第11話:『激震! リビング消失の日』
二日目投稿スタートです。
前日10話 本日9話 明日9話 で完結です。
最後までお付き合いよろしくお願いします。
同刻、午前7時。
地上――波多野家の朝は、いつも通り優雅に始まるはずだった。
寝室から現れた第一夫人・志乃は、眩いハニーブロンドの長い髪を完璧なハーフアップにまとめ、純白のシルクのネグリジェを纏ってリビングへと足を踏み入れた。
その氷の彫刻のように整った顔立ちに、気高いエメラルドグリーンの双眸。37歳にしてトップモデルをも凌駕するスタイルを持つ彼女は、いつもならここで、僕の上品な「お母様、おはようございます」という挨拶を迎えるはずだった。
だが、リビングは異様なほど静まり返っていた。
「……央太? 健吾?」
志乃が冷たく美しい声で呼ぶ。返事はない。
代わりに、キッチンのドアが開き、第二夫人・薫子が、おっとりとした笑顔で朝食のお盆を抱えて現れた。
「あら、志乃さん。おはようございます。……どうやら、うちのバカ男たちが、少しばかり悪戯をしてくれたみたいどすえ」
薫子が細い指先で示したのは、リビングの凹んだ床の上に、ぽつんと置かれた一枚の和紙――書き置きだった。
志乃は無言で歩み寄り、その紙を拾い上げた。
そこには、殴り書きのような、しかし楽しげな文字が踊っていた。
『おかんたちへ。
ちょっと央太の男のロマンを磨くために、親子二人でダンジョンへ行ってきます。
お見合いはちょっと延期や!
探さんといてな! ――健吾、央太』
その置き手紙を読んだ瞬間。
リビングの空気が、一瞬にしてマイナス数十度まで冷え切った。
「……あのゴミ」
志乃のエメラルドグリーンの双眸から、完全に光が消えた。
彼女の美しいハニーブロンドの髪が、怒りの魔力によって逆立つように、フワリと宙に舞い上がる。
彼女の全身から溢れ出したのは、ギルドの最高ランク魔導士としての、圧倒的かつ暴力的な魔圧。
「……私の央太を、あの不潔な腰軽男が、汚らわしいダンジョンへそそのかしたのね?」
次の瞬間、志乃の右手が虚空を掴むと、リビングの空間そのものが「ミシミシ……!」と悲鳴を上げた。
――バゴォォォォン!!
最大出力の重力魔法がリビングを直撃し、頑強な波多野家の南側の外壁が、一瞬にして瓦礫となって粉々に吹き飛んだ。
爽やかな朝の太陽の光が、壁の消え失せたリビングへと無慈悲に差し込む。
「あらあら、志乃さん。朝から激しいお目覚めどすなぁ。でも、これだけの壁を吹き飛ばすのは、ちょっとお掃除が大変どすえ?」
薫子は、リビングの壁が消失して庭が丸見えになった惨状を見ても、全く動じることなく「ふふふ」とはんなり微笑んでいた。
しかし、その優しげなタレ目の奥は、一ミリも笑っていない。
「でも……健吾さん、また悪い病気にかかってしまいましたなぁ。央太さんの純真な心に、余計な毒を吹き込む前に、ちゃんとお仕置きせなあきませんねぇ。うふふ、健吾さんの胃袋を雑巾のように絞り上げる『特性の下痢毒』、今から3倍の濃度で調合しておきますえ」
「ちょっと二人とも! 何朝からリビングぶっ壊してんのよ!?」
そこへ、派手なプラチナブロンドのツインテールを揺らしながら、第三夫人・エレナが2階から駆け下りてきた。
エレナは吹き飛んだ外壁と、志乃の般若のような形相を見て、一瞬で状況を理解した。
「まじありえないんだけど! 健吾のバカ、ウチの可愛い央太を誘拐したわけ!? ギルドの受付嬢に色目使うだけじゃ飽き足らず、実の息子までナンパのダシにする気!? 許せない、絶対に許さない!」
エレナは即座にスマートフォンを取り出し、ギルドの幹部権限をフル稼働させて画面を猛スピードでタップし始めた。
「即座に健吾の預金口座を凍結! クレジットカードも全部ブラックリスト入り! アナーキー・ダンジョンの周辺のギルド通信網をハックして、親子の位置情報を特定するわ! ウチの央太に変な虫(女冒険者)がついたら、あたしがその女ごとギルドの予算で消してやるんだから!」
第一夫人(本妻)の破壊魔術。
第二夫人の毒薬調合。
第三夫人のギルド権力掌握。
3人の最恐の母親たちが、息子を取り戻すため(そしてバカ夫に死以上の恐怖を与えるため)、恐るべき「怒りの共同戦線」を結成した瞬間だった。
「エレナ、薫子。すぐに、あの子たち(お見合い候補)を呼びなさい」
志乃が、黄金の結晶スタッフを床にコツンと叩き、冷酷極まりない美しい標準語で告げた。
「我が一族の至宝である央太を、あのゴミから救い出す。抵抗するなら、健吾の手足は折って構わないわ。……徹底的にお仕置きをしましょう」
「御意にござりますえ」
「了解、バカ夫に男の限界を教えてやるわ!」
朝日が差し込む、壁のないリビングで、波多野家による史上最大の「旦那・息子回収作戦」の火蓋が、盛大に切って落とされたのだった。




