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異世界最強の翻訳家  作者: 高田大輝
第二章 共和国捜索と新たなる師匠
35/38

8.After a storm (嵐の後に)

今回は短めです。





 アオイの慟哭が、深紅の魔力と共に灰の森に伝播する。


 木の幹は魔力を伴った風圧で軋み、枝や葉は折れて引き裂かれ、彼方へと飛ばされていく。大地の砂は、空高くまで巻き上げられ、強力なつむじ風となり天を仰ぐアオイを取り囲み、暴威となって周囲に牙を剥く。


 あまりに唐突で、虚を突かれた形となったアルテナは、風圧で数メートル飛ばされたが、風の魔法でどうにか着地し、その風圧の真っただ中にいる――否、風圧を放っているアオイに、轟々と唸る風に負けないくらいの声で叫ぶ。


「アオイ様ッ!!」


 爆風の如き風圧に対抗し、アオイの傍に寄ろうと足を踏み出そうとする。だが、嵐の如き風圧の前に中々進むことが出来ず、顔を両手で覆い、高速で飛ばされる砂から目を守ることしかできない。


「アルテナ、離れるぞ」


 そんなアルテナに、ブラムは声を掛ける。そちらに振り向けば、既にヴァルとヴァイを回収し、ヴァルを背に、ヴァイを脇に抱え、アルテナに手を伸ばしていた。


「今は問題ないが、いつ制御できなくなるか分からない。制御できなければ、暴発し周囲に多大な被害を与えることになる。その前に、限界まで距離を――」

「アオイ様はどうなるんですか!」


 アオイ以外の身の安全を考え、そう提案しようとしたブラムだったが、アルテナの荒げた声によって遮られる。必死に踏ん張り、風圧に飛ばされないようにしながら、アルテナは体ごと向き直り、ブラムに問う。


「ブラム様は、アオイ様を見捨てて逃げろと仰るのですか? アオイ様の身に危険があると分かっているのに、それを見なかったことにしろと、そう仰るのですか?」


 アオイ達と一緒に旅をして、大体二週間程度。


 その短い期間で、アルテナが声を荒げている姿は一度たりとも見たことが無い。せいぜい、アオイに対しての叱り程度だ。そしてそれは、ヴァルもヴァイも同じだった。見たことのないアルテナの様子に、困惑している。


「アオイ様が、今の状態になったのは、恐らく、魔力を放つ異質な光り物を拾ったからです。それが精神に作用するものなのか、またはまったくの無関係なものなのかは分かりません。ですが、一つだけはっきりしているのは、アオイ様を止めなければ、一生後悔するということだけです!」


 アルテナはそう言い放った後、ブラムの返事も待たず、再びアオイに歩み寄ろうとする。風の魔法で壁を作り、アオイから放たれる風圧を逸らしながら、一歩、また一歩とゆっくりだが確実に進んで行く。


 威力が収まらず、今なお上昇し続ける魔力は、不本意なことにアオイが毎夜努力してきた魔力鍛錬の賜物だった。アオイがその鍛錬をしていなければ、ここまで長い間魔力を放てず、魔力が枯渇し気絶しているか、生命力を魔力へと変換し、死に至るかのどっちかになっていただろう。


 いや、放出した魔力量からすれば、既に生命力を削るほどに魔力を消費している可能性は充分にある。だからこそ、焦らず急いで、アオイの元に寄らねばならない。


 アルテナにとって、アオイは、自分の目指したいと思っていた姿そのものなのだから。故に、こんな所で死なせるわけにはいかない。侍女として、一人間として、アオイ(あるじ)の行く末を見届けたいのだ。


 風圧でダメージを喰らう壁は、近づくほど威力が上がり、その耐久力が削られる。たった一メートル進むのに、生成はした壁の数は十枚を超えた。このままのペースでいけば、アオイの元に辿り着く前に魔力が無くなる。


 焦りが募り始めようとしていた。しかし、その焦りは疑問へと変わる。


 なぜなら、先程まで感じていた風圧が、一瞬にして消えたと錯覚するくらい微弱なものに変わったのだ。風で巻き上げられる砂埃や、今にも折れそうな勢いの木の幹からして、アオイが魔力放出を止めたようには見えない。


「出来る限り私が守るけど、限界はあるわ。だから、早くしなさい」

「ブラム様……」


 空いている右手を前方に伸ばすブラムは、アルテナにそう言った。恐らく、空間干渉の魔法で、何らかの仕掛けをしたのだろう。ともあれ、ブラムは人を遥かに超える魔力量があり、それを操るセンスもあるとはいえ、無限に魔法を使えるわけではない。


 ブラムの言葉に力強く頷いて、アルテナは自分のすべきことを為すために、アオイへと歩み寄る。風圧が殆どなくなった現状、五メートル強の距離はあっさりと辿り着く。


 人一人など軽々しく吹き飛ばしそうなつむじ風を抜け、辿り着いたそこはブラムの魔法を以てしても軽減しきれない領域らしく、先程と同じとまでは行かないが、かなりの風を感じる。


「アオイ様! アオイ様ッ!」


 変わらず天を仰ぐアオイの肩を揺すり、正気を取り戻させようと試みるが、全く効果が無い。それどころか、更に魔力が放たれる。一瞬、衝撃がアルテナの身体を貫いた。ブラムの魔法を以てしても抑えきれないようで、アオイに触れる手が切り裂かれていく。


 しかし、アオイを止められないのであれば、ブラムの魔法援護も、ヴァルやヴァイ達を遠くに逃さないと言う判断も、アルテナがここに来た意味も無くなる。無茶を言ってここに来た以上、そんな中途半端なことが出来るはずなかった。


(私の為、アオイ様の為、命を賭けてこの場に残ってくれた仲間の為、ここでアオイ様の暴走を止めないと!)


 そう考えたアルテナは、自然と頭に浮かんだ行動を、無意識的に取っていた。


 アオイの前面に移動し、そっと包み込むように胸に抱く。右手をアオイの後頭部に持っていき、左手は背中に。後頭部の右手は、落ち着かせるようにポンポンと優しく、左手も同じく、落ち着かせるように擦った。


 肩を擦っただけで手が切り裂かれ、血塗れになったつい数瞬前の出来事もお構いなしに行った行動は、やはりアルテナの身体に牙を剥く。メイド服が切り裂かれ、肌を抉り、暴威は収まることなくアルテナを全力で殺しにかかる。


 しかし、ここで手を離せば全てが無駄になると分かっている。だから、痛みに耐えて、朦朧とし始めた意識を必死に繋いで、アオイを優しく包み込む。


(なんで――なんで結愛は、俺を置いて行ったんだ――)


 アオイの声が、聞こえた気がした。耳で聞いたわけではない。確実な声ではなかったように思えるし、アルテナに対しての質問でもない。だが不思議と、答えなければいけない気がした。


「大丈夫です、アオイ様。置いて行かれてなんていません。結愛様が遠くに行かれたのなら、そこに追いつくのが、アオイ様でしょう?」


 アオイは、一人では何もできず、結愛と言う目標を立てることで、それを生き甲斐としてきた。多才な結愛を身近で見て、学んで、真似て、自分の持つ知識をプラスして結愛に追いつこうと頑張ってきたのだと、アオイから聞いた。


 だから耳元で、優しくを心掛けて、そう呟いた。


(俺が結愛に追いつくなんて、出来るわけがない)


 アルテナの言葉に反応するように、再び声が聞こえた。やはり、先程の声は聞き間違いではなかった、と思うと同時に、聞こえたアオイの声にまた答える。


「大丈夫です。アオイ様が、結愛様の為に途方もない努力をしてきて、人知れず悩んで、誰よりも耐えてきたことを、私は知っています」


 アオイがこの世界に来てから、寝る間も惜しんで努力をしてきたことを知っている。寝ているアルテナ達を起こさないよう、周囲に気を遣った状態で、魔力鍛錬に励んでいたことを知っている。


 アオイが、アルテナ達の見えない所で、悩んでいるのを知っている。大切な人を失った喪失感を共有できず、一人で抱えて悩んできたことを知っている。


 アオイが、元いた世界とは比べ物にならないくらい厳しい世界で、大切な人が生存できているのかどうか分からない不安に駆られながら、それを心の内に仕舞って耐えてきたことを知っている。


(結愛のいない世界なんて、あっても意味がない――)

「……」


 少しだけとは言え、アオイから結愛の話は聞いていた。アオイにとって、結愛がどんな存在なのかも聞いていた。しかし、アルテナが聞いた話から思っていた以上に、結愛の存在は大きかった。アオイの心を、こんなにも乱すくらいに。


 アルテナの知っているアオイは脆弱だ。精神的に幼くて、でもその幼さをひた隠しにし、挽回しようと努力を積み重ねてきた、強い人だ。


 だから、情けない姿を見せるアオイに、無性に腹が立った。その怒りを抑えながら、しかし抑えきれず、煽り気味に問う。


「結愛様は、そんなに頼りない方ですか――?」


 いつも、アオイが言っていた。結愛はアオイを全方面で遥かに凌ぐ人物で、才能に溢れ、努力家で、人の痛みを知っていて、常に人を気遣うことが出来て、アオイの知る誰よりも凄く、アオイの知る誰よりも優しく、そして、アオイの知る誰よりも弱い女の子だと。


「アオイ様の言っていた結愛様は、アオイ様が信用するに値しない、そんな方ですか――?」


(――ちがう)


 アオイを全方面で凌ぐ人物が弱いと言う表現は、少しばかり分かりかねるが、アオイが結愛の話をしたときは、この世界に来て、初めて心の底から笑っていた気がしたのだ。


 いつも見せる作り笑いではなく、他人に心配を掛けない為に気を遣った笑顔でなく、嬉しさも、恥ずかしさも、喜びも、寂しさも、悲しみも、全ての感情が入り混じった、正真正銘の笑顔だった。


「結愛様は、この世界で生きていると言ったアオイ様の言葉は、嘘だったのですか――?」


(――違う!)


 もう完全に聞こえるようになったアオイの声は、アルテナの言葉にはっきりと答えた。だが、その声はどこか弱々しく、今にも消え入りそうだった。


(でも、どうしようもないじゃないか! 結愛は確かに凄い人だ! 俺より強くて、賢くて、立派な人だ! ようやく結愛の持ち物を見つけて、手がかりだと思ったら、それが血に塗れてて! この辺りの惨状を見れば、結愛がどうなったかなんて、考えるまでもない! でも……でもこれじゃあ! ……これじゃあ、結愛が報われないだろ――)


 アオイの手にある光り物が、どうやら結愛の物らしいと言うのは分かった。しかしそれが、血で染まっていて、ペンダント周辺の切り刻まれた木や大地などの状況を加味すれば、アオイの出した結論も、納得できるものだ。


 アオイの最後の言葉の真意は分からない。何に報われないのか、どう報われないのかは、詳しい話を聞いていないアルテナでは推測まで行か出来ない。しかし、そんなアルテナでも、できることはある。


「――結愛様のことを誰よりも知っているアオイ様が、報われないと分かっている結愛様のことを諦めてしまえば、そこで終わりです! 結愛様の為に必死にもがいて、足掻いてきたアオイ様が、ここで諦めたなら、そこで結愛様という人物を死なせることになる!」


(―-もういいじゃないか。結愛は死んだんだ……このペンダントが何よりの証拠だ)


 その声音は、俺は疲れたんだよ……とでも言いたげな雰囲気を醸し出していた。


 その諦めた声が、アオイの弱気になった態度が、アルテナの本心(むかしのせいかく)に火を点けた。抱きしめていた体勢から体を離し、正面から肩をガッチリ掴み、ブラムの魔法の効果が及ばずに直接風圧を受けて傷つく両腕を無視して、虚ろな瞳をしているアオイに面と向かって怒号を放つ。


「諦めるな! 中途半端で終わるな! 今のあなたの姿を結愛様が見たらどう思う!? 喜ぶか? 嬉しいと思うか? そんなわけない! なにやってんだって、こんなところで諦めるなんて情けないなって、そう思うんじゃないのか! そもそもあなたは、結愛様が死んだところを見たのか? ずたずたに引き裂かれて、血を流して、鼓動を止めている結愛様の姿を見たのか? 見てないだろ! 今の考えは全部、あなたの頭で描かれた最悪の想像でしかないだろ! ならなんでそこで諦める!? 今まで散々してきた想像の、最悪の一つと、偶然そのペンダントが重なっただけでしょう!? 勝手に大切な人を死なせるなんて、あなたはそんな身勝手で傲慢な人だったのですか!? そんな勝手な妄想で、今までしてきた結愛様への努力を無為にするなんて、それこそ! 結愛様に対する最大最悪の冒涜でしょう! いい加減、目を醒ませ――!!」


 この世界に来てから、約三ヶ月強。


 初めて聞く、アルテナの荒げた声。いつもの丁寧な話し方は何処へやら。綿々と言葉を重ね、アオイの言葉を否定する。しかしそこに間違いなどなく、その声はアオイの心に直接響いた。


 結果、自然と涙が溢れていた。


 アオイから放たれていた魔力が、スーッと消えていく。虚ろで何も映していなかった瞳は光を取り戻し、正面にいるアルテナをハッキリと捉えている。


 そして、一言。


「――ありがとう」


 アオイは、それだけ言うと、意識を暗闇へと放り投げた――――




 * * * * * * * * * *




「どうだ、アオイの様子は?」

「特に変わりはありません。可愛らしい顔で寝ていらっしゃいます」


 ヴァルヴァイはとうの昔に寝付いた夜中。焚火の薪を集めに言っていたブラムが、帰って一言目にそう尋ねた。それに、少し冗談めかしながら、アルテナは答える。実際、アルテナの膝の上でスヤスヤと寝ているアオイは普段の様子からは考えられないくらい可愛げのある寝顔をしているので、ブラムはそれに対しては何も言わなかった。


「アルテナは、昔と今ではかなり違うのか?」

「どうしてでしょうか?」

「アルテナの周囲に張ったのは、空間を繋げる魔法だというのは言ったね?」

「はい」

「空間を繋げてるから、声が聞こえた。あの煩い風に、負けないくらいの大きな声が。それが今の話し方とは随分と違ってるのに、様になっているように感じたから」


 聞こえていたんですか……と、気恥ずかしい気持ちを抱きながら、アルテナはその理由を話した。


「私は昔、孤児だったんですよ。本当の親がいなくて、代わりの母に育てて貰いました。私以外にも、沢山の孤児がいて、私はそこの長女でした。なので、母に替わって面倒を見たり、色々と経験していく内に、あの喋り方が意外と効くってことが分かったんです。なので、そうですね……ブラム様の言う通り、昔の私と今の私では、かなり違います。ですが、アオイ様の為に身に着けた今の私も、本来の私も、どちらも本質は変わりませんから」


 とても楽しそうに昔を語ったアルテナを見て、ブラムは思わず口にしていた。


「家族が、好きなんだな」

「……はいっ」


 初めて見るブラムの優しい表情に、多少の驚きを抱きながらも、頬を赤く染めながら、「本人達には直接言えませんけどね」と、アルテナは笑顔で頷いた。


 その笑顔が、数十年前の楽しかった日々を回想させる。だが続く嫌な光景を思い出したくないブラムは、額に手を当てて首を振った。酷かった過去を、わざわざ思い出す必要はない。


「そう言えば、ブラム様はご家族に旅のお話はしたのですか?」

「いいや。そもそも私の家族は特殊でな。私が何処で何をしようが、恐らく気にも留めないだろう」

「そう……なんですか」


 つい今しがた、思い出したくないと頭から追いやった思考は、アルテナの何気ない一言でフラッシュバックする。瞬時に心を落ち着かせ、どうにか平静を装って応対する。ブラムの答えに、アルテナがどう感じたのかは分からないが、物哀しげな表情をすると、再びアオイの髪を梳き始める。


 しばらくの間、沈黙が森を支配した。聞こえるのは、夜風に吹かれ、心地よい音を奏でる葉や、焚火の火花が散る音、他にはアオイ、ヴァル、ヴァイ三名の寝息とアルテナとブラムの呼吸音程度だ。


 本来の森であれば、魔物に対する警戒を怠れないので、こんな長閑に焚火を眺めているわけにもいかないが、ここは魔素の無い特殊な国。故に、何の気兼ねなく、ボーっとすることが出来る。


「――アルテナは、魔人についてどう思う?」


 何の脈絡なしに、唐突にブラムは尋ねた。アオイに視線を向けていたアルテナは頭を上げ、「いきなりどうかしたのですか?」と問い返そうとしたが、ブラムの真剣そのものな表情を前にして口を噤む。


「どう、思う?」


 再度、有無を言わせない、確実な返答を求めるように、そう尋ねてくる。


 あまりに唐突で、ブラムの言葉の意図も分からないが、言われてみれば深く考えたこともなかったその問いに、その場で考えながら答える。


「そうですね……私が生まれた時から、人間族と魔人族は戦争をしていて、周囲の大人や、王城にいた侍女達は(みな)、魔人とは恐ろしい種族で、人を殺すのに何の躊躇いもなく、傍若無人で、血も涙もない最悪の種族だと、そう言っていました」


 義母(レイ)は一度も言わなかったが、義母以外の大人やアルテナと同年代の人達は、揃いに揃ってそう言っていた。だから、そう言うものなのだと思っていたが、改めて考えてみると、この言葉の信憑性は、皆無だと思われた。


「ですが、私は魔人族を直接見たわけでも、ましてや話しあったこともありません。書物などには、先程私が言ったようなことが書かれていましたが、それらを書いた方々の殆どが、実際に魔人を見た人ではないでしょうし、相手のことが分かるまで魔人と話し合った人なんて、この世に一人たりともいないでしょう」


 そうなのだ。歴史書ないし伝承において、“魔人とは悪である”と伝えられているが、どれもこれも確証が無い。人間は、他人を完全に理解することなどできず、例えできるのだとしても、それまでに要する時間は人が生きていられる間では不可能だ。


 たった一人の人間に対して、平均的な寿命の七十年を尽くしても不可能な“他者理解”が、常々一緒にいるわけでもなく、ましてや数百年単位での戦争時に生きるか死ぬかの戦いをしている魔人を相手に、完全に理解することなんて、果たしてできるだろうか?


 答えは単純。“不可能”だ。


 何度も戦争を起こし、人を超越する力を持ち、百年単位での寿命を持ち、戦争に参加した人間を殺し、魔王が勇者に敗れれば即撤退する。そうして何度も生きながらえて、魔王復活時にはまた襲い来る。


 こうして聞けば、確かに魔人は悪だ。しかしそれは、一部を除いて人間も同じだ。


 襲い来る魔人を大切な人や故郷を守る為に殺し、個々では劣る力なら、連携でそれを補って、屍の山を築きながら、多大な犠牲を出しながら、それでも人間と言う種全体の為に魔人を殺す。魔人が攻めてくるのだから、殺されても文句はない。その言い分は理解できる。だが結局は、沢山の命を殺していると言う点において言えば、人間も魔人も大差ない。


「ですので、ブラム様の質問に答えるとすれば、『何とも思わない』、でしょうか」

「何とも思わない? 本当に?」

「ええ。冷たいかもしれませんが、私は私の家族や知り合いが魔人に殺されたことがありませんし、魔人に恨みもありません。沢山の人間を殺してきたと言いますが、結局のところ、私や私の周囲に何か害があるまでは、他人事で済ませられてしまうんですよ」

「……それだけか?」

「そうですね……強いて言うなら、戦争なんてやめて、平和に暮らせればいいのに、とは思いますね」


 最後に今の人間には無理でしょうけど、と付け加えて、アルテナは言った。その答えに、ブラムは唖然とする。今まで、冒険者にしろ、宿屋の店主にしろ、露店のお兄さんにしろ、魔人に対しての言葉はいつも恨み言だった。


 魔人がいなけりゃ平和に暮らせるのに、魔王が生まれなけりゃ、魔人との戦争で無為な血が流れることが無いのに、魔人が、魔王が、魔人族が――


 祖先や同じ種族を数多殺されてきた人間からすれば、そういった思考に偏るのも自然なことだろう。事実、魔人にも人間を恨み、親の敵を討とうとする者が()()()()。寿命が長く、繁殖能力が人間に劣る魔人は、人間よりもより顕著に、恨みの感情が現れる。


 人間が数代前の戦いで死んだ先祖の為に恨みを晴らすなんてことはないだろうが、こうして魔人に対して恨みの感情を抱くのは、魔人が理不尽だということと、他者との調和を好む種族だからだろう。


 無駄に高いプラドが邪魔をして、個人の力で全を薙ぎ払おうとする魔人に対し、周囲と共になり、劣った力を組み合わせで強化する人間では、その根本が違う。


 だから、人間と魔人の調和なんて、不可能だと思っていた。


 しかし今、目の前にいる女の子は、他の人間と同じような考えを持っていながらも、自分の考えを披露してみせた。他人とは違うことを恐れずに、忌憚のない真っ直ぐな意見を述べてくれた。


 ブラムが随分と昔に切り捨てた理想に、再び火が灯されたからなのか、あるいはアルテナの心意気に感激したからなのか分からないが、気が付けば自然と口を開いていた。


「私の過去を、聞いてくれるか?」

「……ええ、聞かせてください」


 今日、自ら振った話題が、全て唐突なことに文句ひとつ言わず付いてきてくれるアルテナに感謝しながら、ブラムは星がちりばめられる夜空を見上げて語った。


「私は、エルフと魔人のハーフなの――」






【次回予告】

アオイの暴走を止めたアルテナとブラムは、焚火を囲みながら話していると、唐突にブラムが自身の素性を明かした。

ブラムが、アルテナ達が敵対する種族の子供であることを知り、驚きを隠せない。

だが、ブラムは驚くアルテナを信じて、そのまま話を続ける。


次回「魔人とエルフ」

次回投稿は、2/23です。

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