第十五話 大乱闘
「今度は何やねん」
大柄な男と、その後ろにいた2人が近づいてくる。
《――》
何を言っているのかは分からない。大柄な男が田中を見ながら何か言うと、横にいた男が吹き出した。
《――》
3人で笑っている。
「感じ悪いな、お前ら」
笑っていた男が田中の横へ来た。まだニヤニヤしている。
《――》
「分からんって」
男はいきなり左腕を田中の肩へ回した。
「おい」
馴れ馴れしく肩を組み、顔を寄せて何か喋っている。
「誰やねんお前」
大柄な男たちは、それを見て笑っていた。
男の右手が田中の収納袋へ伸びる。掴んだ。そのまま引く。
「……あ?」
田中は左手で袋を掴み返した。
「何してんねん」
男は笑ったまま、さらに強く引いた。肩へ回した左腕で田中を抱え込み、右手で袋を奪おうとしている。
「離せや」
《――》
男は離さない。もう一度、袋を強く引いた。
「お前、それ取る気やな」
田中の右手が動いた。バキッ! 裏拳が男の顔面へまともに入る。
男の顔が横へ弾け、肩へ回っていた腕が落ちた。袋を掴んでいた手も離れる。膝が折れ、そのまま床へ倒れた。ドサッ。
「……寝た?」
男は動かない。鼻から血を流して気を失っている。
「人のもん勝手に取ろうとするからや」
田中は収納袋を肩へ掛け直した。
《――!》
大柄な男が怒鳴った。
「なんでお前が怒んねん」
何か捲し立てながら前へ出てくる。
《――!》
「知らん。何言うてるか分からん」
田中が横を抜けようとすると、大柄な男が進路を塞いだ。
「どけや」
動かない。反対へ動く。また塞ぐ。
「……やるん?」
大柄な男が拳を握った。
「やるんやったら来いや」
男が踏み込んだ。右拳が田中の顔へ飛んでくる。
田中は前へ出ながら頭を落とした。拳の下をかいくぐり、そのまま懐へ入る。
大柄な男は殴りかかった勢いのまま前へ出ている。田中は身体を沈め、その流れへ身体を入れた。
「ほい」
「うおっ!?」
大柄な男の足が浮く。前へ出ていた勢いのまま田中を越え、その後方へ飛んだ。ドガッ!
「ぐあっ!」
背中から床へ落ち、そのまま転がる。
《――!?》
周囲から声が上がった。
「自分から突っ込んできたんやぞ」
田中が振り返る。残った1人が怒鳴りながら殴りかかってきた。
《――!》
「お前もか」
拳をかわす。もう一発。それも避ける。
「ほら」
腹へ右拳を叩き込んだ。ドッ!
「――っ!」
男の身体がくの字に折れる。口を押さえ、膝をついた。
「うっ……」
次の瞬間。
「うえっ!」
「うわっ!」
床へ吐いた。田中が飛び退く。
「汚っ!」
男は腹を抱えたまま横へ転がった。
「こっち向いて吐くなや!」
《――!!》
大柄な男が起き上がった。
「まだやるん?」
顔を真っ赤にして突っ込んでくる。
「元気やな!」
拳をかわす。もう一発。避ける。田中の右拳が腹へ入った。ドンッ!
「ぐおっ!」
大柄な男の身体が止まる。続けて顔へ一発。バキッ!
頭が横へ弾けた。それでも倒れず、数歩よろめいて踏み止まる。
「お前は丈夫やな」
《――!》
「まだ来るんか。ええで」
大柄な男が掴みかかる。田中は腕を外し、その身体を押し返した。
「うおっ!」
大柄な男が後ろへよろめく。その背中が、近くで酒を飲んでいた冒険者へぶつかった。木杯が飛び、中身が男の頭から降りかかる。
《――!》
「あ」
酒を浴びた冒険者が立ち上がった。
「俺ちゃうぞ」
当然通じない。酒を浴びた男が大柄な男の肩を掴む。
《――!》
大柄な男がその手を振り払う。
《――!》
胸を押される。大柄な男が殴る。バキッ!
殴られた男が即座に殴り返した。
「おお」
大柄な男が近くの机へぶつかる。ガタンッ! 木杯と皿が床へ落ちた。
倒れかけた机を避けた別の冒険者が隣の男へぶつかる。
《――!》
《――!》
押す。押し返す。拳が飛ぶ。
「増えた」
押された男が別の机へぶつかり、そこでも酒がこぼれた。
《――!!》
「またや」
酒をかけられた男が立ち上がる。殴る。殴り返す。椅子が倒れる。
別の男が押され、さらに隣へぶつかった。
《――!》
《――!》
「ハハッ! 何人増えんねん!」
さっきまで3人だった喧嘩が、あっという間に広がっていく。田中の横から、全く知らない男の拳が飛んできた。
「なんで俺や!」
避ける。もう一発。
「お前もやるんか!」
田中が顔へ拳を返した。バキッ! 男の身体から力が抜け、そのまま床へ倒れる。
「一発かい」
背後から肩を掴まれた。
「誰や!」
振り返る。また知らない男だった。
《――!》
「知らん奴ばっかりやんけ!」
拳を避ける。腹へ一発。ドッ!
「うっ!」
男が腹を押さえてしゃがみ込む。
「吐くんやったら向こう向けよ!」
田中が横へ離れる。正面からまた1人。今度の男は、さっきまでの連中より動きが速かった。
《――!》
「お?」
拳が飛んでくる。田中が避ける。すぐにもう一発。腕で受けた。ドッ!
「ちょっと強いやん」
男が踏み込んでくる。田中の顔へ拳。
「ほい」
頭をずらしてかわす。田中も踏み込んだ。右拳を顔面へ叩き込む。バキッ!
「――!」
男の身体が後ろへ飛ぶ。背中から床へ落ち、そのまま動かなくなった。
「……一発なんかい」
田中が倒れた男を見る。
「もうちょいやる思たわ」
横から別の拳が飛んできた。
「次!」
避ける。殴る。男が倒れる。反対から蹴り。
「おっと!」
身体を引く。胸へ拳を返す。ドンッ!
「ぐっ!」
男が後ろへ飛び、机へ倒れ込んだ。ガシャッ! 皿が割れ、木杯が床を転がる。
田中は笑いながら周囲を見る。
「まだ来るん?」
《――!》
「来るんやな!」
また1人。拳を避ける。顔へ一発。倒れる。
「はい次!」
《――――!!》
受付の方から怒鳴り声が飛んだ。職員が数人、乱闘へ入ってくる。
「止めに来たぞ」
職員の1人が殴り合っている2人の間へ入り、両方を押し離した。
《――!!》
何か怒鳴る。一瞬、2人が止まった。その横から冒険者が飛んできた。ドンッ! 職員へまともにぶつかる。
「うわっ!」
2人まとめて受付台へ突っ込む。ガシャッ!
「職員まで飛んだ!」
田中が吹き出す。
「ハハッ! もう無茶苦茶やん!」
受付の中から別の職員たちが飛び出した。冒険者の腕を掴む。引き離す。押さえ込む。だが乱闘は止まらない。
後ろから押さえられた冒険者が身体を振り、職員が横へ飛ばされた。ドガッ!
別の冒険者が受付台へ押し込まれ、紙が舞い、木箱が落ちる。
「止める側までやられてるやん!」
その時、田中のすぐ横を冒険者が飛んでいった。机の上へ背中から落ちる。
「お?」
田中が飛んできた方向を見る。乱闘の中に1人、明らかに動きの違う男がいた。
向かってきた冒険者の拳をかわし、腹へ一発。男が崩れ落ちる。さらに横から来た男の腕を取り、床へ転がした。
「強そうやな」
田中が見ていると、男もこちらを見た。視線が合う。
《――》
「俺?」
男が向かってくる。
「お前もやるんか」
男が踏み込んだ。速い。拳が田中の顔へ飛ぶ。
「おっ!」
頭を振って避ける。反対の拳が頬へ入った。バキッ!
「……おお。やるやん」
男がもう一度踏み込む。田中は拳をかわして懐へ入った。
「ほら!」
右拳を腹へ叩き込む。ドンッ!
「ぐっ!」
男の身体が折れる。続けて左を顔へ叩き込んだ。バキッ!
男がよろめく。それでも踏み止まった。
「まだ立つんか」
男が拳を振る。田中がかわした。
「ほな終わりや」
右拳を顔面へ叩き込む。ドガッ!
男の身体が後ろへ飛び、倒れていた椅子を巻き込んで机へ突っ込んだ。ガシャアッ! 床へ落ちる。動かない。
「はい、終わり」
田中が拳を下ろした。周囲にいた何人かの冒険者がこちらを見ている。
「なんや?」
誰も近づいてこない。その時。ドンッ!
少し離れた場所で、冒険者が1人床へ叩きつけられた。
《――――!!》
低い怒鳴り声がギルド内へ響く。何人かの動きが止まった。もう一度。
《――――!!》
今度はさらに多くの冒険者が拳を止める。
「止める奴来たんか」
職員たちも動き出し、近くにいた冒険者を捕まえて壁際へ集め始めた。まだ揉めている連中もいるが、さっきまでの勢いはない。
「終わりか」
田中は周囲を見回した。倒れた机。壊れた椅子。割れた皿と木杯。床へ広がった酒。受付周辺には紙が散乱している。
「えらいことなったな」
最初の大柄な男も、職員に引き離されている。
「もう終わりやぞ」
もちろん通じない。田中は収納袋を肩へ掛け直した。
「ほな俺も帰ろ」
ちょうど出口の近くで揉み合っていた2人が職員に引き離され、道が空いた。田中はそこを普通に歩いていく。誰かに呼び止められることもない。
扉まで来て、そのまま手を掛けた。
「腹減ったし、飯行こ」
扉を開けて外へ出る。後ろではまだ怒鳴り声が続いていたが、田中は振り返らなかった。
◇
「腹減ったな」
通りを歩きながら頬を触る。
「最後の奴は強かったな」
食事のできそうな店を探しながら歩いていると、見覚えのある建物が目に入った。
「……あ」
今日、衛兵たちとスラムへ向かった時に通った店だった。入口の脇には、首に金属の輪を付けた人間が何人かいる。
「奴隷商か」
田中は足を止めた。昼間は衛兵について行く途中だった。
「ちょっと見てみるか」
看板の文字は相変わらず読めない。田中は店へ入った。
中には何人もの人間がいた。壁際や奥の柵の向こうに、男も女もいる。若い者もいれば、年を取った者もいる。
「ほんまに人売ってんねんな……」
店の男が近づいてきた。
《――》
「分からんって」
《――?》
「見るだけや」
田中は店内を指差した。言葉は通じていないようだったが、男は追い出そうとはしなかった。
田中は並んでいる奴隷を見ながら奥へ進む。
「若い奴もおるし、女もおるし……」
何人かが田中を見る。
「こんなん何見て決めるんやろな」
身体の大きな男を見る。
「力仕事やったら、ああいう奴か」
次に若い女。
「家の仕事とかなら女なんかな」
さらに進む。
「値段も読まれへんし、何ができる奴かも分からんやん」
壁際にいた年老いた男が顔を上げた。白髪混じりの髪。痩せてはいるが、極端に弱っているようには見えない。
田中は気づかず、別の奴隷を見ていた。
「言葉通じへんのに、どうやって買うねん」
その時。
「……コトバ」
「ん?」
田中が足を止めた。振り返る。老人がこちらを見ている。
「今、何か言うた?」
老人が少し考えた。
「……コトバ」
「……は?」
田中が老人の前へ戻った。
「今、俺の言葉分かるんか?」
老人が田中の言葉を拾うように、ゆっくり答えた。
「オレ……オマエ、コトバ……スコシ」
「マジか」
田中がしゃがみ込む。
「ほんまに分かるん?」
「……スコシ」
「どれくらい?」
老人が少し考えた。
「……ハンブン……くらい」
「半分?」
老人が頷く。
「コトバ……ニテル」
「似てる?」
全部は通じていない。発音もかなり違う。それでも今までとはまるで違った。
「飯」
「メシ」
「金」
「カネ」
「町」
「マチ」
「おお!」
田中の顔が明るくなる。
「ほんまに分かるやん!」
老人が首を傾げる。
「ホンマ……?」
「ああ、そこまでは無理か」
田中は店の男を指差した。
「爺さん、あいつの言葉分かる?」
老人が店の男を見る。
「ココ……コトバ?」
「そう」
「ワカル」
「喋れる?」
「シャベル」
「……マジで?」
田中は老人と店の男を交互に見た。老人は田中の言葉を半分ほど理解できる。この町の言葉も話せる。
「爺さん」
「……?」
「俺とあいつ、話できるようにして」
自分と店の男を順番に指差す。老人がしばらく考え、店の男へ何か話しかけた。
《――》
店の男が老人を見る。
《――?》
老人が答える。
《――》
店の男の視線が田中へ移った。
《――》
「何て?」
老人が田中を見る。
「オマエ……ナニ、シタイ?」
「何したいって……」
田中は老人を指差した。
「この爺さん、いくら?」
老人が目を細める。
「オレ?」
「そう。爺さん」
硬貨を出す仕草をする。
「値段」
「……ネダン」
「そうそう」
老人が店の男へ伝えた。
《――》
店の男が老人を見て、何か答える。老人の眉が僅かに動いた。
「何て?」
「……キンカ、ハチ」
「8枚?」
田中が目を見開く。
「800万!?」
老人には円は分からない。
「高すぎるやろ!」
老人が店の男へ何か言う。
《――》
店の男が答えた。
《――》
「何て?」
「オレ……ヨム、カク。コトバ、イクツカ。シゴト……デキル」
「読み書きできて、何個か言葉喋れて、仕事もできる?」
「ソウ」
「何の仕事?」
老人が答えようとした。
《――》
店の男が何か言う。老人はそちらを見てから、田中へ戻った。
「……イロイロ」
「色々って何やねん」
田中は老人を見る。どう見ても若くない。
「まあええわ。8枚は無理や」
老人が店の男へ伝える。
《――》
店の男が何か返す。
「いくら?」
「……ナナ」
「1枚しか下がってへんやん」
田中は首を振った。
「3枚」
「……サン?」
「そう。金貨3枚」
老人が少し目を見開く。
「言うだけ言うてみ」
老人が店の男へ伝える。
《――》
店の男の顔が険しくなった。
《――!》
「怒った?」
「……ヤスイ」
「そら安いやろ。値切ってんねんから」
「ネギ……?」
「ちゃう。そこ拾わんでええ」
田中は指を3本立てる。
「爺さん、ずっとここにおるん?」
老人の表情が少し変わった。
「……ナガイ」
「やっぱり売れ残ってるんちゃうん」
老人は黙っている。
「店からしたら、置いとくだけでも飯食わせなあかんやろ」
「メシ……」
「そう。毎日飯食うやろ?」
「クウ」
「俺が買わんかったら、明日も明後日も食うやん」
田中は店の男を指差した。
「金かかるやろ」
老人が田中を見る。
「それに爺さん、若ないやん」
「……」
「睨むなや。交渉や」
田中は収納袋を叩いた。
「今すぐ金貨3枚払う。これで売れって言うて」
老人はしばらく田中を見たあと、店の男へ伝えた。
《――》
店の男が首を振る。
《――》
「いくら?」
「ロク」
「6枚? 高い」
田中は即答した。
「3枚」
老人が伝える。
《――》
店の男が何か言い返す。
「いくら?」
「ゴ」
「5枚」
田中は周囲に並んでいる奴隷を見る。
「若い奴やったら知らんで。でも爺さんやぞ」
老人が睨む。
「分かってるって。今だけ我慢してくれ」
老人が店の男へ何か伝える。店の男は老人を見てから答えた。
《――》
「4?」
「ヨン」
「4枚か」
昨日、武器屋で見た大きな剣と同じ値段。払えないわけではない。だが田中は首を振った。
「3枚」
「……ヨン」
「3枚」
「……」
「ここで4枚出したら、値切った意味ないやろ」
老人が困った顔をする。
「爺さん、言うてくれ。3枚なら今買う。4枚なら買わん」
「カワナイ?」
「そう」
田中は入口を指差した。
「4枚なら帰る」
老人が店の男へ伝えた。
《――》
店の男が田中を見る。田中も見る。店の男が何か言った。
《――》
「何て?」
「……ヨン」
「ほな帰るわ」
田中は本当に入口へ向かった。
「元々、飯探してただけやしな」
数歩進む。
《――!》
後ろから声が飛んだ。
「ん?」
田中が振り返る。店の男がこちらを見ていた。しばらく黙ったあと、指を3本立てる。
「お」
田中が戻る。
「3枚?」
老人が頷いた。
「キンカ、サン」
「ほらな」
田中は笑った。
「言うてみるもんやろ」
老人は何とも言えない顔をしている。
「爺さん、300万やぞ。十分高いからな」
「サンビャク……?」
「ああ、そこはええわ」
田中は収納袋へ手を入れ、金貨を3枚だけ取り出した。
「これでええんやな?」
老人が店の男へ確認する。
《――》
店の男が頷いた。田中は金貨3枚を渡した。
所持金は446万6076円から、146万6076円まで減った。
「うわ。一気に減ったな」
それでも昨日の大剣より100万円安い。
「まあ、剣よりこっちやろ」
「ケン?」
「なんでもない」
店の男が金貨を確認すると、何か書かれた紙を取り出した。
「また文字や」
田中は老人を見る。
「爺さん、これ読める?」
「ヨメル」
「頼むわ」
老人が紙へ目を通す。店の男が何か説明し、老人が田中へ分かる言葉を探しながら伝える。
「オレ……オマエ、モノ」
「俺の物?」
「……ドレイ。オマエ、カウ」
「奴隷として俺が買うってことか」
「ソウ」
「分かった」
細かな内容までは伝わらない。それでも今まで翻訳魔道具がなければ何一つ分からなかったことを考えれば、十分だった。
「もう役立ってるやん」
「……?」
「なんでもない」
やがて店の男が老人の首に付いた金属の輪へ触れ、何か作業をした。最後に田中へ何か言う。
《――》
老人が聞く。
「オワリ」
「終わり?」
「オワリ」
「ほんまに買えたんや」
田中は老人を見る。
「そういや名前聞いてへんかったな」
「ナマエ?」
「俺は田中。た・な・か」
自分の胸を指差す。
「タナカ」
老人が繰り返した。
「そう。爺さんは?」
老人が自分を指す。
「ガルド」
「ガルド?」
「ガルド」
「ほなガルド。よろしくな」
「ヨロシク……?」
「そのうち分かるやろ」
田中が出口へ向かう。数歩進んで振り返った。ガルドはまだその場に立っている。
「何してんねん。行くで」
「イク?」
「そう。行く」
手招きする。ガルドが歩き出した。2人で店を出る。
「腹減った。飯食いに行こ」
「メシ?」
「そう。飯」
ガルドが頷く。
「メシ」
「やっぱ便利やな」
「……?」
「なんでもない」
田中は歩き出した。ガルドもその横を歩く。
田中はまだ、金貨3枚で買った老人が何者なのか知らない。自分の言葉を半分ほど理解でき、この町の言葉を話せる老人。今の田中にとっては、それだけで300万円を払う価値があった。
◇
その頃、冒険者ギルドでは乱闘がようやく鎮圧されていた。倒れた机。壊れた椅子。割れた皿と木杯。床へ広がった酒。受付周辺には紙や木箱が散乱している。
気を失っている者や腹を抱えている者もいる。職員まで何人か怪我をしていた。
乱闘に参加した冒険者たちは集められ、順番に事情を聞かれている。
《――》
《――》
誰が最初に殴った。誰に押された。誰が酒をこぼした。誰が途中から入ってきた。誰が机を壊した。話はなかなかまとまらない。
ただ、何人もの口から同じ男の話が出た。
今日、キバイノシシを7匹持ち込んだ男。登録したばかりのFランク。収納袋を奪おうとした男を一発で気絶させた。殴りかかってきた大柄な男を投げ飛ばした。腹を殴られた男はその場で吐いて倒れた。乱闘の中でも向かってきた冒険者を次々に倒した。腕の立つ冒険者まで殴り倒した。
《――》
職員が周囲を見回す。
《――?》
いない。出口を指差す者がいた。乱闘が収まり始めた頃、普通に出ていったらしい。
《――!》
職員が怒鳴った。別の職員が額を押さえる。だが田中はもういない。
Fランク。キバイノシシ7匹。大量の獲物が入る収納袋。そして大乱闘の中で何人もの冒険者を倒した新人。
まだ町中に名前が広がったわけではない。それでも、その場にいた冒険者たちの間では、あのFランクは何者だと話が始まっていた。
異世界生活 4日目
所持金 1,466,076円




