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異世界最強の翻訳家  作者: 高田大輝
第二章 共和国捜索と新たなる師匠
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二章閑話 とある年の葵と結愛のバレンタインデー

バレンタインデー投稿です。

シリアスっぽい終わり方から一転、この話は幼き頃のバレンタインデー。


私もいつか、女子から本命チョコを貰ってみたいものです。





「――――よしっ、できた!」


 可愛らしいエプロンに身を包み、目の前に置いてあるカップに入ったチョコのカップケーキに飾りつけを終えた結愛は、これまた可愛らしい仕草で額の汗を拭った。そこ表情は疲れが見えるものの、どこか満足げだった。


 小学校一年時にバレンタインと言うものを知り、二年生から始めた仲の良い友達にあげるチョコは、年を増すごとに増えて行き、今ではクラスメイト全員に自作チョコを配るようになっている。


 こうして、自ら台所に立ち、自作チョコを友人やクラスメイトにあげるのは、今年で四年目となる。最初の頃は母に手取り足取り教えてもらい、傍で見守られながら作っていチョコも、昨年あたりから一人で手際よくできるようになっていた。時折、夕食の手伝いをしていたのが、上達を早めたのだろう。


 しかし、クラスメイト全員となると、その数はかなり多くなり、自然と材料を混ぜ捏ねする量も増える。腕を酷使するので、女の子一人では大変だったのだ。多少慣れがあっても、台所に立つのは年数回。母のように毎日台所に立ち、料理をしているわけではないのだから、疲れるものだ。


 作ったカップケーキを一つずつ形が崩れないよう個装し、封を閉じて籐籠に丁寧に入れていく。三十を超えるカップケーキを作ってあるので、籐籠は二つに分けてある。


 籐籠に全てのカップケーキを入れ終えた結愛は、それらをゆっくりと運び、台所の自由に使っていいと言われているスペースに置くと、満足そうな笑みを浮かべる。


 今まで使っていたボウルやヘラなどの料理危惧を一度洗い、綺麗にしたそれらを再び並べる。次に冷蔵庫から板チョコを取り出して、湯煎の為のお湯を沸かす。今さっきまで作っていたのは、学校で友達に配る分。今から作るのは、日ごろお世話になっている人達に渡す分だ。


 新たなチョコを作っている結愛の表情は、疲れなど全く見えず、どこか悪戯的な笑みが浮かび、やる気に満ち溢れていた。




 * * * * * * * * * *




 大きな欠伸をして、葵はベッドから起き上がる。その眼は寝起きとは思えないほどはっきりとしており、その反面、頭はまだ覚醒しきっていないのか、パジャマのまま動く気配が無い。


 三十秒ほど経ったところで、ようやく葵はベッドから降りて着替えを始めた。パパッと着替えてしまい、昨日ランドセルに詰めた教科書やノート類に忘れ物がないことを確認して、葵は部屋を出る。


 一階に降りたアオイは、洗面所で顔を洗い、さっぱりしたところでリビングに入る。


「あ、おはよー葵!」

「なんで結愛姉がいるの……?」


 リビングに入った葵に真っ先に挨拶をしたのは、結愛だった。ダイニングテーブルの椅子に座っているものの、目の前には何も置いておらず、一緒に食卓を囲んでいるようにも思えない。


「葵おはよう。結愛ちゃん、今日がバレンタインデーだから張り切って早起きして、思いのほか準備が早く終わって暇だから遊びに来たんですって」

「なっ、夏妃さん! それは言わないでください!」


 葵の疑問に答えるように、葵の母の夏妃が答えてくれた。その回答に、結愛は手をバーッと振り、顔を真っ赤にしながら今更のように夏妃の言った事実を隠そうとする。しかし時すでに遅く、結愛がここにいる理由を葵の耳はしっかりと聞いていた。


 同時に、今日がバレンタインデーだということを思い出す。友達の居ない葵は、こういった行事やら祭りやらにあまり関心が無い。強いて言えば、親が甘えさせてくれる場合の多いクリスマスや正月などが楽しみな程度。


 ましてやバレンタインデーなど、友人がいない葵だけでなく、世間一般の彼女や親しい女友達の居ない男子からすれば、期待こそすれ、最終的には絶望するだけの残酷な日だ。葵は家族の温情で、母と妹と、そして結愛から毎年チョコを貰っているが、それも長い間続くとなると、やはり新鮮さが無くなり、面白みが無くなると言うものだ。


 勿論、感謝してい無い訳ではない。寧ろ、こんな葵にチョコをくれるなど、本当に有り難いことなのだが、母と妹の場合は家族の情けで、結愛の場合は、友達やクラスメイトに配るチョコの余りをくれているだけに過ぎないので、そう考えると少し複雑なのだ。


 席に着き、ポップアップ型のトースターにパンをセットして、感じた複雑な気持ちを流すために軽く息を吐いた。


「はい、これ」

「ありがと、母さん」


 夏妃は手に乗る小さな四角形の箱を、葵に渡してきた。この小さな箱の中身は、先程も話題に出たバレンタインデーのチョコだ。夏妃は、葵の為に、毎年少し値の張るチョコを買ってきてくれる。


 葵は洋菓子よりも和菓子の方が好きで、基本的に甘ったるいのが好みではないのだ。別に、市販で売っている甘々としたチョコも嫌いではないのだが、あまり好きになれない。


 そんな葵に配慮して、夏妃は甘すぎないチョコを買ってきてくれる。いっそ、高いなら気を遣って買わなくても大丈夫だよ、と夏妃に進言したのだが、こう言った行事は家族の絆を深めることになるから、嫌でないならやった方が良いと思うのよ、と返されたのと、小学生が家計のことなんて気にしないの、という二言を頂いたので、嫌という気持ちが無かった葵は毎年その施しを受けている。


「愛佳は、帰ってきたら渡すから! って言ってたから、今日は早めに帰ってきてあげてね?」

「うん、分かった」


 仕事に行く夏妃の言葉に頷いて、席に座ったままリビングから見送る。愛佳は、毎年手作りする結愛に憧れ、チョコを自作するようになったのだ。と言っても、まだまだ新米のようで、母や結愛に色々と教わりながら試行錯誤しているらしい。


 夏妃は料理が好きで、“好きこそ物の上手なれ”という諺通り、かなり料理が上手い。市販で食べ物を買ってくるのは、


 結愛は顔を真っ赤にした後ずっと俯いていたが、顔を上げ夏妃の出勤を見送ると、再び下を向いて黙り込んだ。父は、日が昇る前に仕事で家を出ているので、既に家に居ない。


 双子である愛佳(いもうと)大樹(おとうと)の学年は小テストがあるらしく、友達と勉強する(さいごのわるあがきの)ためにもう学校に向かっている。始業は八時十分からなので、時間的にはまだ一時間半ほどある。登校時間の猶予も加味すると、家に居られるのは一時間程度だ。


 ご飯を食べる遅さには定評のある葵なので、この一時間はあまり時間がある方ではないのだが、そんなことを気にしている暇があるならば、とっとと食べてしまおうと、チーンと音を鳴らし勢いよく飛び出した、きつね色に焼けた香ばしいパンにバターを塗って「いただきます」と言ってからパンを貪る。


 二人きりになった家のリビングで、葵のパンを咀嚼する音だけが響く。葵の食べ方が下品で音が鳴っているわけではなく、寧ろ、礼儀には厳しい両親なので、この年齢にしては驚かれるくらい礼儀や作法は正しい。単純に、車通りの少ない住宅街で、ただひたすらに静かなので、咀嚼音が目立っているだけだ。


 ササッと二枚のパンを食べ終わり、焼けたパンを取り出すと同時にセットしていたもう二枚のパンが音を立てて上がるのを最速で掴み取り、今度はイチゴジャムを塗って食べる。毎朝、親が忙しくても自分で用意が出来るようにとパン朝食が主流な綾乃家では、飽きが来ないよう様々な種類の味が用意されている。ジャムだけで、十種類はくだらない。


 葵のオススメのジャムは、擦り胡麻にたっぷり蜂蜜を混ぜた特性ジャム。いや、果物を入れて作っているわけではないから、ジャムではなくスプレッドだろうか。ともあれ、葵の中では一押しの手作りスプレッドだが、擦り胡麻の準備と蜂蜜との混ぜ合わせに時間が取られるので、平日には出来ないのが難点だ。


「あっ、あのさ、葵」

「もぐもぐ――ごくん…。どうしたの?」


 夏妃を見送ってからもずっと俯いていた結愛は、葵が三枚目を食べ終わったタイミングで声を掛けてきた。そこには、いつもは感じられない遠慮と言うか、恥ずかしさのようなものが感じられ、なぜかは分からないが、どことなく気まずい気持ちが葵の心中に浸透した。


「私、別に期待して早起きしたとか、そんなことはないからね!」

「……あ、母さんの話の続き? ん、でもなんで期待するの? 結愛姉がバレンタインデーにチョコを誰かにあげるんだよね? 期待するのは貰う方じゃないの?」


 夏妃が先程言った、「結愛が期待して早起きした」という言葉の続きだと理解した葵は、もうあと五年くらいしたら気が付けたであろう結愛の心理には、まだ気が付けなかった。バレンタインデーは男子が女子からチョコを贈られるイベントで、期待するのは男子、という固定観念に基づいた思考で、結愛の言葉に純粋な疑問を抱く。


 一方、意を決して言ってやった! というような様子だった結愛は、葵の反応が予想外だったのか、ポカンとしていた。葵も葵で、頬を少し紅潮させながらいきなり意味の解らないことを言ったり、かと思えば、静かになってキョトンとしている結愛の不思議な行動に首を傾げる。


 次第に、結愛はこうしているのが馬鹿らしくなり、クスッと笑い声を上げた。


「え、なに? もしかして、ジャムついてる?」


 見当違いなことを言って、口周りの手の甲で拭う葵に、とうとう可笑しさを堪えきれなくなった結愛は、お腹を抱えて大きく笑った。その行動に、葵は眉を顰め、置いてけぼりにされることしかできなかった。






 その後、特に何もなく一緒に登校した葵と結愛は、普段通りに学校生活を送った。


 朝の会が始まる前にクラスメイト全員にチョコを渡したことが、結愛にとって普段と違った点だ。学年が一つ違うとは言え、然程変わらない授業日程なので、今日も今日とて「なんでこんなクソ野郎が……」とでも言いたげな恨めしい視線を浴びながら、ドアの前で待つ結愛と合流して教室を出る。


 放課後のこの時間は多数の生徒達が校庭で部活動の準備をしている時間だろうが、葵も結愛も部活に入っていないので、真っ直ぐ帰宅する。


 小学校は家から少し距離があるので、三十分程度歩いてようやく家に着く。


 一度、結愛は自分の家に帰り、ランドセルをおいてから、二つの籐籠を持って葵の家にやってきた。リビングではなく、葵の部屋に集まった二人は、どちらも期待に胸を膨らませていた。


 葵は、結愛の用意する例年より少し大きめの籐籠に入った甘すぎないチョコと、結愛は例年とは少し趣向を変えたバレンタインデーに対する葵の反応に。


 因みに、結愛から貰うチョコが、毎年葵好みの味になっている()()に、当時の葵には、それがなぜなのか疑問を抱くことができなかった。


 結局、美味しいものの前では、人間は無力なのだ。


「今年は、葵に選んでもらおうと思います!」

「選ぶって……チョコ何個かあるの?」


 例年より大きめの籐籠の蓋に手を掛け、可愛らしい悪戯顔を見せる結愛は、葵にそう宣言した。その宣言の意味が分からず質問をした葵に、フフンッと言いたげな表情で蓋を開ける。空気の抜ける音と共に開かれた籠の中には、三種類のチョコが並んでいた。結愛は、それぞれのチョコに指を差しながら、どんなチョコなのかの説明を始める。


 一つ目が、蓋の無い四角い箱。その中には、一口サイズのチョコが九個入っている。結愛の説明では、全て甘すぎない生チョコになっているらしい。昨年、結愛から貰ったのが生チョコだったので、その時の美味しさを思い出し、期待値が跳ね上がる。


 二つ目が、円形のカップに入ったス棒状のチョコクッキーだ。長方形に模られたクッキーは、ホワイトチョコやストロベリーのクリーム、色的に栗や抹茶と言ったクリームがデコレーションされている。色鮮やかで、それも美味しそうだ。


 そして最後の三つ目が、籐籠の半分弱を占めるおっきなハート形のチョコだ。これは丸々固いチョコのようで、上にはホワイトチョコで「I love you」と書かれていた。その文字を見た時、思わず結愛の方を見てしまったが、結愛はこれと言った反応を見せなかったので、ここに書かれた英文の意味は分かるが、その真意は分からなかった。


 もしかして、このチョコは誰か本命の人にあげるつもりだったのかも……、という思考が、頭に浮かんだ。結愛姉にも好きな人が出来たのか! と喜ぶと同時に、何で渡さなかったんだろう? と言う疑問が浮かぶ。


 なんだか、意味も分からずざわつく心中に意識を向ける前に、全てのチョコの説明をし終えた結愛は、声高々に悪戯顔で聞いてきた。


「さて問題です。この三種類の中で、私が作ったのはどのチョコでしょうか!」


 なるほど、選ぶとはそう言うことか、と結愛の先程の発言に納得しながら、正解と不正解、それぞれの齎す結果を、直球で尋ねる。


「これ、正解したら全部もらえるの?」

「そうだよ~? 正解したら全部葵の物。……だけど、もし不正解だったら、全部私が食べちゃいます! あ、ちなみに、こっちは愛ちゃん大ちゃんとか、夏妃さん大地さんのだから正解しても食べられないよ」


 悪戯顔で葵の質問に答えた結愛は、二つ目の籐籠の説明をしてから、「まあ? 毎年私のチョコを食べてる葵には、簡単すぎると思うけどなぁ~」と、少し煽りを入れてきた。年相応の精神年齢な葵は、まんまと結愛の挑発に引っかかる。特に意味はないが、腕まくりをしてそれぞれのチョコを見比べる。


 しばらく、籐籠の中のチョコと睨めっこしていたが、やはり見るだけではどれがどれかなんてわからない。結愛が作ったチョコ以外は、きっと市販の物なのだろうが、結愛の料理の腕は意外と高い。その所為で、全くと言っていいほど見分けがつかないのだ。


 このままでは結愛のチョコにありつけそうもないので、確実に当てに行くためにも、葵は一つ提案した。


「結愛姉、一口だけ食べても良いかな?」

「んー……そうね。見るだけで当てるのは難しい、か。……ただ、一口だけだからね? それ以上は絶対にあげないからね?」

「うん、分かってる」


 一口以上を許可してしまえば、全部食べてしまうことも出来る。無論、結愛は止めるだろうが、静止される前にはかなりの量を食べられるだろう。だから、最大の譲歩として、一口。


 それに葵には、一口で結愛の味を見極められる自身があった。


 まずは、一口サイズの生チョコを食べる。甘い生チョコが舌の上でじわっと溶け、口の中いっぱいにチョコが広がる。生チョコの周りに振りかけられた純ココアのパウダーが、甘い生チョコに独特の苦みをプラスして、葵好みの甘すぎないチョコになっている。


 葵好みの味、という時点でこのチョコが結愛作の物ではないかと思ったが、夏妃が買ってきてくれるチョコも、大抵が葵好みなので、早計だ。それに、まだ試食すべきチョコは二つある。結愛のチョコを全部食べる為にも、ここは外せないので慎重に、だ。


 次は、スティックチョコクッキーだ。結愛に一つ取り出してもらい、一口大に折ってもらう。ホワイトチョコのかかったクッキーの両端を細い指で掴んだ結愛が力を込めると、ポキッと小気味いい音を立ててクッキーが折れた。ちょうど一口大になったクッキーを受け取り、目礼で「いただきます」をして、口に入れる。


 ザクザクとしたチョコクッキーは、それ自体に甘さは殆どなくビターな感じがあるが、上に乗っている甘いホワイトチョコがビターな味を中和して、いい塩梅になっている。先程の生チョコと違い、こちらはザクザク食感なので、食べごたえがある。


 今食べた二つのチョコは、生チョコが甘さに苦さの足し算で、クッキーが苦さベースの甘さ。どちらも、甘いと苦いの調和からくる美味しさ。チョコから感じる甘さ加減や苦さの違いはあるが、調和という点においては変わらない。


 となれば、最後のこのあからさまなハート形のチョコが結愛作のチョコである可能性が高い。生チョコとチョコクッキーが同じ味の調和法で、もしこのハート形のチョコの味の調和法が別であるなら、だが。


 三つ目。ハートの丸の部分をパキッと欠けさせ、葵に差し出してくる。このチョコは、一見すれば女子が本命の男子にあげる、板チョコを溶かしてハート形に固めただけのように見える。


 このあからさまな手作り感を、クイズ形式として出してきた結愛が残すだろうか? しかし、市販のチョコにしても、こんな手抜き感を残すとは思えない。わざわざお店で買ってきたチョコを、包装から取り出し、こうして丁寧に飾り付けるなんて手間をしているのだから、悩ませることを目的としたフェイクの可能性が高いと判断し、取り敢えず食べることにした。


 板チョコを溶かして固めたような、歯の弱い爺ちゃん婆ちゃんなら砕けそうな固さのチョコは、とても噛み応えがある。次に、チョコの甘さを緩和するような酸味を感じる。先程の欠片は、全てがチョコの色だった。もしそこに酸味を加えていたならば、茶色の食べ物で酸味のあるものが混ぜ込まれていることになる。


 糖分補給によって急激に加速する思考の中、持ち得る知識を総動員して、茶色または、色を主張しない酸味のある食べ物を探す。アーモンドやピーナッツなどのナッツ類が脳裏に浮かぶが、それらは固形で食感い少なからず違いを与える。


 食感が無くなるほど粉々にしてチョコに混ぜ入れたとしても、感じられるほどの酸味が残るとは思えない。もし、酸味を残そうとすれば、今度はチョコの全体量が減り、葵が今食べたザ・チョコと言えるだけのものは作れないだろう。


 葵はチョコや料理に関しての知識が豊富でもなく、もしかすれば葵が知らないだけで、そういった技法があるのかもしれない。


「……待てよ?」


 ハート形のチョコから感じた酸味は何なのだろう? と考えて、ふと論点がずれて行っていることに気が付いた。


 このチョコの食べ比べは、結愛が作ったチョコがどれかを考えるものだ。断じて、チョコの美味しさをレポートするものでも、酸味の正体を当てるものでもない。一度黙想し、深呼吸もして、思考を落ち着かせる。


 冷静になった葵は、最初に食べたチョコを考察し、二つ目も、三つ目も、同じように考察する。まだ糖分補給による頭の回転速度は落ちていない。寧ろ、どんどんと思考速度は上がっている気がする。


 一分程、顎に手を当てて、うーんと考え込んでいた葵は、突如、悪戯な笑みを浮かべる結愛の顔が脳裏に浮かんできた。


「結愛姉。もう一回、質問行って貰っていい?」

「質問ね? この三種類のチョコの中で、私が作ったのはどれでしょーか?」


 葵の要望に応え、結愛は再度質問を口にする。その内容を聞いて、葵の疑問は確信に変わった。口元に自慢げな笑みを浮かべると、これまた自慢げな表情を作り、結愛を見る。


「お、答えは決まったかな?」

「うん、決まった!」

「じゃあ、私が作ったと思うチョコを指差してね」


 葵の様子を見て、状況を察した結愛が、葵に答えを示すよう促してくる。その指示に従い、葵は腕を持ち上げ、人差し指を立てて、結愛が作ったと思うチョコを指差した。その人差し指の直線状には――


「これが……いや、三種類全部、結愛姉が作ったチョコだ!」

「……」


 葵が声高々に、そう宣言した。葵の人差し指の直線状にあったのは、チョコではなく、三種類のチョコ全てが入っている籐籠。即ち、結愛が持ってきたチョコ全部だ。


「……正解。私の負け――だから、全部食べていいよ」

「やった! じゃあ改めて、いただきまーす!」


 言葉通り、結愛は自分の負けを認め、葵に籐籠を差し出した。正解できた喜びと、美味しいチョコを全部食べられる喜びをごちゃ混ぜにした歓喜の声を上げ、葵はチョコを味わって食べる。


 体を揺らしながら、笑顔で美味しそうにチョコを食べる葵に、結愛は口を開く。


「なんで、全部私が作ったってわかったの?」

「んーとね、まぁ味の組み合わせが似てたからとか、今までに食べたことある味だったからとか、色々あるけど、一番はそうだなあ……結愛姉が楽しそうな笑顔で質問をしてきたから、かな」

「どういうこと?」

「結愛姉、よく僕のことからかうでしょ? その時の顔と、最初に質問をしたときの顔が一緒だったのを思い出したんだ。それで、結愛姉がこのチョコを使ってどんなからかいをしてくるか、色々可能性を考えて、でも分からなかったから、僕の反応を見て一番楽しめる可能性を考えたら、全部結愛姉が作ったんじゃないかな、って思ったんだよ。『そのチョコ全部、私が作ったんだ~』って言われたら、僕的には驚いて、結愛姉的に一番面白いんじゃないかな、ってさ」

「……つまり、チョコの食べ比べ自体は茶番だったと? チョコの味なんて、全く関係なかったと?」

「そんなことはないよ! あくまで決定打、最後の決め手になったのがそれってだけで、去年食べた生チョコに味が似てたとか、アクセントの加え方が結愛姉っぽいとか、色々あったよ、本当だよ」


 結愛の悲しそうな発言に、葵は思わず食べる手を止めて、身振り手振りを多用してチョコの食べ比べにも意味があったことを必死に説明する。しかし、そんな葵の慌てふためく様子を見て、結愛はクスッと笑う。


「冗談よ。葵が自分で言ってたじゃない、『今までに食べたことある味だ』って。一年の内、この日しかチョコを食べないような葵が、覚えてる味なんて、私のチョコか、夏妃さんのチョコか、愛ちゃんのチョコくらいだもの」


 ふふっと微笑みながら、結愛はそう言った。どうやら、質問に正解され、葵の面白い反応を見られなかった腹いせと言うか、その報復と言うか、ともあれ、からかわれたらしい。


 それを経験則から理解した葵は、口を尖らせて、いつものように拗ねる。幸い、今日は結愛のチョコと言う褒美があるので、結愛が機嫌を取る必要はなかった。


「あ、そうだ。結愛姉、このチョコ――」

「ただいまー! あお(にぃ)、いるー?」


 ハート形のチョコを指差して、結愛に文字のことを尋ねようとした葵の声は、学校から帰ってきたらしい妹の愛佳の声によって遮られる。その声は、葵に向けての物なので、答えないわけにはいかない。


「愛佳おかえりー。自分の部屋にいるぞー」

「ただいまー。ごめんだけど、りビングに降りて来てー」

「わかったー」


 愛佳の声に反応し、葵は結愛に向き直る。


「それで結愛姉、この文字――」

「ほら、リビング行くよ? 愛ちゃんが待ってるよ」

「あいや、その前にこれ――」


 葵の家族用と言った籐籠を持ち、既に立ち上がっていた結愛は、葵の言葉を遮って扉に向かう。どうやら、愛佳にチョコを渡しに行くようだ。その前に、葵の質問に答えて欲しいのだが、結愛は葵の言葉を無視して歩いて行ってしまった。


「あーもうっ」


 結愛の自由気儘さにちくしょーと思いながら、取り敢えず葵用の籐籠に入ったチョコの残りを持って、結愛の後ろを付いて行く。


 結愛の後ろにいた葵は、「まあ、いつでも聞く機会があるか」と、文字の真意を確かめるのを後回しにした。そして終ぞ、結愛に文字の真意を聞くことが出来なかった。


 同時に、葵の質問を遮った結愛の頬が若干赤く染まっていたのには、気が付くことが出来なかった。




 ちなみに、愛佳の作ってくれたチョコは、ひんやりとしたチョコジェラートだった。流石に、ジェラートを一人で作れるようなものではないと思うので、夏妃に手伝ってもらったのだろうが、かなり美味かった。


 なんでこうも葵の知る女性は料理が上手なんだろうあぁ、とありがたい疑問を口にしながら、答えを考えること無く、美味しいジェラート共に飲み込むのだった。





【次回予告】

結愛が大切にしていたペンダントが、血に塗れ壊れかけている状態で見つけたアオイは、自らの感情がコントロールできずに暴走状態に入る。

そんなアオイを止めようと、アルテナはブラムの力を借りながら荒れ狂う暴威に立ち向かう!


次回「嵐の後」 次回投稿は、平常投稿の2/16です。

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