三 ~ 血を吸われることを考えれば…… ~ (10)
少し前ならば、本心から普段の何気ない日に安堵していたのかもしれないのだが……。
7
決して、僕は何も悪いことをしていないし、言ってもいない。
しかし、胸がざわめき、気持ち悪さを抱く日々が四日続いていた。
その理由は、諦め悪く血をせがまれた次の日から、姫香は学校を休んでいたからである。
休んだ最初の日は「今日はバイト休むね」と連絡はあったのだが、それ以降はなんの連絡もない。
僕も薄情ではないさ。ちゃんと、「大丈夫か?」と返信はしている。
最初の日はちゃんと返事はあったのだが、二日目からは何もなかった。
正直、あれだけ近くで騒がれていたのが、急に静かになると物足りなさを抱いてしまった。
とはいえ、平穏な日々とは呼べなかった。
吉村が執拗に姫香のことを聞いてきたために、静かな時間はなかったのである。
吉村から休んだ理由を問われてしまうと、さすがに気になってしまう。
そこで、気づけば放課後に、聡の店に足を運んでいた。なぜだろう。聡に聞いてみたかった。
「ずっと、学校を休んでる?」
「そう。んで、まぁ、その……」
つい、言い淀んで首筋をさすってしまった。上手く説明できない。
「心配なんだね」
「ーーっ」
聡の指摘に、僕は咳払いをしてごまかした。
ちょっとふて腐れていると、聡はカウンターの奥で椅子に凭れ、茶化すように口角を吊り上げ、こちらを見ていた。
憎らしい坊主頭に一撃を喰らわしたい。
「違うよ。公園の話を聞いてしまって、気になったんだよ」
「あぁ、狩り場のことね」
「あれって、マジなの?」
「うん。マジ」
やはり、聡も知っているようで、それまでとは違い、真剣な面持ちで頷いた。
「そんなに心配だったらーー」
今、話している内容は、一般の人に聞かれてはまずいらしく、聡は急に口を噤んだ。
ちょうど店に誰か一人、客が訪れたらしい。背中で扉が開く音がした。
正直な話、この店に客が来ることに驚いた。何せ、この店に並べられている商品は、どれも定価より高く見えたから。
ここより、ドラッグストアの方を勧めたくなるほどである。
「あ、梨花さんっ」
聡の声が一段と明るくなると、スッと立ち上がって身を乗り出した。心なしか、目尻が下がっている。
誰だろうと振り返ると、「あっ」と声をもらした。
店に現れたのは、姫香のお姉さんだった。
今日は、白シャツにジーンズと、この前とはまた違ったイメージだった。
お姉さんは、僕が店にいるのが意外だったのか、一瞬動きを止めた。
「えっと、古川くんだったっけ」
「どうも」
会釈をすると、穏やかな笑みを献上してくれた。
「どうしたんですか? 珍しいじゃないですか」
それにしても、聡の様子がおかしい。どこか浮ついているみたいだ。
聡はカウンターを出ると、満面の笑みで歩み寄る。細い目がより細く、キツネ目になっている。
そういえば、聡はお姉さんのことが好きだと言っていたのを思い出した。
まさか、ここまで態度が変わるとは。
「ねぇ、姫の薬、あるかな?」
「ーーえっ? 姫ちゃんの薬?」
聡が呆気に取られていると、お姉さんはこちらに進んできた。どこか心配事でもあるのか、表情は曇っていた。
「薬って、この前渡しましたよ」
薬って、あのサプリのことか。
「うん。それは知ってるんだけどね。なんか、今回は服用の回数が多いみたいなのよ」
不思議がる聡に、お姉さんは困った様子で顎に手を当てて頬を歪めた。
「薬って、サプリじゃないの?」
二人の間につい割り込んでしまった。
別に間違ったことを言ったつもりはないのだが、二人は顔を伏せてしまう。
「普通の薬にしたって、過剰摂取は体に悪いし、意味がないでしょ。それと一緒だよ」
腕を組み、右手を振る聡に、なるほど、と気づかされて一歩下がった。
「だから、さっさと姫ちゃんに血をあげなって」
はぁ。ここでもその話か。
「あん? あんた、まだ姫の「繋」になってへんの?」
あれ? 今一瞬、聞き慣れない口調が…… 乱暴な話し方をする人なんて、ここにはいないはず……。
「あんた、さっさと血ぃ、飲ませろやっ」
その声は…… お姉さんっ?
何も間違ったことなんてしていないし、やっていない。
けど、気にくわないことをしてしまったのか?




