第七話 死体の値段
北門へ着いた頃には、空が橙色に染まり始めていた。町へ戻る荷馬車や冒険者の列に並ぶ。田中の後ろには、腕ほどの太さの丈夫な木2本とロープで組んだ棒引き。その上に、森で仕留めた2匹の獣が横たわっていた。
順番が来る。
《――》
「分からん」
慣れたやり取りだった。門番が少し待つよう手で示し、別の兵士が翻訳の魔道具を持ってくる。
「これで分かるか?」
「ああ、分かるで」
「冒険者証を」
「はいよ」
収納袋から冒険者証を取り出して渡すと、門番の表情が少し変わった。
「今日登録したばかりか」
「せや。初仕事の帰りや」
視線が棒引きへ移る。
「それも獲物か?」
「森で襲ってきたから倒した。何か分からんからギルドで見てもらうつもりや」
「分かった。収納袋を検査台へ」
水晶の埋め込まれた台に袋を置く。淡い光と共に、読めない文字が空中へ浮かんだ。門番が確認して頷く。
「問題ない。通っていい」
「後ろのもこのままでええ?」
「構わん」
「ほな、ありがとな」
冒険者証と収納袋を受け取り、棒引きを持ち上げる。入門料については何も言われなかった。冒険者証を出したから免除になったのか、単に朝方とは違う扱いなのか——理由まではっきりしないが、取られないなら取られないでいい。田中はそのまま町へ入った。
通りを進むにつれ、何人もの視線が振り返る。
「そら見るわな」
大きな獣を2匹も引いて歩いていれば、注目されないほうがおかしい。冒険者ギルドへ向かい、入口の手前で棒引きを止めた。
「これ中入れんの無理やな」
外へ置いたまま、先に中へ入る。昼間に登録を担当した受付の女のところへ向かった。
「田中さん。お帰りなさい」
田中には言葉の意味が分からない。ただ表情と口調から、歓迎されていることだけは伝わった。
「あ、すみません」
受付の女が机の下から小さな魔道具を取り出し、中央の石へ触れる。淡い光が灯った。
「これでもう平気なはずです」
「やっぱ翻訳機ええな、これ」
「田中さん。お帰りなさい」
もう1度言い直された言葉が、今度はちゃんと届いた。
「帰ってきたで。魔物みたいなん何匹か持って帰ってきた」
「もうですか?」
「種類分からんから見てもらいたいんやけど、デカいの2匹は外や」
「分かりました。買い取り場へご案内します」
受付の女が翻訳の魔道具を手に取ったまま席を立つ。
「それも持ってくん?」
「はい。これがなければ田中さんとは会話できませんから」
「そらそうやな」
建物の奥、裏手へ抜けると広い作業場が広がっていた。大きな作業台がいくつも並び、職員たちが魔物や素材を捌いている。受付の女が近くの職員へ声をかけた。
「新しく登録された田中さんです。買い取りをお願いします」
「獲物は?」
「デカいのは外や。持ってくるわ」
外へ回り、棒引きを裏手まで引いてくる。職員の1人がしゃがみ込んで2匹を見た。
「キバイノシシか」
「これキバイノシシいうんか」
「ああ。こっちはまだ若い。大きい方は立派な成獣だ」
「親やと思う。小さい方倒したら出てきたからな」
職員が大きいキバイノシシの周りをぐるりと回り、傷を確かめ、身体を押し、牙の状態まで検分していく。
「これを1人で仕留めたのか?」
「せや」
田中と棒引きを見比べる目に、値踏みとも困惑ともつかない色が浮かんでいた。
「これも自分で作ったのか?」
「森で使えそうな木拾って、ロープで作った」
「......そうか」
収納袋へ手を入れる。
「まだあるで」
角の生えたウサギを2匹取り出した。
「これは?」
「ツノウサギだ」
「やっぱそのままなんやな」
太い蛇のような魔物を続けて取り出す。
「こいつは?」
「モリヘビだ」
「分かりやすいな」
最後にゴブリンの右耳を2つ。
「これは分かる。ゴブリン2匹分や」
「常時依頼の討伐証明ですね」
「ああ」
さらに手を入れ、ゴブリンから取った錆びた刃物を出した。
「これも売れる?」
刃物を一瞥した受付の女が首を振る。
「武器類の買い取りはギルドでは行っていません」
「そうなん?」
「売るのでしたら、武器屋か鍛冶屋へ持っていってください」
「そっちなんやな」
「状態がかなり悪いので、買い取ってもらえるかは分かりませんが」
「まあ聞くだけ聞いてみるわ」
刃物を袋へ戻す。
「ほな、魔物の方頼むわ」
「はい」
査定が始まった。キバイノシシの大きさと傷、ツノウサギとモリヘビの状態——職員たちが手際よく調べていく。少し離れた場所で職員同士が言葉を交わしているのが見えたが、
《――》
《――》
意味は届かない。
「やっぱ離れたら全然分からんな」
「翻訳できる範囲がありますから」
「それでも、これ無かったら何も話されへんからな」
「そうですね」
作業を眺めて待つ。しばらくして、紙を手にした職員が戻ってきた。受付の女に近づいたところで、また言葉が意味を取り戻す。
「査定終わったぞ」
「ありがとうございます」
受付の女が紙へ目を通した。
「お待たせしました」
「いくら?」
「まずゴブリン2体の討伐報酬です。1体につき銅貨1枚。2体で銅貨2枚です」
「200円か」
「安いな」
「ゴブリンは数が多く、1体ずつの討伐報酬は高くありません」
「昨日の6匹でも600円か」
わざわざ死体を持ち帰る必要もなく、右耳だけでいい理由が分かった気がした。
「ツノウサギは1体につき大銅貨3枚です」
「大銅貨?」
「銅貨10枚で大銅貨1枚です」
「銅貨10枚......ほな俺の感覚やと1枚1,000円か。3枚で3,000円やな」
受付の女は独り言のような換算には触れず、そのまま続ける。
「ツノウサギは肉と毛皮、それに角も利用できます」
「なるほどな。2匹で6,000円か。ゴブリンより全然高いやん」
「モリヘビは大銅貨4枚です。状態も悪くありません」
「俺の感覚やと4,000円やな」
ここまでで10,200円。キバイノシシの項目へ移る。
「キバイノシシの若い個体は大銀貨1枚です」
「今度は大銀貨?」
「はい。大銅貨10枚で銀貨1枚。銀貨10枚で大銀貨1枚です」
頭の中で換算する。大銅貨1,000円、銀貨10,000円、大銀貨100,000円。
「......10万円か」
若いキバイノシシへ視線を落とす。
「こいつが?」
「丸ごとですから」
「丸ごとやったら、そんな変わるん?」
「変わります」
査定した職員が口を挟んだ。
「キバイノシシは肉だけではない。皮も牙も使える。若い個体でも、これだけ状態よく丸ごと持ち込まれれば価値はある」
「じゃあデカい方は?」
紙をめくる。
「成獣は大銀貨4枚と銀貨5枚です」
大銀貨4枚で400,000円、銀貨5枚で50,000円。
「......俺の感覚やと45万円か。マジか」
大きなキバイノシシを見つめる。スコップを歪ませ、何度も殴りつけて、ようやく倒した相手だ。ここまでの値がつくとは思っていなかった。
「高ない?」
「丸ごと持ってきたからです」
職員がキバイノシシを指差した。
「普通の冒険者なら、これをそのまま町まで運ぶのは難しい」
「まあ、重いわな」
「だから現場で解体して、持ち帰れる肉や皮、牙だけを持ち帰ることが多い」
「ああ、やっぱそうなんや」
「当然、置いてきた部分の価値は得られない。それに解体が下手なら肉や皮を傷める。時間も掛かるし、血の臭いで別の魔物を呼ぶ危険もある」
「そら丸ごと持って帰れる方がええわな」
「できるならな」
視線が棒引きへ向いた。
「収納袋へ入らない成獣を、わざわざ運ぶ物まで作って丸ごと持ってきた。こちらとしても利用できる部分が多い」
腑に落ちた。
「普通に1匹倒しただけやったら、この値段にはならんのやな」
「持ち込まれた状態で査定するからな」
「なるほど」
収納袋のツノウサギとモリヘビは、そのまま持ってきただけだ。キバイノシシは入らなかったから棒引きを作った。それだけの違いが、これほど値を分けるとは思っていなかった。この世界では、倒すことと同じくらい、持ち帰れることに価値がある。
「収納袋と力あるん、思ってたよりデカいな」
紙を確認した受付の女が告げる。
「すべて合わせて、大銀貨5枚、銀貨6枚、銅貨2枚です」
大銀貨5枚で500,000円、銀貨6枚で60,000円、銅貨2枚で200円。
「俺の感覚やと56万200円か」
「今日1日でこれだけか......冒険者、儲かるやん」
職員が首を振った。
「毎日これだけの獲物を丸ごと持ち込めるならな」
「ああ......そらそうか」
「キバイノシシの成獣は、新人が1人で狩るような相手でもない」
「そうなん?」
受付の女が田中を見つめる。
「登録初日に1人で成獣まで持ち帰ってくる方は、普通ではありません」
「そう言われてもな。向こうから来たし」
「普通は逃げることも考えます」
「逃げたら金ならんやん」
受付の女が何とも言えない顔をした。
「全部売却でよろしいですか?」
「ああ。全部売る」
「分かりました」
職員たちが獲物を運んでいく。大きなキバイノシシが運ばれていくのを見送りながら、
「棒引き作って正解やったな」
「そうですね」
獲物をすべて引き渡すと、棒引きだけが残った。ロープをほどいてまとめ、木2本とロープを順番に収納袋へ入れる。長さは関係なく、収納に使うのは物そのものの容量だけだ。100Lの収納袋には、木2本とロープも問題なく収まった。
やがて代金を受け取る。大銀貨5枚、銀貨6枚、銅貨2枚。日本円に換算すれば560,200円。
「56万200円......」
所持金149,997円に560,200円を足す。所持金710,197円。
「一気に増えたな」
硬貨を収納袋へ入れた。今日使った水代も、スコップの修理代も、包丁代も、ロープ代も、全部余裕で取り返している。
「これなら冒険者で食っていけそうやな」
「毎回同じだけ稼げるとは思わないでくださいね」
「分かってるって」
そう答えながらも、頭の片隅で考えていた。収納袋。自分の力。通販。修理。他の冒険者とは、そもそも持っているものが違う。
「なあ」
「はい?」
「さっき言うてた武器屋、この辺にある?」
「ありますよ」
「このゴブリンの刃物、いくらになるか聞いてみたいねん」
「それでしたら、ギルドを出て――」
受付の女が場所を説明する。
「鍛冶屋も近くにあります。武器屋で買い取ってもらえなければ、そちらで聞いてみるといいと思います」
「分かった。明日行ってみるわ」
「今日は行かないんですか?」
「腹減った。朝からまともに食ってへん」
「それなら先に食事をしてください」
「せやな。この辺で飯食えるとこある?」
道順を教わる。
「ありがとな」
「今日はもう森へ行かないでくださいね」
「行かへんわ。さすがに疲れた」
受付の女と共に買い取り場を出た。翻訳の魔道具が受付へ戻される。田中はギルドを出た。外はすでに夕暮れだった。
北門へ着いてから、査定を終えてギルドを出るまで約40分。活動中の自然回復は最大MP750の1%、1時間あたり7.5MP。40分で5MP。MP616/750。
今日はもう森へ戻るつもりはない。それでも全部使い切る気はなかった。どこまで減らしても平気なのか、まだ確かめていない。
「100は残しとくか」
人通りの少ない場所まで歩き、周囲を確かめる。収納袋へ手を入れ、袋の中で掌を開いた。
「魔力換金」
516MPを換金する。MP100/750。掌に硬貨が現れ、そのまま袋の中へ落ちていく。5,160円相当。
所持金710,197円に、換金した5,160円を加える。所持金715,357円。
「これでええやろ」
通りには食事の煙が上がり、肉を焼く匂いが漂っていた。
「56万か......」
日本にいた頃なら、1日で簡単に稼げる金額ではない。もっとも、今日はたまたま大きなキバイノシシを丸ごと持ち帰れただけだ。毎日同じ獲物に出会える保証はどこにもない。それでも1つだけ、はっきり分かったことがある。この世界では、倒すことと同じくらい、持ち帰れることに価値がある。
「収納袋、もっとデカくしたら......」
そこで考えるのをやめた。
「まず飯や」
腹の虫が鳴いた。田中は教えられた店へ向かって歩き出した。
MP100/750。
所持金715,357円。
異世界生活、2日目。




