第5話:『逃亡の種火』
誕生日から一夜が明けた翌朝。
僕の自室の学習机の上は、とんでもないことになっていた。
「さて、央太。まずは私の推薦する緋村零華さんとの面会日程を決めましょう。お母様がすべて完璧にセッティングしてあげるわ」
部屋のドアを優雅に開けて入ってきた志乃が、ハニーブロンドの美しい髪を揺らしながら、昨日の釣書を机の真ん中に置いた。
志乃のエメラルドグリーンの瞳は、我が子を自分のコントロール下に完璧に置いておきたいという、底知れない支配欲と愛に満ちている。
「まぁまぁ、志乃さん。焦ったらあきませんえ。央太さんには、薫子ママが選んだクロエちゃんの方が、絶対に気が合いますわ。ほら、お見合いの時に着るお着物も、私の方で用意させてもらいました」
薫子ママがおっとりとした京都弁で部屋に入ってきて、僕のベッドの上に、仕立ての良い白紺の和装を広げる。その袖口からは、ほのかに薬草の爽やかな香りが漂っているが、よく見ると内ポケットに「麻酔針ホルダー」が仕込まれているのが見えた。
「ちょっと二人とも、センス古すぎ! 央太、これ見て!」
さらに、エレナママが「バァン!」と勢いよくドアを開けて割り込んできた。
プラチナブロンドのツインテールを振り乱し、ギャル特有のテンションで、最新の超高級浮遊車のカタログを突きつけてくる。
「雅ちゃんの実家の大河内財閥からさ、あんたのお見合いの送迎用に、この最新モデルのエアカーをプレゼントしたいって連絡があったの! すごくない!? これであんたも不労所得生活決定じゃん!」
ハニーブロンドの美魔女(実母)、はんなりシノビ美魔女(義母)、ギャル風ツインテ幹部(義母)。
タイプの全く異なる3人の母親たちが、僕の狭い自室で、それぞれの推薦する「嫁候補」の誓約書を巡ってアピール合戦を繰り広げている。
「お母様方、本当にありがとうございます。ですが、少々……一度に言われると、頭が追いつかなくて……」
僕は引きつる頬を必死に抑えながら、エレガントな標準語を崩さないように答える。
「あら、ごめんなさいね。でも、すべてはあなたの幸せのためなのよ、央太」
志乃が僕のハニーブロンドの髪を優しく撫でる。その指先から伝わる絶対的な愛は、僕の喉元を優しく、けれど確実に締め付ける。
(本音:息が詰まる……! 朝から晩まで、お母様たちが用意した完璧なルートの上を歩かされて、お上品な標準語を喋らされて。18歳になった瞬間から、僕の人生のすべてが『生殖義務』とお見合い日程で埋め尽くされていく。このまま、僕はカゴの中で飾られるだけの『国宝』として一生を終えるんか……?)
「お母様、少し、一人の時間が欲しいのですが……」
「ええ、そうね。あまり根を詰めないようにね」
志乃たちは満足そうに微笑み、部屋を出て行った。
静まり返った部屋で、僕は机の上に並んだ3枚のお見合い写真を見つめた。
緋村零華――凛とした黒髪ポニーテールの剣聖。
クロエ・シュナイダー――シルバーボブの無表情な天才メカニック。
大河内雅――金髪縦ロールの傲慢そうなお嬢様。
彼女たちは、誰もが羨む超エリートだ。けれど、僕にとっては「お母様たちに用意された義務の対象」に過ぎない。
僕は、僕自身の意志で、一人の人間として、誰かと出会い、誰かを愛したい。飾られるだけの男になんて、絶対になりたくないんだ。
その日の夜。
部屋の明かりを消し、ベッドの中で天井を見つめていた。
国営アプリからは「良質な睡眠のために、スマートフォンを伏せてください」と機械的な通知が届く。
――コツ、コツ。
突如、ベランダの窓を叩く、微かな音が聞こえた。
泥棒か。僕は息を潜め、ベッドから音もなく抜け出す。実母の志乃から徹底的に仕込まれた魔術の応用で、周囲の魔力波動を探る。
だが、窓の向こうの暗闇にいたのは、黒い大剣を背負い、不敵な笑みを浮かべた父親――健吾だった。
窓をスライドさせて開けると、健吾は軽快なフットワークで部屋に忍び込み、後ろ手でそっと窓を閉めた。
「よぉ、央太。準備はええか?」
健吾はラフに結んだ黒髪をかき上げ、ワイルドな三白眼を輝かせて囁いた。
「パパ……本当に、今から行くんですか? 志乃お母様にバレたら、今度こそ二人とも――」
「心配すんなや! 志乃たちの巡回スケジュールは完璧に把握しとる。男が一度、ロマンを求めて走り出したんなら、止まるんは野暮ちゅうもんや!」
健吾の口調は、テンポの良いコテコテの関西弁だ。
その手には、ボロボロの革製のカバンが握られていた。
「行くぞ、央太。管理されたカゴを開けて、野生の男に戻る時間や!」
父親の言葉に、僕のエメラルドグリーンの瞳が、暗闇の中で静かに、けれど熱く輝き始めた。




