第19話:『薫子ママの差し入れ』
「はぁ、はぁ……パパ、さすがに暑すぎるよ。ここ、本当に地下なの……?」
ダンジョン第4層、熱帯エリア。
地下空洞に広がっているのは、異常な高湿度と熱気に満ちた、鬱蒼とした熱帯ジャングルだった。
巨大なシダ植物を魔導杖でかき分けながら進むものの、額から流れる汗が目に入って、僕の実母譲りのエメラルドグリーンの瞳がチカチカと痛む。
志乃お母様に仕立ててもらった白とエメラルドグリーンの最高級魔導アーマーは、通気性こそ抜群なものの、このサウナのような熱気の中を歩き続けるのには限界があった。
「あかんな、央太。この層は『魔導循環』が狂っとる。油断しとったら、熱中症で一発でぶっ倒れるぞ」
健吾もさすがに、ボロボロのコートを脱いで肩にかけていた。
分厚い胸板には玉のような汗が浮かび、鍛え抜かれた肉体美が湿気で妖しく光っている。彼は水筒を揺らしたが、中身はとうに空だった。
その時、前方の巨大なシダの葉が、カサリと音を立てて不自然に揺れた。
「……! パパ、魔力反応! それも、すごく冷たい魔力!」
「誰や! おかんの刺客か!?」
僕が魔導杖を構えると、葉の隙間から、だぶだぶの萌え袖をゆらゆらと揺らしながら、シルバーボブの少女が静かに姿を現した。
「……ターゲット(央太)の体温急上昇、および軽い脱水症状を検知」
クロエ・シュナイダー(18歳)だった。
彼女は額のゴーグルをパチパチと光らせながら、白衣のポケットから、美しくラッピングされた二つの「冷たいガラス瓶」を取り出した。
「クロエさん!? また僕をデフォルメしてお持ち帰りしに来たんですか!」
「否定。今回の最優先タスクは、ターゲットの『健康維持』。薫子様より緊急命令。『央太が熱中症で干からびる前に、この特製ドリンクを投与せよ』。……薫子様特製、熱中症予防ビタミン剤(ハッカ味)」
「えっ……薫子ママが?」
手渡されたガラス瓶は、不思議な冷気を放っていて、結露した水滴がキラキラと輝いていた。
健吾が「おい、ちょっと待て!」と前に出る。
「それ、薫子の作ったやつなんか!? また中に『尻から火が出る下痢毒』とか仕込んであるんちゃうやろな!」
「健吾様用のボトルには、下痢毒、および胃痛誘発剤を『薫子様の愛情』として120%増量。……央太用のボトルは、完全無添加。桃とハッカのフレーバー」
「なんで俺だけ毒入りやねん!」
健吾が叫ぶのを無視して、クロエは僕にボトルを差し出した。
ボトルには、薫子ママの手書きのメッセージが封入された小さな魔導紙が結びつけられていた。
『央太、あんまりバカなパパに騙されたらあきませんよ。でも、自分の足で歩こうとする男の子は、とても格好いいどすえ。熱中症に気をつけて、しっかり冒険してきなはれ。薫子より』
その優しく、はんなりとした文字を読んだ瞬間、僕の胸の奥がじんわりと温かくなった。
お母様たちは、ただ僕を縛り付けたいだけじゃない。実母の志乃お母様がどんなに怒っていても、薫子ママは、僕が一人の男として「自立」しようと泥臭く足掻いている姿を、静かに認め、応援してくれているのだ。
「薫子ママ……ありがとう」
「薫子……お前、俺には毒を盛るのに、央太にはこんな優しい……。でも、お前らのその優しさが、俺の最高の『解毒剤』やわ」
健吾は毒入りのボトルを受け取ると、躊躇なく一気に飲み干した。
そして、「うおおおっ、ミントが鼻から突き抜けて、お腹がヒリヒリするけど、めちゃくちゃ元気出てきたがな!」と、ワイルドに胸を叩く。彼ならではの頑丈な身体能力と、薫子ママへの奇妙な信頼感がそこにはあった。
「央太。エネルギーチャージ完了。……ミッションのフェーズ変更。これより、ターゲットの『捕獲』を再開する」
「えっ、やっぱり捕まえる気満々じゃないですか!」
「当然。お母様方の許可は、あなたを『無傷で持ち帰ること』。あなたの自立を見届けた後、私の助手として一生メンテナンスする。……クロエ、迎撃態勢に移行」
「あかん! 優しくされたと思ったらこれや! 央太、走るぞ!」
僕たちは一気にドリンクを飲み干すと、生き返った体で、再びジャングルの奥へと猛ダッシュした。
薫子ママの愛と、クロエの偏った独占欲を背中に感じながら、僕たちは第4層の出口へと突き進むのだった。
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