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吸血彼女のお願い  作者: ひろゆき


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27/57

 三 ~  血を吸われることを考えれば……  ~ (9)

 嘘も方便。

 時にはその方がいいこともある。

            6



 どれだけ姫香に僕は弄ばれればいいのか。まったくもって、恨みたくなる。

 朝のHRが始まる直前に姫香は教室に現れた。

 僕が憎らしく睨むと、まったく意にも返せず、平然と「おはよ」と挨拶をしてきた。

 もちろん、僕は無視をしてやった。

 ふざけたことを広げるな、と叱責したいのだが、話す機会が上手く噛み合わなかった。

 下手に姫香に近寄って、それを吉村に茶化されるのも癪であるので、話しかけなかった。 

 とは言え、吉村からの執拗な質問攻めはあり、嫌気が差すことに変わりはなかったのだが。

 すべて姫香のせいである。

 今日もバイトらしいので、そのときに責めればいい。



 そして夜。昼間はどこか雲行きが怪しかったが、夜になると空の機嫌も治ったらしく、月と星が優雅に泳いでいた。

 騒がしい街を照らす月は、寛容に見えた。

 淡い月を眺めていると、心が落ち着いて……。

「ーーお待たせ」

 いやいや。許すわけにはいかない。

 ガードレールに腰かけていると、上機嫌に現れた姫香。子供みたいに無邪気な姿に、僕は溜め息をこぼす。

「どうしたの? 元気ないみたいだけど」

「誰のせいだよ」

 悪びれていない姿に、反論する気も失せてしまいそうだ。

「じゃ、行こ」



 数カ月前にこんな状況になっていたら、今の気持ちも違っていたであろう。

 姫香が吸血鬼だと知らなければ。

 姫香はクラスでも上位に入るほど容姿は可愛い。そんな子に「つき合ってる」と周りに言っているのならば、僕だって浮かれていたであろう。

 でも、それは数カ月前ならば、の話である。

「なんで、あんな嘘言ったんだよ」

 夜風が心地いいなかをゆったりと歩き、静かに問い詰めた。

「ーー嘘って?」

 二、三歩先を歩いている姫香はくるりと振り返り、背中に腕を回しながら、後ろ向きに歩いていた。

「僕らがつき合ってる、なんて話だよ」

「あぁ、あれね」

 ふと止まり、「あぁ」といった様子で唇を尖らせ、髪を撫でた。

「だって、そうじゃない。こうやって、二人で歩いているところを見られて、変に思われるよりも、公言しておいた方が楽でしょ?」

「いや、だからって」

 もっと責めたかったのだが、「そうでしょ」と満足げに言いくるめられ、僕は口を噤んでしまう。

「……けどなぁ」

「なんだったら、本当に私ら、つき合う?」

「ーーはぁっ?」

 これ以上、つき合ってられないと、姫香を抜いて歩いていると、すれ違い際に不意に話してきた姫香に、喉の奥に空気が固まり、息が詰まった。

「お前、何急にそんなこと言うんだよ」

「私はどっちでもいいよ」

 何をふざけているんだ? 本気なのか……?

 ヤバい、何を意識しているんだ? これは告白…… なのか?

 確かに姫香は可愛い。こんな子が恋人なら……。

 悔しいが動悸が速くなっている。ダメだ……。

  嬉しい…… だけど。

 それは以前ならば、である。動悸が治まっていく。

 そう。今は絶対に裏がある。

「だって、そうじゃん。私らが恋人になったら、それってもう「繋」みたいなもんでしょ。ってことはさ、私は古川くんの血を吸い放題ってことになるじゃない」

 それまでは気恥ずかしそうに顔を背けていた姫香。それこそ、本気で言っているのかと疑ってしまいそうな素振りが、すべて振り払われた。

 やっぱり、そうなのか。

 自然と溜め息がこぼれた。

「ったく、知るか。ずっと、薬を飲んでいたらいいだろ」

「もう、なんで? その方が私の体の負担も楽なんだからさ」

「薬で充分だろっ」

 もういい。無視だ、無視。

 帰ろう。隣で手を合わせて懇願する姫香を、蚊を払うみたいに手を振り払い、歩き出す。

「ちょっとぉ、私のことを心配してるなら、それぐらいいいじゃん」

「バカ言うな。僕が心配してるのは、お前に襲われそうな奴だよ」

「もうっ。そんなことを言うなら、本当に人を襲うよ」

「発作が起きなければ、大丈夫なんだろ」

「わかんないよ。最近、薬の量が増えちゃってんだよ。今日もちょっと、頭痛いんだからさぁ~」

「知るかっ」

 “嘘”じゃなくなれば、納得するんでしょ。

 そうなると、話は簡単なんだけど。

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