第16話:『母親たちの遠隔影(ゴースト・制裁)』
「雅さん! 傭兵部隊のフォーメーションに隙ありです!」
大河内雅が率いる五十名の重装甲傭兵部隊。その鉄壁の包囲網に対し、僕は魔導杖を天に掲げた。
実母・志乃譲りの強大な魔力。僕のハニーブロンドの髪が眩しく輝き、湿気を含んだ地下空洞の空気そのものが震え出す。
「『魔力集束――衝撃波拡散』!」
杖の先から放たれた高密度の魔導衝撃波が、傭兵たちの構える大盾の「隙間」を突いて炸裂した。
ドォォォン! と轟音が響き、盾の連携が一瞬にして瓦解する。
「おーほっほっほ!? な、なんですのこの魔力密度は!? 志乃様そっくりで、ゾクゾクいたしますわ!」
「雅さん、見惚れてる暇なんてないですよ! パパ、今です!」
「よっしゃ、央太ナイスや! お嬢ちゃんたち、またなー!」
健吾は僕を小脇に抱えると、信じられない軽快さで傭兵たちの頭上を飛び越え、第3層の暗い分岐路へと滑り込んだ。
背後から「あ、お待ちになって央太君! 私の不労所得ライフプランのシミュレーションがぁー!」と雅の叫び声が遠ざかっていく。
暗い岩陰に身を潜め、なんとか息を整えた。
上品な標準語を保つ余裕もなく、僕は肩で息をしながらパパを睨みつける。
「はぁ、はぁ……パパ。本当に最低だよ。お小遣いとビールの裏金で実の息子を売りかけるなんて、人間のクズやわ」
「しゃあないやろ! 志乃の監視下で、俺がどれだけ金に困っとるかお前も知っとるやろ! ギルドの依頼料も、全部エレナに天引きされとんねんぞ!」
健吾が冷や汗を流しながら、大剣の柄を握って言い訳する。
その時だった。
僕たちの頭上の天井。そこにある鍾乳石の隙間から、バチバチと恐ろしい紫色の電光が漏れ出した。
「……! パパ、上! 凄まじい魔力反応!」
「嘘やろ、まさかもう追いつかれたんか!?」
鍾乳洞の天井に、直径数メートルはあろうかという巨大な魔方陣が展開される。
そこから光の束が降り注ぎ、空気中の水分を結晶化させながら、一人の女性の姿を形作っていった。
それは、実体ではない。
だが、そのハニーブロンドの長いハーフアップ、そして冷酷に輝くエメラルドグリーンの双眸は、間違いなく我が家の絶対女帝――志乃お母様のものだった。
志乃の最上級ホログラム通信魔法『影投影』だ。
『……見つけたわよ、バカ者たち』
暗い洞窟に、感情を一切含まない、透き通るように美しい標準語が響き渡る。
投影体であるにもかかわらず、そのエメラルドグリーンの鋭い眼光から放たれる「魔圧」は本物だった。僕たちの周りの小石が、重力でミリミリと床にめり込んでいく。
「し、志乃ぉ……! なんでここに……電波は圏外のはずやろ!?」
健吾が悲鳴を上げながら後退りする。
『ギルドの回線をエレナがハックしたのよ。アナーキー・ダンジョンの不法魔力波を逆探知するなんて、ギルド幹部であるエレナには容易いこと。……健吾。私の央太を連れ回して、一体どこへ行こうというのかしら?』
「ち、違うねん! これは央太の教育旅行や! 野生の男の魂を――」
『問答無用よ。大人しく捕まりなさい。抵抗するなら、あなたの背骨を予定通りへし折るわ』
志乃の美しい顔が、般若のように冷たく歪む。
と、その時。志乃の影投影の隣に、薫子ママのおっとりとした姿も投影された。
薫子ママはにっこりと、京都風のはんなりとした笑顔を浮かべている。
『健吾さん、お久しぶりどすえ。ところで……昨日お部屋でこっそり食べた「唐揚げ」、とっても美味しそうでしたなぁ』
「げ、薫子……! なんで唐揚げのこと知っとるんや……!」
『うふふ、私がお部屋の体重計とカロリーセンサーを見落とすわけないやないですか。……その唐揚げにはね、薫子ママ特製の「お尻から火が出る下痢毒」を、12時間のタイムラグで発動するように仕込んでおきましたえ』
「な、なんやて――」
健吾が顔面を蒼白にした、まさにその瞬間。
ゴロゴロ、と健吾のお腹から、雷鳴のような不穏な音が響き渡った。
「う、うおおおっ!? きた、きたあああ! 腹が、俺の腹が、核爆発を起こしとるぅぅぅ!」
健吾が大剣を投げ出し、お尻を押さえて床に転げ回る。
『さらに健吾! ギルドの規約違反と家出の罪で、帰還後の罰金は通常の3倍よ! クレジットカードも全額停止したから、そこらへんの草でも食べてなさい!』
エレナママの怒声も通信から響く。
『央太。そこでお待ちなさい。すぐに零華たちを向かわせるわ』
志乃が黄金の杖をこちらへ向け、影投影がゆっくりと消えかけていく。
「あ、あかん……! 央太、俺はもう一歩も動けん……! 尻が、尻の防御結界が破られそうや……!」
冷や汗を滝のように流し、涙目で悶絶する父親。
「パパァァァーーーッ! しっかりして! 志乃お母様のゴーストの魔力追跡、まだ切れてないよ! 零華さんたちがすぐそこまで来てる!」
僕は思わず完璧な標準語を忘れ、絶叫した。
悶絶して動けない体重85キロの現役Aランク大剣使い。
僕は意を決すると、細身の体で健吾の巨体をひょいと肩に担ぎ上げた。
「うお、央太!? お前、細いのにえらい力持ちやな……!」
「お母様たちに徹底的に肉体訓練(特訓)させられたからだよ! 立つのは無理でも、担がれるのは我慢して! 逃げるで、パパ!」
「お、おう! 頼む、衝撃を最小限にして走ってくれぇぇぇ!」
お尻を押さえて担がれるチャラ男の父親と、それを必死の形相で担いで猛ダッシュするハニーブロンドの美少年。
僕たちは、母親たちの容赦ない「遠隔制裁」から逃れるため、第3層の暗闇へと全力で逃げ伸びるのだった。




