第48話 いつか来る日と今日来る日
クロードは逃げ続けてきた、そしてこれからも逃げ続ける。
それは今もなお抱えている問題を直視しようとしていない彼の性質が起因しているが、背中を押されて叱咤を受けてまで踏み倒す気は起きなかった。
どこまで話して何を言えばいいのか、そんなことを考えながら歩いていると、もう部屋の前まで辿り着いていた。
扉の前に立ち、ドアノブを開く手が震えているのを目にして失笑する。
拒む手を無理やり押さえて扉を開くと、中にはベッドに座っているシャルラの姿があった。
クロードに宛てがわれた部屋よりも一回り大きく、ベッドに机、後は椅子などの家具が最低限揃っている。そんな質素な部屋だった。
日差しに面していない建物のアジトに日光は入らない、影になった窓と少しの明かりが誰かの心を表しているように澱んでいた。
扉を開けたまま何を話せばいいのか分からず立ち止まっているクロードに、自身が座っているベッドの横を2、3度叩いて目をやった。
「そこは邪魔になるからこっちにきて」
入り口に立ち尽くしているなと、クロードを座らせた。
「久しぶり、元気してる?……違う……かな……なんか、ごめんね」
シャルラの真横に座ったクロードは何も言い出せず、シャルラが先に話すのを聞いていた。少し俯いて手を弄る彼女の姿に生んでしまった溝を突きつけられた。
「私のせい……なんだよね。エドさんは頑張って戦って、だけど私が逃げるのに手間取ってやられちゃった」
「…………」
「……ごめんね!」
なんとか笑顔を作り、心配かけさせまいとするその笑顔が酷く痛々しい。
クロードに変な心配をかけないように、これ以上辛い思いをさせないようにと、頑張って作った笑顔で迎え入れようとするシャルラの姿に苦しんだ。
いつも通りに振る舞おうとする。
それは心配をかけないよう、これ以上クロードに背負わせたくないから表さない。
そうやってシャルラまでもが苦しみを押し込もうとしていた。
「……ごめん、俺が……心配かけた」
なんとか作った笑顔に対してどう接すればいいのか分からずに頭を下げた。
これが相手への侮辱に当たるのか、努力を蔑ろにする行為なのか、考えても答えが出ないことはここに来るまでで嫌と言うほど知っている。
だから取れる行動は一つしかなかった。
本心を言うしかない、面と向かって伝えることしかできない。
「…………そんな……こと……ない…………わけ……ないでしょバカぁあ!」
下げるクロードの頭を掴んで抱き寄せるシャルラは行動とは正反対に暴言を吐いた。
「私がどんだけ心配したと思ってるの!いつもいつも何も言わずに勝手に……どっか行っちゃって、置いていかれる身にもなってよ!もう二度と会えないんじゃないかって!本当に消えちゃうんじゃないかって!」
何度も「バカ」と言いながらクロードの背中を殴った。
力の入っていない弱々しい拳で殴りつけた。
「一人で何でもこなそうとして、どうせ出来ないのに頑張っちゃって!バカなのに、アホなのに、かっこ悪いのに……どうしてそんな……」
大粒の涙を流しながら抱き寄せた。
もう離れないで欲しいと言う意思表示を行動で示した。寂しさを埋めるように、ずっと悩み続けていた物は吐き出して、苦しかった事を叩きつけた。
シャルラの涙が服を濡らし、次第に大きくなっていく光景をただ眺めて罪を受け止める。
そうすることしかできない、それ以外に方法があったとしてもクロードにはできないだろう。
「バカ、バーカ!アンポンタン、あほんだら!へなちょこ!へっぽこ!低身長!いつも周り見えない自己中心的で他人の意見を聞き入れない大バカ者!センスがない、上から目線!えーと、あとは……バーカ、バーカ、バーーカ」
「本当だな、馬鹿でどうしようもないやつだよ俺は」
許されるとは思っていない。
全ての元凶は誰でもないクロード自身で、シャルラはそれに巻き込まれてしまっただけに過ぎない。クロードと行動を共にしていたからガジスに狙われ、その結果がこれだ。
シャルラを守るためにコルキウスに入り、安全を確保することができたが、クロードの罪の意識がシャルラと会う事を許さなかった。
会わせる顔がなかった。だから誰かに言われて尻を叩かれるまで何もできずにいた。
「だから……もう勝手にいなくなったりしないで」
今度は力強く服を引っ張るシャルラに精一杯大人ぶって頭を撫でた。
「約束だ。俺は絶対にこんな事はしない。何も言わずにいなくなったり、お前を置いて行ったりはしない」
「約束は破るから別のにして」
目に溜まった涙を衣服の袖で拭ったシャルラは図太く言い返す。
かなり良いこと言ったと思っている時にそんな風な返しをされるとは思ってもいなかったクロードは思考停止する。
「前も破って、多分今回も絶対破ってる。約束破りの常習犯がする約束なんて『また明日やる』と同じくらい信用ないの!」
「そ、そんなに信用ないか?」
「当たり前でしょ!どうせ破るんだろうなーって奴に簡単に頷くわけにはいかないの」
泣き腫らした目のまま、いつものようにクロードに畳み掛ける姿は誰が見ても苦しむ事はないだろう。背負っているものを一度降ろし、面と向かって吐き出した者同士なら笑えるはずなのだから、
「約束クラッシャーの事は悪いと思ってる、反省もしている。だが時と場合ってのがあると思うんだ、破らなくちゃいけない時や、それが仕方ない時だって……」
「言い訳しない!」
「はい!」
頬をつねられて痛みのあまり承諾する、けれど反射的に出た言葉に深い意味などない為、それほど強い意味を含んではいない。
「そんなに言うなら約束からワンランクアップして結婚式とかに使う誓いにしましょう、そうすれば絶対になる」
赤くなった頬をさすりながらようやく本来の笑顔を取り戻したシャルラを見て、これでよかったのだと再確認した。
「誓おうシャルラ……お前を笑顔にして見せる。もう悲しまなくて良いくらい、お前が泣く必要なんかないくらい俺が側にいてやる」
こんな狭い部屋の中で、日光すら届いていない一室の中で。
クロード=インティウムが生涯持ち続けるであろう誓いを今ここで立てた。
「……さっきと違くない?」
「細かい事はいいんだよ、気にすんな」
「今回は許してあげるけど次はないよ」
「肝に銘じる」
そう言って部屋から出て行くクロードの姿を見送り、彼の背中が扉で見えなくなると枕を抱いて寝転がり、
「クロードのくせに」
ちょっとだけ嬉しかったりするのは気の迷いだと、両足をジタバタさせていた。




