帰宅
ウィルはヨラン達と揉めた場所から去り、足早に真っ直ぐ家路へと急いでいた。
「くそ・・・・・やらかした」
本来ならば村長が事態の収拾までの間、またはウィル達の傷の治療をするなどの理由からその場に留まっておくべきだっただろう。
しかしあの後、ウィルはその場に残る訳にはいかなくなった。そうせざるを得ない理由が出来てしまった。
「考えなしにも程があるだろ・・・・・馬鹿か俺は」
そう・・・・・ウィルがあの場から立ち去り、今も足早に家路へと急いでいる訳、それは『逃亡』に他ならなかったのである。
あの時、ウィルは感情に任せて以前から溜まっていた鬱憤を吐き出せたおかげで精神的にスッキリとしたのだが、それに伴って冷静さが戻ってくると自分が色々とやらかしてしまっていることに気付いたのだ。
先のヨランに対する暴力、そして明らかに普段とは違う口調の変化。誰がどう見ても先程の自分は普段のウィルとは別人にしか見えなかっただろう。
そして下手にそのことを追及されでもしたら色々と困った事態になることは明白だった。
頭が冷えたウィルは瞬時にそのことを悟って面倒なことになる前にその場の勢いを利用して逃亡を図ったのだった。
ウィルは足早に家路に向かいながら思考を巡らす。
今回の一件を見聞きしていた村人はそれなりの数がいた。そしてその者達が大なり小なり他の村人達にそこで見たことを色々と触れ回るであろうことは予想するに難しくない。狭い村だからこそそういった情報が伝わるのは速い。
あの3バカ達がしたことが村中に知れ渡れば流石のアイツ等も大人しくなるだろうと思うが、今はそんなことはどうでもいい。
それよりもウィルが取った異常で過激な行動が知られることになることの方が問題だ。特に性格が豹変したことについては明らかに不信に思われることになるだろう。
歩きながら今後起こるであろう事態を考察したウィルは対処する手段として1つの至極単純にして簡単な答えを出し、それを実行することを決意する。
その答えとは―――――即ち『引き籠り』である。
周囲からその印象が薄れるまでの間、極力人前には出ないようにする。ウィルは下手に説明や言い訳をするよりも時間が解決する方法を取るのが最も有効だと判断したのだ。
別に真面目に対処するのが面倒で嫌だった訳ではない。それが最も有効だと思ったからのことだ。
『人の噂も七十五日』という格言も前世にあったのだし、決して説明放棄という名の逃げではないのであると誰にも何も言われていないのにウィルは内心で自己弁護をしてたりもしていたが・・・・・
そんな埒もないことを考えながら足早に歩いていたウィルだったが、家まであと少しというところで‘ある人物’に行く手を阻まれてしまった。
出来ればこのまま誰にも接触せずに家に駆け込みたかったウィルであったが、何事も思い通りにはいかないものである。
そしてウィルの前に立ちはだかった、もとい捕まることになった相手は―――――村長に呼び出されてそこへ向かう道中であったジューン女史である。
・
・
・
「・・・よし、こんなものだろう」
ジューンは村長の使いでやって来た村人から怪我人が出たと聞いて、何があったかをその使いから大まかに聞き出して急いでその場に向かっているところであった。
だが、その道中で頭から血を流して歩いてくる子供―――ウィルの姿を見つける。
血を流しながらも平然と歩いているその姿にジューンは驚いたが、医者としてそんな状態の子供を見過ごせるわけもなく、そのまま去ろうとしていたウィルを有無を言わずに引き留め、血を流していた患部―――こめかみの辺りにあった傷に軽く治癒魔法を使ってから患部に薬を塗るという処置をした。
―――余談ではあるが、治癒魔法は多用すると今後その人物は段々と治癒魔法の効力が低下してしまう。
その為、出来るだけ治癒魔法の多用は控えるようにし、薬と併用して治療を執り行っていくというのがこの世界での基本的な医療の在り方になっている。
「全く・・・あまり詳しくは聞いていないが、どうやら随分と派手にやり合ったらしいね」
と、ジューンがウィルの傷を眺めながらそう問いかける。
「う、うん・・・・・まぁ、ちょっとね」
ウィルはそれに言葉を濁しながら曖昧にそう答える。
ジューンはあの3バカの治療の為に呼ばれたのだろうから、この後に現場へと着けば直ぐにでも詳しく知ることになるのだろうが、だからといって自分からその事情を話す気にはなれなかった。
「ふふ、アンタは他の子に比べて大人しい子だと思っていたけど意外とやる時はやるもんだね、見直したよ。
・・・・・だが、それに比べてあのクソガキ達は全くもってダメだね―――――本当に一体どうしてくれようかねぇ」
ジューンは初めは機嫌良くウィルを褒めていたが、後半は声を落として呟くようにして囁く。
その声に半端ない威圧感が漂ってきてウィルは本気で背筋が寒くなった気がした。
「は、ははは・・・・・」
ウィルは乾いた笑い声を出してしまう。
今の所ジューンはウィルに肯定的であるが、果たしてあの3人の惨状を見てもそうしていてくれるだろうか?
やらかした自分で言うのもなんだが、間違いなくやり過ぎたという自覚がある。確実にジューンが想定しているよりも酷い状態であるだろうことは間違いないだろう。
すべてを知ったジューンにこの次出会った時、お叱りを受けるのだけは勘弁してほしいなぁとウィルは内心で誰かに願わずにはいられない心境だった。
ウィルがそんな埒もないことを考えていた間にジューンは傷の処置を手早く終えていた。
その後、彼女は当初の予定通りに目的地である村長に呼ばれている場所へと向かおうとしたのだが、立ち去る間際にウィルを驚かせる発言をする。
「ああ、そうだ・・・・・アンタ、今度から私の家でやっている魔法講義に出るようにしな。どうやったかは知らないが、いつの間にかある程度は出来るようになっているみたいだしね」
不意打ちのように発せられたその言葉にウィルは驚きを隠せなかった。その発言はウィルが既に魔力の認識が出来ているのだと断言していたからだ。
だがウィルはジューンはおろか誰にもそのことを話していないのにも関わらず、何故ジューンに気付かれたのかが分からなかった。
気になったウィルは率直にそのことをジューンに問いかけてみたところ・・・・・
「ああ、ある程度の魔力精製とその掌握が出来ている使い手となると普段から誰もが無意識に身体から放出している魔力、それに違いが現れるんだよ。
そうだね、何と言うか・・・魔力が精錬されているって感じがするのさ」
といった答えが返ってきた。
なので早速ウィルは目の前にいるジューンから感じられる魔力を注意深く探ってみると、言われた通り確かに他の人から感じる魔力のソレとは少し違う感じがしている気がした。
ウィルはそのことをジューンに言うと彼女は苦笑しながら「それなりの魔力感知力が無ければ気付かないことだけどねぇ・・・つい此間まで魔力の認識も出来ていなかった子が高々2、3ヶ月でそこまで出来るようになっただなんて言っても世の魔導師は誰も信じないだろうねぇ」などと呆れたように言う。
ウィルはジューンのその発言に「ふーん、そうなんだ」という程度にしか思わなかったが、それでもこの時初めてウィルは自分が他の魔導師よりも成長が速いらしいのだと自覚することになる。
そのジューンの言葉が本当なら自分はかなりの魔法の才があるのかもしれないとウィルは密かに喜んでいたのだが、それがどれだけ常識外れで天才などと言う言葉では言い表すことの出来ないレベルなのだと知る事になる日はまだまだ先の事になるのだが。
何はともあれジューンとはそのまま無事に別れることが出来た。
あの3バカの惨状を知ったジューンの後日の反応が怖かったが、なるようにしかならないと胸の内に沸いた恐怖を押し込めて無理矢理自分を納得させた。
それからウィルは再び家に向かって歩き出すも、その後は誰とも遭遇することもなく無事に帰宅出来たのであった。
・
・
・
ウィルが家に帰り着いたときにはまだ誰も帰宅していなかったのだが、大して時を待たずしてテリアが家に飛び込むようにして帰ってきた。どうやら誰かに何があったか聞いたらしい。
テリアはウィルを見るなり「怪我は大丈夫?」と心配してくれたり「ほんとアイツ等、どうしてくれようか」などと言って憤ってくれていた。
因みにウィルが3バカを徹底的に叩きのめしたことについては「よくやったわ! アイツ等いい気味よ!」と言って褒めてくれた。
ウィルがやり過ぎてしまったことについては特に何も思わなかったらしい。やはりあの3バカについてはテリアもよく思っていないようだった。
因みにウィルの性格が豹変していたことについては知らないようだったので、そのことについては黙っておくことにした。態々自分から不信の種を蒔くことはないだろう。
ウィルの両親達もそれから暫くして帰ってきた。
だがテリアのように大げさな反応は無く、手当してある頭を見て怪我の具合はどうかと聞いてきただけであった。
自分の子供に対するには割と冷たい反応だなと思ったが、パッと見では大した怪我でもない様だったのでそんな反応だったかもしれない。
何しろウィルは少し前に生死を彷徨うような大怪我をしたのだから、その時と比べれば大騒ぎすることでもなかったのだろうと納得することにした。
―――――そう納得してしまった。
その時の両親の心情が本当は一体どんなモノだったかなど、まったく気付くことなく―――――
その日の夕食が終わった後、ウィルはいつもの様に就寝までテリアと会話をした。
その時にジューンから魔法講義に参加するようにと言われたと話しておいた。ついでにウィルがもう魔力の認識が出来ているということも。
それを聞いたテリアは驚き「何で言わなかったのよ!」と怒りつつもウィルと一緒に魔法の勉強が出来ることを喜んでいた。
そんなテリアの様子にウィルの心は温かくなる。
これまで殆ど1人で鍛錬を続けてきたウィルだったが、元々1人で訓練するのも行き詰っていたことだし、テリアや他の人達と一緒にジューンから学んでいくというのも面白そうだ。
いや、ひょっとしたらかなりいい話なのかもしれない。
ウィルは怪我をした後から今までの間、僅かな限られた人としか関わることをしてこなかった。
前世の記憶を取り戻す前からの希薄だったウィルの交友関係だが、突然の大怪我・それに伴う失明・ついでに前世の記憶の復活の影響からか誰かに頼ろうとせずに自分だけで何とかしようとしていた等の理由の為に他者との交流が以前にも増して希薄になってしまっていたのだ。
故に改めてこれは他の村人達と交流するいい機会かもしれないとウィルは思う。
何もウィルは誰にも関わらず1人で孤独に過ごしたいなどと思っている訳では決してないのだから。
就寝する頃合いとなり、ウィルとテリアの2人はそれぞれの布団に潜り込む。
それから程なくしてテリアがいる寝台から安らかな寝息が聞こえてきたが、ウィルはまだ眠りにはついていなかった。
寝台の上で横になりながらもウィルは今後について考えを巡らせていた。
「(今日は色々あったけど、これまでやってきた訓練の成果がはっきりと分かったのは収穫だった。子供とはいえ3人を相手に立ち回り、その動きを完全に見切ることが出来たんだからな。
視力を失ったことへの対策として魔力感知に希望を見出したことは間違いじゃなかったってことがはっきりした。
このまま魔力感知を極めていけば、そう遠くない内に日常生活くらいなら問題なくやっていけるくらいにはなれるだろう。
いや・・・それどころか魔法の実力も身につければ、それを生かした生き方だって拓けるかもしれないな)」
そこまで考えるとウィルはジューンの魔法講義が待ち遠しくて仕方なくなる。
この日、家に帰り着くまでは引き籠りをしようなどと考えていたことなど今ではすっかり忘れて、漸く現れてきた未来への期待に想いを馳せながらウィルは眠りについた。
だが、翌朝―――――
「ウィル」
そんな期待や―――――
「何、父さん?」
想いなんて―――――
「これから一緒に出かけるから準備しなさい」
淡い夢のように消えることになるのだが――――――――――




