第47話 結論も正解も存在しない
後日入ってきた情報によるとアリスター子爵を襲ったのは金目当てに押し入ったスラム街の人間とのことだった。
応戦した騎士達は身体のあちこちを酷い打撲傷を覆われて、手足が折れていた。中にいる執事やメイドは無残に殺されておりアリスター子爵は酷い物だった、と朝の新聞に書かれている。
アジトに誰からかが持ち込んだ新聞を読みながら椅子に座っているクロードへ背後から誰かが歩いてきた、
「最初の任務で完璧に熟すとはな、流石だな」
コーヒーを片手に持ったレイリが新聞を開いていたクロードの頭をぐりぐりと動かす。褒めているつもりだったがクロードは喜ぶそぶりも見せずに微動だにしなかった。
「それはパトリックさんに言ってくれ」
昨日失敗をやらかしたばかりのクロードに元気よく喜ぶ気力はない。もっともコルキウスに入ってから、否、もう少し前からクロードは俯いたままだ。
「それよりこっちだ、また重課税らしい」
「そんなもん見飽きてる、平民税とか出てきた頃から腹抱えて笑ってるさ」
クロードも住民税という物は知っているし、それに対してとやかく言うつもりもなかった。だが住民税とは違う平民税となる物がクロードのいない内に確立されたと聞いた時は、さすがに頭を疑った。
貴族以外の人間に適用される税金。まるで金を徴収するためにできた法案である。
「レイガス王の娘ね……こいつが次の傀儡か」
新聞をめぐると次の記事にはレイガスの娘、今の王女に当たる人物についてが載っていた。
祖父であるガジスから教育を受けていると、マスコミ関係を掌握した行政からの好感度上げのための記事だろう。
子供で涙を釣ろうとしている時点で、それはもう愚作に値する。
「そういやお前こいつと結婚させられそうになってたらしいな、まだ1歳なのに」
「6歳差くらい貴族の間ではまだマシな分類だ、30の差を聞いた時は吐き気すらあった」
ガジスがクロードを諦めたとは言い難い、彼は王の血筋を上塗りする気でいた。
王権神授説が主流なこの世界でガジスのやろうとしていることは以上だ。
今や王になっているレイガスにクロードを与え、娘を婚約させることで次の時代も実権を握る。永久にインティウム家が支配するつもりでいたのだろう。
ミルを同盟国の養子に出している事も踏まえると、国を大きくして世界統一する気でもあるのかと思える。
「ここには似顔絵しかないだろ?実際は美人?可愛い?」
「1歳児に顔の判別がつくか、全員まとめてクソ猿だ」
クロードの中ではティアだけは別物だが、他の奴らの赤ん坊などサル程度の認識でしかない。それに髪が生え揃っているかどうかすら分からない女子など男児と変わりない。
ただ死んだアリーシャに似ると言うなら、きっと美人になるのだろう。
「……お前さ、あの女の子に最後に顔を合わせたのいつだ?」
恐る恐る、触れてもいいのか迷いながらもレイリはなんとか踏み出した。
「…………」
「あの日お前が俺達の仲間になってから一度も会ってないんじゃないのか」
「会わせる顔がないんだ、俺はあいつを巻き込んだ。必要ない殺し合いに引き摺り込んだ。ガジスが俺を狙うと分かっていながらも、何もしなかった」
シャルラの優しさを知っていながらも、彼女がくる自身を見捨てないのだとあの洞窟で知っていたにもかかわらず、クロードはシャルラが待っている可能性を否定した。
否定したかったが故に浮き出た可能性を切り捨てた。
クロードが王城から飛び出した後すぐにシャルラを探していれば、合流するようにすれば怪我をするようなことはなかった。
全ては自分の責任だと背負い込んで、顔を見せられずにいた。
「怪我も治って、一度くらい会ってきたらどうだ」
クロードの現状を知っているレイリからすれば痛ましい限りだ。
それは責任を感じているクロードもだけれど、何もいってくれないクロードを待っているシャルラという少女にも向けられている。
黙って背負込まれる辛さを、何も伝えてくれない辛さを、そして相手が傷つくか辛さを知っているはずなのに良しとするクロードの姿は歪すぎた。
「こんな所にレイリがー」
どうにかしてやろうと思い悩むレイリだったが、仕事を押し付けてくるキルによって阻まれた。
「なんだよ」
「リリー商会との会談忘れてないよねー?せっかくこちら側に立ってくれる人を追い返しでもしたら殺さなくちゃいけないんだからー」
情報漏洩のためにも殺す必要があることもある。
相手が信用に足りる人物で情報を売ったりするつもりが無いと判断できればそのようにはならないけれど、時にはそのような輩もいて始末したことがある。
「分かった今いく、またなクロード」
小柄なキルに背中を押されて無理やり連れて行かれるレイリの姿を見て、自分たちに重ねた。
キルは小柄と言えど年齢はクロードよりもずっとあるし、身長も彼よりはある。
だが少女と軽口を叩きながら引きずられていく姿が、ほんの数日前の自分に重なった。
シャルラと笑いながら、時には怒られながらも話していたあの時間を思い出す。
あったかもしれないパラレルを思い浮かべて心が沈んでいく。
どこで間違えてしまったのか、もっといいやり方はあったのではないかと新聞を投げ出して頭を抱えて蹲った。
(どうすればいい、俺はどうしたらいい)
答えは出ない、出せるはずもない。
そうやって椅子の上で蹲っていると、
「初任務を成功した奴とは思えないわね」
ゆっくりと顔を上げると、そこにはナタリー、クロードに一度因縁をつけてきた相手だったと記憶している人物だった。ただそれは仕方がないことで気にもしていないが、相手がわざわざ話しかけてきた意味を知るべく身体を起こした。
「なんでしょう」
「シャルラちゃんだっけ、あの子」
「そうです」
「私にもあのくらいの娘がいた、多分あのまま成長してたらあんな感じの子になっていたんでしょうね」
どこか遠い目をして思い出を探るナタリーの目と、『あのまま』の部分からもういないのではないかと察した。
レイリが言っていた復讐の動機が娘を殺されたからなのだと理解するのに時間は要らなかった。
「いい子じゃない、明るくて優しくて……」
話ぶりからシャルラに会ってきたのだろうかと思ったが、別に彼女を完全に隔離しているわけではない。会おうと思えば誰でも会えるのだ、それにエドがいる以上そうそう傷つくことはない。
「そしてあんたを心配してた」
突き刺さるような視線と、不意に向けられる言葉でクロードの身体は硬直した。
「私はあんたに優しくする気も、慰めてやる気もない。だけどあの子は違う、インティウム家の人間でもないただの女の子。だから言わせてもらう」
俯いているクロードの胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「守るって言うなら泣かせんじゃないわよ!」
血が繋がっているわけではない、ただ子供を亡くした親が同じ歳の少女を見て心が揺らいだだけだ。深い意味もその先に何があるのかすらクロードには分かり得ない、きっとそれは当事者しかわからない。
苦しみも悲しみも、何もわからなかったクロードだけれど、ナタリーが本気で怒っている事くらいは分かる。親の顔で娘のために怒る顔。
いつの日かクロードが願ったティアを見送る側の顔。
『そんで、ティアが好きな人連れてきて僕はそれを追い払う係をしたい。お前に妹はやらんって言いたい、街から出てきた優男に一発喝を喰らわして……そして最後に頼むんだ。よろしくって……ありがとうって』
きっとこんな顔をしたかった。
クロードは兄としてティアを送り出す時、相手の人間にこう言いたかった。
だからもう理解できる。ナタリーの感情も彼女がどう言いたいのかも、感じ取れる。
クロードを突き飛ばし、椅子の上に叩きつけたナタリーは言いたいことだけ言い切って何処かへ行ってしまう。
だがその前に一言だけ、何か言っておきたくて、
「すまなかった……いや、ありがとうございます」
ナタリーは笑わない、特に反応を示すこともない。
ただ少し鼻を鳴らして何処かに行く彼女の姿に、静かに頭を下げた。




