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異世界最強の翻訳家  作者: 高田大輝
第二章 共和国捜索と新たなる師匠
33/38

7.Fluctuation (揺らぎ)

祝日投稿! 建国記念日です。





「――はい。アヤノ・アオイに接触しました、アルファ姉さん」

「そう――」


 空も暗くなり、街の明かりがほとんど消えているような時間帯。


 全体的に明るい印象を受けるその部屋で、異世界では勿論、科学の発展したトゥラスピース共和国でもまだ普及はしておらず、一部の金持ちのみが市販前のお試しで使用している機械――電話機の受話器を耳に当て、スタンドライトの淡い光に照らされながら、リンはいつもの元気な様子を表に出さずに、淡々と報告する。


 報告先は、リンの先輩で、上司でもあるアルファ。昨年、父がまだ総理ではない時の国外旅行で、リンが少しポカをしたことが原因で知り合った恩人の一人だ。リンが現在所属する、とある組織に勧誘してくれたので、先輩であり上司なのだ。


 アルファのことを姉と呼んでいるのは、組織がそう言った呼び名を推奨しているからだ。と言うより、組織の関係上、そう言う呼び名が寧ろ普通なのだ。例え組織がその呼び名を推奨していなくとも、アルファと組織のトップにいるあの方ならば、姉と呼べてしまうくらいにかっこいい、とリンは感じている。


 こうして組織での会話をしている時は、名前ではなくコードネームで呼び合うことになっている。それを提唱したのはあの方であり、曰く「その方が面白そうだから」だそうだ。アルファは実際の名前ではなく、あの方が付けたコードネームで、リンは“カイ”というコードネームが付けられた。


「では報告を聞こうかしら。カイから見て、アヤノ・アオイはどんな人物だったのかしら?」

「はい。第一印象は、物腰の柔らかな同年代くらいの青年――いや、少年でした。話をしてみて、その印象は間違いではなかったと感じました。魔物を連れている点には驚かされましたが、しっかりと手懐けているのか、とても友好的でした。仲間……いえ、侍女にも慕われているようで、悪い人ではないと思いますが、彼には素人目の私から見ても、どこか陰りが有るように見えました……。まるで、何かに怯えて、必死にそれを誤魔化しているような……」


 リンの話を黙って聞くアルファは、ギリギリ受話器から聞き取れる音から察するに、リンの話を一言一句洩らさず書き記しているのだろう。


「なるほど。……彼とは、どれくらい会話を交わしましたか?」

「最初に出会った時は、接客の一瞬。その後、一度工房に顔を出してくださった際に、コウキさんも交えて三十分程。そして、本日の明朝に、父を少し手助けしていただいたお礼を渡しに行った際に十分程、お話しさせて貰いました。その際に、先程話した魔物の一匹が、人間に進化を果たしていました。時間が無く、詳しくは聞けなかったので、進化した、ということしか分かりませんが……」


 リンの言葉を書き終えたアルファは、更に情報を集めるために再び質問を投げてきた。それに状況説明も加えて答える。こうして口に出してみると、意外と話していないことに気が付いた。


 同時に、自分のことで精一杯で、アオイのことをあまり知らないのだな、とも実感した。一緒にいた時間が長い訳でもなく、沢山話したと言うわけでもないので、それが当然なのかもしれないが、もう少し注意していれば色々と聞けただろう、と少しだけ自身の至らなさに反省する。


「分かりました。進化の件は、推測の範囲で探っておきますから、あまり落ち込まないように。それより、カイの父は、確か共和国の大統領――国のトップだったわね? その手助けを出来る人間となると、かなり身分の高い人だと思うのだけれど?」

「その通りです。彼は、人魔戦争の対抗策として人間族が喚び出した、召喚者の一人です」

「召喚者? 召喚者は確か、帝国に向かっているとの報告が、カッパとタウから上がっているのだけれど?」

「それは知りませんでした。しかし、父が徽章を渡したという事実と、彼の右手の甲にあるあの魔方陣が、召喚者である証拠だと思います」

「そういうこと……最近では召喚者をリスペクトして、利き手に魔方陣を描くなんてことが流行っているらしいですし、右手の魔方陣はあまりあてになりませんが、大統領自ら国家運営資格である徽章を軽々と渡すなど、召喚者でない限りカイの父が操られているくらいしか考えられませんからね。……彼が召喚者だと言うのは納得しましょう」


 何やら情報の錯誤があったらしいが、アルファは持ち前の頭の回転の速さでそれらを処理し、リンの言葉を信じてくれた。


 そう言えば、あの時は鍛冶の話やアオイの世界の武器の話やらで盛り上がり、今日の朝はお礼のことで頭が一杯で聞きそびれたが、なぜアオイは、召喚者なのにこの町にいるのだろうか? いや、恐らくの見当はついているが、召喚者とは人類の救世主、英雄となる存在だ。


 父から聞いた話では、王国が責任を持って召喚者の育成に当たると言っていたらしい。帝国に向かったと言う話や、アオイが自由に動いてる辺り、王国は父との約束を守る気が無いのだろうか? と少しだけ、疑問を抱く。


「大方、()()の関係で自由に動いているのでしょうが、王国はそれを……いや、この話は本来カイから聞きたいことではないし、カイも気付いているでしょうから、話を戻します。ではカイ、これで最後の質問です」


 アルファはそう言って一度言葉を区切ると、声のトーンは変えず、しかし最重要だと分からせる声でリンに尋ねた。


「――アヤノ・アオイは、あの方に害をなす存在ですか?」


 アオイの人間性、性格、立場や身分を聞いてからの最後のド直球。だが、このド直球こそが、アルファが最も知りたかったことだろう。あの方こそが、リン達姉妹からすれば、召喚者なんかよりも大切な、人類の宝とでもいうべき希望なのだから。


「私の主観も入った意見を申しますと、彼は、あの方に害をなす存在ではないと思います。ただし、私は父を助けて頂いた身ですので、今回の件に関しては使い物にならない可能性が多分にありますので、あまり参考にはならないかと……」

「それは私も把握しています。アヤノ・アオイは、あとどれくらいの間、町に滞在するか分かりますか?」

「はい。彼は、共和国の北と東の探索に向かっており、約一ヶ月弱後に町に一度帰ってきて、その後工房で刀を受け取ったのちに王国へと戻るそうです」

「分かりました。では、デルタとニューをそちらに向かわせます。合流後、一度でいいのでアヤノ・アオイとの接触の手伝いをしてあげてください。それで最終的な判断します」

「分かりました。アルファ姉さん」


 受話器を置き、通話を終了する。一つ、深呼吸と言うか、溜息と言うか、大きく息を吐いた。こう言った堅苦しい報告は、いつまで経っても慣れないものだ。普段、アルファと話す時ならば、何も問題なく話せるのだが、やはりリンの性格からして、敬語やら上司への態度やらと言うようなビジネスマナーとでもいうべきものは難しく疲れる。


 毎夜を共にするベッドに腰掛け、もう一度、リンは溜息を吐く。今度は、疲れからくる溜息ではなく、アオイのことを悪く言ってしまったような気がしたからだ。組織の一員として、仕事を全うしなければならなかったとは言え、もう少し良い言い方があったのではないだろうか、と考えてしまう。


 今更考えたところで後の祭りだと分かっていても、考えてしまうのだ。後悔ばかりしているような自分に嫌気が差して、三度目の溜息を吐く。


 アルファが向かわせると言った二人は、戦闘に長けたデルタと、情報収集に長けたニューだ。デルタの足の速さならば、ニューを抱えて走ったとしても一ヶ月でここに辿り着くのは余裕だろう。それを加味した上での人選だろうが、それを一瞬でできるアルファも、やはり凄い人物だ。


 窓の外から見える少し欠けた月を眺め、遠くの森で捜索か、鍛錬をしているであろうアオイの無事を心から祈る。正直、この件に関しては、アルファにも言った通りリンは役に立たない。


 アルファに助けられ、あの方に救われ、アオイにも助けられた今のリンは、身動きが取れない板挟み状態なのだ。今の報告も、精一杯、組織とアオイの両者に気を遣って行ったもの。だからこそ、もっとやれたのではないか、と考えてしまう。


 父の為に、私の為に、アルファの為に、あの方の為に、そして何よりアオイの為に、どうか無事で帰ってきて、私の感じたとおりの人物であってほしい、と夜の黒に輝く星と月に、心の底から願うのだった。




 * * * * * * * * * *




「“空間転移”って、一瞬で遠い場所に来れるのは確かに凄いけど、この感覚に慣れなきゃいけないのは厳しいなぁ……」


 ブラムに促され、その体に触れたアオイ達は、ブラムが持つ空間干渉魔法の一つ、“空間転移”で、前回食料的な問題で捜索を打ち切った場所まで、一瞬で辿りついた。


 “空間転移”といえば、馬鹿みたいな魔力量を必要とするのが定石だが、五人を一瞬で転移させたブラム本人は全く辛そうなようには見えない。この世界における、干渉魔法の消費魔力が少ないのか、それともブラムの保有する魔力量が多いのか、もしくはそれ以外の何かがあるのか分からないが、ともあれ時間の短縮になったことは有り難い。


 礼を言って、今日の探索予定範囲をブラムに伝え、終了予定地でブラムに待っててもらう。昼は捜索、夜は刀の訓練に当てるつもりなので、昼間一緒に捜索をすると、ブラムの休む暇が無くなってしまう。ただでされ、無茶を言って着いて来て貰っているのに、そこまでの迷惑はかけたくない。


 ブラムが了承の返事をして、一足先に予定地に向かっていると転移していったのを確認して、アオイ達は早速“魔力探査”を展開しながら結愛の捜索を開始した。




 * * * * * * * * * *




 パチパチと音を立てる焚火を囲みながら、五人は今日も今日とて何の成果もなかった捜索の疲れを癒すように缶詰を貪っていた。


 捜索を再開してから、今日で既に二週間が経過した。


 魔物がおらず、捜索の邪魔はされないものの、ひたすらに“魔力探査”で魔力反応を確かめながら、視覚でも人影が無いかを確認しつつ、時速百メートルほどで走っているだけの日常が、もう二週間だ。刺激もなく、ただ同じことを繰り返すだけの毎日など、次第に退屈になってくるのが普通だろうが、アルテナもヴァルヴァイも文句ひとつ言わずに着いて来てくれている。


 本当に有り難い限りだ。


 一方、捜索と並行で行っている刀術の訓練は順調だ。ブラムが初日に作ってくれた木製の刀を用いた訓練をこの二週間、毎夜日が昇るまで続けている。最初こそ、ブラムに捜索に支障が出ないギリギリの範囲でズタボロにされていたが、今ではどうにかブラムの攻撃を凌ぐことが出来るようになっていた。


 ブラム曰く、負けっぱなしでいられるか! という反骨心と言うか精神力が、アオイの成長に一役買っていると言う。元々低くない身体能力が武術を学んでいたお陰で引き上げられ、その過程で体を鍛えていたのも、この成長度合いに大きく関わっているそうだ。


 今までの努力が無駄ではなかったと言われたのは素直に嬉しくなったが、その喜びの感情で生じた隙をつかれ脳天一発。意識を落とされたのは苦い思い出だ。


 今日も、この後アルテナ達が就寝したら稽古が始まる。この調子で行けば、捜索はあと三週間強で終わる。森の範囲は、西の穀倉地帯から北と、王国側から繋がっている道の数キロ北までの範囲だ。南東は広大な草原が広がっている。


 西と南は人の手が入る農地と牧場なので、捜索しなくても大丈夫だと言う判断だ。


 戦争までの期間が、だいたい半年から一年の間らしいので、最短開戦までは残り約二ヶ月程度だ。それまでに結愛を探し出すことが出来るのかどうか不安になってきたが、ここで焦っても仕方がない。今は夜。即ち鍛錬の時間が始まるのだ。


 余計なことを考えていれば、得られる物も得られないので、刀術の上達と、基礎能力の底上げに専念するべく、アルテナ達が寝たのを見計らって、ブラムに刀を向けた――




 * * * * * * * * * *




「――んぁ?」


 瞼を開け、急速に覚醒していく思考で何が起こったのかを冷静に考える。まず、今アオイは草地に仰向けで寝転がっている。顔を横にずらせば、朝食の用意をしているアルテナやヴァルの姿が見える。そこでようやく、自分が眠っていたことに気が付いた。


 だがしかし、どういうわけだろうか。二回目の共和国の結愛探索に乗り出して、こうして寝ているのは三回目。どれも、アオイの意思ではなく、全てブラムによる気絶が原因だ。となれば、昨日はまたブラムに気絶させられたのだろう。


 ブラムに立ち向かって、それで――と、昨日の鍛錬で何があったかを思い出そうとしているアオイに、声が掛けられた。


「起きたか。少し厳しくしただけで直ぐに倒れるなんて、思いもしなかった」

「――――あー……」


 ブラムの言葉で、ようやく何があったのか思い出した。昨日は、この鍛錬には慣れたろうから少し厳しくするぞ、といきなり言われ、心構えが出来る前にブラムに一本取られたのだ。


 何が起こったのか分かるまではその解明に意識を注いでいたので感じなかったが、いざ解決してみれば湧いてくるのは怒りの感情だ。いきなり言われてその上いきなり攻撃なんてどういう神経してんだ! と声を大にして言ってやりたい。


 だが、いつも通りだと油断していたアオイが悪いと言えなくもなく、実戦であれば心構えをその場でしなければならない場面もあるかもしれない。なので、アオイは自身の迂闊さと、これ以降の糧にするべく、この失敗を身に沁み込ませた。


 そしてポジティブに、睡眠がとれたよやったね! と喜ぶことにして、アルテナ達におはようと挨拶をして朝食を食べることにした。


「アオイ。今日は私も探索に同行する」

「えっ? いや、そうなると昼は捜索、夜は鍛錬できつくない? 昼間の疲れで夜の鍛錬が疎かになります、なんてなったら、頼んでる身としてこう言うのはおかしいけど、俺が困るんだけど」

「一日くらい大丈夫。エルフを舐めないで」


 ブラムは、何かと会話で自身の種族であるエルフをちらつかせる。確かに、人間よりエルフの方が頑丈だし、そう言った面でも強いのかもしれないが、エルフのことをよく知らないアオイはそう言われても困るのだ。だが、ブラムが自信満々な時は、大抵言葉通りに平気なことしかなかったので、経験則から同行を許可することにした。


 朝食を食べ終わり、“魔力探査”の方法を教えると、ブラムは試行回数一回で成功させた。意外と難しいね、何て言っていたのに、これが才能の差か……! と思ったり思わなかったり。“身体強化”は元からできるらしく、アオイ達のスピードにもついてこれるそうだ。


 準備が完了したので、今日も今日とて探索を始める。今日は、町を出る前にレスから忠告のあった『灰の森』を通過する予定だ。レスの言っていたことが一年以上も前のことなので、今更心配することもないだろうが、念の為いつも以上に気を張っておく。


 しばらく走っていたが特に何もなく、昼食を挟んだ後、再び走っていると、少し先に見える光景が変わっているのが分かった。今までは幹の茶色と、葉と草地の緑が九割だったが、先に見える光景は白、というより、一面灰色だった。


 文字通り『灰の森』だったので、少しだけ異様な感覚を覚えた。こうして、森の色が変わっているのは、未だ解明されていない謎らしいが、過去に何かあったのだろうか。もし結愛を見つけだし、地球に還る算段が整うまでの時間が合ったら、解明してみるのも悪くないかもな、と少しだけ好奇心が疼いた。


 結局、森に入ったからと言って何かが変わる訳でもなく、強いて言えばレスの忠告のお陰で“集中”しているということだろうか。また白狐のような魔物が現れたら、今度こそ、アルテナ達をしっかり守らねば、と気合が入っている。


 そのお陰で、アオイは“魔力探査”に引っかかった魔力を放つ何かがあることに気がついた。本来、町を覆う結界の所為で魔素や魔力は全て吸い取られるのはずで、余計な魔素が無いからこそ“魔力探査”で魔力を見つけるのが楽だったのだが、引っかかった何かは僅かながらしっかりと魔力を放っている。


 合図を送り、走るのを止めさせて、密集して周囲の警戒を行う。魔力を放つ何かまでは、あと三十メートルくらいあるが、それはこの国において明らかに異常なことなので、全員が得物を抜いて、いつでも戦えるようにした。


 同時に、何か不気味さを感じた。その正体は直ぐに分かった。今まで捜索してきた森や、今いる灰の森は、どちらも木々が立ち並んでいる。しかし、アオイ達が密集している数十メートル先に見える光景に、切り株があったのだ。


 木のあるところに切り株はおかしなことではないかもしれないが、ここは人の入らない灰の森で、しかも遠目から見ても分かるくらい乱暴に切られているのだ。百歩譲り、ここに人が来たのだとしても、切り株が斧で切り倒したような跡ではなく、鋭い何かで一閃したような跡だった。


 一応アルテナ達に伝え、一層警戒心を高めながら、ゆっくり近づくにつれ、その何かの位置が大体特定できた。何かは、視線の先にある周囲の木の大きさからして一回りほど大きい木の向こうにある。その反応が小さいことから、小型の何かだと思われる。だが、魔力を隠蔽しようとして失敗している可能性もあるので、最大木の大きさを上回らない程度の何か、と想定し動く。


 木から大体五メートルほど離れた位置で、散開する。その木を取り囲むように展開し、一斉に飛び出て相手を錯乱させる算段だ。目線で合図を送り、全員の準備が整ったことを確認して、一斉に飛び出す。得物を当てやすいように位置を変え、木の後ろの魔力反応に振りかぶる。


 だが、想定していた木の後ろには何もいなかった。もしや、視認できない程度の大きさが魔力を放っていた!? と瞬時に考えつき、いやそれはないか、と否定する。視認できない程の大きさのものが魔力を持っているということは、アオイの知りうる知識上、有り得ないのだ。


 ならば、何がこの魔力を放っているのだろうか、と警戒しながら魔力を放つ何かに近づくと、丁度太陽の光が反射したのか、キラリと輝く物体が地面に埋まっているのが見えた。人為的に埋められたのではなく、ここに落ちた何かが、時を経て自然に埋まったと言う形が正しそうだ。


 一応、警戒を解かないままそれに近づく。白狐の時はいきなり現れたので心構えもくそもなく戦う羽目になったが、もし今アオイが近づく何かが白狐と同じ新種の魔物なら、いくら警戒しても損ではない。


 それに、よく見てみれば、この辺りの土の色が若干変わっている。何かが染みついたような、変色した色。若干だが、抉られたような跡もあり、先程の切り株のこともあったので、ここで何か戦闘が行われたのかもしれない、とアオイは警戒を強める。


 短剣を構え、ゆっくり一歩一歩近づくアオイは、次第に地面に埋まる何かの判別が付けられるようになってきた。土と同じように変色しているので、よく見えない。何かが埋まっている場所まであと二メートルもない所まで来て、はっきりと何かを視界に捉えたアオイは、その正体に気が付いた。


 だが、それがこんな所にあるはずが無く、アオイの見間違いだと言う思考と、最悪の可能性を考える思考とがごちゃ混ぜになり、一瞬アオイの動きが止まる。もし魔力を放つ何かが魔物であった場合、この静止は危険行為そのものだ。


 しかし、アオイの中ではその何かの正体がほぼ確定していたので――否、確定していたからこそ、動きを止めてしまったので、この場合は危険行為にはならない。


 アオイの変化に気が付いたアルテナ達は、不安そうな表情でアオイを見据えているが、今のアオイにはそれらに反応する余裕も、ましてや気が付いてあげる余裕もない。


 この世界に来て、結愛の姿が見当たらなかったとき以上の不安に苛まれる中、「やめておけ」と制止する理性に抗って、アオイの見間違いを証明するために歩みを再開する。たった二メートル程度なのに、そこまでの距離は今日の捜索で走った距離よりも長く感じた。


 何かに手の届く距離まで歩み寄り、膝を折って地面から埋まっている汚れながらも金属光沢を放つ何かを掘り出す。そして、震える手でサッとついていた土汚れを払い、その何かの全貌を見たその瞬間、アオイの頭はたった一点のことしか見えず、考えられなくなった。


 アオイが掘り出した何かの正体はペンダントだった。剣と盾とが交差し、チェーンで繋がれた金属製のペンダント。しかし、ペンダントはチェーンが断ち切られ、本体には若干ヒビが入り、埋まっていたときの土汚れがまだ残っており、アオイの記憶にあるペンダントとは少し様子が違うが、このデザインはオーダーメイドの一点物だ。故に、間違えるはずがない。


 でも、ならばなぜ、このペンダントがこんな所に落ちて埋まっているのか、なぜ、チェーンが切り裂かれているのか、なぜなぜなぜ――とアオイの思考を、疑問だけが埋め尽くしていく。


 いや、そんなことよりも――




 ――――何故、このペンダントに、血痕が付着しているのか――――




 そうだ。見覚えのある土の染みは、血痕が月日を経て変化したものだ。酸化して黒ずんでいて、乾いているので特に目立った感触が無いこれは、乾いた血だ。


 どうして、そんなものが結愛の身に着けていたペンダントに付いているのか。


 その疑問を解決するために、今までの状況を鑑みて考えたアオイの思考は、本来、アオイを落ち着かせるためのものだったのに、答えを出した瞬間、深い絶望へとアオイを誘った。


 鋭い何かで切り倒された木々と、切り裂かれたペンダントのチェーン。大地に作られた染みとほぼ同じ色をした、ペンダントに付着する血痕。激しい戦闘痕と、ヒビの入ったペンダント。


 不安なことがあれば、嫌な方へ嫌な方へと考えてしまう傾向のある(アオイ)は、思い当たる最悪の可能性から必死に目を背け、もしかしたらこのペンダントは他の誰かが作ったものかもしれないと現実逃避気味に考える。


 剣と盾のペンダントなど、作ろうと思えば誰でも作れる。小学生の(アオイ)ですら思い付けたのだから、それは自明だ。デザインが似通っているのも、剣と盾というシンプルなものだから有り得ないことではない。


 ならば、このペンダントが、(アオイ)が結愛に“誓い”と共に渡したものではないと証明すればいい。(アオイ)が渡したペンダントなら、裏面に「Dear Yume」と刻印が為されている。「結愛って女の子に送りたい」とペンダントを作ってくれるおっちゃんに言った際に、気を利かせて入れてくれたものだ。


 金属を削っての印字がされているので、土が埋まっているかも知れないが、それでも書かれていれば分かるだろう。震える手を必死に抑え、異常なまでに響く鼓動を聞きながら、ペンダントを裏返す。


 そしてそこには、土が入り(アオイ)の知っている状態ではないが、おっちゃんの入れてくれた「Dear Yume」が、しっかりと書かれていた。




 ――――結愛が死んだ




 刹那。


 アオイの慟哭が、深紅の魔力と共に解き放たれた――





【次回予告】

とある年のバレンタインデー。

例年通り幼馴染の結愛からチョコを貰えると思っていた葵に、一つの試練が与えられる。

果たして葵はその試練に合格し、結愛の作るチョコにありつけるのか!


次回「とある年の葵と結愛のバレンタインデー」

次回投稿は、バレンタインデーの2/14です。

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