第2話:『テーブルの上の三つの誓約書』
床に半ば埋まったままの健吾をスルーして、誕生日パーティのディナーが始まった。
といっても、主役である僕のメニューは、薫子ママが作った「栄養の塊のような、薄味の薬膳スープ」と「蒸した鶏胸肉」だ。ゴールドカードを手にした男は、食事すら国家の管理下に置かれる。
「央太。今日からはもう、お人形のように飾られているだけのお留守番は終わりよ」
ディナーが片付けられたテーブルの上に、第一夫人である志乃が、スッと一枚の高級感溢れる和紙の誓約書を滑らせた。
ハニーブロンドの美しい髪を揺らしながら、彼女のエメラルドグリーンの鋭い瞳が僕を見つめる。
「これは私がお勧めする、緋村家の零華さんの釣書よ。我が緋村流の若き剣聖であり、気品も実力も一級品。彼女をあなたの『第一夫人(本妻)』にしなさい」
「あらあら、志乃さん。そんな物々しいお嬢さん、央太さんには刺激が強すぎますえ」
そう言って、おっとりとした京都弁で異議を唱えたのは、第二夫人である薫子ママだった。
ゆるくウェーブがかった栗色の髪に、優しげなタレ目。左目の下にある泣きぼくろが妖艶な美魔女だが、そのミニスカート風のシノビ装束の太ももには、無数の毒薬瓶が並んでいる。
「薫子ママがお勧めするのは、このクロエちゃん。天才的な技術者で、とっても賢い良い子どすえ。央太さんの健康管理も、彼女の機械があればバッチリどす」
薫子ママが、テーブルに二枚目の誓約書を置く。
「はぁ!? 二人とも古臭いっての! これからの時代は、やっぱりマネーパワーでしょ!」
さらに、派手にリビングのドアを開けて入ってきたのは、第三夫人であるエレナママだ。29歳。輝くプラチナブロンドのツインテールに、青い瞳。タイトなキャミソールに超ショートパンツというギャル風の義母は、央太の実家のローンやギルドへの渉外を一手に引き受けるキャリアウーマンでもある。
「央太! ママのお勧めは、この大河内雅ちゃん! 財閥のお嬢様だからさ、あんたを一生、豪邸で何不自由なく不労所得生活させてくれるよ! 釣書、置いとくね!」
バサバサと、テーブルの上に並べられる三つの「お見合い誓約書」。
緋村零華(19歳・剣聖)、クロエ・シュナイダー(18歳・天才メカニック)、大河内雅(20歳・財閥令嬢)。
「さあ、央太。誰を本妻にして、誰を第二、第三にする? お母さんたちみたいな完璧なハーレムを、あなたにも作ってあげる!」
志乃、薫子、エレナ。属性が全く異なる三人の「母親」たちが、身を乗り出して僕に微笑みかけてくる。
目の前に並ぶ美女たちの写真。誰もが羨む超エリート美少女たち。
けれど、僕の目は完全に死んでいた。
「あ、ありがとうございます……お母様方。とても、光栄です……」
僕はなんとか、丁寧な標準語を絞り出す。
(本音:おいおいおい! 3人のママに囲まれてる今のパパの惨状を見て、なんで僕が『よっしゃ、僕も嫁3人作るぞ!』ってなると思うんや! 絶対めんどくさいやろ! 僕は、一人の人と静かに、普通の恋がしたいんや……!)
その時、ずりずりと床の凹みから這い上がってきた健吾が、ビールを飲み干しながら関西弁で口を挟んだ。
「ええやんけ、トリプルハーレム! 零華ちゃんはべっぴんやし、クロエちゃんは可愛いし、雅ちゃんはお金持ちや! 男の夢が詰まっとるがな! 央太、全部いっとけ、全部!」
「健吾」
志乃が冷徹な声を出す。
「薫子、エレナ。お願い」
「はいはい、お仕置きの時間どすなぁ」と薫子ママがにっこり笑い、健吾のビール缶に怪しい紫色の液体をワンプッシュ。
「クソ親父、また若い女の子の釣書見てニヤニヤしてたでしょ。罰金5万!」とエレナママが健吾のポケットから財布を抜き取る。
「あ、あかん! 薫子、それ『お尻から火が出る特製毒』やろ! エレナ、俺の今月のお小遣いがぁぁぁ!」
健吾はまたしてもリビングの床でのたうち回る。
(本音:ほらみろおぉぉぉ! 複数婚の末路はこれや! 毎日ママたちの間で板挟みになって、浮気するたびに物理的・財政的にお仕置きされる人生なんて、僕は絶対にお断りや!)
テーブルの上の豪華絢爛な誓約書を見つめながら、僕は冷や汗を流し、自分の未来に対する強烈な拒絶感を募らせていくのだった。




