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男1:女9の世界で、パパと僕は自由を求めてダンジョンへ走る  ~ 婚約者刺客と母親連合から逃げる父子の珍道中 ~  作者: かぶんす


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第10話:『迷宮の朝食は魔物の肉で』

アナーキー・ダンジョン第1層。

薄暗く、ひんやりとした岩肌に囲まれたセーフティエリアの片隅で、僕はパチパチと爆ぜる焚き火の音を聞いていた。

スマホの電波は完全に圏外。

いつもなら「姿勢を正しなさい」「魔力呼吸の時間を計測します」と、一時間おきに容赦なく震えていた国営健康アプリ『G-Tracker』も、今はただの文鎮と化して静まり返っている。


「……はぁ、本当に静かだ」


僕は自分の膝を抱え、ぽつりと言葉を漏らした。

まだ深夜の家出から数時間しか経っていないというのに、なんだか何年も遠い世界へやってきたような不思議な感覚だった。


「おっ、央太。火の番ありがとうな。ちょっと朝メシの材料、そこらへんで調達してきたわ」


軽い足取りで戻ってきたのは、背中に大剣を背負った父親――健吾だった。

コートの裾を少し汚した健吾の両手には、太い角を生やした、大きなウサギのような魔物『ホーンラビット』が二匹、すでに綺麗に血抜きされた状態で握られていた。


「パパ、それ、今から食べるの……? ホーンラビットって、確か第1層の凶暴な魔物だよね。一人でサクッと狩ってきたの?」


「当たり前やんけ。こんなん、俺からすればただの歩く肉の塊や。そこらへんでウロウロしとったから、バルムンクを抜くまでもなく、手刀一発で仕留めてやったわ。ほれ、皮剥いで焼くぞ!」


健吾は手際よく腰のナイフを抜き、あっという間に魔物の肉を解体し始めた。

その無駄のない、流れるようなプロのナイフ捌き。

家ではいつも、志乃お母様の顔色を伺い、薫子ママに毒を盛られ、エレナママに財布を握られて小さくなっているヘタレな父親が、今は信じられないほど頼もしく、格好良く見えた。

(本音:パパ……普段はリビングの床に埋まっとるのに、ダンジョンの中やとほんまに現役バリバリのSランク冒険者なんやな。ちょっと見直してもうたわ。……いや、でも腰は致命的に軽いから油断は禁物やけど)

健吾は近くの枯れ枝を削って作った串に、分厚く切ったホーンラビットの赤身肉を突き刺し、焚き火のすぐそばに立てかけた。

熱せられた肉から、ジワジワと透明な脂が溢れ出し、炭に落ちてジュウと小気味良い音を立てる。

それと同時に、肉の焼ける野性味に満ちた香ばしい匂いが、狭い岩陰に広がっていった。


「味付けはな、これだけや」


健吾がポケットから、小さなボトルの塩を取り出し、パラパラと肉に振りかける。


「薫子の料理は完璧や。減塩、無添加、有機野菜に、魔術栄養学に基づいた完璧な調合。……でもな、ダンジョンの中で、命がけで仕留めた魔物を、塩だけで喰らう。これに勝る贅沢は、この世にないんや」


「……いただきます」


僕は、差し出された串付きの肉を受け取った。

息を吹きかけ、少し冷ましてから、思い切り肉に噛みつく。


「――ッ、うまっ!」


思わず、僕の口から上品な標準語が完全に消え去り、コテコテの関西弁が飛び出した。

弾力のある赤身肉は、噛み締めるたびに強烈な肉の旨味を吐き出す。

薫子ママの薬膳スープのように計算された上品さはない。ただ、ストレートに「美味い肉を食っている」という生命力が、胃袋を通じて全身に染み渡っていく。

塩のシンプルな辛味が、肉の甘みを限界まで引き立てていた。


「せやろ! これが『野生』や! 国に飼われ、女に養われ、カゴの中で綺麗に着飾って出されるスープだけが人生やない。自分で仕留めて、自分で喰らう。これが、男の原点や!」


健吾も豪快に肉を噛みちぎり、ガハハと笑う。

焚き火のオレンジ色の光が、健吾のワイルドな無精髭と、背中の大剣を照らし出していた。

その姿をじっと見つめながら、僕は、自分のハニーブロンドの髪をそっと触った。

僕は実母・志乃そっくりの姿で生まれ、その魔力適性も全て受け継いだ。けれど、僕の胸の中で今、熱く脈打っているこの「自立への渇望」は、目の前で豪快に笑う、このチャラくて、お調子者で、でも誰よりも自由な父親から受け継いだものなのかもしれない。


「パパ。僕、来て良かった。お母様たちが用意した、お見合い誓約書の日程をこなすだけの人生なんて、やっぱり絶対に嫌だ。僕は、一人の冒険者として、自分の力で強くなりたい」


「……おう。その意気や、央太」


健吾は僕のハニーブロンドの頭をごしごしと乱暴に撫で回し、それから遠く、ダンジョンの奥へと続く暗闇を見つめた。


「よし! 腹も満ちたことやし、実践授業の始まりや。この層の魔物を狩りながら、まずは基礎的な戦闘技術を叩き込んでやる。おかんたちが追いついてくる前に、少しでも骨のある男にならんとな!」


「うん!」


僕たちは立ち上がり、焚き火に砂をかけて消した。

初めてのダンジョン、初めての朝。

僕の右手には、実家から持ち出した魔導杖。

お上品な「国宝」の皮を脱ぎ捨てた僕は、父親の背中を追いかけ、迷宮のさらなる深みへと一歩を踏み出した。


初日の投稿はここまでとなります。

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