第23話:『未確認エリアの支配者(レイドボス)』
「……う、うぅ……痛テテ……」
全身を襲う鈍い痛みに、僕はゆっくりと目を開けた。
お母様たちに徹底的に叩き込まれたスキンケアとマッサージの教育のおかげで、僕の身体は傷一つない超絶美肌を保っているはずだが、さすがにこの落下の衝撃は全身に堪えた。
けれど、身体の下が、なんだか妙に柔らかい。
「痛たた……。おい央太、無事か? 骨、折れてへんか?」
「あ……パパ!」
僕が慌てて起き上がると、そこには、ボロボロのコートをさらに泥だらけにしながら、僕のクッション代わりになってくれていた健吾が寝そべっていた。
落下する直前、健吾は風の魔術を大剣に纏わせ、僕を抱きかかえて落下の衝撃を最小限に抑えてくれたのだ。
「パパ、大丈夫!? ごめん、僕のせいで……」
「アホ言うな。実の息子をケガさせたら、志乃にマジで魂ごと消滅させられるわ。それより……お嬢ちゃんたちも、なんとか無事みたいやな」
健吾が痛む腰を押さえながら立ち上がり、大剣を手に取った。
僕が魔導杖を掲げ、極小の光魔術『ライト』を灯すと、暗闇の中にぼんやりと周囲の景色が浮かび上がった。
そこは、天井の高さすら分からないほど広大で、冷たく湿った湿気と、何百年も封印されていたかのような「澱んだ古い魔力」が立ち込める、未確認の最深部エリアだった。
「うぅ……、お父様、お母様……。こんな汚くてジメジメした場所、私の人生に存在しませんでしたわ……」
雅が、泥まみれになった戦闘ドレスのフリルを握りしめ、涙目で縦ロールを垂らしていた。
「転移石、破損。空間の魔力圧が高すぎて、機能停止している。……完全なる、孤立無援。通信も不通」
クロエが割れたゴーグルを外し、萌え袖で顔を拭いながら、冷静に現状を報告する。
「お、央太殿……。私がおそばにいながら、不覚にござる……」
零華も巫女装束を破き、名刀を杖代わりにして、なんとか立ち上がろうとしていた。
お互いがお互いを「婚約者(義務)」と呼び合い、連れ戻そうと争っていた少女たち。けれど、この絶対的な孤立空間の中で、彼女たちの顔には明らかな「恐怖」が浮かんでいた。
スマホは圏外。お母様たちの追跡も、国の救助隊も、ここには絶対に届かない。
その時だった。
ズゥゥゥゥン……!
暗闇の奥、光すら届かない壁の向こうから、地鳴りとも咆哮ともつかない、おぞましい振動が押し寄せてきた。
ライトの光の範囲が、急激に狭まっていく。
凄まじい密度の魔力が、僕たちの皮膚をピリピリと、針で刺すように威嚇し始めた。
「な、何ですか……この、悍ましい魔圧は……!」
雅がガタガタと震えながら、パラソル杖を胸元で抱きしめた。
クロエのデータ計測用のデバイスが、ピッピッピッ、と異常なアラートを鳴らし、最後には火花を散らしてショートした。
「……計測不能。この魔力値、通常の魔物の範疇を逸脱している。……神話級」
「おいおいおい、冗談やろ……」
健吾が冷や汗を流しながら、大剣を両手で構え直した。
暗闇の奥から、ゆらりと、二つの「巨大な血のように赤い眼光」が点灯した。
ズシン、ズシンと、一歩歩くたびに奈落の底が激しく揺れる。
現れたのは、岩石と古代の結晶が複雑に絡み合った、身長十メートルを超える巨体。
数年前にアナーキー・ダンジョンの最深部に封印されたとされる、伝説の超巨大レイドボス――『大迷宮神・ティターン』だった。
「グオォォォォォォォン!!」
ティターンが吠えた。
ただの咆哮ではない。そこに込められた圧倒的な『神威』。
その魔力の重圧に、零華は武器を握る手が小刻みに震え、雅は恐怖のあまりその場に膝をついてしまった。
これが、国から「守られるべき希少資源」として、温室の中で大切に育てられてきた彼女たちが、初めて直面する「本物の死」だった。




