第十八話 借金取り
「お前来いへん気満々やんけ」
「イヤ」
「昨日そんな怖かったん?」
「モリ、イヤ」
「しゃあないな。今日は爺さん置いてくか」
「オレ、ヤド」
「はいはい。宿で待っとけ」
田中は受付へ向かった。
「爺さん、もう1日泊まるって言うて」
ガルドが年配の女へ伝える。
《――》
《――》
「ギンカ、イチ」
「1万円な」
田中は銀貨1枚を支払った。
所持金は1,910,556円から1,900,556円になった。
新しい木札を受け取る。
「先に飯食うか」
「メシ」
◇
昨日の朝にも寄った屋台へ向かった。平たいパンに焼いた肉を挟んだものを2つ買う。
「ダイドウカ、ニ」
「2,000円な」
田中が支払った。
所持金は1,900,556円から1,898,556円になった。
食べ終えて宿へ戻る。部屋へ入ると、田中はガルドを見る。
「爺さん、ここで待っといて」
「マツ」
「今日は森来んでええから」
「イカナイ」
「嬉しそうやな」
「イッテラッシャイ」
「まだ言うか」
田中は収納袋を肩へ掛けた。
「ほな行ってくるわ」
◇
北門を出て、1人で森へ向かった。今日は洞窟には寄らない。そのまま森へ入る。
田中は作業手袋を着け、収納袋から金テコを取り出した。
「1人やったら気ぃ使わんでええな」
ほどなくツノウサギを見つける。一撃で仕留め、死体を収納袋へ入れた。次にモリヘビ。頭へ金テコを叩き込み、そのまま収納する。さらにゴブリン2体。金テコで倒し、収納袋へ戻す。
黒打捌き包丁を取り出し、2体の右耳を切り取って回収した。
「魔石もやな」
昨日ガルドが何度も切り開いていた場所を思い出す。胸の辺りへ包丁を入れた。
「この辺やったはずやけど」
少し探る。硬い物が指先に触れた。
「あった」
魔石を取り出す。2体目はもっと早かった。
田中はペットボトルを取り出し、2個の魔石を水で洗って収納袋へ入れた。包丁とペットボトルも収納袋へ戻し、再び金テコを取り出す。
◇
昨日より速い。ガルドを安全な場所へ移動させる必要もなければ、魔石を取らせるたびに待つ必要もない。
ツノウサギ。
モリヘビ。
ゴブリン。
見つけた魔物を順番に倒していく。ゴブリンは倒すたびに金テコを収納し、黒打捌き包丁で右耳を回収した。続けて魔石を取り出し、ペットボトルの水で洗って収納袋へ入れる。使い終わった包丁とペットボトルもその都度収納袋へ戻した。
ツノウサギとモリヘビは倒したその場で死体ごと収納していく。戦闘へ戻る時には再び金テコを取り出した。
昼を過ぎた頃、茂みからキバイノシシが姿を現した。
「今日は爺さんおらんで」
キバイノシシが突進する。田中は横へかわし、頭へ金テコを叩き込んだ。キバイノシシがよろめく。向きを変え、再び突進してきた。
「はい」
もう一撃。巨体が地面へ崩れた。動かないことを確認し、死体を収納袋へ入れる。
その後も狩りを続けた。キバイノシシをもう1体仕留め、それも収納袋へ入れる。日が傾き始めたところで切り上げた。
今日の戦果は、
ゴブリン6体。
ツノウサギ5体。
モリヘビ3体。
キバイノシシ2体。
ゴブリンの右耳6個。
ゴブリンの魔石6個。
ツノウサギ5体、モリヘビ3体、キバイノシシ2体もすべて収納袋に入っている。
「こんなもんか」
田中は金テコを収納袋へ戻し、作業手袋を外して入れた。
◇
北門で冒険者証を見せ、収納袋の検査を済ませる。そのまま冒険者ギルドへ向かった。
買い取り場所で獲物を出していく。
ツノウサギ5体。
モリヘビ3体。
キバイノシシ2体。
ゴブリンの右耳6個。
ゴブリンの魔石6個。
今日はガルドがいない。職員と田中はしばらく顔を見合わせた。
「昨日と同じやつ」
「?」
「そら分からんわな」
田中はゴブリンの魔石を指差す。次にツノウサギ、モリヘビ、キバイノシシを指差し、そこから何かを取り出す仕草をして自分を指差した。
「魔石。返して」
職員が少し考える。
《――》
「分からん」
田中はキバイノシシを指差す。腹の辺りを指し、それから肉を食べる真似をした。
「肉もちょっと」
「……?」
「昨日もやったやん」
何度か身振りを繰り返した。やがて職員が何か思い出したような顔をする。魔物を指差してから、小さな物を取り出す仕草。次にキバイノシシの肉を指差す。
「そう、それ」
田中が何度も頷いた。職員もようやく理解したらしい。
◇
しばらく待った。売らなかったゴブリンの魔石6個が戻ってくる。さらに解体された獲物から、
ツノウサギの魔石5個。
モリヘビの魔石3個。
キバイノシシの魔石2個。
合わせて10個。今日手に入れた魔石は合計16個になった。昨日までの19個と合わせれば35個。
キバイノシシの肉も大きな包みにされて戻ってきた。昨日と同じくらいの量だ。
田中は返された魔石16個と肉を収納袋へ入れた。残りを売却する。
今回の査定額は822,600円だった。
報酬を受け取る。
所持金は1,898,556円から2,721,156円になった。
「よし」
田中はギルドを出た。
◇
そのまま孤児院へ向かおうとして、足が止まった。
「あ」
昨日はガルドがいた。肉を渡すだけなら身振りでも何とかなるかもしれない。だが向こうから何か言われても、田中には分からない。
「爺さん連れてくか」
田中は方向を変え、宿へ向かった。
◇
宿のある通りへ入ったところで、足が止まった。
「……何や?」
入口の扉が壊れている。嫌な予感がした。田中は足を速める。中へ入った。
「……おい」
店内は滅茶苦茶だった。
椅子が倒れている。
机もひっくり返されていた。
割れた皿や器が床に散らばっている。
壁際の棚まで倒されていた。
年配の女が床に散らばった物を片づけている。
「何あったん?」
女が顔を上げる。田中を見るなり、表情が険しくなった。
《――》
「……分からん」
「爺さん!」
階段の方へ声を掛ける。少ししてガルドが下りてきた。
「爺さん、大丈夫か?」
「ダイジョウブ」
「これ何あったん?」
ガルドが壊れた店内を見る。
「オトコ、キタ」
「男?」
「アナタ、サガス」
「俺を?」
「ソウ」
「何人?」
ガルドは少し考え、指を4本立てた。
「4人か」
「アナタ、イナイ」
「そら狩り行ってたからな」
ガルドが倒れた机を指差す。
「オトコ、コワス」
「俺がおらんかったから店壊したん?」
「ソウ」
田中は黙って店内を見回した。
「……あいつらか」
昨日、孤児院から尾行されていた。結局、宿まで知られていたらしい。
年配の女が田中へ何か言った。
《――》
「爺さん、何て?」
ガルドが聞き返す。
《――》
女の声が強くなる。ガルドが田中を見る。
「アナタ、モウ、トマレナイ」
「俺?」
「ソウ」
「追い出すって?」
「……ソウ」
田中は女を見る。女は壊れた店内を指差し、さらに何か言った。
《――》
ガルドが聞く。
「アナタ、イル。マタ、クル」
「俺がおったらまた来るって?」
「ソウ」
田中はしばらく黙った。今日の宿代も払っている。だが、目の前の惨状を見て文句を言う気にはならなかった。
「……そらそうなるわな」
田中は木札を取り出し、受付へ置いた。
「悪かったな」
女は答えない。怒っている。怖がってもいる。田中にはそれ以上何も言えなかった。
「爺さん、荷物ある?」
「ナイ」
「ほな出よ」
ガルドが田中を見る。
「ヤド?」
「もう泊まられへん」
「……ドウクツ?」
「まだ決まってへんわ」
「ドウクツ、イヤ」
「俺も嫌や」
田中とガルドは壊れた宿を出た。支払った宿代は戻らなかった。
所持金は2,721,156円のまま。
◇
「とりあえず肉持って行こか」
「コジイン?」
「そう」
田中とガルドは孤児院へ向かった。近づくにつれ、何か怒鳴る声が聞こえてきた。
「……またおるやんけ」
孤児院の前に男が4人いた。昨日とは違う顔だ。年配の女が男たちの前に立っている。
《――》
《――》
ガルドが足を止めた。
「カネ」
「また金?」
「ソウ」
田中の眉が寄る。
「昨日払ったやろ」
年配の女が何か訴える。
《――》
男の1人が怒鳴った。次の瞬間、女の顔を殴った。女が地面へ倒れる。
「おい!」
田中が走り出した。男たちが振り返る。
「何してんねん!」
先頭の男が田中の前へ出てくる。
《――》
「爺さん、何て?」
「カエレ」
「嫌や」
田中は倒れた女を見る。
「昨日の金どうなってん?」
ガルドが男へ伝える。
《――》
男が鼻で笑った。
《――》
「何て?」
「キノウ、カネ、シラナイ」
「は?」
「キロク、ナイ」
「記録がない?」
「ソウ」
田中は男を見る。
「昨日、俺が75万払ったぞ」
「?」
「爺さん。昨日ここで払った金。言うて」
ガルドが伝える。
《――》
男が肩をすくめる。
《――》
「何やって?」
「モラッテナイ」
「……は?」
「カリ、ノコル」
「借金残ってる?」
「ソウ」
倒れていた年配の女が起き上がろうとしながら何か叫ぶ。
《――》
ガルドが聞き取る。
「キノウ、カネ、ハラッタ」
「そらそうや」
女がさらに何か言う。
《――》
「オトコ、モッテイッタ」
「昨日の3人が持って帰ったって言うてんの?」
「ソウ」
男たちは何か言い返す。
《――》
ガルドの顔が曇った。
「何て?」
「シラナイ。キロク、ナイ。カネ、ハラエ」
田中は黙った。昨日、750,000円を渡した。これで終わりだと一方的に言った。だが、本当に借金が消えたか確認していない。何かを書いてもらったわけでもない。受け取った男たちが組織へ渡したのかすら分からない。
「……俺、ただ75万渡しただけやんけ」
「?」
「やられたな」
先頭の男が田中の胸を強く押した。
《――》
「何?」
「カエレ。カネ、カンケイナイ」
「俺が払った金やぞ」
男がもう一度手を伸ばす。田中はその手首を掴んだ。
「爺さん」
「?」
「こいつらの事務所どこか聞いて」
ガルドが男へ尋ねる。
《――》
男が怒鳴り返す。
「イワナイ」
「ほな案内してもらおか」
「?」
男が手を振りほどこうとした。横から別の男が殴りかかってくる。
「邪魔や」
田中は拳をかわし、腹へ一発入れた。男が膝から崩れる。残った2人が同時に動く。1人の胸倉を掴み、横へ投げる。もう1人の拳をかわし、腹へ拳を入れた。3人が地面に倒れた。
腕を掴まれている男の顔が引きつる。
「案内して」
ガルドが伝える。
《――》
男が首を横へ振り、何か言い返した。
《――》
ガルドが田中を見る。
「イヤ。イカナイ」
「爺さんと同じこと言うな」
田中は腕を離さない。その時、ガルドが収納袋を指差した。
「ニク」
「あ」
完全に忘れていた。
「先これ渡そ」
田中は男を掴んだまま孤児院の入口へ戻る。収納袋からキバイノシシの肉を取り出した。年配の女へ差し出す。
「子供らに」
ガルドが伝えた。
《――》
女は殴られた頬を押さえながら田中を見る。
《――》
「何て?」
「イマ、ソレ?」
田中は一瞬黙った。
「……まあ、そうなるわな」
ガルドが女へもう一度伝える。
「コドモ、ニク」
《――》
女は困惑しながらも肉を受け取った。その間に、倒れていた3人が身体を起こし始める。田中がそちらを見る。
「まだやる?」
意味は通じなくても、3人は首を横へ振った。1人が別の1人を肩で支える。もう1人もふらつきながら立ち上がった。3人は田中から距離を取り、そのまま逃げるように通りの向こうへ消えていく。
田中は見えなくなるまで確認した。
「これでええか」
捕まえている男を見る。
「ほな事務所」
◇
男を先頭に歩かせる。ガルドがその横。田中は後ろからついて行く。
しばらくして、男が1軒の建物の前で止まった。周囲の建物より大きい。入口には男が2人立っている。
「ここ?」
「ココ」
「よし」
田中が腕を離した瞬間、案内してきた男が入口へ走る。
《――!》
入口の2人が田中を見る。1人が前へ出た。
《――》
「爺さん、何て?」
「カエレ」
「今日はそればっかりやな」
男が田中の胸を強く押した。田中はその腕を払い、腹へ拳を叩き込んだ。男が崩れる。
もう1人が殴りかかってきた。拳をかわす。顎へ一発。2人目も倒れた。
「爺さん、離れんなよ」
「……ハナシ?」
「せや。話し合いや」
田中は扉へ手を掛ける。開いた。中にいた男たちが一斉にこちらを見る。
「……多ない?」
1階だけでも十数人。
階段にも男がいる。
2階の手すりから下を覗いている奴までいる。
ざっと見ただけでも30人近い。
扉の前で、ガルドが固まった。
「爺さん?」
ガルドは両手で頭を抱えた。
「オレ、ツウヤク……」
「知ってるって」
「オレ、ツウヤク……」
「2回言うな」
奥にいた男が立ち上がる。それを合図にするように、周囲の男たちも次々と動き始めた。
田中は中へ一歩入った。
「ほな、偉い奴出してもらおか」
異世界生活 6日目
所持金 2,721,156円




