第十九話 話し合い
「ほな、偉い奴出してもらおか」
当然、誰にも通じない。だが入口で倒れている男たちを見れば、何をしに来たのかくらいは伝わったらしい。
1階の奥で怒鳴り声が上がった。
《――!》
椅子を蹴って男たちが立ち上がる。
剣。
短剣。
棍棒。
階段や2階にいた連中まで一斉に武器を手にした。
「そら持ってるわな」
横を見る。ガルドが両手で頭を抱えている。
「オレ、ツウヤク……」
「知ってる。爺さんは入口おれ」
ガルドが入口脇へ下がった。直後、短剣を持った男が飛び込んでくる。
突きをかわし、手首を掴む。強く捻ると短剣が床へ落ちた。そのまま男を横へ投げる。机へ突っ込んだ。
間を置かず、右から剣。
「危な」
刃が目の前を通り過ぎる。
「ほんまに殺す気やん」
振り切った腕を掴み、腹へ拳を叩き込む。男が崩れた。
そこから先は一気だった。剣を振ればかわされる。短剣を突けば腕を取られる。棍棒を振り上げれば、その前に殴り倒される。男を投げれば別の男を巻き込み、机が倒れ、椅子が飛んだ。
「何人おんねん!」
階段から降りてきた連中まで加わる。田中は階段の途中から斬りかかってきた男の腕を掴んで引いた。男が転げ落ち、後ろの連中をまとめて巻き込む。その隙に田中は階段を駆け上がった。
◇
2階へ顔を出した瞬間、横から剣が来た。頭を引く。刃が鼻先を通過する。
「ほんま危ないって」
手首を掴んで壁へ叩きつける。剣が落ちた。
奥からまた何人も走ってくる。田中は短剣をかわし、1人を殴り倒す。次の男の腕を掴み、手すりへ叩きつけた。それでも短剣を離さない。
「離せや」
手首を捻る。刃物が落ちた。田中は胸倉を掴み直す。下は1階。
「ほい」
そのまま手すり越しに放った。
「――!」
男が1階の机へ落ちた。大きな音とともに机が潰れる。男は動かない。田中は確認もしなかった。
背後から剣が振り下ろされる。かわす。腹へ一発。その男も手すり側へよろめいた。
「お前も下な」
掴んで放る。悲鳴と何かが砕ける音が下から響いた。
それを見ても、残った連中は止まらない。剣も短剣も次々と向かってくる。田中も止まらなかった。殴る。投げる。武器を落とさせる。廊下を進むたびに、立っている男が減っていく。
◇
奥から大柄な男が現れた。幅の広い剣を持っている。後ろにも数人。
《――!》
「まだおるんか」
大柄な男が剣を振り下ろした。田中が横へ飛ぶ。刃が床板へ食い込む。
「それ当たったら死ぬやろ」
剣を引き抜くより早く腹へ拳を叩き込んだ。巨体が折れる。それでも剣を離さない。
手首を掴み、無理やり指を開かせる。剣が落ちた。
大柄な男が拳を振る。かわす。顔へ一発。巨体が床へ倒れた。
後ろにいた男たちが一瞬止まる。
「まだやる?」
短剣が構え直された。
「来るんかい」
田中が前へ出た。
◇
やがて建物の中が静かになった。床と階段に男が転がり、剣や短剣が散らばっている。壊れた机や椅子が通路を塞いでいた。田中はその間を歩く。
向こうは最初から刃物で殺しに来ていた。手すりから落とした男が生きているかどうかまで確かめる気はなかった。
「爺さん!」
入口脇からガルドが顔を出す。
「オレ、ツウヤク……」
「分かったって。来て」
ガルドは倒れた男と刃物を避けながら、恐る恐る2階へ上がってきた。
◇
廊下の奥に扉がある。田中が開けた。
広い部屋だった。
中央に大きな机。
その向こうに身なりのいい中年の男が座っている。
左右には4人の男。
全員、剣を持っていた。
「まだおるんか」
中年の男が何か言う。
《――》
「爺さん、何て?」
その時、部屋の隅にいた武器を持っていない男が、小さな台の上の魔道具へ手を触れた。淡い光が灯った。
『今すぐここから出ていけ』
「お」
急に言葉が分かるようになった。
『貴様……何をしたか分かっているのか』
「そっちが斬りかかってきたんやろ」
『ここへ殴り込んできたのは貴様だ』
「話しに来たら入口から手ぇ出してきたんや」
『黙れ! 殺せ!』
4人が一斉に動いた。剣が左右から来る。
田中は最初の刃をかわし、男の腹へ拳を入れた。身体が重なるように踏み込んできた2人目を掴んで机へ投げる。背後の剣を避け、その腕を取って床へ叩き落とす。最後の男が振り下ろした剣を外し、顔へ一発。数秒で4人が床へ沈んだ。
中年の男が机の引き出しから短剣を抜く。
『死ね!』
「お前もかい!」
突きをかわす。手首を捻る。短剣が落ちた。そのまま胸倉を掴み、机へ叩きつける。
『離せ!』
「まだやるん?」
『調子に乗るな!』
「あ?」
『うちの組織はここだけではない。この街にも別の拠点がある。他の街にも仲間はいる』
「へえ」
『ここまで引っかき回して、生きてこの街から出られると思うな』
田中は男を見た。鼻で笑う。
「――で?」
『……何?』
「それ誰に効く脅しなん?」
『貴様――』
「他にもおるんやろ?」
『そうだ』
「ほな今呼べや」
『何?』
「今すぐ呼べんの?」
男が黙った。
「下の奴ら転がってるで」
田中は扉の向こうを顎で示す。
「他の街に何人おるとか、後から何人来るとか、今どうでもええねん」
『……』
「今ここでお前助けに来る奴おるん?」
『貴様、自分が何を――』
「おらんのやろ?」
田中が男を机から引き起こす。
「俺がこの街から生きて出られるか心配する前に、自分がこの部屋から生きて出られるか考えた方がええんちゃう?」
男の顔から血の気が引いた。
「今すぐ上の奴呼べるんやったら呼べ」
『……』
「呼ばれへんのやったら、お前が話せ」
田中の声が低くなる。
「俺、別にお前ら殺さんように気ぃ使ってへんで」
『……』
「2階から落とした奴も、生きてるか確認してへん」
男の視線が扉の向こうへ向く。
「お前ら刃物で俺殺しに来たんやろ」
田中は胸倉を掴む手に力を入れた。
「まだ続けるんやったら、次はお前やで」
誰も助けには来ない。部屋の隅では、戦いに加わらなかった男だけが魔道具へ魔力を流し続けている。
「どうする?」
『……』
「まだ脅す?」
中年の男の肩から力が抜けた。
『……降参だ』
「ほなやっと話できるな」
田中は胸倉を離した。
◇
「まず孤児院」
『何だ』
「昨日、俺が金払った」
『いくらだ』
「爺さん」
ガルドが答える。
「大銀貨七枚と銀貨五枚だ」
「それ」
中年の男の眉が動く。
『誰に渡した』
「昨日、孤児院に来てた3人。顔なら分かる」
『こちらの記録にはない』
「せやから今日また取り立て来たんやろ。昨日の奴呼んで」
『証拠はあるのか』
「無い。でも孤児院の女も見てる」
中年の男は少し考え、倒れていた部下の1人へ命じた。
『昨日、孤児院へ行った者を連れてこい』
◇
「待ってる間に宿な」
『何だ』
「今日、俺泊まってた宿めちゃくちゃにされた」
『……』
「俺探しに行った奴らが壊したんやろ」
『部下を行かせた』
「やっぱお前らやん」
『貴様がこちらの者を痛めつけた』
「それで関係ない宿壊すん?」
『……』
「そのせいで俺追い出された」
田中は続ける。
「今日、孤児院の女もまた殴られてた」
『取り立てに抵抗すれば――』
「借金取りやったら殴ってええん?」
『……』
「金返せって言うんは分かる。でも関係ない宿壊すんと女殴るんは別や」
中年の男は黙った。
◇
しばらくして男が1人連れてこられた。田中は顔を見るなり指差した。
「こいつ」
中年の男が睨む。
『昨日、孤児院で金を受け取ったか』
『……』
『答えろ』
『……受け取りました』
「ほら」
『いくらだ』
『大銀貨七枚と銀貨五枚です』
『その金は』
男の視線が泳いだ。
『三人で……分けました』
「ほんまに無かったことにしてたんかい」
中年の男の顔が険しくなる。
『連れていけ』
男が連れ出された。
◇
『孤児院からの支払いは受領済みとして処理する。借金もこれで終わりだ』
「記録残る?」
『残す』
「よし」
田中は中年の男を見る。
「あと俺と爺さんに手ぇ出すな」
『分かった』
「孤児院も」
『もう行かない』
「宿も」
『……分かった』
「そっちから来んかったら、俺ももう来ん」
『分かった』
「ほな手打ちな」
中年の男が頷いた。
◇
「あと俺、住むとこ無いねん」
『……何?』
「お前らが宿壊したせいで追い出された」
『宿への損害は弁償する』
「それは宿にしたれ」
『なら貴様には金を払う』
「金はいらん」
『なら何が欲しい』
「家」
『……家?』
「今日寝るとこ無いねん」
『別の宿へ行け』
「またお前ら来ると思われたら泊めてもらわれへんやろ」
『……』
「空いてる建物ないん?」
『なぜ私が家まで――』
田中は黙って男を見る。扉の外から呻き声が聞こえた。
『……分かった』
中年の男が部下へ聞く。
『空いている物件は』
『元店舗が一つあります。三階建てで、一階が店舗と倉庫、二階と三階が住居です』
「広そうやな」
『十分広い』
「ほなそれでええわ」
『……分かった。譲る』
「よし。案内して」
『案内をつける』
◇
田中が扉へ向かう。ガルドがついてこない。
「爺さん?」
ガルドは部屋の隅を見ていた。田中がその視線を追う。
台の上の魔道具。
「あ」
田中は足を止めた。
「これ、ギルドにあった通訳の魔道具やん」
中年の男の顔が露骨に嫌そうになる。
「大金貨2枚、2,000万のやつやろ」
『……そうだ』
「あ! 俺、そもそも言葉も通じへんねん」
『……』
「これも貰っていくで」
『待て!』
「何?」
『建物まで渡す。その上、それまで持っていく気か』
「せや」
『大金貨二枚だぞ!』
「知ってるって」
田中が男を見る。
「嫌なん?」
『当然だ!』
「まだ続きする?」
『……』
中年の男は扉の向こうを見る。しばらく黙ったあと、大きく息を吐いた。
『……持っていけ』
「よし」
田中がガルドを見る。
「爺さん、これ動かして」
ガルドは魔道具を慎重に持ち上げた。魔道具へ触れていた男が手を離し、淡い光が消えた。ガルドが魔道具へ魔力を流した。再び淡い光が灯った。
「お、いけた」
『これで聞こえるか』
「めっちゃ普通に聞こえる」
田中は満足そうに頷いた。
「ほな行こか」
◇
案内された建物は、聞いていた通りの三階建てだった。1階は広い店舗跡と倉庫。2階と3階にはいくつも部屋がある。田中は一通り見て頷いた。
「広いやん。これでええわ」
『十分すぎるくらいだ』
「爺さんの部屋もあるで」
『私の部屋もあるのか』
「そら一緒に住むんやからいるやろ」
ガルドが建物の中を見回した。
『洞窟ではないな』
「当たり前や」
ガルドが大きく頷く。
『それならいい』
「そこ一番大事なんかい」
田中は笑いながら1階を見回した。
異世界生活 6日目
所持金 2,721,156円




