第五話 冒険者ギルド
門の脇にある詰所へ入る。田中と3人の男は、少し離れて座らされた。机の中央には、翻訳の魔道具が置かれている。担当の兵士が田中を見る。
「まず、お前から聞く。名前は?」
「田中真司。田中でええ」
「年齢は?」
「32」
「職業は?」
「……設備屋」
「セツビヤ?」
「水道とか排水とか、建物の配管する仕事や」
「職人か?」
「まあ、そんな感じやな」
兵士が何かを書き留める。当然、田中には読めない。
「昨日、森で目を覚ましたと言ったな?」
「せや」
「それから今日、この3人に会うまで誰かと接触したか?」
「人間とはこいつらが初めてや」
「魔物は?」
「昨日、緑色のちっこい奴に襲われた」
「どんな奴だ?」
「子供ぐらいの背ぇで、緑の肌。耳尖ってて、歯も尖っとった」
「ゴブリンだな」
田中はそこで、初めてあの緑色の小人が本当にゴブリンだったと知った。
「何匹いた?」
「6匹」
「逃げたのか?」
「いや。全部倒した」
兵士の手が止まった。
「1人で?」
「せや」
「そのスコップで?」
「せやで」
兵士が田中の腰の特殊収納袋を見る。
「死体は?」
「森に置いたままや。わざわざ持ち歩くもんでもないやろ」
「討伐部位は持ってきていないのか?」
「討伐部位?」
「ゴブリンなら右耳だ。冒険者ギルドへ持っていけば討伐の証明になる」
「そんなん知らんかったわ」
「なら仕方ない」
兵士は再び書き始め、今度は3人へ視線を向けた。
「次はお前たちだ。冒険者証を出せ」
3人がそれぞれ小さな札を取り出す。兵士が順番に確認した。
「全員、この町の冒険者ギルドで登録しているな」
「ああ」
「では確認する。この男と森で会った」
「そうだ」
「言葉が通じないことにも気づいた」
「ああ」
「町の方向を教えた」
「そうだ。俺たちは親切に――」
「聞かれたことだけ答えろ」
「……分かった」
「その後、戦闘になった」
「あいつが突然襲ってきたんだ!」
「それは聞いた」
兵士が机を指で軽く叩く。
「問題は収納袋だ。お前たちは自分たちの物だと主張している」
「そうだ」
「なら、いつ手に入れた?」
「……少し前だ」
「どこで?」
「それは……」
「誰が所有者だ?」
「俺たち3人の共有だ」
「中には何を入れていた?」
「……」
「答えろ」
「食料とか……」
「何の食料だ?」
「干し肉だ」
「量は?」
「……覚えてない」
「他には?」
「色々だ!」
「色々では分からん」
田中が口を挟む。
「もう無理あるやろ」
「田中」
「はいはい」
兵士が3人を見る。
「田中はこの袋から、我々の目の前で身分証を取り出している」
「だから、そいつが中身を入れ替えたんだ!」
「では、お前たちの物だと証明できる物は?」
「……」
「ないのか?」
誰も答えない。兵士が田中を見る。
「お前は、この袋をどこで手に入れた?」
「森」
「拾ったのか?」
「せや。昨日な」
「この3人に会う前か?」
「せやで」
「中には何が入っている?」
「俺の荷物とスコップ」
「確認してもいいか?」
「ええけど、俺が出すで」
「それでいい」
田中は袋へ手を入れる。財布。家の鍵。罅の入ったスマートフォン。煙草。ライター。予備の煙草。そして鉄製のスコップ。机の上へ順番に置いた。兵士たちが黙って見る。
「……見たことのない物が多いな」
「俺がおったとこの物やからな」
田中はスマートフォンを持ち上げる。
「これなんか絶対知らんやろ」
「何に使う?」
「色々できる道具や」
「具体的には?」
「電話したり、文字送ったり、写真撮ったり、調べもんしたり」
「デンワ?」
「説明しても長なるから、今はええやろ」
「……そうだな」
兵士は運転免許証とスマートフォンを見てから、3人へ視線を向けた。
「これらも、お前たちが収納していた物か?」
「……違う」
「なら、この男が少なくとも自分の私物をこの袋に入れていたことは間違いない」
「だが袋は俺たちの――」
「証拠は?」
「……」
「ないんだな?」
3人が黙った。兵士は腕を組む。
「もう1度聞く。森で何があった?」
「言っただろ! こいつが突然――」
「虚偽の申告を続けるなら、それも含めて処理する」
詰所の空気が変わった。3人が顔を見合わせる。しばらくして、槍の男が俯いた。
「……俺たちが奪おうとした」
剣の男が顔を上げる。
「おい!」
「黙れ!」
兵士が一喝する。槍の男はそのまま続けた。
「収納袋だと分かって、欲しくなった」
「3人ともか?」
「……ああ」
「田中に手を出したのは?」
「俺たちからだ」
「武器も使った?」
「……使った」
兵士が弓の男を見る。
「お前は?」
「弓を向けた」
次に剣の男。
「お前は?」
「……剣を抜いた」
「槍は?」
「俺が使った」
槍の男が答える。兵士が田中を見る。
「田中の説明と一致するな」
剣の男が机を叩いた。
「だが、こいつだって俺たちをこんな目に遭わせた!」
「お前たちが武器を使って襲った結果だろう」
「やりすぎだ!」
兵士が田中を見る。
「3人を倒した後、さらに攻撃したか?」
「してへん」
「武器や金品を奪ったか?」
「なんも取ってへん」
兵士が3人を見る。
「何か奪われたか?」
「……ない」
「なら今の証言を見る限り、田中を拘束する理由はない」
「そんな馬鹿な!」
「3人で武器を使って襲い、返り討ちに遭った。それだけだ」
田中が小さく笑う。
「言い方きっついな」
「事実だ」
「まあな」
兵士が田中を見る。
「お前はもういい」
「帰ってええん?」
「ああ。こちらはこの3人から引き続き事情を聞く」
「ほな行くわ」
田中は机の上へ出した物を袋へ戻していく。最後にスコップを入れ、袋を腰へ下げた。
「そういや入門料まだ払ってへんな」
「銅貨1枚だ」
「これやったな」
田中は特殊収納袋から銅貨1枚を取り出して渡した。
「確かに」
これで100円。特殊収納袋の中の所持金は160,410円になった。
「冒険者ギルドは?」
「門を出て大通りを真っ直ぐ進め。剣と盾の看板がある大きな建物だ」
「文字読まれへんから看板あるん助かるわ」
「ギルドにも翻訳の魔道具はある。受付で言葉が通じないことを伝えればいい」
「これと同じやつ?」
「同じ用途の物だ」
「町中にもあるん?」
「どこにでもある物ではない。高価だからな」
「やっぱ高いんか」
田中は机の上の翻訳の魔道具を見る。
「これ買えたら楽そうやのにな」
「個人で所有する者もいるが、安い物ではない」
「そら残念」
田中は立ち上がった。
「世話なったな」
「次からは揉め事を起こすなよ」
「俺から起こしてへんわ」
「分かっている」
「なら言うなや」
田中は詰所を出た。
◇
門を抜ける。石造りと木造の建物が並ぶ大通り。店先には見たことのない品物が並び、人や荷車が行き交っている。
《安いよ!》
《こっちだ!》
《荷車が通るぞ!》
「やっぱ分からんな」
翻訳の魔道具から離れれば、周囲の言葉は元通りだ。文字も読めない。
「剣と盾の看板やったな」
田中は周囲を見ながら大通りを歩く。10分ほどで、大きな建物が見えてきた。入口の上に看板がある。描かれているのは剣と盾。
「あれか。分かりやすくて助かるわ」
建物の前には、武器や防具を身につけた人間が何人もいる。
「どう見てもそれっぽいな」
田中は扉を開けた。中にはいくつもの木製テーブルが並び、武器や防具を身につけた男女が酒を飲んだり話したりしている。入ってきた田中へ何人かの視線が向いた。
《なんだ、あのおっさん》
《見ねえ顔だな》
《変な服だぞ》
田中には何を言われているのか分からない。
「……なんや?」
言葉は分からなくても、見られているのは分かる。奥には長いカウンターがあった。
「あれが受付か」
田中が歩き出す。その途中、横のテーブルから男が立ち上がった。田中より若い。身体は大きく、革鎧を身につけ、腰には剣を下げている。
《おい、おっさん》
田中の前へ立つ。
「……何?」
《その歳で冒険者になりに来たのか?》
「分からんって」
田中は横を抜けようとした。男が再び前へ出る。
《待てよ》
「邪魔やねんけど」
周囲から笑い声が上がる。
《言葉も分からねえのか》
《何しに来たんだ、あのおっさん》
男が田中の作業服を指差す。次に腰の特殊収納袋を見る。
《変な格好しやがって》
「何言うてるか知らんけど、馬鹿にされてんのは何となく分かるぞ」
田中が男の横を通ろうとする。今度は肩を掴まれた。田中の足が止まる。
「……触んな」
《なんだ?》
田中は肩の手を払った。男の顔から笑みが消える。
《おっさん。新人なら先輩への態度ってもんを――》
「知らんっちゅうねん」
男が田中の胸を強く押した。だが、田中の身体はほとんど動かない。
「……」
《あ?》
男がもう1度押そうとした。田中は伸びてきた手首を掴む。
《なっ》
「昨日から、なんでこんなんばっかりやねん」
男が腕を引こうとする。抜けない。
《離せ!》
「何言うてるか分からんけどな」
田中は男の手首を捻った。
《いっ――!》
男の身体が傾く。
「先に触ってきたんお前やぞ」
男が空いた拳を振った。田中は頭をずらして避ける。そのまま掴んでいた腕を引き、足を掛けた。
《うおっ!》
男の身体が床へ叩きつけられた。ギルド内の笑い声が止まる。
「……弱っ」
田中は手を離した。
「もうええやろ」
床に転がった男が顔を赤くしながら立ち上がる。
《て、てめえ……!》
男の手が腰の剣へ伸びた。その瞬間。
《やめろ!》
鋭い声が飛んだ。受付の奥から職員らしい男が出てくる。
《ギルド内で剣を抜く気か!》
《でもこいつが――!》
《先に絡んだのはお前だろう。見ていたぞ》
何を言っているのか田中には分からない。ただ、職員に怒鳴られた男が剣から手を離したことは分かった。
「終わり?」
田中が職員を指差し、次に男を指差す。職員が頷き、受付を指差した。
「向こう行けってことやな」
田中は男を見る。
「ほなな」
《くそっ……》
そのまま受付へ向かう。周囲の視線が、先ほどまでとは変わっていた。
《あのおっさん、何者だ?》
《あいつを一瞬で転がしたぞ》
《見た目より強いんじゃねえか?》
もちろん田中には分からない。
「またなんか言われとるな」
受付にいた女性職員が田中へ声をかける。
《何の用ですか?》
「分からん」
《え?》
「言葉、分からんねん」
田中は自分の耳を指差し、首を横に振る。受付の女性が少し考え、奥にいる別の職員へ声をかけた。
《翻訳の魔道具をお願いします》
職員が奥へ消える。
「やっぱここにもあるんやな」
しばらくして、小さな魔道具が運ばれてきた。受付の女性が起動する。
「これで分かりますか?」
「おお。分かる分かる。助かるわ」
「先ほどは申し訳ありませんでした」
「あいつ?」
「はい。こちらから厳重に注意します」
「別にええで。殴られてへんし」
田中は後ろを見る。先ほどの男は仲間のいる席へ戻り、こちらを睨んでいた。
「俺も転がしたしな」
「……見事でした」
「喧嘩は慣れとるからな」
「それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「冒険者登録したいねん」
「新規登録ですね」
「せや」
受付の女性が一瞬だけ田中を見る。
「……新規登録ですか」
「なんや?」
「いえ。失礼しました」
「なんや。32で新人って珍しいんか?」
「珍しくないとは言いませんが、登録に問題はありません」
「やっぱ珍しいんやな」
「……手続きを始めます」
「誤魔化したな」
受付の女性が苦笑しながら用紙を取り出した。もちろん、田中には何が書かれているのか読めない。
「先に言うとくけど、文字も読まれへんで」
「文字もですか?」
「せや。こっちの文字、初めて見た」
「分かりました。では私が質問しますので、答えてください」
「頼むわ」
「まず、お名前をお願いします」
「田中真司」
受付の女性がペンを止めた。
「もう1度お願いします」
「田中、真司」
「タナカ・シンジ?」
「せや」
慣れない音なのか、女性は確認しながら用紙へ書き込んでいく。
「年齢は?」
「32」
「出身地は?」
「大阪」
「オオサカ……?」
「多分知らんで」
「聞いたことがありません」
「門でも同じこと言われたわ」
受付の女性が少し困った顔をする。
「所属する国は?」
「日本」
「ニホン?」
「それも知らんやろ?」
「申し訳ありませんが……」
「ええよ。俺もここが何処か知らんし」
「……そうなのですか?」
「昨日、気ぃついたら近くの森におってん」
受付の女性が田中を見る。
「事情がおありのようですね」
「俺自身が1番分かってへんけどな」
「では出身地については、確認不能として扱います」
「それでええ」
「次に、戦闘経験はありますか?」
「戦闘?」
「魔物と戦った経験です」
「昨日ゴブリン6匹倒したで」
「6匹?」
「せや」
「お1人でですか?」
「せやで」
「討伐部位はお持ちですか?」
「右耳やろ? 知らんかったから置いてきた」
「そうでしたか」
「門でさっき教えてもろたわ」
「証明できる物がない場合、討伐実績としては扱えません」
「別にええで」
「武器は何を?」
「スコップ」
「……スコップ?」
「俺のとこでの呼び方や。土掘る道具」
「ああ、掘削用の道具ですか」
「似たようなんこっちにもあるんやな」
「農作業や土木作業で使われますが……それを武器に?」
「せや」
田中は特殊収納袋へ手を入れ、鉄製のスコップを引き抜いた。受付の女性が目を瞬く。
「これで倒した」
「……随分、変わった物ですね」
「こっちのとは違う?」
「形は似ていますが、作りがかなり違います」
「まあ、日本のやつやからな」
受付の女性は意味が分からなかったようだが、それ以上は聞かなかった。
「登録には問題ありません」
「ならええわ」
田中はスコップを袋へ戻す。
「最後に、登録にあたって確認していただく事項があります」
「なんや?」
「冒険者は依頼を受け、採取、討伐、護衛などを行います。依頼にはそれぞれ条件があり、達成できなければ報酬は支払われません」
「まあ、そらそうやろな」
「また、依頼中の負傷や死亡について、ギルドは原則として責任を負いません」
「自己責任ってことやな」
「はい」
「分かった」
「では登録手続きを進めます」
受付の女性が立ち上がった。
「少々お待ちください」
「おう」
田中はカウンターへ肘をついた。異世界へ来て2日目。色々あったが、ようやくこの世界で使える身分証が手に入りそうだった。第五話開始から、ここまで32分。
異世界生活 2日目
MP 552/750
所持金 160,410円




