第二十一話 買い物
森へ入り、いつもの狩場を抜けていく。少し歩いたところで腹が鳴った。
「……朝なんも食ってへんやん」
田中は立ち止まった。家を出る前、狩りの途中で食べる物として通販で買っておいた物がある。
大塚製薬、カロリーメイトブロックのチーズ味。4本入り10箱で2,165円。
所持金は2,627,996円から2,625,831円になっている。
「昼まで待つ必要ないな」
周囲を確認してから収納袋から1箱取り出した。木の根元へ腰を下ろし、朝食代わりに4本を食べる。
「こういう時は楽やな」
火も皿もいらない。
ペットボトルの水を飲み、残った水を見る。
「……減ってきたな」
飲むだけではなく、これまでゴブリンから取った魔石を洗う時にも使っていた。
「何で飲む水で血ぃ洗ってたんやろ」
収納袋がある。水の重さを自分で背負って歩く必要はない。飲む水と、手や道具を洗う水を別々に持てばいい。
「帰ったらタンクでも買お」
ペットボトルを戻して立ち上がる。
昨日も1人で狩ったが、普段と大して変わらない場所を回った。今日はもう少し奥まで行ってみるつもりだった。
「もうちょい奥行ってみるか」
ガルドはいない。1人なら、進むのも引き返すのも自分だけで決められる。
田中は金テコを肩へ担ぎ、そのまま森の奥へ向かった。
しばらくは見慣れた景色が続いた。
最初にツノウサギを1体。少し進んだところでモリヘビを1匹。どちらも金テコで仕留め、死体のまま収納袋へ入れた。
「こいつらはそのままでええな」
ツノウサギもモリヘビも丸ごと買い取ってもらえる。魔石を取るためだけに自分で切り開いて、売れる部分を傷つける必要はない。
さらに進むと、ゴブリンが3体いた。向こうが田中へ気づく。
《――!》
「はいはい」
3体が走ってくる。先頭を金テコで殴り倒し、そのまま2体目も一撃。残った1体が横へ回ろうとしたが、田中の方が先に距離を詰めた。
「遅い」
金テコを振り下ろす。3体目も倒れた。
周囲を確認する。他にはいない。田中は金テコを収納袋へ戻し、黒打捌き包丁を取り出した。右耳3個と魔石3個を回収する。血はそのままにして収納袋へ入れ、包丁についた血だけ草で軽く拭った。
「洗うんは後でええわ」
ゴブリンの死体はその場へ残す。
「ここら辺はいつもと一緒やな」
田中はさらに奥へ進んだ。
◇
しばらく歩くと、魔物と出会わなくなった。さっきまで見かけていたツノウサギもモリヘビもいない。ゴブリンの声も聞こえない。代わりに木々が密になり、足元の草も深くなっていく。
「結構変わるな」
田中は時々後ろを振り返った。大きく曲がった木、苔のついた岩、途中にあった太い倒木。帰る時に分かるよう、目印になりそうな物を覚えて進む。
朝食から時間が経った頃、少し開けた場所を見つけた。
「昼も食っとくか」
周囲を確認してから腰を下ろす。今朝買ったカロリーメイトからもう1箱取り出した。
「10箱買っといて良かったな」
1箱を食べ、水を飲む。
残り8箱。
食べ終えると再び立ち上がり、さらに奥へ向かった。
◇
そこから先ではゴブリンが出てこない。ツノウサギもモリヘビも見ない。
しばらく歩いたところで、右手の草むらから低い唸り声が聞こえた。
「何や?」
田中は金テコを構える。灰色の獣が姿を現した。
「犬……にしてはデカいな」
大型犬より一回り大きい。見た目は狼に近い。
1頭。その後ろからもう1頭。さらに左側の草むらからも1頭出てきた。
「3匹か」
今まで田中が見たことのない魔物だった。3頭はゴブリンのように一直線には向かってこない。田中を中心に、少しずつ左右へ広がっていく。
「囲むんか?」
正面の1頭が走った。ほぼ同時に左側も動く。田中は正面へ踏み込み、金テコを振った。灰色の獣が身体を捻る。
「避けた?」
直撃は外れた。それでも横腹を捉え、獣が地面へ転がる。直後、左から2頭目が飛びかかってきた。田中は身体をずらした。牙が作業服の袖を掠める。
「速いな」
着地したところへ金テコを振る。頭へ直撃。2頭目が崩れた。
残る1頭はすぐには来ない。距離を取りながら田中を見ている。最初に殴った1頭が立ち上がった。
「まだ動くんか」
田中は待たずに近づき、一撃。今度は動かない。
その瞬間、背後から草を蹴る音がした。
「そっちやろ」
横へかわす。最後の1頭がすぐ横を飛び抜けた。着地したところへ田中が詰める。
「終わり」
金テコを頭へ叩き込んだ。3頭とも動かなくなる。
「ゴブリンより全然やりにくいな」
田中は1頭の横へしゃがんだ。毛皮、牙、爪。何が売れるのか分からない。
「知らんやつは触らん方がええ」
黒打捌き包丁は出さない。魔石も探さず、3頭とも死体のまま収納袋へ入れた。
◇
さらに進むと、水の流れる音が聞こえた。
「水あるやん」
木々の間を抜けると浅い流れがあった。周囲を確認してから水辺へ下り、作業手袋を外して手を洗う。黒打捌き包丁も取り出し、ゴブリンの血を流した。回収していた魔石3個もここで洗っておく。
「今日はこれ使えたけど、毎回ここ通るとは限らんしな」
洗い終えた物を収納袋へ戻した。
立ち上がった時、対岸の草が大きく揺れた。
「また何かおる」
姿を現したのは、大きな蜥蜴のような魔物だった。低い身体に太い四肢、長い尾。背中には岩のような鱗が並んでいる。
「何やこれ」
全長は田中の身長近くある。
魔物が身体を低くした。
「来るん?」
飛び出した。
「速っ」
田中は横へ避ける。すれ違いざまに金テコを背中へ叩き込んだ。ガンッ。
「硬っ!」
手へ強い衝撃が返る。魔物は少しよろめいただけだった。
「背中アカンのか」
向きを変え、もう一度走ってくる。田中は横へかわした。今度は背中へ打たず、後脚へ金テコを引っかける。
「おらっ」
力任せに払う。身体が傾き、そのまま横倒しになった。
「腹は?」
背中と違い、腹側には硬そうな鱗がない。
起き上がる前に金テコを叩き込む。一撃。魔物が暴れる。もう一撃。さらに一撃。動かなくなった。
「めんどくさいやつやな」
田中は背中の鱗へ触れた。
「これ何かに使うんやろな」
初めて見る魔物だ。切らない。魔石も抜かない。死体のまま収納袋へ入れる。
さらに奥を見る。
「今日はここまでにしとこ」
いつもの場所とは明らかに出てくる魔物が違う。この先に何がいるのかも分からない。
田中は来た道を引き返した。
◇
浅い場所まで戻ると、見慣れた魔物が再び出てきた。ツノウサギを3体、モリヘビを2匹仕留め、すべて丸ごと収納する。
今日の戦果はゴブリン3体、ツノウサギ4体、モリヘビ3匹、灰色の狼のような魔物3頭、硬い蜥蜴のような魔物1匹。合計14体。
ゴブリンの右耳3個。自分で取った魔石3個。その他11体は、魔石が入ったままの死体だ。
「奥行ったら出てくるやつ変わるんやな」
田中は町へ戻った。
◇
北門で冒険者証を渡し、収納袋を検査台へ置いた。水晶が淡く光る。門番が表示を確認し、最後まで見終えると冒険者証を田中へ返した。
「どうも」
受け取り、町へ入る。家へは寄らず、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
◇
買取場所へ行く。田中は収納袋を指し、身振りで買取を頼んだ。職員が頷く。
ツノウサギ4体、モリヘビ3匹、ゴブリンの右耳3個、灰色の獣3頭、硬い蜥蜴のような魔物1匹を順番に査定台へ出していく。
職員は灰色の獣の毛皮や牙を確認し、蜥蜴のような魔物では背中の鱗や身体を順番に見ていった。
「俺が知らんだけなんやろな」
田中は査定が進むのを待つ。途中で収納袋からゴブリンの魔石を1個取り出し、職員へ見せた。魔石を指す。次に査定台へ並んでいる11体の死体を指し、最後に自分を指した。
「こいつらの魔石、返して」
職員が田中を見る。まだ伝わっていない。
田中はもう一度、手に持った魔石、台の死体、自分の順で指した。
「魔石。俺」
職員が少し考え、頷いた。
「通じた」
魔石を田中へ返す条件で査定が続けられる。職員たちが死体から魔石を取り出していった。ツノウサギから4個、モリヘビから3個、灰色の獣から3個、硬い蜥蜴から1個。合計11個。
すべて田中へ返される。自分で取ったゴブリンの3個と合わせ、今日手に入れた魔石は14個になった。
◇
査定が終わった。硬貨が並べられる。田中は数えた。
69,300円。
「キバイノシシおらんかったら、こんなもんか」
魔石はすべて返してもらっている。
所持金は2,625,831円から2,695,131円になった。
「まあええか」
魔石14個を収納袋へ入れ、ギルドを出た。
◇
新しい家へ帰る。扉を開けた。
「ただいま」
「オカエリ」
奥からガルドが出てきた。
「爺さん、翻訳頼む」
「ワカッタ」
ガルドが翻訳魔道具へ触れ、魔力を流す。淡い光が灯った。
『これでいい』
「助かるわ」
田中は家の中を見回した。
「お」
朝より物が増えている。簡素な中古の机と椅子2脚。鍋や皿、木の椀、匙、桶、箒、布巾。それに買ってきた食料も置かれている。
2階へ上がると、田中とガルドが使う部屋にはそれぞれ寝具と毛布、枕が用意されていた。他の部屋はほとんど何もない。
「10万じゃ、まあこんなもんやな」
『足りなかった』
「見たら分かる」
1階へ戻る。壁際には小さな木箱もあった。
「それ何?」
『私の物だ』
「もう自分のも買ってるやん」
中には小さな金槌やヤスリ、鋏、革紐、布、細かな金属片が入っている。横には替えの服と茶葉まであった。
「茶も買ったん?」
『飲む』
「まあええけど」
田中は改めて部屋を見る。
「まだ何いる?」
『棚。衣服を入れる箱。調理道具。食料。家具も少し必要だ』
「結構残ってんな」
『だから足りない』
「はいはい」
ガルドが手を出した。
『金』
「やっぱそれか」
『大銀貨三枚』
「30万?」
『欲しい』
田中は少し考え、収納袋へ手を入れた。大銀貨3枚を取り出してガルドへ渡す。
所持金は2,695,131円から2,395,131円になった。
「家のもんちゃんと買えよ」
『分かっている』
「爺さんの道具ばっか増やすなよ」
『必要な物だけだ』
「その必要が怪しいねん」
◇
森で考えていたことを思い出す。
「そうや。水入れるやつ買お」
『水を入れる物なら町にも――』
「いや、俺が用意するわ」
田中はその場で収納袋へ手を入れ、通販を開いた。
10Lのコック付きポリタンク。食品衛生法適合。1個1,044円。
「2個でええな」
飲み水用と洗浄用。2個で2,088円。
「水どこで入れるかは爺さんに聞いたらええ」
この家で使う水をどこから確保するのかは、まだ確認していない。今日は容器だけ買う。
続いて灯りを探した。
GENTOSのLEDランタン、EX-334D。1個1,989円を4個で7,956円。各ランタンにはテスト用単3形乾電池4本が付属している。
予備にPanasonicのエボルタNEO、単3形8本パック1,320円を2つ。2,640円。
ポリタンクと合わせて12,684円。
「これでええ」
購入する。
所持金は2,395,131円から2,382,447円になった。
田中は収納袋から購入した物を取り出した。
◇
「爺さん、まずこれ」
ポリタンク2個を床へ置く。ガルドが近づいた。
『……何だ、それは』
「水入れるやつ」
ガルドが片方を持ち上げ、表面へ指を当てた。
『軽いな。それに、木でも金属でもない』
「プラスチック。前にペットボトル見たやろ。あれと似たようなもんや」
ガルドは取っ手や表面を見ながら、もう一度持ち上げる。
『これだけ大きくても、この軽さか』
「水入れたら水の分は重くなるけどな」
田中は下部のコックを指した。
「ここ捻ったら水出る」
ガルドがコックを見る。
『水を入れたまま、ここから必要な分だけ出せるのか』
「せや。1個飲む用。もう1個、森で手とか包丁洗う用」
『二つとも持っていくのか』
「収納袋あるからな」
『そうか』
ガルドはしばらくポリタンクを見てから床へ戻した。
『こんな容器は見たことがない』
「そらそうやろな」
「で、この辺の水ってどこで汲むん?」
『水か』
「場所だけ後で教えて。今日はもう出えへん」
『分かった』
◇
「次これ」
田中はLEDランタンを1個と乾電池を机へ置いた。ガルドが見る。
『これは何だ』
「灯り」
『これが?』
「まあ見とけ」
田中はランタンの底を開き、付属の乾電池を4本取り出した。
「これが電池。4本入れて使う」
『デンチ?』
「せや」
向きを確認しながら4本入れ、蓋を閉める。
「ここ押したら点く」
スイッチを押した。白い光が灯る。ガルドが黙ってランタンを見る。田中はそのまま机へ置き、手を離した。光は消えない。
『……魔力を流していないのか』
「流してへんで」
ガルドがランタンへ顔を近づけ、外側を見回した。
『蓄魔器は?』
「そんなもん入ってへんで」
ガルドが顔を上げる。
『では、今入れた四つが動力なのか』
「せや。あれが電池」
ガルドは残った乾電池を1本持ち上げた。
『これが……』
「魔力は使わへん」
『そうなのか』
乾電池をゆっくり回して見る。田中はスイッチを押して一度消し、もう一度点けた。
「使う時ここ。消す時もここ。暗なってきたら4本まとめて交換」
予備の電池を見せる。
「こっちは予備」
『私にもやらせてくれ』
「ええで」
ガルドへランタンを渡す。ガルドがスイッチを押す。消える。もう一度押す。点く。机へ置いて手を離す。白い光はそのまま灯り続けた。
『簡単だ』
「簡単やろ」
ガルドは乾電池へ視線を戻す。
『この電池という物は、他にもあるのか』
「あるで。大きさ違うやつとか」
『別の物も動かせる?』
「その機械がその電池使うやつやったらな」
『そうか』
ガルドはしばらく乾電池を見ていた。田中が残り3台のランタンも机へ置く。
「1階、台所、俺の部屋、爺さんの部屋。4つあったら足りるやろ」
『十分だ』
「壊すなよ」
『分かった』
「分解もすんなよ」
ガルドの視線が、もう一度乾電池へ落ちる。少し沈黙した。
『……分かった』
「今、間あったやろ」
『ない』
「あったわ」
◇
ガルドは乾電池を机へ戻したが、まだ何度かそちらを見ている。やがて田中へ顔を向けた。
『金をもう少し欲しい』
「また?」
『あと大銀貨二枚』
「30万渡したばっかりやん」
『必要な物が増えた』
「電池見てから言うなや」
『家の物も買う』
「“も”やろ?」
『そうだ』
「認めるんかい」
田中は収納袋へ手を入れた。
「ほんまに家の物も買えよ」
『買う』
「食料、棚、家具」
『買う』
「爺さんの道具」
『買う』
「最後だけやめろ言うてんねん」
大銀貨2枚を渡す。
所持金は2,382,447円から2,182,447円になった。
「追加で渡した分だけでも50万やからな」
『分かった』
「使い切って明日すぐ寄越せ言うなよ」
『分からない』
「そこは分かった言えや」
◇
ガルドは大銀貨をしまった。その後、机に置かれた乾電池をもう一度見る。少しして田中へ顔を向けた。
『お前、魔石はまだ持っているのか』
「あるで」
『いくつだ』
「昨日まで35個。今日14個増えたから……49個やな」
『狩りで使うのか』
「使わん」
『なら家へ置いていけばいい』
「ああ」
今までは宿暮らしだった。価値のある物を部屋へ置いて出るより、収納袋へ入れて持ち歩く方が安心だった。だが今は自分たちの家がある。
「確かに持って行く意味ないな」
田中は収納袋へ手を入れ、昨日までの35個と今日の14個、合計49個の魔石を取り出した。
「結構あるな」
『入れておく箱が必要だな』
「それは買っといて」
『分かった』
「勝手に売るなよ。無くすんも無しな」
『分かっている』
◇
しばらくすると、ガルドが今日町で買ってきた食事を机へ並べた。
『食べるか』
「食う食う」
田中はLEDランタンのスイッチを押した。白い光が1階を照らす。
「やっぱ明るいな」
ガルドは席へ座る前に、またランタンを一度見た。
「分解すんなよ」
『分かっている』
「ほんまか?」
『食べるぞ』
「誤魔化したな」
田中も椅子へ座った。
昨日までほとんど何もなかった家に、机や椅子、寝具、食器、食料、灯りが揃い始めている。壁際には空のポリタンク2個も置かれていた。
「追加で50万渡したし、明日また結構増えるな」
『必要な物は多い』
「爺さんの道具以外な」
『それも必要だ』
「家よりそっち充実しそうで怖いわ」
ガルドは何も答えず、食事を始めた。田中も飯へ手を伸ばした。
異世界生活 7日目
所持金 2,182,447円




