第12話 再会
1
星環歴772年 6月14日
惑星コルト ヴェルテイル公国 カリスト
アルヴァスは目を疑った。彼女が五千光年の彼方から、遥々と自
分のもとに現れたことを。
「やるなぁアルヴァス、よその星でこんな可愛らしい彼女をつくっ
てくるなんてよぉ!」
客の一人が茶々を入れ、それに便乗するかのように、別の者もお
ちょくり出す。
「彼女だと?馬鹿言え!こんな野蛮な女と付き合ってちゃ、命がい
くらあっても足り――グホァ!?」
アルヴァスは文句を言い切る前に、彼女から渾身のアッパーをそ
の身に食らい、吹っ飛んだ。派手に飛ばされたアルヴァスの視界は
ぐるぐると回転する。
「…痛ぅ」
「ワォ!ウィンストンの女の子は勇ましいわね」
「ワォ!…、じゃねぇよ、母さん。ったく、とんでもない客が来た
もんだ」
よっこいせと、身体を起こし上げる。
「エスティアさん、あの子に三つ首トカゲの塩焼きを!俺の奢りだ」
客の一人がフェリシアのために注文をし出した。
「フェリシアちゃんだっけ?コルトに来たなら、三つ首トカゲは食
べておいた方がいいぞ」
「その通り。死ぬ前に一度は食べておきたいメニューだな」
我が店の売れ筋メニュー、三つ首トカゲの塩焼きを勧める客人た
ち。
「へえ、そんなに美味しいんだ。じゃあそれを食べようかな」
状況の把握が追いつかないアルヴァスをそっちのけで、彼女はテーブルにつく。
見知らぬ来訪者の登場に、場は盛り上がりを見せる。数日前の空襲が嘘であったかのよう。
フェリシアという紅一点に、皆が注目する。
そして、客たちによる煽てあげも落ち着いてきた頃。
厨房で調理を終えたエスティアが、フェリシアの席に現れた。
「ウチの自信作、味わってね!」
店長直々に、三つ首トカゲの塩焼きがフェリシアに振舞われた。
大きめの皿に沢山のグレーンリーフが盛られ、良い焼き加減の三つ首トカゲが、ずっしりと乗せられている。その香ばしさは、皆の食欲を唆るだろう。
「なかなか美味しそうじゃない。早速いただくわ!」
彼女も相当腹が減っていたようで、目の前に現れた三つ首トカゲに勢いよくがぶりついた。
2
「…で、この俺に何の用だ。っていうか、一体どうやってこの星に来たんだよ?」
ついこの間、旅先で知り合ったフェリシア。そんな彼女が、我がサークルオブストラットの店に訪れたのだ。彼女とは連絡先を交換したわけでもなのに、如何にしてこちらの住所を特定したというのか。
いや、それ以前にここまでの移動方法の方が気になる。
確かに今は、宇宙旅行が当たり前のように行われる時代だ。しかし、アルトスは宇宙との関わりを持たず、閉鎖された社会に身を置く一部族だ。そんな狭い世界で生きる者に、同じことが出来るだろうか。外界を知らないのだから、宇宙港のような交通機関を利用するのも厳しいだろう。宇宙で多く扱われている電子マネー「パール」はおろか、それを管理するデバイス、ネビュラネットも所持していないだろう。では、どうやって。アルヴァスには全く想像出来なかった。
三つ首トカゲの塩焼きを夢中で頬張るフェリシアに対し、テーブルの向かい側に座るアルヴァスは問う。
「世界を救うため、ここまで来たのよ」
「……」
聞き違いだろうか。世界を救うなどという、大言壮語を耳にした気がする。
「…なんだって?」
そんな馬鹿馬鹿しい話、あり得ない。そう思ったアルヴァスは、もう一度彼女に聞き返すが、
「だから、世界を救うの。あたしとツバキと、そしてあんたと!」
「はぁ?」
聞き違いではなかったよう。
十分な補足をつけることもなく、一言で説明するフェリシア。当然ながら、話が全く見えない。
「あたしたちアルトスが平和な道を歩むためには、もっと革新的な何かが必要なの。だから世界を変えるの」
「まだ理解できねぇよ。ざっくりしすぎにも程がある!」
遥か彼方のウィンストンの彼女がこのコルトに来たというだけでも、スケールが大きすぎるというのに、「世界を救う」とはまた大きく出たものだ。困惑しないわけがない。
三つ首トカゲの塩焼きを完食し、水をググッと飲み干したフェリシア。
「しょうがない。話すと結構長くなっちゃうけども」
それから数十分、アルヴァスとフェリシアはテーブルで対談を続けた。やがてアルヴァスは、彼女の今日までの経緯を聞かされ、驚愕することになる。
3
「……」
「……」
「それ…、マジか?」
「大マジ!」
「……」
暫し腕を組みながら、無言で天井を見上げるアルヴァス。フェリシアから聞いた驚くべき話に、頭の中で整理を始めた。
その話によれば、フェリシアは子供の頃から、無益な戦いを強いられる生き方に疑問を持っていた。絶えることのない戦で同胞たちとの死別を経験し、やがて自分も一生を終える。「アルトスの生き方とはこういうものなんだ」と多くの者が受け入れる中で、フェリシアは納得し切れなかった。フレスヴェルク長老は彼女のそんな思いを見抜いていたらしい。
そして三週間前。カリストでの空襲で多くの仲間を失ったアルヴァス自身も、この世界の理不尽さを変えたいと、心の奥で方法を模索していた。長老はアルヴァスのそんな気持ちすらも予測していたようだ。
境遇は違えど、アルヴァスとフェリシアは同じ思いを持っていた。「現状を変えたい」という願い。その思いを持つ者同士が宇宙を旅することで答えを見つける——これがフレスヴェルク長老の意図するところか。
決心したフェリシアとツバキは、ウィンストンのアムルダという街を目指し、そこに住むキールという男のもとを訪れた。ある機関の元技術者であったキールは物質転送と呼ばれる技術を有しており、二人はこれを利用させてもらった。物質転送による方法では、エスラオス王国も把握していない星間経路を移動することが可能。そんなイレギュラーな手段でコルトに辿り着いたということか。
「で、相方のツバキはどこに?」
店に現れたのはフェリシア一人。二人でコルトに来たというのに、ツバキの姿が見えないのは何故なのか。
「ちょっとここに来る途中で、問題があってね」
聞いたところによると、二人が移動するのに使用されたトランスポートシステムは、不完全だったそうだ。そのシステムでは本来、設定した座標に人や物を転送することが可能だが、精度が良くなく、設定座標へと正確に転送することが不可能。その誤差が原因で、彼女らは離れ離れになったようだ。
「ツバキとは事前に、この街で落ち合う約束をしてたから、きっと大丈夫よ」
「大丈夫って、お前…。」
「あたしたちは、二十キロも離れたアムルダまで徒歩で旅してきたのよ。これくらいの移動は、アルトスの戦士にとって日常茶飯事なんだから」
フェリシアたちがアルヴァスより優れているのは、何も戦闘力だけではない。アルヴァスは、それを改めて認識した。あの緑の生い茂るウィンストンの地では、汽車も車も走らない。そんな不便な環境に身を置いていたなら、遠い村と村の間を徒歩で移動するのが当たり前。自ずと足腰も丈夫になるはずだ。
「じゃあそのうち、あいつもここに辿り着くってわけか。とても俺には真似できない」
「そういうこと。だからツバキが来るまでの間、この街で待つことにするわ」
「でもお前、金ないんだろ?どこに泊まるんだよ。野宿か?」
彼女であれば、自然の中での野宿も問題ないだろう。しかし、このカリストは自然とは一切無縁の街である。カリスト郊外になら森もあるが、ウィンストンのように動物は多く生息していない。自力で火を起こすことは出来ても、捕まえた動物を焼いて食べたりといった自給自足は不可能に近い。
「バカね、うちに泊めてあげればいいじゃない」
エスティアはアルヴァスの頭を引っ叩く。
「フェリシアちゃんだったわね。こんな可愛い子が長い道のりを移動してきたっていうのに、あんた薄情ね」
「そうだぞアルヴァス。お前には人の心が無いのか!」
非難の声はエスティアだけに留まらなかった。
確かに彼女の経緯を考えると、「いやいや、突然現れた暴力女を家に止めろだと?ごめん被るわ」とは言えなくなる。
「……」
フェリシアの登場に戸惑うばかりで、彼女の気持ちまで十分に察してあげられなかった。家に泊めてやるという考えに至らなかったのは反省すべきだ。
「…分かったよ。しばらく、うちに泊まっていくといい」
アルヴァスは、彼女がしばらくここに泊まることを承諾した。
「母さん、親父の部屋を使わせていいよな。親父、どうせ帰ってこないだろうし」
「まあ、そうね。他に部屋もないし」
アルヴァスはフェリシアを部屋に案内した。
「この部屋を使ってくれ。ちょっとタバコ臭いかもしれないけど、我慢してくれよ」
家には滅多に帰ってくることなく、長期間部屋を空けている父親だが、ヘビースモーカーなだけあってそこにはきついタバコの臭いが漂う。
「うわ。煙たい」
そう言うフェリシアだが、こればかりは我慢してもらうしかない。
こうしてしばしの間、フェリシアとの共同生活が始まることになった。




