第九話 衛兵
ピーッ――。
もう1度、笛が鳴った。さっきより近い。通りの向こうから、金属の擦れる音と複数の足音が近づいてくる。
「やっぱ衛兵か?」
田中はその場を動かなかった。足元には5人の男。落ちた剣、短剣、棍棒。誰がどう見ても、通報されて当然の光景だった。
「逃げたら余計ややこしなるな」
数人の兵士が走ってきて、先頭の男が田中と倒れている面々を見比べる。
《――!》
「分からん」
《――!》
叫びながら田中へ手を向ける兵士に、こちらも根気よく返す。
「せやから分からんって」
他の兵士たちが倒れた男を検め、落ちている武器を拾い上げていく。
《――》
《――》
「......これ、俺がやった側に見えるわな」
田中は両手を見える位置まで上げた。
「抵抗する気ないで」
言葉は届かない。剣へ手を掛けたまま何か指示を出す兵士に、田中は動かず応じた。
「とりあえず大人しくしとこ」
背後から声がした。
《――!》
振り返ると、さっきの店の店主が出てきている。店主が兵士へ何かを話し、倒れている男たちを指差した。それから店を指差し、拳を振る真似をする。
「説明してくれてんのか?」
意味は分からない。店主はさらに田中を指し、殴る動作をしてから首を振った。次に倒れている男を指し、拳を振る。兵士が何か問うと、店主は頷いた。
「多分、俺が先にやったんちゃうって言うてくれてるんやろな」
別の兵士が店へ入り、しばらくして数人の客を連れて戻ってくる。
《――》
《――》
《――》
何人かが倒れている男たちを指す。田中を指す者もいた。
「全然分からん」
やがて兵士の1人が田中へ近づいた。
《――》
「だから分からんて」
困った顔をした兵士が、別の兵士と何か話し合い、田中へ手招きする。
「ついて来いってことか?」
もう1度の手招き。
「まあ、しゃあないか」
田中は歩き出した。倒れていた男たちも起こされる。立てる者は自分で歩かされ、まともに歩けない者は肩を貸されていた。
「結局また衛兵の世話になるんか」
異世界へ来てまだ2日目。町へ入る前にも揉め事。飯を食った後にも揉め事。
「俺から喧嘩売ってへんねんけどな」
兵士に連れられて通りを進む。向かった先は見覚えのある建物だった。
「さっきのとこやん」
門で連れて行かれた、あの詰所だ。中へ入ると、椅子へ座るよう示された。
「はいはい」
倒した男たちは別の場所へ連れていかれる。田中は座って待った。しばらくして兵士が魔道具を持って戻ってくる。
「これで分かるか?」
「分かるで」
ようやく言葉が通じる。
「名前は?」
「田中真司」
「身分を証明できる物はあるか?」
「冒険者証あるで」
収納袋から取り出して渡す。兵士が確認した。
「今日登録したばかりか」
「せや」
顔を上げた兵士が、少し記憶を辿るような表情をした。
「さっきもここへ来なかったか?」
「来たな」
「......覚えている」
「俺も覚えてるわ」
兵士が小さく息を吐いた。同じ日に同じ人間を2度も詰所へ通すことになるとは、向こうも思っていなかったのだろう。
「何があった?」
「俺が聞きたいくらいや」
「最初から話せ」
「飯食ってたら、酔っ払いみたいなんが来て、何か言われた」
「何を言われた?」
「分からん。翻訳の魔道具なかったからな」
「それで?」
「いきなり殴られた」
「殴り返したのか?」
「2発目も来たから倒した。そしたら仲間2人も来た」
兵士がペンを走らせる。
「武器は?」
「店の中では椅子持ち上げた奴がおった。最初に殴ってきた奴は刃物抜こうとしてたけど、店主に止められた」
「お前は?」
「素手」
「武器を持っているだろう」
「スコップは収納袋の中や。使ってへん」
「その後は?」
「3人が店から追い出された。俺は飯の続き食ってから店出た」
「そこでまた襲われた?」
「ちょっと歩いたら、さっきの3人がおった。後ろからさらに3人来て挟まれた」
「6人か」
「せや」
「相手の武器は?」
「剣、短剣、棍棒。全員が武器持ってたかまでは覚えてへん」
「お前は?」
「素手」
兵士の手がぴたりと止まった。
「6人を?」
「5人倒した。1人は逃げた」
「剣を持った相手もいたんだな?」
「おったで」
「それを素手で?」
「せや」
兵士がまじまじと田中を見る。
「......本当に登録したばかりなのか?」
「今日カードもろたばっかりや」
冒険者証をもう1度確かめる目には、疑いというより戸惑いに近いものが浮かんでいた。
「店主と客からも話を聞いている。店の中については、お前から手を出したという証言は今のところない」
「そらそうや。飯食ってただけやし」
「店の外についても、倒れていた者たちの武器が抜かれていた。近くにいた者から、複数人がお前を囲んでいたという話も出ている」
「ほな帰ってええ?」
「まだだ」
「なんでやねん」
「相手からも話を聞く」
「言うこと違ったら?」
「証言と状況を確認する」
「面倒やな」
「人を5人倒しているんだ。確認せず帰すわけにはいかない」
「それはそうか」
田中は椅子にもたれた。
「腹いっぱいなったら眠なってきたわ」
「少し待て」
「はいよ」
兵士が部屋を出ていく。田中はそのまま待った。座り心地の悪い椅子で、詰所特有の埃と油の匂いを嗅ぎながら、今日一日で3回目になる詰所での足止めを、もう驚きもせず受け入れていた。
しばらくして、別の兵士と共に最初の兵士が戻ってくる。
「確認が取れた」
「どうやった?」
「店内では相手側が先に殴った。店主と複数の客の証言が一致している」
「ほらな」
「店の外についても、6人が待ち伏せしていたという証言がある。逃げた1人についても探している」
「じゃあ終わり?」
「お前については、現時点で拘束する理由はない」
「帰ってええんやな」
「ああ」
田中が立ち上がる。冒険者証を返してもらい、収納袋へ戻した。
「そうや」
「なんだ?」
「宿探してんねんけど、この時間から泊まれるとこある?」
兵士が一瞬黙った。
「......今からか?」
「せや。まだ宿取ってへん」
「この通りを南へ行け。2つ目の大きな交差路を右へ曲がると、宿が何軒かある」
「言葉通じへんねん」
「......そうだったな」
「値段だけなら何とかなるけど、何日とか飯付きとか言われても分からん」
兵士が少し考える。
「冒険者がよく使う宿がある。看板に赤い屋根の絵が描かれている店だ」
「赤い屋根?」
「ああ。そこなら冒険者証を見せて、指で泊まる日数を示せば大体通じる」
「助かるわ」
「今日はもう揉め事を起こすなよ」
「俺から起こしてへんわ」
兵士が何とも言えない顔をした。
「さっきも同じようなことを聞いた気がする」
「俺もや」
田中は詰所を出た。夜の空気が少し冷たい。
「やっと寝れるな」
教えられた方向へ歩き出す。その途中、ふと足が止まった。
「......そういや」
今日だけで何度も言葉が通じずに困っている。ギルド、門、飯屋、衛兵——翻訳の魔道具がある場所では問題ない。ない場所では、簡単な買い物すら面倒になる。
「明日、武器屋行く前に聞こ」
翻訳の魔道具が買えるのか。いくらするのか。冒険者ギルドなら何か知っているだろう。
田中は赤い屋根の看板を探しながら、夜の町を歩いていった。
MP117/750
所持金711,357円
異世界生活、2日目。




