三 ~ 血を吸われることを考えれば…… ~ (2)
血は吸われたくない。
けど、疑問もあることはある。
短く答えて、スッと息を吐いた。
「人の血を定期的に吸うことで、気持ちは治まって、発作も起きないらしいの。ま、私はまだ血を吸ったことはないんだけど、この前、古川くんを襲った発作は、言わば薬の副作用みたいなものね。薬で無理矢理抑え込んでるから」
さっきの僕の警戒は杞憂だっみたいだ。
これまで血に関して聞いて話すときは、目を輝かせていた姫香であったが、今は遠くを眺める姿が寂しげに見える。
「ーーだから」
……だから?
「古川くんの血をちょうだい」
結局それかいっ。
数秒前の気持ちを返してほしいくらい、姫香に不敵な笑みが戻っていた。
「大体、なんで僕にこだわるのさっ。血が目的なら、ほかの奴でもいいだろ。それこそ、聡だって」
咄嗟に体をズラして姫香から距離を取って怒鳴った。
姫香は悔しがって首をすぼめる。
「イヌくんはダメ。私にまったく興味ないし。イヌくんはお姉ちゃん一筋だから」
「ーーお姉ちゃん?」
「うん。私ね、お姉ちゃんがいるの。イヌくんはそのお姉ちゃんが好きなの。まぁ、お姉ちゃん自体は気にしていないみたいだけど」
こいつのお姉ちゃん…… なんだろう、こいつ以上に危険に思えてしまう。
「じゃぁ、なんで僕は?」
恐る恐る自分を指差しながら聞くと、姫香は満面の笑みで応えてくれた。
「古川くんってさ、野菜ジュースをよく飲んでるでしょ」
まぁ、それは確かに否定はできない。今も右手に持っているのだから。
「でね、野菜に気を遣ってるってことは、血液もさらさらかなぁ~って思って」
頬のホクロを触りながら説明する姫香。
どうも、じっと話を聞いていると、目眩がしそうである。
「大体、普通はみんな怖がるに決まってるだろ。好きで血をやる奴なんてーー」
「なかにはいるよ」
カフェオレを飲みながら呟く姫香。嘘だろ、と僕は耳を疑い、口を半開きにしてしまう。
「そんな奴、いるわけが」
「いるのっ。代々、吸血鬼として生まれた人に、自分の血を与えて、発作を抑える役割を持った、そういう親切な人が」
「ーー嘘だろ……」
「まぁ、友人とか、恋人だったらしいんだけど、そういう人を、「繋がる」って書いて「繋」って呼んでいたみたい」
「ーーけい?」
「うん。そういう存在を持った人は、薬に頼らなくても、自制を保てるってわけ。その方が、薬より断然リスクは少ないみたいなんだ」
「……なるほどね」
じゃぁ、薬はそんな存在が見つかるまでの繋ぎってことか。それで、こいつは薬を持っているのは、そういうことか。
「あのさ、もしその「繋」って存在を見つけられなかったり、長い間、薬を切らしていたらどうなるんだ?」
素朴な疑問をぶつけた。
「まぁ、最悪、人を襲ってしまうかもね。多分、この前の私以上に凶暴になって」
「……なんか、大変だな」
自然とこぼれてしまう。姫香も寂しげに遠くを眺めている。こいつも最悪そうなるというのか?
じっくりと話を聞いていると、吸血鬼とやらも大変なんだな、と多少の同情もしてしまう。
姫香はこの先、どうするのか、とふと横顔を見たとき、背筋が凍ってしまう。目を細める姿を直面してしまい。
どうせ、ろくなことを考えていないはずである。
「でね、古川くん、私の「繋」になってくれない?」
ほらなっ。
「ーー断る」
期待に満ちた笑顔に放つのは爽快である。
当然であろう。そんなことを受け入れるわけにはいかない。
僕な返事に、絶望の淵に立たされたみたいに、姫香の表情が歪んでいく。
そこに僕は追い打ちをかけて、満面の笑みを献上してやった。
爽快さに心を躍らせていると、姫香はプイッと拗ねて顔を背けた。
「そんなことを言って、もし薬が切れて人を襲ったらどうするのさ」
まったく。とんだ八つ当たりである。
「知るかっ。それならずっと薬を飲んでろ。それで大丈夫なんだろ」
「だから、薬は高いの。そのせいでバイトしてるんだから。私だって苦労してんのよ」
「それこそ知らん。薬を飲むことが人助けだろっ」
「私を助けると思って、ね」
「ーー断るっ」
「私、絶対に諦めないよっ」
「諦めろっ」
「繋」?
それこそ、信じられないのだが……。




