第3話 暴君ルビーアイ 中編
すぐに真理が後を追ってきて、聡樹の横に並びざまに口を開く。
「で、どうよ、あのスライム女との同棲生活は。うまくいってる?」
「人聞きの悪い言い方するなよ。ちょっと宿を貸してるだけだろ」
「それを世間様一般では同棲って言うんだけど。まあいいや。そんで、昨日は結構大変だったんじゃない? アンタの妹とか」
聡樹の脳裏に昨日の『セカンドコンタクト事件』がフラッシュバックする。
聡樹の瞳からは光が消え、虚ろな視線は虚空をさまよう。
身体はガクガクと震えだし、半開きの口からはうわごとのように言葉が漏れ出す。
「う、うわぁ、ダメだ魅麗、そんなトコ爪でコリコリしないれぇ……。ああっ、お願い、そんなトコに歯を立てないれぇぇ」
「おーい聡樹ッ、しっかり、気をしっかりもってッ」
真理が頬を叩きながら必死に呼びかけると、聡樹の身体がビクッと大きく震えた。虚ろだった瞳に生気が戻ってくる。
「あ、ああごめん真理。取り乱した」
「まあ、大方想像通りだったのはわかったわ。アンタも大変ね」
同情されてしまった。
「でもちゃんと仲直りはしたんだぞ。最後には魅麗もちゃんとわかってくれた。まあ、いろいろと条件はつけられたけど」
その一、ライムはもんすたぁとしての分をわきまえること。
その二、お兄ぃは人間としての分をわきまえること。
その三、まかり間違っても、間違いだけは起こさないこと。
以上三つのいずれかを破った場合、お兄ぃを××××(うまく聞き取れなかったが、ものすごく恐ろしいことを言っていた気がする)の刑に処す。by・魅麗
「ふ~ん、あっそ。それはよかったわねぇ。あの小娘、アタシのときは徹底抗戦だったくせにさ」
真理は唇を尖らせて、へそを直角に曲げた。
「それはお前が謝らないからだろ」
「なんで悪いことしてないのに謝んないといけないのよっ」
「いやまあ、確かにそうだけどさ。お前の方が年上だろ。ケンカは年長者が折れるべきだと俺は思うけどな」
「ハア~? アンタマジで言ってんの? それはヘタレの思考よ」
「ぐう」
そこまでハッキリと言われてしまってはぐうの音も出ない。
「あの小娘、初めてアタシの顔見たとき、なんて言いやがったか覚えてる?」
「い、いや」
覚えていないというか、思い出したくない。
「ドロボウ猫よ、ドロボウ猫ッ。アタシは猫じゃなくてゴーレムだっつうの」
お前もそこにこだわるのかよ、と聡樹は心の中でツッコミを入れた。
「ふんっ。とにかくアタシはあんな小娘には絶対に屈しないからね。わかったッ?」
「わかったわかった。ま、それでこそ真理だけどさ」
「なんか引っかかる言い方ね」
「べ、別に他意はないって。俺の中の真理は自分の信念をしっかりもって、挫折したことなんか一度もない強い女、ってイメージだからさ」
ジロリと睨まれて、慌ててヨイショと真理を持ち上げる。多少美化してはいるが、ウソを吐いているわけじゃない。
へらへらと笑う聡樹を睨む真理の目が、少しだけ見開かれた。
「……アンタ、それ本気で言ってんの?」
「えッ? 俺なんかマズイこと言ったッ?」
聡樹の顔面筋が恐怖で引きつる。この後の対応次第ではゲンコツ流星群が降ることも覚悟しなくてはなるまい。
だが意に反して真理は聡樹から目を逸らしてしまう。
「別に。そんなことない」
語調も実に素っ気ない。ただ、怒っているわけではなさそうだった。
それからしばらく、真理は口を開かなかった。機嫌を悪くした風でもなく、なにかを考えているようにも見えた。
このナントモ言えない奇妙な沈黙に聡樹は据わりの悪さを感じながら、かといって状況を改善する妙策も思い浮かばずに悶々としながら歩く。
再び真理が口を開いたのは、もうすぐ二人の帰路が分かれるというところだった。
「ねぇ聡樹、ちょっと寄っていかない?」
指す先には小さな公園がある。
ふと、聡樹の脳裏を昔日の思い出が過ぎる。この公園は小さい頃、聡樹と真理がよく一緒に遊んだ場所だ。
「ああ、いいよ」
家ではライムが醤油を待っている。でも懐かしさも手伝って、聡樹は少しだけ寄り道をすることにした。
だいぶ日も暮れてきて、そろそろ外灯が点灯しようかという時刻。
二人は公園の中央に一つだけしかない色褪せたベンチに腰掛けた。
「コロッケ、温かいうちに食べちゃおうよ」
真理は買い物バッグから紙袋に包まれたコロッケを取り出し、一口かじる。
「うん、相変わらず美味しいわね」
満足そうに頬を緩ませた。
聡樹も真理にならってコロッケをかじる。
サクサクの衣の食感と、ホクホクのジャガイモのうまみが口の中いっぱいに広がった。
「うん、うまい。変わらないなぁ、おばちゃんのコロッケ」
公園で、真理と二人で、一緒にコロッケを食べる。
ふと、聡樹はこの状況に既視感を覚えた。
(確か前にも、同じように真理とコロッケ食べたような……。いつだったかな)
「ねぇ聡樹、覚えてる?」
真理がぽつりと言った。
その問いかけはたぶん、自分が感じている、この既視感につながるのだろう。なんとなく聡樹はそう思った。
「なにが?」
「前にもこうして、二人でコロッケ食べたこと」
やはり以前にもこうして、二人で公園のベンチに座ってコロッケを食べたことがあるのだ。その事実は思い出せた。でも細かいところが思い出せない。
聡樹は過去の記憶をほじくり返す。結構古い記憶だ。確か、何年か前のこと。
「何年前だっけ」
「五年前」
二人が小学校四年生の頃だ。
(あれ? 五年前って)
なにかが聡樹の心に引っかかる。
なんだっただろう。
なにか理由があって、自分は、泣きじゃくる真理と一緒にコロッケを。
(泣いていた? 真理が、どうして?)
理由は思い出せない。いや、わからない。真理が泣いていた理由を、聡樹は知らない。
聡樹は今更、その理由を知りたくなった。
「あのとき、お前、泣いてたよな」
「なんだ、覚えてるじゃない」
「どうしてだっけ。なんでお前、泣いてたんだっけ」
「アンタは知らないはずよ。アタシ、理由言ってないもん」
真理の答えは素っ気ない。
しかし「でも、」と真理は言葉を続けた。
「今なら教えてあげてもいいかな。聞きたい?」
「聞きたい」
聡樹は素直に答える。好奇心もあったが、なにより真理が、それを話すために聡樹をここに連れてきたような気がしたからだ。
果たして真理は機嫌を良くしたか、少しだけ声を弾ませる。
「いいよ。ようやく話せるようになったんだから。あのときのアタシの涙の理由、教えてあげる」
真理は顔を上げ、どこか遠くを見つめる。
遠くの、五年前の記憶を見つめながら、真理は語り始めた。




