四 ~ ……まさか、だよな。 ~ (4)
また、いつもの元の生活に戻るんだろうね。
普通に学校に行って。
3
まったく、まさかここまで深刻なんて考えてもみなかった。本当に人を襲うなんて。
その日、僕を襲ったのは恐怖、怯え、疑心だったのかもしれない。
見えない何かに取り憑かれたような、不穏な寒さは、睡魔すら追い払ってしまい、あまり寝つけなかった。
それなのに朝を迎えると、睡魔は逆に活力を得てしまい、学校に行く間にも何度もアクビに襲われていた。
脳裏では、「今日は休め」と自分を甘やかそうとする意識が手招きをしていたのだが、そうも言っていられない。
朝の七時ごろである。
ベッドから起きることを拒み、また睡魔に従おうと寝返りを打ったとき、スマホが鳴った。
ーー 今日から学校に行くね。
と、姫香から連絡があったのである。
一瞬だけではあったが、睡魔は消え去り、僕は飛び上がったのである。
信じたくはないのだが、そこで返信してしまった。
ーー 無理をするな。
と。
……不本意である、と思いたい……。
身の危険があるのは自分のはずなのに、姫香を心配してしまうなんて、変な気分であった。
睡魔と格闘しつつ、それでも学校に来ていた。やはり姫香のことは気になるが、席に着くなりそのまま突っ伏してしまった。
姫香はまだ来ていない。それまで眠っておこうじゃないか。
あれから姫香からメッセージはない。本当に来るだろうか。
と不安になっていると、
「やけに、眠そうだな」
と前の席に吉村が座り、茶化してきた。
「そう言えば、今田の奴もずっと休んでるな。お前、何か聞いているか?」
無視するつもりでいたが、体がビクッと反応してしまう。
知ってるさ。知ってるけど、「う~ん」と唸ってしまう。
姫香が人を襲おうとしていた。とは話せるわけない。
僕の不安を尻目に、吉村の嫌味が飛んできそうなとき、ふと目を開き、体を起こした。
「なぁ、お前、あそこの公園ってなんか変な話聞いたことないか?」
昨日起きたことは、偶然であることは理解しているのだが、騒ぎが広がっていないことに疑問は残り、ついあの公園の名前を言って聞いてしまった。
「公園? なんだよ、それ。あそこってなんか苦手なんだよ。運動する奴しかダメ。みたいな」
そこで吉村は頬を歪めた。それは、吸血鬼が関わっているからではなく、ジョギングコースを走る、運動が好きな人を指しての反応であった。
吉村は運動が苦手であったから。
やはり知らないらしい……。
「なんで、そんなことを聞くんだよ?」
「ん。いや、ちょっとね」
突然、公園のことを聞かれ、不思議がる吉村であったが、目を逸らしてごまかした。
話せるわけないからな。
自分から話を振っておいて、どう切り返すか悩んでしまい、ふと教室を見渡した。
HRが近づこうとしていたので、生徒の数は増えていた。
もうすぐチャイムが鳴ろうとしていると、開かれた扉から姫香が入ってきた。
姫香は近くにいた女子生徒に挨拶して、自分の席に着いた。
「おはよ」
目が合った姫香が目を細めた。いつも見る淀みのない笑顔であった。
ここは「おはよ」と普通に返事をしておいた。
あいさつすると、なんか安心しちゃうんだよね。
大丈夫だって。




