第十一話 装備の値段
目を覚ますと、最初に背中が痛かった。
「……硬っ」
田中は寝台の上で身体を起こした。
窓から朝の光が差し込んでいる。
「朝か」
異世界へ来て3日目。
大きく伸びをしてから、ステータスを開く。
「MPは……750」
MP750/750。
「一晩寝たら全快しとるな」
昨夜、寝る前のMPは確認していない。
活動中に回復することはすでに確かめているが、寝ている間の回復はまだ調べていない。
ともかく、朝には最大まで戻っていた。
「ほな、換金しとこ」
昨日と同じように100は残すことにする。
「魔力換金」
650MPを換金する。
掌に硬貨が現れた。
6,500円。
田中は硬貨を収納袋へ入れる。
MP100/750。
所持金262,400円。
「よし」
ステータスを閉じる。
次に、昨夜収納袋へ入れておいた氷を取り出した。
「……これだけやと分からんな」
淡麗プラチナダブルを冷やした後の氷だ。
収納した時点でどれだけ残っていたのか量っていない。
今の状態だけを見ても、保存Lv1がどの程度効いているのか判断できない。
「ちゃんと量決めて試さんとあかんな」
氷を収納袋へ戻す。続いて袋を持ち上げた。
「軽いわ」
中には水、スコップ、黒打捌き包丁、ロープ、それに昨日の棒引きに使った腕ほどの太さの丈夫な木2本も入っている。
重量軽減Lv6。
50%軽減。
昨日までとは明らかに違う。
「これは上げて正解やな」
次のLv7は60%軽減。
必要なのは320,000円。
所持金262,400円ではまだ足りない。
「また稼いだらや」
500mlの水を1本取り出し、少量で顔を拭く。
残った水を収納袋へ戻す。
靴を履いて部屋を出た。
1階へ下りる。
昨夜と同じ年配の女が受付にいた。
《――》
「おはよう」
木札を渡す。
《――》
「ほな」
何を言われたのかは分からない。
軽く手を上げ、宿を出た。
朝の町はすでに動き始めている。
荷車が通り、店先へ商品を並べている者もいる。
「まずギルドやな」
昨日歩いた道を戻る。
冒険者ギルドへ入ると、朝だからか昨日より人が多かった。
装備を整えた冒険者たちが掲示板の前へ集まり、受付にも列ができている。
田中も並んだ。
順番が来る。
《――》
「分からん」
冒険者証を見せ、耳と口を指差す。
「翻訳。昨日使ってたやつ」
受付嬢が別の職員へ声を掛けた。
しばらくして翻訳の魔道具が運ばれてくる。
受付嬢が作動させた。
「これで分かりますか?」
「分かる分かる」
田中は頷いた。
「これ聞きたかってん。この翻訳するやつ、個人でも買えるん?」
「購入はできます」
「ギルドで売ってる?」
「いいえ。魔道具を扱う店になります」
「この町にある?」
「あります」
「場所教えて」
受付嬢から道順を聞く。
「値段は分かる?」
「かなり高価だとは聞いていますが、正確な価格は店で確認してください」
「やっぱ高いんやな」
「はい。ギルドでも共用の物を使用していますので」
田中は横に置かれた翻訳の魔道具を見る。
「これ、受付に1個ずつ置いてるんちゃうん?」
「いいえ。必要な時に持ってきて使っています」
「なるほどな」
昨日、査定場へ行った時も受付嬢がこれを持ってきていた。
それだけ高い物らしい。
「まあ値段だけでも見てくるわ」
田中は続けて聞いた。
「あと武器屋。昨日拾ったゴブリンの武器売りたいし、自分の武器も見たいねん」
「売買でしたら武器店が分かりやすいと思います」
武器屋の場所も教えてもらう。
「ありがとう」
「お気をつけて」
翻訳の魔道具から離れると、周囲の声が再び意味を失った。
《――》
《――》
「なんぼするんやろな」
ギルドを出る。
「武器だけ先に見とくか」
昨日のキバイノシシとの戦いでは、スコップが一度曲がった。
修理できるとはいえ、戦闘中に壊れれば困る。
黒打捌き包丁は刃渡り15cm。
解体には使えても、予備武器としては短い。
「最低30cm以上は欲しいな」
教えられた武器屋へ向かう。
剣と斧が交差した看板を見つけ、中へ入った。
壁には剣、槍、斧、短剣、盾が並んでいる。
「こっちは普通に売ってるんやな」
店の奥から大柄な男が出てきた。
《――》
「分からん」
田中は耳を指差して首を振る。
店主も察したらしく肩をすくめた。
長剣を指差し、値段を尋ねる仕草をする。
店主が大銀貨2枚を示した。
「20万か。高っ」
別の剣も10万円を超える。
さらに見ていくと、長剣より短く、短剣より明らかに長い刃物があった。
店主へ確認してから手に取る。
「これええな」
刃渡りは30cmを十分に超えている。
スコップより短く、取り回しもしやすい。
値段を聞く。
銀貨8枚。
「8万か」
買える金額ではある。
だが、まだ翻訳の魔道具の値段を見ていない。
「一旦保留やな」
武器を戻す。
次に収納袋から錆びたゴブリンの刃物を取り出した。
売る仕草をすると、店主が状態を確認して大銅貨2枚を示す。
「2,000円か」
修理機能で確認した適正価格は8,000円。
破損率70%。
修理費5,600円。
「直して売っても得するか分からんな」
人前で修理機能を使うつもりもない。
田中は刃物を収納袋へ戻した。
「急いで売らんでもええか」
予備武器候補80,000円。
錆びた武器は今の状態なら2,000円。
確認したかったことは分かった。
「また来るわ」
店主へ軽く手を上げ、武器屋を出た。
「次、翻訳」
ギルドで教えられた魔道具屋へ向かう。
しばらく歩くと、水晶と杖らしき物が描かれた看板が見えた。
「ここやな」
扉を開ける。
棚には用途の分からない道具がいくつも並んでいる。
奥にいた男が顔を上げた。
《――》
「ここでも分からんか」
田中は耳と口を指差した。
自分と店主を交互に指差し、会話する仕草をする。
「翻訳。言葉」
《――?》
何度か繰り返す。
店主がしばらく考えたあと、何かに気づいたように頷いた。
店の奥から魔道具を1つ持ってきて、机へ置いて操作した。
「これで言葉が分かりますか?」
「おお。それや!」
田中は身を乗り出した。
「それ欲しかってん」
「翻訳の魔道具をお探しでしたか」
「そうそう。これ売り物?」
「はい」
「持って歩けるん?」
「持ち運んで使用できます」
「なんぼ?」
店主が価格を告げる。
「大金貨2枚です」
「……大金貨?」
聞いたことのない硬貨だった。
「金貨10枚で大金貨1枚です」
「金貨1枚は?」
「大銀貨10枚です」
田中は頭の中で換算する。
大銀貨1枚が100,000円。
金貨1枚なら1,000,000円。
大金貨1枚で10,000,000円。
「……2,000万?」
「何がでしょう?」
「いや、こっちの話」
田中は翻訳の魔道具を見た。
「高すぎるやろ」
「翻訳の魔道具は非常に高価です」
「そらギルドも何個も置かんわ」
田中は笑うしかなかった。
所持金262,400円。
桁が違う。
「これが一番安いやつ?」
「当店で扱っている翻訳の魔道具はこちらだけです」
「中古とかない?」
「ありません」
「無理やな」
昨日の大きいキバイノシシが450,000円。
同じ物を何十匹も丸ごと持ち帰らなければ届かない。
「さすがに買われませんか?」
「買えるか」
田中は笑った。
「値段だけ聞きに来て正解やったわ」
「そうですか」
「ちなみに、これって魔力使うん?」
「はい。使用者が魔力を流して作動させます」
「使ってる間も?」
「作動中は魔力を消費します」
「なるほどな」
価格を聞いた時点で買う選択肢は消えた。
細かい性能まで聞いても仕方がない。
「ありがとう」
「ありがとうございました」
店主が翻訳の魔道具を止める。
《――》
「2,000万て……」
店を出ても、田中はしばらく呆れていた。
「家買えるやん」
日本で家を買う金額と比べてもおかしくない。
昨日から便利そうだと思っていたが、完全に手の届かない物だった。
「これは諦めよ」
翻訳の魔道具は欲しい。
だが、今の田中が目標にする金額ではない。
所持金262,400円。
予備武器候補は80,000円。
重量軽減Lv7は320,000円。
「こっちが先やな」
現実的に手が届く物から揃えればいい。
昨日の大きいキバイノシシは450,000円だった。
同じ程度の獲物を1匹丸ごと持ち帰れれば、予備武器も重量軽減も買える。
「問題は袋に入るかやな」
昨日とは違う。
収納袋は容量800L。
重量軽減50%。
大きいキバイノシシが800Lへ収まるかは、まだ試していない。
「入ったら楽やねんけどな」
入れば棒引きを作る必要がなくなる。
そのまま収納して町まで運べる。
入らなかった場合に備えて、木2本とロープも収納袋に残してある。
「今日は試したいな」
まずは昨日見つけた洞窟。
安全なら宿代を節約できる可能性もある。
周辺に魔物がいれば狩る。
田中は北門へ向かって歩き出した。
その途中で腹が鳴った。
「……飯食ってへんやん」
足を止める。
昨日の夕方から食べたのは、食堂での1食だけだ。
「森入る前に何か食うか」
所持金262,400円。
朝飯を抜いて森へ入る理由はない。
通りを見回す。
朝から開いている店や屋台はいくつもある。
「昨日みたいに4,000円も使わんでええやろ」
田中は匂いのする方へ歩く。
少し先で、平たいパンのような物と焼いた肉を売っている屋台が見えた。
「これでええな」
近づく。
店主が何か言う。
《――》
「分からんけど、買うだけならいける」
田中は食べ物を指差し、硬貨を見せる。
店主が大銅貨1枚を示した。
「1,000円か」
昨日の食堂よりずっと安い。
大銅貨1枚を渡す。
所持金261,400円。
平たいパンに焼いた肉を挟んだ物を受け取る。
「いただきます」
一口かじる。
「うん。普通にうまい」
歩きながら食べる。
朝飯としては十分だ。
翻訳の魔道具は2,000万円。
今すぐどうにかする物ではない。
それより予備武器と収納袋だ。
「ほな稼ぐか」
食べ終えた田中は北門へ向かった。
異世界生活 3日目
所持金 261,400円




