第18話:『パパの最低で、少しだけ熱い複数婚講義』
熱帯エリアの夜。
ジャングルの巨大な葉に遮られ、地上の星空は見えない。けれど、セーフティエリアの焚き火は、パチパチと静かな音を立てて周囲の闇を払っていた。
スープ用のクッカーを火にかけながら、僕はまだ、ぷりぷりと怒っていた。
実母譲りのエメラルドグリーンの瞳で、焚き火の反対側で横になっている健吾を睨みつける。
「パパ。さっきのナンパ、本当に最低だったよ。僕、一人の人と静かに、誠実な恋がしたいって言ったよね? なんでパパは、そんなに何人も女の人に声をかけられるの?」
健吾は大剣を枕にし、腕を組んで目を閉じていた。
スープがコトコトと煮立つ音だけが、数秒間、沈黙を埋める。
「……央太」
健吾がゆっくりと目を開けた。
焚き火のオレンジ色の炎が、彼のワイルドな三白眼に反射する。その表情は、いつものチャラチャラとしたお調子者のそれではなく、驚くほど静かで、真剣な「男」の顔だった。
「お前は、一夫多妻を『めんどくさい』って毛嫌いしとる。志乃たち3人に、毎日お仕置きされてる俺を見て、情けない男やって軽蔑しとるのも分かっとる」
健吾は起き上がり、焚き火に新しい薪をくべた。
火の粉が舞い上がる。
「けどな、央太。この『男1:女9』の狂った世界で、男が1人だけを愛して、残りの女の子全員を『お前は対象外や』って飢えさせるんが、本当に正しいんか?」
「え……?」
「不倫免責なんていう、男性に都合のええ法律がある。それはな、国が俺たち男に『すべての女性を、責任を持って守り抜け』って、無理難題を押し付けとる証拠やねん」
健吾は自分の手のひらを見つめた。数々の魔物を斬り、無数の傷跡が刻まれた、分厚く、逞しい手。
「俺はな、志乃だけを愛して、一夫一婦制の時代を終わらせることもできた。でもな、薰子も、エレナも、俺を求めてくれた。あいつら全員を幸せにするために、俺は『男の泥』をすする覚悟を決めたんや」
健吾の声には、コテコテの関西弁でありながら、胸の奥を直接揺さぶるような、不思議な説得力と熱量があった。
「志乃に重力魔法で床に埋められるのも、薫子に毒を盛られるのも、エレナに罰金取られるのも、全部俺の『覚悟』の代償や。あいつらが怒るんは、俺がそれだけあいつら全員を本気で愛しとるちゅうことや。俺は、1人も見捨てる気はない。全員を、俺のこの腕で守り抜く」
健吾は僕をまっすぐに見つめた。
そのエメラルドグリーンの瞳に、健吾の熱い視線が突き刺さる。
「央太。お前は志乃そっくりで、綺麗で、優秀や。だからこそ、国や母親たちの用意したカゴの中で、綺麗に飾られるお人形で終わるな。誰を愛するか、何人を愛するか、それはお前自身が、自分の頭で考えて、自分の足で戦って、自分の『覚悟』で決めろ」
健吾は大剣をポンと叩いた。
「複数婚はめんどくさい。せや、めちゃくちゃめんどくさいし、命がけや。でもな、それを背負って、あのおかんたち3人を全員笑顔にさせとる俺は、世界一幸せな男やぞ」
ガハハ、と。
最後に健吾は、いつものチャラい笑顔に戻って笑った。
スープが沸騰する。
僕は魔導杖を握る手に、ぎゅっと力がこもるのを感じた。
(本音:パパ……普段はヘタレで、腰が致命的に軽い最低のナンパ男やけど。……でも、3人のママたちを全員『本気で守る』っていうその背中は、誰よりも格好いい冒険者の背中やわ。僕には、まだそこまでの覚悟はない。でも……)
「パパ。僕、自分の力で強くなる。お母様たちに与えられた『義務』のハーレムじゃなくて、僕自身が本気で守りたいと思える相手を、このダンジョンで見つけてみせる」
「おう! その意気や、央太! よっしゃ、スープ美味そうに煮えとるがな! 早速喰おうや!」
僕たちはスープを分け合い、ジャングルの温かい夜風の中で、静かに笑い合った。
父親から教わった、最低だけど、少しだけ熱い「複数婚の講義」。
その言葉を胸に、僕のエメラルドグリーンの瞳は、明日のさらなる深い冒険へと向かって、力強く輝き始めるのだった。




