第11話 アムルダの技師
星環歴772年 6月7日
惑星ウィンストン西部 アムルダ
1
「街が見えてきたぞ、フェリシア」
「着いたわね。ここまで十七日ってところかしら?」
連日に渡る険しい旅路。アルトスの若き二人の少女は、フレスヴェルク長老からの指示に従い、目的地である商業都市アムルダに辿り着こうとしていた。
「前回は十九日かかった。我々も日々精進していると言っていいだろう」
弱肉強食の自然の中で長年を生き抜いてきた彼女らといえども、決して順風満帆にここまで来られたわけではなかった。
深淵の森の道中で、グランフェロース並みの凶暴な猛獣と死闘を繰り広げることもあった。森を抜けた先には過酷な峡谷がその全貌を現し、油断をすれば奈落の底へ真っ逆さま。
当然、アムルダのような都市を目指し、過酷な旅の途中で命を落とす者も少なくない。食料が尽きて餓死する者、猛獣に食い殺される者、高所から転落する者、未知の高熱に侵されて静かに絶命する者。二人は行く先々で、無念の死を遂げた者たちの髑髏をいくつも目にした。フェリシアはそんな屍の数々を目の当たりにする度に、一瞬の油断が生死を分けるという現実の過酷さを改めて思い知らされた。注意や慎みに乏しい彼女でさえも、気を引き締めざるを得ない。
天候の悪い日も多かった。雨風に打たれながらも、屈せず歩み続けてきたフェリシアとツバキ。しかし、それも今日でおしまいだ。二人の前には、目的の街が見える。
既に天候は回復しており、雲一つない青い空が世界を覆う。涼しい風は草木を宙に浮かせ、煌びやかな太陽は、果てない大草原を照らす。まるで、険しい旅路を完遂した彼女らを労うかのようだ。
「虫に刺されたり、雨に濡れたり、泥沼にハマったり、ムシャクシャしてたけど、この青い空を見れたなら、今までの不満なんてどうでもよくなるわね。生きてるって素晴らしい!」
「まったく、単純だな。フェリシアは」
快晴の大空を見てご満悦のフェリシア。そんな彼女にツバキも思わず「ふっ」と笑みを浮かべる。
「いいじゃない。人間、単純でいるのが一番よ」
丘の上から見えるアムルダの街を目前にして安堵し、
「さあ、もう一息だ。行こう」
「そうね!」
ゆっくりと丘を下りる。
街に着いてしまえば好きなだけ美味い飯にありつけると、フェリシアは心を躍らせる。心なしかその足も軽くなっていた。
2
街ではどこもかしこも、活気あふれる商人たちが物の売り出しを行っている。ここ商業都市アムルダはウィンストンにおける貿易の中心地でもあり、売買品としては、ウィンストン中のあらゆる果実、穀物、動物の肉といった食料品のほかに、絹、織物、衣服、さらには見慣れない人形や木彫りの置き物といった民芸品など、枚挙にいとまがない。
「ねぇ、ツバキ。あの肉、美味しそうじゃない!」
「あとにしろ。キール殿に会うのが先だ」
ツバキは、飯にありつこうとするフェリシアを抑えつつ、目的地へ一直線に向かおうとする。
商人たちの賑わう街道を抜けると、先ほどまでの喧騒はたちまち静まり返った。他の通行人とすれ違う回数も減る。
二人がしばらく歩き続けていると、すぐ側には白い柱のような巨大なオブジェが現れる。八百メートル程の高さはある。それも一本だけではなく二百メートル程先にも、さらにその奥にもほぼ等間隔で、柱が並ぶように伸びていた。
「でっかいわねぇ」
もともと白く聳え立っているその柱は、炎天下の光を浴び、これでもかと言わんばかりの眩しい白光を反射する。
「古代竜の屍だな」
「ひゃー。でっかいわねぇ」
大昔、この地には超巨大生物が栄えていたという。街を囲っている白いアーチはその亡骸なのだ。化石として保存されているのはほんの一部で、ほとんどは時間の流れとともに風化してしまったと言われている。しかし、残された骨は今でも街のシンボルとして大切に保存されている。アムルダの住人たちは、これらの巨大な骨のアーチが街を守護してくれると信じているのだ。
そんな巨大な骨のアーチも過ぎ去って先を進むと、ようやく目的の場所が見えてきた。全体的に高低差の小さい地形の中で村が形成されているアムルダだが、二人がいるこのエリアは、黒曜石を主とする岩塊によって形成されていた。黒々とした歪な岩盤の上を進んだ先に、一軒の質素な小屋はあった。
「おそらく、ここがキール殿の住処だろう」
「こんな街の外れにまであたしたちを歩かせて。こっちの身にもなってみなさいよ!」
「無茶苦茶言うな、フェリシア。キール殿が我々の動向を知るはずもないだろう」
ドンドンドン!
「おい、ノックが強い!」
ツバキの言葉に聞く耳を持たないまま、乱暴にノックをするフェリシア。
「はいはい。今出ますよ」
扉の向こう側から男性の声が聞こえ、ガチャッと静かに扉が開く。
「おやおや、ずいぶん可愛らしいお嬢さんたちじゃないですか。アムルダの者じゃないね」
黒い髪に丸眼鏡をかけた長身の男だった。
「あなたが薬剤師のキールね」
「そうさ、私がキールだよ。このアムルダで薬の調合をして何年になるかな。でもね、こういう場合は訪ねてきた方が先に名乗るものじゃないかな?」
「失礼。私はアルトスの戦士、ツバキと申します」
「同じくフェリシア」
アルトスに代々続く風習に則って挨拶するツバキ。フェリシアもそれに続く。
「ツバキ君にフェリシア君か。」
「キール殿、これを」
ツバキは、フレスヴェルク長老から預かった伝言状を取り出し、キールに手渡す。
「『汝、知れ。吾等、誇り高きアルトスの民より送りし使者、フェリシア、ツバキを汝が元に遣わす。万象を動かす古の智恵を秘めし者よ、汝が持つ叡智をもって、二人を星の彼方、天命の地へと導き給え。ここに記し、吾が名を証とす アルトスの守護者 フレスヴェルク』…か」
キールは、ツバキから受け取った伝言状を読み上げた。
「相変わらず堅苦しい伝文ですこと。血は争えないわね」
「うるさい」
ツバキは、フェリシアの茶々を振り払う。
「つまりフレスヴェルク長老は、私の力で君たち二人を遥か彼方の星へと連れて行ってほしい、と言うことなんだね?」
「はい。お婆様…いえ、長老の考えには信じ難いところもあるのですが、その伝聞にもある通り、キール殿は遥か彼方へと瞬時に移動させる秘術をお持ちであると聞いております」
「ツバキ君と言ったね。君のいうとおり、私はこのアムルダ…いや、ウィンストンの定住者の中で、宇宙移動の術を有するたった一人の人間だ」
「では、本当に?」
フレスヴェルクの話が本当であると確信し、ツバキも興奮を隠せない。
「しかし驚いたものだ。私の秘密を知る者は、ごく一部だというのに」
「ホントに出来るのかしらねぇ。でなきゃ、あたしたちが十七日もかけてここまでやって来た意味がないっての」
「おい、口を慎め」
相変わらず、減らず口の絶えないフェリシア。
「この伝文をフレスヴェルク長老ご本人が書かれたというのは間違いない。ただ、それだけでは、私もまだ重い腰を上げられないものだ。唐突に「宇宙へ連れて行ってくれ」と言われて、私も安易に「うん、いいよ」とは答えられないからね」
キールの言う通りだ。実行に移すのにも色々と手間もかかるのだろう。それに彼女らはまだ、未知の宇宙へ行かなければならないという意志を十分に伝えていない。彼の手助けを得るためには、それなりの覚悟を示すことも必要不可欠だろう。
「中に入りたまえ。詳しく話を聞かせてもらおう」
3
家の中に招かれた二人は、部屋の一角にある小さなテーブルについた。
天井に吊るされたランプは暖色の光を放つが、部屋は十分に照らされておらず、薄暗い。時折、チカチカと点滅する始末。周囲を見渡すと、見慣れない機械や何かの装置が所々に山積している。中にはススが付着している物も少なからず見受けられ、フェリシアは不快感を隠せない。
「なによこの部屋。ガラクタばっかじゃない」
「ははは、お恥ずかしい。ズボラなものでね」
キールはそう言いながら、奥でコーヒーを淹れていた。
「キール殿は一体何を作られているのです?部屋中に置かれているこれだけの機械。とても薬剤の調合に使われているとは思えない」
ツバキも、この部屋の異様さには疑問を抱かずにはいられない様子。散乱するこれらの機械が、病気の治療や薬剤の生成とは一切無縁であることは言うまでもない。
「ああ、それはだね」
キールは、コーヒーをトレイに乗せて戻ってくると、一間置いて答えた。
「薬剤師とは言ったが、それは仮の姿だ」
「私はかつて、ある国の研究員だったのだ」
キールは椅子に着くと同時に、そう打ち明けた。
どこの星の、どこの国の研究機関であったのかという詳細な情報までは話さなかったが、かつてキールはそこで、ある研究活動をしていたそう。
その研究内容というのが、トランスポートシステムというもの。
物質を何万光年もの離れた空間へと、瞬時に移送させる技術の確立。キールの研究チームは、それを成功させた。
何でもある二つの地点間の空間を捻じ曲げることによって、目的地への到達を可能にするのだとか。キールはそれを可能とするための理論についてあれこれと説明してみせるが、二人にはさっぱりで、理解不能だった。
「研究のことはよく分からないけど、そんな仕事に着けるってことはエリートだったんでしょ?なんで辞めちゃったのよ。もったいない」
「それに何故、隠す必要が?」
質問する二人。
「それらの理由についても詳しくは言えないな」
そして、キールはコーヒーを一口飲み、二人の目をじっと見て答えた。
「ただ、あのまま研究を続けていれば、宇宙は絶望の渦に飲み込まれていたかもしれない。だから、私は逃げてきただけのこと」
キールは静かにそう口にした。フェリシアとツバキは、キョトンとしながら互いの顔を見合わせた。
部屋に沈黙が落ちる。頭上のランプがチカチカと明滅し、その音だけが静寂を破っていた。
彼の「宇宙が絶望の渦に飲み込まれる」という言葉の真意は計り知れない。だが二人は、キールの表情に浮かぶ影から、それが軽々しく触れてはならない過去であることを悟った。
「移動できるのは片道だけだ」キールは話題を変え、真剣な眼差しで二人を見つめた。
「この装置を作ったのは、かつて私の上司だった。私は彼の残した設計図を基に、この地で細々と研究を続けてきたんだ」
キールは機械の一部を軽く叩きながら続けた。
「もう一度言っておく。移動できるのは片道だけだ。こちらに帰る手段は自分たちで見つけることになる」
「果てしない旅になることは承知の上です。私もフェリシアも、それだけの覚悟はできています」
フェリシアにもツバキにも、迷いはなかった。それを示すかのように、二人はキールをまっすぐに見て、笑ってみせる。
キールも、そんな彼女らの覚悟に応えるように、
「…承った」
彼女らの本気を再確認した後、キールは扉を開いて二人を別室へと導いた。
「……」
「……」
「…これが、」
「トランスポートシステムか」
先ほど二人がいた部屋のとは比べ物にならない程の、巨大な機械がそこにはあった。これこそまさに、宇宙の彼方への移動を可能にするという人智の結晶ーートランスポートシステムのよう。
「では、そこの台座に乗って」
互いの顔を見て、無言で「うん」とうなづくフェリシアとツバキ。 彼の指示に従い、二人は装置の内部へと歩を進める。
キールが手元の装置でカタカタと操作を進めると、目の前の空間に、青白く光るモニターのようなものが出現した。大きさは幅三メートル、高さ二メートルほど。ガサガサと雑音を立て、時折その映像も乱れを起こす。そこにはどこかの星の地図らしきものが映されている。キールは手元の操作盤をいじり、二人のコルトへの転送準備をする。
「すごい…。何もない空間に文字や絵が浮かんでいるっ!」
目の前の映像を見たフェリシアは、宇宙社会の技術の高さを実感した。知識としてウィンストンの外ではより高度な技術で社会が形成されていると理解していたものの、その産物を実際に目の当たりにすると、フェリシアは衝撃を受けずにはいられなかった。
「少々ノイズがひどいけど、コルトまでの転送はできるはずだよ。ただ、何世代も前のものだから、精度にやや難ありといったところかな。二人とも同じ場所に送れる保証はできないな」
キールは機械を操作しながら説明する。
「座標確認。目的地は惑星コルト」
「移送先の座標は、人気のない森の中に設定しておいた。君たちの出現を誰かに見られることもないだろうから安心してくれ」 彼の言う通りだ。トランスポートシステムで遠い空間を移動してきた者が、人の多い場所に突然出現すれば、大騒ぎになることは容易に想像できる。
白い火花が四方八方に飛び散り、バリバリとけたたましく鳴り響く。放出されるエネルギーは最高潮に達し、二人の空間が真っ白な光に包まれる寸前、
「二人とも、良い旅を!」
キールはこちらに手を振り、光に包まれて移送される若き二人の少女を見送った。




