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第10話 少女の旅立ち

星環歴772年 5月20日

惑星ウィンストン


1


「…シア。……リシア、フェリシア!」

 静寂を破る呼びかけが、朝もやの森に響き渡る。

「んあっ!?」

 小鳥のさえずりが朝の訪れを告げる中、寝床から飛び起きたフェリシアの声が、間の抜けた音を奏でた。

「いつまで寝ている、もう七時だ。お婆様からの罰はまだ終わっていない。早く顔を洗って支度しろ」

 朝日が瞳を刺すように眩しく、フェリシアは大きな欠伸を漏らす。目覚めの儀式のように、まどろんだ意識が現実へと引き戻されていく。

「おはよう、ツバキ。まだ七時でしょ。もうちょっと、ゆっくりしてこうよ」

 まぶたをこすりながら、フェリシアは昨日からの道連れ、ツバキの姿を捉えた。彼女は既に修練の最中にあった。愛用の両刃剣が空を切る度に、凛とした音が森の静けさを貫く。日々の鍛錬を欠かさぬ彼女の姿勢は、この旅の道中にあってもいささかも揺らぐことはないようだ。

「ホント、真面目ねぇ…」

 肘まで伸びた黒髪を風が靡かせる。そんなツバキの立ち姿は、優雅と形容するのに相応しい。たった今、目を覚ました怠惰なフェリシアとは正反対だ。

 村を離れ、人気のない森の中で一晩を過ごしたフェリシアとツバキ。昨晩は周辺の動物を食べて過ごした。

「昨夜は食べ過ぎたわね。まだ身体が重い…」

 二日酔いの中年オヤジの如く「よっこいせ」と立ち上がり、顔を洗うために水辺に向かう。

「お婆様からの罰は終わっていないんだ」

「はいはい。北方にある集落の警備と、グランフェローズ十頭を倒すんだっけ」

 何人もの人間を食い殺す危険な猛獣、グランフェローズの討伐を命じられたことを思い出す。自分たちのレベルなら、それほどの猛獣相手に苦戦することはないだろうが、油断しているところを突然襲われたりでもしたら一溜まりもない。フェリシアとツバキの二人は、この数日間でそれをこなさなければならない。

「分かっているなら気を抜くなよ。そろそろ行くぞ」

 ツバキは素振りを終え、その長い剣を鞘に収める。

「ホント、容赦ないったらありゃしないわ。ツバキの婆さんは」

 バシャバシャとやや荒っぽく顔を洗いながら、戯言を垂れる。

「孫娘のあんたも、将来あんな風になるのかしらねぇ」


2


水辺をあとにし支度を終えた二人は、再び深い森の中をひたすら進む。全体的に薄暗く、ガーガーと野鳥が鳴き喚く雰囲気は、相変わらず気味が悪い。

「あたしたち、長老から罰を受けることはしょっちゅうだけど、こんな遠くまで遠征するのは久しぶりかもね」

「そうだな。こうして遠い地の空気を吸うのも悪くない」

「空気って、どこ行っても同じ森だし。違いが分からないじゃないの」

 フェリシアは、同行者のツバキと他愛のない雑談を交わし、和気藹々とした空気感を作り出そうとした。

 ツバキは堅物な性格だが、無口と言うほどでもない。フェリシアのじゃじゃ馬ぶりに毎度呆れてしまう彼女だが、何だかんだでフェリシアの話にはのってくれる。こちらから何かしらの話題を振らない限り、会話に発展しないのが玉に瑕だが。

「まあ、罰は罰。科せられた内容がしんどいことに変わりないわ」


「その通りだ。特にグランフェローズの討伐は、同胞の安全を確保することと同義。一日でも早くそれを成し遂げ、皆の我々に対する信頼をより強固にーー」

 ツバキは言い切ることなく、立ち止まった。何かの異変を感じたよう。自分を取り巻く全てを猜疑するかのような表情で。 

 フェリシアも続いて違和感を抱いた。動物が駆ける音でもなく、木に止まる野鳥の鳴き声でもない何かが、そこにあった。自然には決してあるはずのないもの。そして、空を切るような、人為的な微音を察知感じ取った二人は、すかさずその場をサッと離れた。

タタタンッ!

 側に生えていた木々に、数本の矢が刺さった。

「ーーっ!?」

 フェリシアとツバキは、自分たちが何者かに攻撃を仕掛けられていることを認識した。

タタタタタンッ!

 畳み掛けるように、四方八方から飛んでくる矢。矢だけでなく、多くの視線と殺気が自分たちに向けられているのが分かる。

 二人はともに、アルトスの中でも群を抜いた実力の持ち主だ。戦闘においても察知能力においても。何者かの奇襲で簡単に命を落とす彼女らではない。二人は飛んで来る矢を難なく避け切る。目標に当たることなく避けられた矢の数々は、代わりに彼女らの足元や周囲の木々に刺さり、そのまま静止するのだった。

「敵襲!?」

「気をつけろ、フェリシア!敵は集団で我々を狙っているようだ」

 双剣を構えるフェリシア。剣を両手で握るツバキ。迫り来る矢の雨を無傷で潜り抜けた二人は、互いの背中を預け、周囲を警戒する。

昼間とはいえ、森は深緑に覆われて薄暗く、隠れている敵を見つけ出すのも容易ではない。奇襲を仕掛ける側にとっては、これほど好都合な条件はないだろう。

 どこから来ても瞬時に適応出来るよう感覚を研ぎ澄まし、敵の攻撃に備えるフェリシアとツバキ。

「来るぞ!」


 ツバキが叫ぶと同時に、四方の茂みから無数の矢が放たれる。二人は自らの武器を使い、飛んでくる矢を弾き返す。二人目掛け、局所的に降り注がれた矢の雨は、一本たりとも彼女らの身体に突き刺さることはなかった。双剣を小刻みに振るい、迫り来る矢を木っ端微塵に弾き返すフェリシア。横に構えた剣の腹で矢を受け、防御するツバキ。

 互いに背中を預けている以上、飛び交う矢は一本たりとも避けるわけにはいかない。後ろの相方を刺してしまうことになるのだから。とはいえ、このままでは防戦一方であり、反撃の機会は訪れない。フェリシアは飛んでくる矢を弾いていると、ほんの一瞬だけ視界に不自然な光が映った。

「そこねっ!」

 その標的一点を目掛けて、フェリシアは走り出す。

 反対側に立っていたツバキもその場を離れる。自身の背中を預けていたフェリシアが離脱したことで、背後に対する守りが解かれたた

めだ。ツバキは体勢を低くしながら俊敏に走り、迫り来る矢を避け続ける。

 そして、フェリシアは十分に助走をつけた後、木へとジャンプする。スクリューのように茂みに突入する途中、再び複数の矢が真正面から現れるが、彼女はヒョイと、首を傾げるように矢を躱した。

 このまま敵の懐に移動して接近戦に持ち込めば、こちらが圧倒的に有利になる。自分たちを狙う者は複数人いるようだが、そのうちの一人さえ押さえ込んで盾にでもすれば、他の者もこちらへ容易に攻撃が出来なくなるだろう。下手をすれば味方撃ちになりかねないのだから。そう確信したはよかったが、フェリシアの標的が取り押さえられることはなかった。目前の木の枝は、大きく揺れ出し、木に潜む者はすでにおらず。身を潜めていた者が木を蹴り上げ、別の木に飛び移ったのだ。 その者の姿をしっかりと捉えることは出来なかったが、

「この身のこなし、やっぱりアイツね」

 フェリシアは口をニヤリとさせた。そして確信出来た。


こちらが特攻をかける寸前に目にした金色の輝き。そして、俊敏な動き。これらの要素と戦闘スタイルを目の当たりにして、絞り込める人物は一人しかいない。

「イリスっ!」

 確信したフェリシアは威勢よく、その者の名を呼ぶ。同時に、木や茂みに身を隠していたであろう者たちによる攻撃は止むのだった。殺意が止んで静まり返った森の中。

「あなたたち、元気そうで何よりだわ」

 二人に奇襲を試みた者の一人がそう言い、ガサッと茂みからその身を晒してみせた。

 木弓を握った金髪の少女、イリスの姿がそこにあった。彼女に従う部下も三十人ほどおり、枝の上からこちらを見下ろしていた。皆、見知った顔だ。

「やはりお前だったか。これほどの人数で挑んでくるとは、私もフェリシアも随分と恐れられているのだな」

 剣を鞘に収めてツバキは言う。

「ちょっと!なんで攻撃するのよ!」

 アルトスの同胞であるはずのイリス。そんな彼女からの奇襲を受けて驚愕するフェリシアだが、

「落ち着けフェリシア。我々の注意力を試したのだろう、イリス?」

 ツバキはこの奇襲の意図を察したようだった。敵対する部族や猛獣からの奇襲。気を抜けばいつ命を落としてもおかしくない環境に身を置くアルトス。迫り来る敵に対して油断していないかどうかを確認するため、フレスヴェルクはイリスに奇襲をかけさせたのだと、ツバキは理解していたようだ。

「ええ、その通りよ。ツバキはともかく、いつもグウタラなフェリシアでさえ、私の存在を一目で見破れたことは褒めてあげるわ」

「この森ん中じゃ、あんたの髪の色は目立ちすぎるのよ。あとグウタラなんて失礼ね」

 イリスはスタッと、木から降りる。

「みんなお疲れ様。先に帰ってていいわ!」

「分かりました、イリスさん」「道中、お気をつけて」


3


イリスは自分に付き添ってくれた部下たちを村へ帰した。彼らはサッと、飛ぶように去っていき、森の中には三人だけが残された。

 イリスは改まった表情で二人に告げる。

「フェリシア、ツバキ。長老からの指示は変更になったわ。遠征先の警備やグランフェローズ討伐の件はもう良いそうよ」

「え、ホント?良かったぁ。きっと長老、この罰はやりすぎたとか思ったのね」

「馬鹿を言うなフェリシア。あのお婆様がこんなすんなりと、我々への罰を取りやめるわけがないだろう」

 長老からの指示変更を知って、それを罰の取りやめだと早とちりするフェリシア。そんな安易な解釈をするなと注意するツバキ。

「お婆様のことだ。きっとグランフェローズ以上に、厄介かつ面倒なご指示をなさるに決まっている」

 怪訝そうな表情で良からぬことを懸念するツバキに対し、イリスは答える。

「察しがいいわね、ツバキ。さすがフレスヴェルク長老の孫娘といったところかしら」

 ツバキの危惧したことは見事に的中したらしい。果たして、如何なる無理難題が課せられることやら。 

「あなたたち二人には、アルヴァスさんのもとに向かってほしいとのご命令よ」

「アルヴァスですって。あいつ、今どこにいるの?」

 あまりに突飛な課題だった。このタイミングでアルヴァスの名を耳にするとは、フェリシアも予想出来なかった。

「アルヴァスさんは、惑星コルトに帰りました」


「コルトに帰ったって…。我々にそこへ、宇宙へ出ろというのか?」

 さすがのツバキも、他惑星に住む者のもとへ行けという話を予想出来なかった様子。

 イリスは二人に、数日前のことを説明した。

 アルヴァスがアルトスの村を後にする際、イリスは彼を森の出口まで案内したのだった。しかし、出口に辿り着いてそこで別れる直前、アルヴァスは彼の母親から緊急の連絡を受けた。母親からの報告を聞いて、彼は顔を青ざめたという。パニックに陥った彼は、そのままイリスと別れた。

「奴の故郷では、只事ではない何かが起きたというのか」

「ええ、とても動揺していたわ」

 そんなアルヴァスと別れた後、村に戻ったイリスは、この件をフレスヴェルクに報告した。報告を受けたフレスヴェルクは何を思ってか、フェリシアとツバキをコルトに向かわせようと決めたとのこと。

 フェリシアは信じられなかった。つい最近知り合った者の身近で、そのような大きな事件が勃発したことを。それでも、イリスが嘘を言っているようにも見えないし、この話は間違いないのだろう。

 気の毒に思うフェリシアだが、なぜ自分たちがアルヴァスの住む惑星コルトに行かなければならないのだろうか。大きなショックを受けたであろうアルヴァスを慰めに行けとでも言うのだろうか。あるいは、被害を受けたアルヴァスやその仲間たちをアルトスの一員として手厚く招き入れ、アルトスの戦力を強固にしようとでも?

 自分たちをコルトに向かわせる確かな理由が掴めず、フェリシアはイリスに問うが、

「私も長老の真意は分からない。ただ、これは私の想像だけど」


 イリスは一息ついてフェリシアに告げる。

「きっと長老は、フェリシアの本心に気づかれていたんじゃないかしら?」

「あたしの本心?」

「フェリシア。あなた、アルトスの戦いに疑問を感じているのでしょう」

 イリスの言葉に、フェリシアは心の底を見透かされたような気がした。まさにその通りだった。特別、自らの本心を隠していたわけではないが、日々の戦いには虚しさを感じていた。

フェリシアもツバキも、そしてイリスも、戦を繰り返すアルトスの厳しい環境で育ち、幼い頃から戦闘技術を叩き込まれてきた。彼女たちは皆、戦いの中で大切な仲間や家族を失う悲しみを幾度となく味わってきた。それでも、どれだけ血を流し、犠牲を払っても、争いは一向に収まる気配がない。際限のない戦いの中で、愛する者たちが次々と命を落としていくのを、もう見たくないのだ。

「自分が死ぬのは怖くない。だけど、このまま戦いの意味を見出せずに一生を終えるのは嫌。そうでしょう?」

「…ええ。これほど虚しいことはないわ」

 争いは止めたいが、自らを守るためには戦わなければならない。

望まなくても。そうやって命がひとつ、またひとつと散っていけば、残された者の悲しみと怒りだけが増幅する。答えの見えない負の連鎖の中。こんな閉鎖した世界でいつまでも葛藤するくらいなら、外の世界に答えを探すべきではないか。

「きっと、アルヴァスさんも思い悩んでいるはず。自分がこれからどうすればいいのかってね」

 以前、フェリシアは食事を交わした時に、彼が「街のみんなは大切な存在だし、これからもみんなと支え合って生きていきたい」と言っていたのを聞いたことがあった。

 あのアルヴァスの性格なら、大切な仲間を傷つけられて大人しくはしないだろうとは思うが、実際のところ、彼が仲間の仇をとるための旅に出るのか、新たな故郷を見つける旅に出るのか、それとも何も出来ずに立ち止まるのか。それは本人にしか分からない。


「だから、悩みを抱える者同士で宇宙に行って、その答えを求めてもいいんじゃない?」

 フェリシアの中で沸る思いに拍車をかけるが如く、イリスは提案する。

 実際に、アルヴァスの故郷で起こった惨状を目にし、彼やその仲間が何を思うのかを知るのもいいかもしれない。しかしフェリシアは、より未来のことも考えていた。もっと広い視野で物事を見聞しなければならないと。この宇宙全体で何が起こっているのか、その渦中にいた者たちは何を思い何を成し遂げんとするのか、そして自分たちは宇宙とどう関わっていくのか。たくさんの星々を巡りながらそれを知ることで、アルトスが今度生きていくためのヒントが得

られるかもしれない。我ながら漠然極まりない話ではあるが。

 実際のフレスヴェルクの真意は分からないが、思い悩むくらいなら無心のままに飛び出してしまえとすら思うのだった。


フェリシアは、見えない思惑がこの世界で絶え間なく行き交っていることを感じ始めた。自分たちの知らないところで物事は確かに動き始めており、行く末が分からないからといってじっとしているわけにもいかない。このウィンストンで、アルトスの一員として普段通りの日々を送ったとしても、きっと答えは見つからず、人生を虚しく終えるだろう。そんな最悪の宿命を迎えたくないと思ったフェリシアは、

「面白そうじゃない、ツバキ?」

「え?」

 フェリシアは凛々しい笑みで、ツバキにそう問いかけた。

「いい加減、もうこの生活には辟易していたのよ。一緒に行こうよ!」

 宇宙で答えを見つける。

 変わり映えのないアルトスの日常に退屈していたフェリシア。あらゆる者との戦いが絶えない命懸けの毎日に臆したわけではないが、行く末の見えない戦いに疑問を抱いていた彼女を突き動かすには十分な言葉だった。

 誘いを受けたツバキは、

「ま、まあ。お婆様の命令は絶対だからな。不安がないと言えば嘘

になるが、行くしかあるまい」

 戸惑いつつも、承諾した様子。

「それに、フェリシア一人では危なっかしいしな」

 未知なる世界に胸を膨らませるフェリシアに対して、ツバキを突き動かしたのは、祖母の指示に従わんとする使命感と、幼馴染のフェリシアを守りたいという気持ちのようだった。

「行こうっ。まだあたしたちの知らない、広大な宇宙へ!」

 未知の世界に対して希望を抱くフェリシアは、新たな旅に出ようとツバキに誘う。押し殺していた雑念が一気に消し飛んだような解放的な笑顔で、両手を広げながら。

対するツバキも、

「ああ。お前の見守りが今以上に忙しくなりそうだ」

「もう、素直じゃないなぁ」

 若干、遠回しな台詞で了承するツバキだが、彼女もフッと笑みを浮かべる。

 三人は互いの顔を見合い、不満も異論もないことを確認した。

「ならば、森を抜けて宇宙港に行き、惑星コルトへ向かえということか」

 自分たちがこれから行くべき場所について、冷静に述べるツバキにイリスは、

「いえ、その必要はないのよ」

「え?」

 思いもしなかったイリスの回答に、二人は互いの顔を見合う。

「と言うより私たちアルトスは、宇宙のことはおろか、交通機関の使い方も分からないし、それ以前にお金も持ってないでしょ」 

 そう。アルトスに限らずウィンストンの部族たちは、他の部族と同盟を組んだり、様々な取引を行う。取引に関しては物々交換だけでなく、所定の貨幣を用いることも珍しくない。しかしこれらの通貨がウィンストンの外、つまり宇宙では意味をなさない。

「え、もしかしてツバキ。宇宙港で行くモンだと思ってたわけ。ん?」

「うるさい。お前も考えてたことは、私と対して変わらないだろ」

 イリスからの正論を叩きつけられたツバキと、からかうフェリシア。

 アルトスの中にも他の部族の中にも、宇宙船を個人で所有する者がいるとは思えない。そんな状況下でコルトへ移動する手段があるのだろうか。フェリシアもツバキもそれを見出せない。

 黙り込む二人を見て、イリスは答えた。

「あなたたち二人には、まずアムルダに行ってもらいます」


4


 商業都市アムルダ。ここからおよそ二千キロ先の西に位置する、ウィンストン最大の交易都市だ。数多の商人や旅人が行き交い、様々な人々が共存する活気に満ちた都市である。壮麗な市場には珍しい品々が所狭しと並び、各地から集まった物資の香りが入り混じる。ウィンストンで生きる者たちにとっては、この星の文明を象徴する場所でもあった。


「アムルダぁ? まぁ確かにあそこにはウィンストン中の色んな人間がいるだろうし、情報を得るためには良い場所ね。街の酒場にでも出向いて、宇宙に進出するためのヒントを得てこいっていうの?」


「いいえ、それも不要よ」イリスの唇から紡がれる言葉は、確信に満ちていた。「長老は既に、宇宙進出に関する情報を入手なさったわ」


フレスヴェルクやイリスの意図を予想しきれず、フェリシアは眉間にしわを寄せ、苛立ちを隠せない。だが同時に、街中の酒場や宿で情報を聞いて回るという骨の折れる作業が省けることに、内心では安堵の息を漏らした。

アムルダには、キールという名の薬剤師が住んでいるという。彼はフレスヴェルク長老の旧友であり、惑星間移動の術を知る唯一の人物でもあるそうだ。星々の間を行き来する宇宙船が発着するウィンストンの宇宙港を利用できない以上、遥か彼方の惑星コルトに向かうためには、この謎めいた男の力を借りるほかないのだった。

「これを渡しておくわ」

イリスは衣装の胸元から、一枚の紙を静かに取り出した。巻物状の色あせた紙は、時を超えて受け継がれてきたかのように、いかにも重要そうなオーラを放っている。

「…お婆様直筆の許可証か」

 受け取ったツバキは、紙面に躍る独特の筆跡を見て、その紙が祖母であるフレスヴェルク長老によるものであると即座に気づいた。

「それをアムルダのキール様にお渡ししなさい」イリスの声は柔らかくも、どこか厳かだった。「話は円滑に進むはずよ」

「へぇ。許可証が必要ってことは、あたしたちのような下の人間が本来触れることのない領域に足を踏み入れることになるのね」

 フェリシアもまた、未知の世界への好奇心と期待に胸を膨らませ、心臓が早鐘を打つのを感じていた。

 イリスから渡された許可証を手に、フェリシアとツバキは未知なる宇宙への第一歩を踏み出す準備を整えた。アムルダの薬剤師キールという謎めいた人物との出会いが、彼女たちの運命をどう変えていくのか。星々の間を行き来する冒険の始まり。二人の少女の旅立ちは、広大な宇宙の物語への一歩を踏み出す瞬間だった。

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