第二十四話 魔道具の山
森の奥で迎える朝。
田中は周囲が明るくなってから目を覚ました。
「……普通に寝れたな」
身体を起こす。肩にはまだ痛みが残っているが、昨夜よりはマシだった。
収納袋へ手を入れ、ステータスを開く。
【田中真司】
レベル:7
HP:768/827
MP:909/909
筋力:674
耐久:346
敏捷:421
器用:316
「MPは満タンか」
100を残し、809MPを換金する。
8,090円。
所持金は178,116円から186,206円になった。
【田中真司】
レベル:7
HP:768/827
MP:100/909
筋力:674
耐久:346
敏捷:421
器用:316
「HPも少し戻ってんな」
昨夜出していた金テコと毛布を収納袋へ戻す。カロリーメイトを2箱取り出し、水と一緒に食べた。残り2箱。
「今日は夕方には帰るか」
袋はすでに昨日の獲物で重くなっている。
「もう一日だけ奥見よ」
◇
昨日の野営場所を離れ、さらに山側へ進んだ。最初に現れたのは大型の狼だった。
1体。その左右からさらに現れる。
「また集団か」
全部で7体。低い姿勢のまま田中を囲み始めた。
「猿よりは分かりやすいな」
正面の1体が飛びかかる。金テコを振り抜いた。一撃で横へ吹き飛ぶ。
同時に左右から2体。
「おっと」
後ろへ下がり、片方を蹴り飛ばす。もう片方へ金テコを叩き込んだ。
残りも次々に襲ってくる。
「速いけど、当たったら終わりやな」
最後の1体まで倒し、順番に収納袋へ入れた。
◇
少し進むと、大型の熊型が現れた。
「昨日もおったやつや」
田中を見るなり立ち上がる。
「デカいな」
振り下ろされた前脚をかわし、横腹へ金テコを叩き込む。熊型が吠える。
「まだ来るか」
再び前脚。懐へ入り、腹へ一撃。続けて頭へ振り下ろした。巨体が崩れる。
「よし」
収納する。
その後、少し離れた場所でもう1体見つけた。今度も数発で仕留める。2体目も収納した。
◇
昼前には大型の鹿型も2体仕留めた。袋を担ぎ直す。
「70%軽くしてこれか」
かなり重くなっている。
「帰りしんどそうやな」
そのまま先へ進んだ。
◇
昼。残っていたカロリーメイト2箱を取り出した。
「これで終わりやな」
8本を食べる。残り0箱。
「夜までおったら何か買お」
水を飲み、再び歩き出した。
◇
午後に入ってすぐ、昨日と同じ巨大な猪が現れた。
「またおった」
大型猪が突進してくる。横へ避ける。首へ一撃。振り向いたところへ頭を殴る。さらにもう一撃。倒れた。
「昨日より楽やな」
収納する。その後、もう1体。同じように仕留めた。
「これ2匹目」
袋へ入れる。
「重っ」
田中は肩へ掛け直した。
「今日はこれ以上デカいの何匹も来たらキツいな」
それでも、もう少しだけ奥へ進んだ。
◇
しばらくして、前方に大型人型が現れた。
「またあいつか」
昨日3体同時に相手をした大型人型。今日は1体だけだった。
「1匹ならいける」
金テコを構える。棍棒をかわす。膝へ一撃。横腹。頭。さらに頭。大型人型が倒れた。
「やっぱ1匹やったら全然楽やな」
収納する。
その時だった。奥から別の音がした。
ズシン。
ズシン。
「まだおるん?」
木々の向こうから、大きな影が現れた。
「……なんやこいつ」
昨日の大型人型よりさらに大きい。太い腕。分厚い身体。手には武器を持っていない。
「4mぐらいあるんちゃうか」
《グオオオオオッ!》
「声までデカいねん」
巨体が地面を蹴った。
「速っ!」
田中は横へ跳ぶ。巨大な拳が地面へ叩き込まれ、土が弾けた。
「オーガより上か?」
金テコを握る。
「まあ1匹やったら――」
踏み込む。脇腹へ全力で振り抜いた。ガンッ!
「硬っ!」
巨体が振り向きざまに腕を払う。
「うわっ!」
避けきれない。腕が身体を掠め、田中が地面を転がる。
「痛ったぁ!」
起き上がる。
「掠っただけやぞ!」
巨体はもう来ていた。
「待て待て!」
拳をかわす。膝へ一撃。もう一撃。
「これ何発いるねん!」
頭へ振る。巨体が腕で受けた。金テコが弾かれる。
「防ぐんかい!」
反対の拳を後ろへ跳んでかわす。
「面倒くさ……」
田中は正面からの殴り合いをやめた。相手が踏み込むたびに避け、脚を狙う。
膝。脛。もう一度膝。何度目かの一撃で巨体の足が崩れた。
「そこや!」
頭へ振り下ろす。一撃。二撃。三撃。まだ動く。
「どんだけ硬いねん!」
もう一撃。さらに一撃。ようやく巨体が地面へ倒れた。
「……はぁ……」
田中は金テコを下ろした。
「昨日の3匹とは違う意味でしんどいわ」
しばらく待つ。動かない。
「死んだよな?」
金テコの先で突く。反応はない。
「よし」
収納袋へ入れる。
「……重っ」
田中は袋を持ち直した。
「もう帰ろ」
収納袋へ手を入れ、ステータスを開く。
【田中真司】
レベル:8
HP:708/853
MP:174/976
筋力:719
耐久:375
敏捷:451
器用:334
「また上がった」
「筋力700超えたやん」
HPを見る。
「結構減ってんな」
今日はここまで。田中は町へ向かって戻り始めた。
◇
夕方。北門へ到着する。冒険者証を出し、収納袋を検査台へ置いた。門番が表示を追う。途中で田中を見る。
「何や?」
門番はもう一度表示を確認してから、収納袋を返した。田中は袋を肩へ掛け直し、町へ入った。
◇
そのまま冒険者ギルドへ向かう。
受付で、ガルドに書いてもらった紙を2枚出した。
一枚目。
『ここに出した物をすべて買い取ってほしい』
二枚目。
『魔石は売却せず、取り出して返却してほしい』
職員が読み、頷いた。
「頼むわ」
解体場へ案内される。田中は収納袋から昨日と今日の獲物を順番に出していった。
鹿。
大型人型。
猿。
巨大猪。
狼。
熊。
さらに大きな人型。
途中から職員の人数が増えた。
「多かったな」
全部出し終えると、袋が一気に軽くなる。
「軽っ」
査定にはかなり時間が掛かった。魔石もすべて取り出され、田中へ返される。2日分で40個。
最後に硬貨が並べられた。田中は順番に数える。何度か数え直した。
3,850,000円。
「385万?」
もう一度数える。
「めっちゃいったやん」
所持金は186,206円から4,036,206円になった。
硬貨を収納袋へ入れる。周囲から視線を感じた。
「ん?」
少し離れたところにいた男たちが、田中の収納袋を見ている。3人。さっき並べられていた大量の硬貨も見ていた。
「何やねん」
男の1人が近づいてきた。何か言う。
「分からん」
田中は首を振った。男は収納袋を指差した。続けて手を出す。
「いや、渡さんで」
また何か言う。後ろの2人も近づいてきた。
「またこれか?」
先頭の男が田中の肩へ手を掛けた。
「触んな」
手を払う。男の顔つきが変わった。
その時、受付側から職員が大声を出した。男たちが振り向く。職員がこちらへ来ながら何か言う。3人は舌打ちするような顔をして離れていった。
「ギルドん中でやんなよ」
田中は魔石40個も収納袋へ入れた。
「帰ろ」
◇
ギルドを出る。歩き始めてしばらくしてから、田中は後ろを見た。
「……ついて来てるな」
さっきの3人ではない。別の男が4人。ギルドを出た時から距離を空けて歩いている。
「またかよ」
田中はそのまま進む。人通りの多い道を抜ける。細い道へ入ったところで、後ろの足音が速くなった。
「やっぱ来るんや」
振り返る。4人が道を塞ぐように広がった。何か言っている。
「分からん言うてんねん」
先頭の男が収納袋を指差す。手を出した。
「これ欲しいん?」
田中が袋を軽く持ち上げる。男が頷く。
「嫌や」
当然通じない。だが意味は伝わったらしい。
男の1人が腰の短剣を抜いた。
「おいおい」
別の1人も棍棒を構える。
「金見たからって、いきなりそれか」
田中は収納袋から金テコを取り出した。4人の動きが止まる。
「やるん?」
最初の男が踏み込んだ。短剣を突き出す。
田中は身体をずらし、手首を金テコで叩いた。短剣が地面へ落ちる。男が手を押さえて蹲る。
「次」
棍棒を持った男が振りかぶる。田中は先に踏み込んだ。腹へ金テコを当てる。男が折れるように倒れた。
残り2人が止まる。
「まだやる?」
田中は金テコを肩へ乗せた。
2人は倒れた仲間を見る。一歩下がる。
「帰れ帰れ」
手を払う。2人が仲間を連れて離れていく。
「ほんま治安悪いな」
金テコを収納袋へ戻した。
「金持ってるん見せるんも考えもんやな」
田中は家へ向かった。
◇
「ただいまー」
家の扉を開ける。田中は止まった。
「……なんやこれ」
床にも机にも壁際にも、見覚えのない物が置かれている。
金属片。
板。
筒。
線。
分解された魔道具。
組みかけの物まである。
「爺さん!」
奥からガルドが出てくる。
「オカエリ」
「おかえりちゃうわ!」
田中は床を指差した。
「何してんねん!」
「……」
「翻訳つけろ!」
ガルドが首元へ手を伸ばした。
「ん?」
ガルドの首から、小さな魔道具が下がっている。金属製の薄い本体。中央には大きめの魔石が1個取り付けられていた。
「それ何?」
ガルドが本体へ触れ、魔力を流した。淡い光が灯る。
『帰ったか』
「普通に翻訳されとるやん」
『当然だ』
「これ翻訳魔道具?」
『そうだ』
「首から下げられるようにしたん?」
『持ち運ぶ方が便利だ』
「まあ、それはそうやけど」
田中は中央の魔石を見る。
「前こんなん付いてへんかったよな?」
『変えた』
「何を?」
『最初に中を組み直した』
「何したん?」
『本体が使う魔力を減らした』
「どれぐらい?」
『三分の一だ』
「三分の一?」
『元は一時間に六十ほど使っていた。今は二十ほどで動く』
「そんな減るん?」
『減った』
「ほんで、その後これ付けたん?」
田中が中央の魔石を指差す。
『そうだ』
『消費が安定して二十まで下がるのを確認してから、蓄魔器を外した』
「ほんで魔石から直接?」
『そうだ』
「蓄魔器いらんようにしたんか」
『この形なら必要ない』
「また無茶苦茶してんな」
田中は首元の魔道具を覗き込む。
「俺らが魔力流すんは?」
『それは変わらない』
「前と一緒?」
『一時間に一ほどだ』
「そこはそのままなんや」
『使用者を中心に翻訳範囲を維持するために必要だ』
「なるほどな」
ガルドが続ける。
『範囲は広げた』
「……同じ一で?」
『そうだ』
「広くなってんのに?」
『そうだ』
「爺さん怖いわ」
田中は中央の魔石を見る。
「これの魔力なくなったら止まるん?」
『止まらない』
「止まらんの?」
『使用者から取れば動く』
「どれぐらい?」
『一時間で二十一』
「……二十一?」
『本体に二十。範囲維持に一』
「ほな、この魔石なくても使えるやん」
『使える』
「これ、ほぼ俺らの魔力減らさんために付いてるだけやん」
『そうだ』
「おまけみたいなもんやんけ」
『長く使うなら必要だ』
「まあ、そらそうか」
田中は改造された翻訳魔道具を見る。
「前より広くなって、本体の消費は三分の一。魔石なくても動く」
『そうだ』
「それを2日でやったん?」
『そうだ』
「……爺さん、こういうの詳しすぎへん?」
『好きだからな』
「好きでここまで出来るん?」
『出来た』
「答えなってへんぞ」
ガルドは気にした様子もない。
田中は部屋を見回した。
「で、この山は?」
『必要な物だ』
「またそれか!」
足元に小さな木箱がある。その上に、小粒の魔石が何個も並んでいた。細い金属部品で順番に繋がれている。
「これは?」
『試している』
「何を?」
『小さい魔石を複数使う方法だ』
ガルドは横に置かれた小さな試作品を持ち上げた。
『一つでは足りない』
「うん」
『だから複数を繋いだ』
「それでデカい魔石みたいに使えるん?」
『近い』
ガルドが試作品へ触れる。淡い光が灯った。
「おお」
ガルドが手を離す。光が消える。
「ほんまに動くんや」
『組み方を変えれば使える』
「そんな事まで出来んの?」
『出来た』
「そればっかりやな」
田中は床に置かれた別の物を見る。完全に分解されている。
「これ何?」
『蓄魔器だ』
「バラバラやん」
『分解した』
「なんで?」
『構造を見るためだ』
「買ったやつ?」
『そうだ』
「買ってすぐバラしたん?」
『そうだ』
「金……」
田中はそこで止まった。
「爺さん」
『なんだ』
「一昨日渡した50万、残ってる?」
ガルドが少し黙る。
「おい」
ガルドが懐から硬貨を出した。田中が数える。
銅貨20枚。
「二千円分しかないやんけ!」
『必要だった』
「また全部使っとるやん!」
『全部ではない』
「ほぼ全部や!」
田中は額を押さえる。
「ほんで、この蓄魔器は何してんの?」
『構造は分かった』
「それで?」
『作れる』
「……何を?」
『蓄魔器を』
田中は黙った。分解された蓄魔器。小さな魔石を複数繋いだ試作品。首から下げられるようになった翻訳魔道具。順番に見る。
「爺さん」
『なんだ』
「お前、ほんま何者なん?」
『ガルドだ』
「名前聞いてへんねん」
ガルドは答えない。
「……まあええわ」
田中は部屋を見回した。
「とりあえず歩く場所作れ」
『ある』
「どこや」
ガルドが細い隙間を指差した。
「それ道ちゃう。獣道や」
異世界に来て10日目が終わった。
所持金は4,036,206円だった。




