第15話:『第三の刺客・マネーパワーの土石流』
湿地帯を抜け、少し乾燥した地下空洞のようなエリアに辿り着いた僕たちだったが、目の前の景色を見て、同時に足を止めることになった。
第3層から第4層へと続く、唯一の巨大な石造りの通路。
そこが、おぞましい数の「重装甲の盾を構えた女性傭兵たち」によって、物理的に完全封鎖されていたのだ。
その数、およそ五十名。全員がギルドで雇われた精鋭冒険者たちだ。
「おーほっほっほ! ようやく見つけましたわ、私の可愛い央太君!」
通路の中央、特製の豪華な折りたたみ式クイーンチェアに腰掛け、優雅に紅茶を飲んでいた少女が、勝ち誇ったように笑い声を上げた。
完璧に巻かれた金髪の縦ロール。おでこを丸出しにしたノーブルなスタイルに、長い睫毛に縁取られた傲慢そうなオドアイの双眸。
エレナママの推薦する、大河内財閥の令嬢――大河内雅(おおこうち みやび、20歳)だった。
「み、雅さん……!? これ、どういう状況ですか?」
あまりのスケールの大きさに、僕は標準語を引きつらせた。
「どういう状況も何も、見ての通りですわ! 大河内重工の私設ギルド兵をフル稼働させ、この層を完全に買い取り(封鎖)させていただきましたの! さあ央太君、あの不潔極まりないお義父様(健吾)の手を振り払って、こちらへおいでになって!」
雅はフリルだらけの戦闘ドレスを揺らし、純白のパラソル杖を突きつけてみせた。
「おいおいおい、雅ちゃん! やりすぎやろ! いくら大金持ちやからって、ダンジョンの1フロアを丸ごと私兵で封鎖するとか、ギルドの規約違反もええとこやぞ!」
健吾がさすがに呆れたように関西弁で突っ込む。
雅は「フン」と鼻で笑うと、エレナママから預かった『真っ赤な印章の押された誓約書』を取り出して見せた。
「ギルドの規約? そんなもの、エレナ様がすでに『特別治安維持活動』として、ギルドの予算と権限で裏認可を通してありますわ! それより、健吾様」
雅は冷たいオドアイの瞳を健吾に向け、不敵に微笑んだ。
「これが見えますかしら? エレナ様からお預かりした『健吾様の全資産差し押さえ、および今月分の罰金百倍請求書』ですわ。もし今すぐ央太君をこちらへ引き渡してくだされば……この書類、私がその場で買い取り、あなたの今月の『秘密の裏ビール購入用裏金』を、私の個人資産から全額補填して差し上げてもよろしくてよ?」
その言葉を聞いた瞬間、健吾のワイルドな三白眼が、一瞬にして『¥』マークへと変化した。
「ほ、ほんまに……!? 雅ちゃん、秘密のビール代まで出してくれるんか!? おまけにエレナの差し押さえも無効に……!?」
健吾のフットワークも腰も、致命的に軽い。
彼はじりじりと、僕を差し出すように雅の方へと一歩を踏み出そうとした。
「……健吾様。薫子様の『お仕置き毒薬』の解毒剤も、私の大河内製薬の最高級品を一生分、プレゼントいたしますわ」
「うおおお! それめちゃくちゃ欲しい! 薫子の毒、ほんまに尻が爆発するほど痛いんや! 雅ちゃん、お前こそ我が波多野家の救世主や!」
「パパァァァーーーッ!!」
僕は完璧な標準語を完全に忘れて、強烈なビンタを健吾の無精髭だらけの頬に叩き込んだ。
――バチィィィン!!
「痛っ!? 何すんねん央太!」
「何すんねんはお前やろ! お小遣いとビールの裏金と、お尻の解毒剤ごときで実の息子を売るなや! この最低最悪のチャラ男がぁ!」
コテコテの関西弁でキレ散らかす僕の姿に、雅は「まぁ……!」と両手で口を覆って、呆気にとられた。
「おーほっほっほ! 央太君、激しいツッコミも大変情熱的で、お美しくていらっしゃいますわ! ますます私の豪邸で一生優雅に、お人形のように不労所得生活をさせたくてたまらなくなりましたわ!」
「雅さん、あなたも僕を『お人形』扱いするのをやめてください!」
僕はハニーブロンドの髪を逆立たせんばかりに、魔導杖を構えた。
傭兵たちの盾がガチャリと音を立てて狭まる。
アサシン嫁同盟の執拗な追跡と、雅の圧倒的マネーパワーに包囲され、僕たちは絶体絶命の窮地に陥るのだった。




