第13話:『第一の刺客・ポンコツ剣聖の神速斬』
「いたにござる! そこにお直り召されよ、不潔極まりなき健吾殿――ッ!」
ダンジョン第2層。
薄暗い鍾乳洞のような岩場に、桜色のきらびやかなエフェクトと、空気を鋭く引き裂く金属音が響き渡った。
突如として頭上から降臨したのは、白赤の鮮やかな戦闘用巫女装束をはためかせた少女。
黒髪を高い位置でポニーテールに結び、琥珀色の瞳を凛と釣り上げた美少女剣聖――緋村零華だった。
彼女の腰から放たれた「名刀・白百合」の神速の抜刀術が、僕たちの目の前の岩肌を、豆腐のようにスッパリと切り裂いた。
「うわあああっ!? ちょっと零華さん、危ないじゃないですか!」
僕は思わず、手に持っていた魔導杖を構えて数歩飛び退いた。
お上品な標準語がギリギリで口をついて出たが、心臓はバクバクと狂ったように跳ねている。
「お、おぅ、零華ちゃんやんけ! 朝から元気ええなぁ。相変わらず神速の居合い、キレッキレやん!」
健吾はというと、驚く様子もなく、大剣「バルムンク」を背負ったまま、チャラチャラと片手を挙げてウインクをして見せた。
「き、健吾殿……! よ、よくもそのようなふしだらな目配せを我が身に……っ! さすがは一夫多妻の権利を乱用し、不倫無罪の法律に甘えて3人ものお母様方を泣かせる不潔の化身にござる!」
零華は一瞬にして耳まで真っ赤に染め上げ、刀を構え直した。
男性免疫が文字通り「ゼロ」の彼女は、男にウインクされただけで、心臓が爆発しそうなほど狼狽してしまうのだ。
「誰が泣かせとんねん! 俺は3人を本気で愛し、本気でお仕置きされとる被害者や! それよりお嬢ちゃん、央太に何の用や?」
「そ、それは……っ! 我が師、志乃殿より、央太殿を健吾殿という悪影響から救い出し、無傷で連れ戻すよう仰せつかったにござる!」
零華は琥珀色の瞳を潤ませながら、僕の方へと一歩足を踏み出した。
「お、央太殿……! お怪我はござらんか? このような男と一緒にいては、純真無垢な央太殿の魂まで、関西弁の不潔なチャラ男に染まってしまいまする! さあ、私と共に実家へ戻り、師匠の敷いてくれた『純潔なる一夫多妻』の誓約書にサインを――」
「零華さん……。僕、お母様たちが決めたお見合いのレールの上を歩くのが、どうしても嫌だったんです。自分の足で、冒険者として戦いたくて……」
僕がエメラルドグリーンの瞳でまっすぐに見つめると、零華は「あ、あわわわ……!」と、さらに顔を茹でダコのように真っ赤にして後退りした。
刀を持つ手が、目に見えて震えている。
「お、央太殿が、そのような……そんな、熱烈な眼光で私を見つめるとは不埒にござる! む、胸の鼓動がうるさくて、抜刀の精密動作が狂うではないか……っ!」
「零華さん、ただ普通に喋ってるだけですよ!?」
零華があまりのパニックに「あわわ」と噛みまくっているのを見て、健吾が僕の肩をぽんと叩いた。
「おい央太、今や! あの子、男と喋るだけで頭のヒューズ飛ぶポンコツやからな! 今のうちにトンズラこくぞ!」
「了解! 零華さん、すみません!」
僕たちは一瞬で身を翻し、第2層の迷路のような岩影へと駆け抜けた。
「あ、あっ、待ちたまえ、央太殿――っ! あ、足が、足がもつれて、追えないにござるぅぅぅ!」
背後から、自分の足に巫女装束の裾を引っ掛けて派手に転倒する零華の音が聞こえてきた。
剣の腕は超一流、でも中身はウルトラポンコツな最初の刺客をなんとか振り切り、僕たちはダンジョンのさらに奥へと逃げ延びたのだった。




