第六話 初仕事
しばらく待っていると、受付の女が戻ってきた。手には小さな金属製の札を持っている。
「お待たせしました」
「それが冒険者証?」
「はい。田中真司さんの冒険者証です」
差し出された札を受け取る。表面には見覚えのない文字が刻まれていた。
「......やっぱ読まれへんな」
「冒険者証へ少量の魔力を流してみてください」
「魔力を?」
「はい」
「どうやんねん」
「冒険者証を持ったまま、手から魔力を流し込むように意識してください。ごく少量で構いません」
「やってみるわ」
冒険者証を握り、手から札へ何かを流すように意識する。一瞬、札が淡く光った。MPが1減る。
「おっ」
刻まれていた文字が揺らぎ、次の瞬間には田中にも意味の分かる形へ変わっていた。
「読める」
「これで冒険者証の登録は完了です」
表示されているのは名前と、自分が冒険者であることを示す内容だった。
「これ持ってたら、冒険者やって証明できるんやな」
「はい」
冒険者証を収納袋へ入れる。
「で、仕事は?」
「登録されたばかりですので、まずは常時依頼をおすすめします」
「常時依頼?」
「事前に依頼を受けなくても、条件を満たせば報酬を受け取れる依頼です。例えばゴブリンの討伐ですね。右耳が討伐証明になります」
「昨日の6匹、やっぱ耳持ってきたら金になったんか」
「はい」
「もったいないことしたな」
「他にも、買い取り対象になる魔物はいます。素材だけでなく、肉や死体そのものを買い取れる場合もあります」
「種類分からんかったら?」
「持ち帰っていただければ、こちらで確認します」
「ほな、とりあえず何か狩って持って帰ったらええか」
「無理はしないでくださいね」
「分かってる」
ギルドを出た。まず必要なのは水だ。腰の袋へ手を入れ、通販を開いて500mlの水を24本購入する。1,285円。所持金は159,125円になった。指先に触れた箱がそのまま袋の中へ落ちていく感触があった。
「これで水はええな」
北門を出て、森へ向かった。昨日と同じような森だが、今日は目的が違う。金になる物を探す。
しばらく歩くと、草むらが揺れた。
「ん?」
飛び出してきたのは、ウサギに似た生き物だった。ただし額から短い角が生えている。
「ウサギ......ではないな」
飛びかかってくる。スコップを横から振る。鈍い音とともに地面へ落ちた。
「襲ってくるんかい」
もう1匹、今度は正面から。振り下ろすと動かなくなった。2匹とも収納袋へ入れる。
「これも売れたらええけどな」
さらに進む。次に現れたのは豚に似た獣。普通の豚より毛が濃く、口元から小さな牙が出ている。まだそれほど大きくない。
「イノシシみたいやな」
突っ込んでくるのを横へ避け、すれ違いざまにスコップを叩き込んだ。転がったところへもう1度頭を振り下ろすと、動かなくなった。
「こいつはちょっとデカいな」
近づこうとした時、奥の茂みが大きく揺れる。
「......なんや?」
出てきたのは桁違いに巨大な獣だった。先に倒した個体とは比べものにならない。大きな牙、太い首、ずんぐりとした身体。獣は倒れている小さい方へ鼻先を寄せる。
「親か」
次の瞬間、田中へ向き直った。
「そら怒るわな」
突進。横へ跳んでかわし、すれ違いざまに叩き込む。だが止まらない。
「硬っ」
再び突進。避ける。頭。首。肩。何度も叩き込んでいくが、身体の芯まで届いている感触がしない。強化した力が上がっている分、スコップに掛かる負荷も相応に大きい。全力で振り下ろした1撃で、鉄の柄が大きく曲がった。
「うわ」
それでも獣は倒れない。曲がったスコップを両手で握り直し、最後の一撃を頭へ叩き込む。ようやく巨体が地面へ崩れた。
「......頑丈すぎるやろ、これ」
息を整えながら手元を見る。柄は完全に曲がり、先端も歪んでいた。
「これもう使われへんな」
そこで思い出す。
「修理あったな」
袋へ手を入れ、修理の機能を開く。壊れたスコップを対象にすると、表示が出た。
適正価格 2,400円
破損率 90%
修理費 2,160円
「90%て。ほぼ壊れてるやん」
手を入れたまま通販も覗いてみる。似たような新品のスコップを見る。2,400円前後の商品が並ぶ。
「なるほどな。壊れた分だけ修理代取るんか」
新品を買うのと大差はない。だが、このスコップは最初から持っていた相棒だ。
「まあ、こいつは直すか」
修理を実行する。2,160円が減り、曲がっていた柄と先端が音もなく元へ戻っていく。
「便利やな、これ」
所持金156,965円。獣の死体を見る。とても収納袋には入らない大きさだ。
「帰りに考えるか」
小さい方もその場に置き、場所を覚えて先へ進んだ。
森へ入って4時間ほど経った頃、前方から聞き覚えのある声が聞こえた。
《ギャッ》
「おったな」
ゴブリンが2匹。昨日見た奴らと同じ姿だ。
「2匹だけか」
向こうも気づいたらしく、棍棒を持って走ってくる。1匹目をスコップで殴り倒し、続けてもう1匹も叩き伏せた。動かなくなったのを確認する。
「耳やったな」
右耳を切ろうとして、手が止まった。
「刃物ないやん」
ゴブリンの腰から短い刃物を抜いてみる。
「......ボロボロやな」
錆が浮き、刃も欠けている。それでも何とか2匹分の右耳を切り取った。
「こんなん毎回使うん嫌やな」
ふと修理を思い出す。袋へ手を入れ、ゴブリンの刃物を対象にすると、表示が出た。
適正価格 8,000円相当
破損率 70%
修理費 5,600円
「8,000円?」
錆びた刃を見直す。
「こんなボロいのが......元の値段そこそこするんやな」
修理はせず、そのまま手を入れたまま通販へ切り替える。
「ナイフ」
検索した瞬間、画面が埋め尽くされた。
「......多っ」
100円台の量産品。小型の折りたたみ。調理用の三徳包丁。キャンプ用のフォールディングナイフ。狩猟用のフィクスドブレード。皮剥ぎ専用のスキナー。解体用のガットフック付き。大型の固定刃。数百円から数千円、1万円を超える鍛造品、さらにその上まで際限なく出てくる。しかも国内メーカーだけではない。アメリカのアウトドアブランド、北欧のフィンランド製プーッコ、ドイツの伝統的な刃物工房、東南アジアの山刀まで、世界中の通販サイトがまとめて田中の意識に流れ込んでくる。
「世界中から買えるとか、どういう仕組みやねん」
画面を送っても送っても終わらない。
「ナイフだけで一生かけても見きれん量あるやろ、これ」
田中は試しに、思いついた名前を検索欄へ打ち込んでみた。
「スペツナズナイフ」
検索結果を見る。
「......ないか」
少し残念だった。
「まあ、売ってへんもんはしゃあないな」
今すぐ必要なのは獲物を処理するための刃物だ。
「解体用」
条件を絞り込む。それでも山ほど出てくる中、田中の目に1本の包丁が留まった。日本製。刃渡り15cm。鋼の刃。魚や鳥、骨付き肉を捌くための黒打捌き包丁。5,388円。
「これで十分やろ」
高級品を買う必要はない。切れ味が落ちても研げるし、壊れれば修理もできる。購入する。所持金151,577円。指先に届いた包丁を取り出し、刃を確認してから袋へ戻した。
「ええやん」
手はまだ袋の中にある。そのまま壊れたスコップの残像がふと頭をよぎった。
「......予備の武器、いるな」
戦闘中に壊れれば、その場で悠長に修理している余裕があるとは限らない。洞窟や建物の中なら、長いスコップを振り回せない場所も出てくるはずだ。通販の画面を切り替え、今度は大型の固定刃を探す。
「14cm......短いな」
「18cm......これもいらん」
さらに探しながら、田中は独りごちた。
「どうせ持つんやったら、最低でも脇差ぐらい欲しいところやけどな」
刃渡り30cm以上に条件を変えると、大型ナイフ、剣鉈、マチェット、ボウイナイフといった物騒な名前が並び始めた。
「こっちはこっちで、安いだけじゃ選ばれへんやつやな」
命を預ける予備武器だ。刃の長さ、厚み、鋼材、柄の構造、値段——比較する項目は多い。何本か見比べているうちに、時間だけがどんどん過ぎていく。
「......これはちゃんと腰据えて選ばな、あかんな」
今は解体用の刃物さえあれば十分だ。大型の予備武器は候補だけ頭に残し、購入は見送った。通販を閉じ、手を出す前にゴブリンから回収した古い刃物も袋へ入れる。
「これも、売れるかもしれんしな」
右耳2つも収納した。さらに森を進む。
しばらくすると、太い蛇のような生き物が草むらから飛び出してきた。スコップを振り下ろすと、頭を叩かれてそのまま動かなくなった。
「今日は色々出るな」
死体を収納袋へ入れる。森へ入ってから5時間ほど。
「そろそろ戻るか」
来た道を引き返し、先ほど倒した2匹の獣の場所へ戻る。
「さて......こいつらどうするか」
小さい方ならともかく、親の方は収納袋に入らない。かといって置いて帰れば、昨日のゴブリンと同じだ。
「運ぶもん何かないか」
袋へ手を入れ、通販で荷車を検索する。折りたたみ式や大型の物が画面いっぱいに並ぶ。値段を見ながら1つを選ぶと、
「容量不足 購入不可」
の文字が赤く浮かんだ。
「......そもそも入らんのかい」
別の、もう少し小さい荷車を試してみる。今度は購入できそうだが、値段を見て手が止まった。
「......8万超え?」
画面を閉じる。
「いらんわ。運ぶだけやったら棒引きでええやろ」
周囲を探すと、真っ直ぐで使えそうな長い倒木が2本見つかった。余計な枝を捌き包丁で落としていく。
「ロープは要るな」
袋へ手を入れ、通販で作業用ロープを検索する。太さ9mm、長さ20m、1,580円。
「これでええな」
購入する。所持金149,997円。2本の棒を平行に置き、その間へロープを何度も往復させて簡単な網状の支持面を作る。数か所を縛ってずれないよう固定した。
「こんなもんやろ」
巨大な獣を持ち上げて載せ、小さい方も横へ並べ、残ったロープで両方を棒へ縛りつける。前側の2本を握って持ち上げると、後ろ側は地面を滑った。少し引いてみる。
「いけるな」
見た目は悪い。だが運べれば問題ない。棒引きを引いて町へ向かう。
1時間ほど進んだところで、岩肌に穴が開いているのが見えた。
「洞窟?」
棒引きを置き、入口まで近づく。立ったまま入れる高さがあり、外から見える範囲では中もそれなりに広そうだった。さらに奥があるが、ここからでは分からない。
「......住めるんちゃうか、ここ」
宿へ金を払い続けるより、使えるなら悪くない。だが今は魔物の死体を抱えている。
「場所だけ覚えとこ」
詳しく調べるのは後だ。棒引きへ戻り、そこからさらに歩いて森を抜けた。
第六話が始まってから8時間。MPは611/750。収納袋の中には、角の生えたウサギが2匹。蛇のような魔物が1匹。ゴブリンの右耳が2つ。ゴブリンの古い刃物。水。新しく買った黒打捌き包丁。手には修理したスコップ。後ろには2匹の獣。
「初仕事にしては、十分やろ」
町の城壁を見ながら、田中は棒引きを引いて歩いた。
所持金149,997円。
異世界生活、2日目。




