのもんすたぁに、アタシはなりたいのよ』
聡樹の心中に、昨日の真理の言葉が蘇る。
『……アンタにとってはそう見えるかも知れないけど、アタシにとっては夢を叶えるための大事な戦いなんだからね』
それらの言葉の『意味』が、聡樹はようやく理解できた。
しかし真理はため息をこぼして言葉を続ける。
「それがまさか、他の女に先越されそうになってたなんてね。まあ、嫌われたらどうしようとか、くだらないことをウジウジ悩んで、なかなか言い出せなかったアタシも悪いんだけどさ」
「き、嫌いになんてなるわけないだろ。そんなことくらいで」
確かに驚きはしたが、それでも真理は真理だと、聡樹はそう思っていた。
「そう、嫌われるわけない。わかってたはずなのに、アンタを信じることができ
なかった。これはきっと、その報いね」
真理は自嘲気味に笑った。
「だからアタシは、アンタがどっちを選んでも恨まないことにしたの。アタシにはアンタと契約するっていう夢があるけど、あのスライム女にも、アンタと契約することで叶えられる夢がある」
「真理、俺は」
「そんな申し訳なさそうな顔しないでよ。いい、聡樹? アンタはアタシかスライム女、どちらかの夢を叶えることができて、どちらかの夢を叶えることができない。だから、慎重に決めて欲しいの。悩んで、考えて、精一杯苦しんで決めて欲しい。それなら例え、どんな結果になっても、アタシは大丈夫だから」
真理の言葉には強い覚悟の色が表れていた。
だから聡樹も自分なりの覚悟を込めて答える。
「わかった。正直、まだどっちを選ぶかは決めてない。でも、約束の日にまでは必ず答えを出す。悩んで、考えて、精一杯苦しんで、さ」
「聡樹……。ごめん、アンタにも夢があったのにね。アタシったら、自分のことばっかりで」
真理にしては非常に珍しく、しおらしいことを言う。
元気のない真理は見たくないから、聡樹は笑って言った。
「そんなこと気にするなんて真理らしくないじゃん。いいんだよ、俺の夢は叶いっこないってわかったんだから。まあちょっとは、心残りではあるけど」
聡樹は指で頬を掻いた。
聡樹の笑顔につられてか、真理の表情も少し明るくなる。
「ふふ、ありがと、聡樹。さぁて、すっかり遅くなっちゃったね。ママが心配するといけないから、アタシもう行くね」
「ああ、俺も帰らなきゃ」
「じゃあね聡樹。また明日、学校でね」
最後にそう言って、真理は笑った。
まったくもって不意打ち気味に、とびきりの笑顔を見せられて、聡樹は言葉に詰まってしまう。
「え、あ」
上手く返事をすることができないまま、走り去っていく真理の後ろ姿を眺めることになった。
そのとき、聡樹はもう一つ思い出した。
それは、失われていた記憶の絵の、最後の一ピース。
あのとき、泣きながらコロッケを食べ終わった真理は、最後に、聡樹との別れ際に。
今しがた見せたような、とても爽やかな笑顔を見せてくれたことを思い出したのだ。
「……ったく、あの笑顔は反則だろ、真理のヤツ」
真っ赤になった顔をごまかすには夕日だけでは足りず、聡樹は誰にともなく毒づいた。
そして少しの間、熱を冷ますように風に当たった後、聡樹はベンチから立ち上がる。
夕日は西の彼方に大きく沈み、最後に真っ赤に燃える余韻をめいっぱい残しながら、その日の役目を終えようとしていた。
「さて、帰るか」
どこか晴れ晴れとした気持ちで、聡樹は歩き出そうとした。
そのとき、突如吹きつけた突風に、聡樹は反射的に顔をかばう。
突風はすぐにやんだ。聡樹は、ゆっくりと視界を覆っていた腕をどける。
「あ」
そして目の前にいたそれを見て、思わず声を漏らした。
小さいながらもどっしりとして貫禄のある身体。
頭部に戴く二本の小さな角。
背中から生えるカッコイイ翼。
そして、彼方に沈み行く夕日のように、赤く輝く眼光。
だいぶ小柄ではあるが、それは紛れもなく、聡樹が長年憧れ、追い求めてきた存在。
「ドラ、ゴン」




