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異世界最強の翻訳家  作者: 高田大輝
第二章 共和国捜索と新たなる師匠
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4.Preparation (準備)

1/19日に、第二章3話「出会い」を投稿しています。

まだ読んでいないと言う方は、そちらから読むことをオススメします。





 アオイに刀を教えてくれることとなったブラムと一度別れ、今日と明日でそれぞれ旅に必要な準備をしてから北門に集合することになった。


 アオイ達の目下の目標は、大きく分けて二つ。


 一つは、アオイの実力アップの為、誰か師事できる人を探すこと。これは、ブラムが師匠になってくれることで解決した。


 二つ目は、再び森の捜索に出向いたときの食糧問題。前回もかなりの量を持って行っていたが、一ヶ月程度で底が尽きそうだった。


 今までなら一週間分ほどあれば余裕で足りていたのだが、ヴァル達の食糧が現地調達できないことと、この国で捜索する範囲は王国での捜索範囲とは比べ物にならなかったのが非常に痛手だった。北と東は、人の手が全く入らないので、アオイ達が一から十まで捜索しなければならないのだ。


 今度の捜索は、どれくらいの期間が必要になるか分からない。なので、食料の補充の必要が無くなるくらいに沢山の携帯食料を確保しておきたかった。一応、コージにもこの話をしているので、僅かな可能性だが何か策を用意してくれるかもしれない。


 ささやかな希望を抱きながら、アオイは取り合えず十二区全部の内区の店を巡った。携帯食料を確保するために、店を転々と渡り歩いているのだ。前回は、一つのお店にしか寄らずにいたので数が得られなかったかもしれないので、多くのお店に顔を出す作戦だ。


 この日は日が暮れるまで、ずっとお店巡りをしており、結果、一日で百店舗以上のお店を回ったが、どのお店も携帯食料こそあれど、数が置いてなかった。と言うのも、アオイがコージにお願いした結愛の捜索のお触れのお陰で、町の外を探す人が増え、外で活動するために食料を買い占められたのだ。


 手伝いをしてくれるのは非常に有り難いのだが、こうしてアオイ達の捜索に支障が出るとは思わなかった。読みが甘かったらしい。


 不幸中の幸いは、この国には缶詰が存在し、それが携帯食料の代わりになることだった。缶の分重くなるのが難点ではあるが、味が飽きないと言うのは携帯食料よりもいい。結果オーライだった。


 前回の反省点を踏まえ、食料の入った袋を移動の邪魔にならない程度に増やし、その他寝具や細々とした道具を揃えるのに二日目を使った。


 アルテナ達は明日からの旅に備え、個々人で必要になりそうなものを揃えておくよう指示をして、一旦別れる。宿はいつもの場所なので、夜になれば帰っているだろう。


 一人になったアオイは、コウキと色々な話をするために武具店地下の工房にも顔を出した。一階二階は顔を覚えられていたお陰でスルーパスだった。


 熱気に包まれた工房にいたコウキと、周りで鉄を打っている鍛冶師達に差し入れを渡しながら、コウキと対話した。刀の制作状況から今の国の状況など、幅広い会話をしていたので、全く飽きなかった。


 途中、コウキは思い出したような素振りを見せると、一つの宝石を差し出してきた。


「これやるよ」

「これは?」

「それはそうだなぁ……言っちまえば“付与”宝石だ。中に込めてあるのは、“鍛冶”。不思議なことに、それを使うと使用者の意のままに武具の修理が出来ちまうんだ」

「それって結構高価なんじゃないか? こんな高価な物、ポンッと渡して大丈夫なのか?」


 この宝石はコウキの説明に従うと、一つあるだけで武器の刃毀れや手入れなどが必要なくなるということになる。意のままに修理できるとは、そういうことだ。


 だからこそ、アオイはコウキの神経を疑ったのだが、コウキはあっけらかんとした様子でアオイの背を叩いて答える。


「こまけぇこたあいいんだよ! 使えるのは一回だけだから、使用するときは後悔の無いようにするんだぜ?」


 背中を叩かれ咽るアオイに、これまた何気ない様子でコウキは良い放った。こういう大雑把な性格も、きっと信頼を寄せられる要因なんだろうと思う。


 周囲で鉄を打っていたコウキの同僚の鍛冶師達から、大変だなぁと言った同情の視線を貰いながら、アオイは感じていた疑問を口にする。


「そう言えば、“付与”宝石って言ったけど、この工房の中で誰か付与のスキル持ちがいるってことだよな?」

「ああ。俺と、そこの若いのが使えるぞ」


 貰ったばかりの宝石を示しながら尋ねた質問に、コウキは気負うことなくあっさりと言ってのけた。付与スキルはかなり珍しいと聞いていたので、こうもあっけらかんとされると調子が狂う気分だ。それに、この場にはその珍しいスキル持ちが二人もいると言う。


 視線を転じてみれば、そこには苦笑いを浮かべた若い鍛冶師がいた。まだ親分ほどうまく使えませんが……と腰を低くしながらそう謙遜した。


「“付与”スキルって希少スキルじゃなかったのか?」

「希少スキルには違いないが、たまたまこの場に二人いたんだろうな!」


 事の重大さを全く理解していないコウキは、ガハハ! と笑う。召喚者の武器や防具の為に身を粉にして付与をしている王国の魔道士さんに申し訳ない気持ちを抱きながら、コウキに尋ねてみる。


「付与したらもっと儲かるだろうにさ……何で“付与”した武器やら防具を作んないんだ?」

「……」


 思ったことを口にしたら、突然、周りの雰囲気が変わった。鉄を打つ音が止み、心なしか周囲の温度が下がったように思う。もしかしたら、何か聞いてはいけないことでも聞いたのだろうか? と不安が込み上げてくる。


「もしかして、過去に“付与”絡みで何かあった……とか?」

「いや、そう言うわけじゃない。ただまぁ、なんつーか、付与の武具を作らないのは、俺のプライドみてーなもんだ」

「プライド……」

「武器ってのは、言っちまえばただの鉄塊だ。あぁ、鉄じゃない武器もあるだろっつーツッコミはなしな? ……そんな鉄塊だが、そいつにとってはかけがえのない相棒になることだってある。“付与”は確かに凄い。たった一つ付けるだけで武器の威力を増せるし、防具の強度を上げることだってできる。価値は当然、跳ね上がるわな。……でも、“付与”が施された武器は、そこしか見られねぇ。鍛冶師達が丁寧に鍛えた金属や、細工師が凝らした意匠にも、目はむけられにくくなる……一職人として、それは嫌だ――ってのが、俺のちんけなプライドだ。笑っちまうだろ?」


 コウキは似合わず自身を卑下するようなことを言いながら笑った。


 確かに、自身が持ちうる能力を最大限行使すればもっと高みに行けるだろうし、名も広められるだろう。収入は今まで以上に膨れ上がるだろうし、国からの依頼なども請け負うことだってあるかもしれない。ましてや現状、付与術師が稀で“付与”が必要とされているのだから、国が知ればコウキと言う人物の技能は欲しがるだろう。


 でも、それはコウキ自身が嫌だった。


 武器としての価値を引き上げる“付与”は、同時に武器単体の価値から目をそむけてしまうと言っていた。きっと、過去に経験があったのだろう。


 自身が鍛えた武器に“付与”を施し、かなりの一品を売っていたら、その武器の価値は“付与”で決まってしまった出来事があったのだろう。そこには、武器に凝らした工夫や、鍛え上げた鋼の美しさ。普段なら向けられているような小さなものが、たった一つの“付与”にかき消されてしまったのかもしれない。


 アオイの想像したような過去が無くとも、もしかしたらこうなるのかもしれない。


 “人が想像出来得るものは、人が為し得ること”


 昔、テレビだったかネットだったかで聞いた言葉。アオイに想像できたのだから、きっとコウキにだって想像できたに違いない。こうした末路があると分かってしまったからこそ、鍛冶師として、コウキは“付与”をしなくなったのだろう。


 コウキの言い分は、何となく、分からないでもない。自身の努力の全てを見て欲しい訳ではない。ただ単に、こういう努力もあったよと、分かって欲しいだけ。ただ一つの大きな努力に隠された、小さな努力を蔑にしたくない、という至極当然な気持ち。


 コウキに一つ間違いがあるとすれば、それは明確だ。


「何言ってんだよコウキ」


 卑下する笑いを浮かべるコウキに、アオイは少し口調を雑にして言う。


 アオイの目論み通り、いつもとは調子の違うアオイに驚いて、コウキは目を見開いた。その様子を見ながら、アオイはコウキの間違いを正す。


「別に、コウキにどんな思いがあって、どんな理由があって“付与”をしないのか、って言うのは、コウキの勝手だ。プライドって言うのは、他人に強制されてどうこうなるもんじゃないからな。だけど、それをおかしいと笑う人だって、得られる富を想像して、何やってんの? と思う人だって、当然いるだろうさ。……でも――」


 身振り手振りを挟みながら、自論を展開する。一度、言葉を切り、深く息を吸い込んでから、丁度上げていた手から人差し指を立て、ビッ! とコウキに向けて、振り下げる。


「そのちんけなプライドを、お前だけは笑っちゃいけないだろう!? 他人に何を言われても、どう思われても、自分だけは! そのプライドを笑っちゃいけない! 自分が正しいと思っているなら、そのプライドは例え意中の人に笑われたとしても! 守り抜かなきゃいけない! それがプライドってもんだと、俺は思ってる」


 コウキが間違ったのは、ちんけなプライド、と卑下したことではない。そのちんけなプライドを笑ったことだ。もしかしたら、プライドなんて恥ずかしいことを言ってんなと自覚して出てきた、照れ隠しの笑いだったかもしれない。


 だがもし、そうだとしても、自分だけは笑ってはいけない。プライドは、誇れるものでなければならないのだから。


 だが、アオイが豪語したこの現状。もし照れ隠しの笑いだったならば、もはやその必要はなくなった。なにせ、もっと恥ずかしいことを、大声で言い放った馬鹿がいるのだから。


「そうだな……お前の言う通りだ。俺は、どうやらちっちゃくなっていたようだ」


 コウキはそう言って、右手に握り拳を作ると、迷いなく自身の頬へとそれを叩きこんだ。全力で振り抜かれた拳は、きちんとコウキの頬を捉え、打撃部を赤く膨れ上がらせた。


「――これで、過去の弱い俺はぶん殴れたか……」

「何してんだよ、全く」


 あまりに唐突な出来事で、止める間もなかったが、その理由は分かっていたので、一言、呆れ混じりにそう言うだけで、特に何もアクションは起こさなかった。


 ただ一つ、小言を言わせて貰うとすれば、威力の調整はした方が良い。明らかに、自分を殴る威力じゃなかったので、以降気を付けたほうがいい。尤も、今後自分を殴るなんてことが起こることは、殆どないだろう。


 そこからは、場の雰囲気も盛り直し、エレベーターで降りてきたアオイの接客をしてくれた元気な少女――リンが、少しだけ工房を包む雰囲気に圧倒されていたが、特に何事もなく時間は過ぎて行った。


 アオイは、刀の手入れの方法や手入れに仕える素材を貰ったりした後に、工房を後にした。まだ太陽は高かったが、もうこれといってやることもなくなった。なので、いつも通り情報収集に励むことにした。


 前回、コージが部屋に色々と書物を用意してくれると言っていたので、コージから直接話が聞けなくとも、用意してくれるであろう書物から情報収集が出来るので、内一区から地下鉄を使い十三区に移動する。


 本来なら、十三区に上がる前に面倒な手続きが必要になるのだが、コージから貰っている徽章のお陰で特に何事もなく十三区に入った。


 すっかり通り慣れた道を歩いて、コージとの対談室代わりに使っている『総理大臣待機室』に辿り着く。ノックしたが、返事が無かったので勝手に入らせてもらう。


 一面の壁には、新たに本棚が追加され、その中には色々なタイトルが書かれた本が沢山詰まっていた。言葉通り、コージは用意してくれていたようだ。アオイは直ぐに捜索に出掛けると言っていたので、後回しにしていて用意していない、という展開も予想していたので、嬉しい限りだ。


 心の中で感謝しつつ、アオイは一冊に手を伸ばす。タイトルは『歴代勇者と歴史』。タイトルから察するに、勇者の歴史について書かれているのだろう。


 未だ、謎多き勇者。アオイ達を召喚する羽目になった要因とも言えるので、出会う機会があったら文句の一つや二つや三つや四つ、言ってやるつもりだ。


 重厚な表表紙を開き、一枚目を捲ると、目次が書かれていた。上から、初代勇者、二代目勇者、三代目勇者と並び、最後が百十代目勇者となっていた。この冊子が最新のものだとするならば、きっと今代と呼ばれる勇者は百十代目なのだろう。


 区切りが良いな、と思いながらページを捲る。目次通り、そこにあったのは初代勇者のことだ。と言っても、事細かに記されているわけではなく、大雑把なものが多かった。勇者は人に素性を明かさないらしいので、この執筆レベルがこの後も続くのだろう。


 こうは言ったが、そこそこの情報は掛かれており、ザーッと見ていった限りでは、女の勇者は一度も出てこなかった。最近の異世界モノでは女勇者はよくある展開なのだが、この世界では適応されないらしい。


 最後のページまで来ると、そこには小さな文字で一文だけ書かれていた。


『世界が真実を思い出した時、平和は訪れる』


 意味が分からず、首を傾げる。意味は、言葉通りなのだろうが、何故これがこんなところ(さいごのほう)書いてあるのかが分からない。


 次のページに合った注釈を見ると、どうやら初代勇者が遺したメッセージのようなものらしい。特に意味はないが、なんとなしにこうして記しているらしい。


 つくづく、初代勇者は不思議な人物だと、この本を読んで、アオイの中で初代勇者がまた闇に包まれた。


 その後、ドリンクサーバーから飲み物を補給しながら、本棚にあった本を読み耽っていた。気が付けば、六時を回り、当たりも暗くなっていた。丁度、本を読み終えたので、今日はこの辺にしておくことにした。


 読んでいた本を本棚に戻し、紙コップを潰してゴミ箱に放る。狙い違わず紙コップはゴミ箱に入り、それに満足して唯一の出入り口である扉を開いた。すると、突然扉が開いたことに驚いた気配がした。


 開かれた扉から顔を出してみれば、そこにはスーツに身を包んだ男が三人立っていた。それぞれ、のっぽ眼鏡と、小太りと、特徴の無い男だ。三人は一様に驚いた表情で、アオイのことを見ている。ここを通りかかったタイミングで、アオイが扉を開けたので吃驚しているのだろう。


 こういう時の為にも、扉は内開きの方が良いだろう、と設計者に心の中で文句を垂れながら、三人衆に驚かせてしまった謝罪をする。


「あ、ごめんなさい。いきなり開けたんで、ビックリしましたよね?」

「……あ、ああ。大丈夫だ。気にしないでいい。……それより、君はそこで何をしているのかね? そこは総理大臣用の休憩室だと思うが?」

「あー……」


 欲を言えばこのまま何事もなく帰りたかったが、そうは問屋が卸さないらしい。特徴の無い男が、警戒心をたっぷりと孕んだ視線をアオイに向けてくる。


 想像できる展開だったので、それ自体に驚きはしなかったが、さてコージとの関係をどう説明しようか、と考えていると、それを言い訳を考えていると勘違いされたのか、男達に取り囲まれてしまう。


「これって、もしかしたら総理を辞任させるチャンスでは?」

「ああ。こいつを捕え、休憩室に怪しい人物を匿っていたと言えば……」


 小声で、何やら不穏な会話が繰り広げられている。その言葉の意図は分からないが、取り敢えず、コージに迷惑がかかるということだけは分かり、反射的に口と体が動いていた。


「俺は、怪しいものじゃありませんよ! ……ほら、これで証明できるでしょ?」


 ポケットから徽章を取り出して、男達に見せる。特徴の無い男はそれを見ると、一瞬驚いた表情を見せたが、直ぐに取り直すと、子供を叱るような口調でアオイに話しかけてきた。


「ダメだろう? それはおもちゃじゃないんだ。怒らないから、どこで問ったのか白状しなさい」


 否。子供を叱る口調ではなく、悪戯をした子供を嗜めるような、舐めきった口調だ。アオイの言い分は聞かず、大人の都合だけで話が進められるこの感じ。小学生が必死に違うことを弁明するが、先生にも親にも分かってもらえない、そんな心境だ。


 このままでは恐らく、徽章を没収されたうえで、どこかに突きだされるような未来が見えるので、どうにか回避しなければならない。慣れないことだが、コージの為に必死に頭を回転させ、この場を脱する方法を模索する。


 しかし、アオイが解決方法を見出す前に、光明の光が差し込んだ。


「何をしているのですか?」


 凛とした、女性の声だ。振り向けば、そこには眼鏡をかけた如何にも出来る女、と言った様子のスーツ姿の女性が立っていた。身長は女性にしてはそこそこ高く、ヒールを履いているのでアオイと目線がほとんど同じだ。


 目を引くのは、何と言ってもスーツの上だからこそはっきりと形になっている胸部だろう。現に、小太りの男とのっぽ眼鏡の視線は、女性のそこに吸い寄せられている。


 特徴の無い男だけは、油断なく女性を見据えている。


「これはこれはリンカ・ツヅキさま。いやなに、大したことではないのですよ。ただこの少年が総理の待機室から出てきましてね。少し事情を聞いていたところです」

「……」


 女性は、特徴の無い男の言い分を黙って聞いていた。せっかく差し込んだ光明だが、女性の醸し出す雰囲気に当てられて思うように動けない。女性は、男の話を聞き終えると、スッと目を細めアオイのことも凝視してくる。


 何もやましいことはしていないのだが、肩が少しだけ跳ねた。目を細めたまま、女性はアオイに歩み寄る。ポーカーフェイスを維持できているか不安になりながらも、アオイは女性から目を逸らさないで耐えた。


 そして、アオイの眼前まで来て、もはやキスできるレベルまでの至近距離まで来ると、そのままじーっとアオイの瞳を覗きこんできた。脳内にたっぷりと疑問符を浮かべているアオイを他所に、女性は突然顔を綻ばせると、笑顔で言った。


「これはアオイ様ではありませんか! クラウチ様からお話は聞いております。本日はどのようなご用件で?」

「…………あー、えっーとね。今日はコージさんとお話に来たんだけど、どうやら日付を間違えたみたいで。帰ろうとしてたら、丁度ここでこの人達に捕まってね」


 かなり長い沈黙の後、女性が助け舟を出してくれていることを理解したアオイの脳は高速で回転を始め、言い訳らしい言い訳を懸命に考え、説明口調で口に出した。大根芝居も良い所だが、騙せることを祈るしかない。


「……」


 特徴の無い男は、アオイの言い訳を黙って聞き、吟味するようにしばらく何も言わなかった。だが、それも長くは続かず、直ぐに口を開く。


「なるほど、総理へのお客様でしたか。そうとは知らず無礼を働いてしまったこと、何卒、ご容赦ください」


 ここで、そんな芝居には騙されないぞ! とか更なる一悶着あるかも、と危惧していたが、特に何事も起きずに済みそうだった。特徴の無い男は謝罪を旨を伝え、頭を下げてきた。のっぽ眼鏡と小太りの男も、それに倣って頭を下げる。


 取り敢えず、別段責め立てるようなことでもなく、これ以上根掘り葉掘り聞かれても面倒なだけなので、大仰に頷きながら男達を許した。男達は、アオイに礼を言い、最初からは考えられないくらい平身低頭になりながら長い廊下を歩いて行った。


 姿が見えなくなってから、アオイは女性に向き直り、感謝を口にする。


「ありがとうございます。助かりました」

「いえいえ。クラウチ様からお話を聞いているのは本当なんですよ? ただ、実際に出会った事が無かったですので、本人かどうかの区別をつけさせてもらうために一芝居打たせて頂きました」

「そう言えば、何であの時自分の顔を? 特徴のあるほくろとかもないはずですが……」

「ああ、それはですね」


 女性は眼鏡を外し、自身の瞳を指差す。


「私は、至近距離で相手の瞳を見ると、その人のことが――はっきり言いますと、ステータスが分かるんですよ。見ることのできる範囲は瞳を見ている秒数で変動しますが、名前を確認するなら一秒程度で。レンズを通すと、その能力が若干ですが阻害されてしまうので、阻害が及ばない程度まで近づかせて貰いました」


 メガネのレンズをアオイに向けて、指でレンズに度がない伊達眼鏡であることを示しながら、リンカはそう言った。能力の制限がある中でのあの行動だったらしい。


「なるほど、そう言うわけでしたか。助かりました。ありがとうございます」


 再度、アオイは感謝の気持ちを述べる。すると、リンカはクスッと笑いだした。


「あの、何か?」

「いえ。ただ、聞いていたとおり物腰の低い方で、もうクラウチ様の仰っていたことがまるまるどの通りだったことに驚きまして。こんな世界で働いていると、あなたのような態度は珍しく感じるので、つい」


 少し話をしてわかったが、リンカさんはコージの秘書を務めている女性で、国会議員も務めている、凄い人だった。最近は、色々と面倒事もある政界だが、娘とアオイの事を話しているときのコージは、いつもはしない眼をするらしいので、ずっと会ってみたかったそうだ。


 その感想が、先程の笑いに繋がっているようだ。そうと分かれば、納得だ。


「では、そろそろ自分は行きますね」

「あ、少し待ってください。クラウチ様から渡して欲しいと預かっている物があるんです」


 リンカはそう言うと、スーツを開いてスーツの上からでも分かった豊満な胸をワイシャツの上から晒すと、気にした様子もなく内ポッケから四角形の布で作られた袋のようなものと、一枚のコインを取り出した。


「……本当に、あの人たちの視線は気持ち悪いですよね」

「あ、えと……すみません」


 アオイの周りにいる人は基本的に慎ましいお胸をしているので、リンカのような俗にいう巨乳や爆乳と言うのは、アオイが男である以前にどうしても気になってしまうのだ。


 無意識的に魅入ってしまっていたのが、リンカにバレ、リンカがアオイの視線から思い出したように呟いた言葉で、自分が責められているような気分になり、反射的に謝罪の言葉が出てきた。


「あっ、いえ、アオイ様のような好奇心の視線は慣れているので、気にしないでください。あの人たちは、舐め回すような厭らしい視線なので、純粋に気持ちが悪いだけです」

「慣れていても、気分を害してしまうこともあるでしょう? 本当にごめんなさい。以後、気を付けます」


 アオイには、家が隣の優秀な幼馴染がいた。その優秀さは近所の人も知っていて、よく一緒にいたアオイにも、悪気など全くない純粋な気持ちで期待が向けられていた。当時のアオイは人見知りで、その期待が重かった。今でこそ慣れはしたものの、やはり気分はよくない。


 リンカの気持ちを察せられたからこそ、アオイは謝った。“自身がされて嫌なことは他人にしない”のが、アオイのポリシーなのだ。過去は変えられないが、未来は変えられると信じるアオイは、一度犯した過ちを二度と繰り返さないための、自身に対する戒めの謝罪だ。


 リンカはそんなアオイの行動に目を丸くしたが、直ぐに笑顔になると「では、次からは気を付けてくださいね?」と悪戯っぽく笑った。なんだか、また女性に気を遣わせてしまった気がする。きっと、女性に敵う日は一生来ないな、と内心ぼやく。


 気を取り直して、リンカは取り出した四角形の布とコインをアオイに差し出し、それが何かの説明をしてくれた。


「これは、一昔前に流行したコイン型の御守りを入れるコインケースです。現代での使用も考えてあり、財布としても使えるようになっています。こちらは、“精神支配耐性”の効果が“付与”された御守り型のコインです。クラウチ様の旧友に作って頂いた代物ですので、効果のほどは私が保証します」

「……凄いですね」


 しっかりとした形のある布の内側に、四枚ほどコインが入れられる部分があり、大部分は金貨などを入れることを想定した造りになっていた。リンカの説明の通りである。


「この御守りは、具体的にどれくらいの効力があるか分かりますか?」

「そうですね……。私は“付与”に詳しい訳ではありませんから、あくまで一般の製品との対比による推測になりますが、恐らくそのコインを中心に五メートルほどは効果があると思われます」


 五メートルと言えば、アオイを囲んでも余りある効果が期待できる。コージの旧友というのはコウキだと思うので、“付与”自体は本物だろう。きっとリンカが説明してくれた効果で、間違いはないと思う。


 受け取ったコインケースを仕舞おうと、リンカに倣い胸の内ポケットに手を突っ込むと、中から一枚のコインが出てきた。


 そう言えば、召喚された日の朝に、御守りとしてお婆さんから貰ったコインを、文字通り御守りとしてずっと身に着けていたんだった、と思い出した。今のところ、効果を発揮している風には感じないが、これも御守りであることに変わりはないので、一緒にコインケースに入れて内胸ポッケに仕舞う。


「では、俺はこれで行きますね。

「はい。引き留めてしまってすみません」

「あ、そうだ。コージさんに伝言良いですか?」

「何なりと」


 アオイの予定はコージも知っていた方が良いだろう。アオイが手伝ってもらう以上、出来るだけアオイの情報はあった方が、コージも楽だと思ったのだ。


「しばらくの間、町の外で探索します。多分、次帰ってくるときは、王国に戻る時なんで、その時は一度挨拶に来ます。期間的には、また一ヶ月ほどになると思います。そう伝えてください」

「はい。しっかりと伝えておきます」


 最後にリンカに礼を言って、アオイは議事堂を後にする。


 その足で、宿に直帰する。工房で貰った道具類もあったが、大したものは入っていないので、部屋に戻るなり鞄に詰めた。これで、明日は朝に着替えるだけで準備が完了する。


 アルテナ達の気配が無いので、恐らくまだ帰ってきていないのだろう。一人で夕食を取るでも良いが、せっかくなら皆で取りたいと思い、先に風呂に入ることにした。湯を沸かし、体や頭を洗ってから湯船に浸かる。


 はぁあああああ、と情けない声を上げながら、今日あった出来事を振り返る。


 買い物に出かけ、工房でコウキに説教し、本を読んだ後に一悶着。


 結構、濃い一日を送ったのではないだろうか。結愛が戻ってきたら、こんなことがあったんだぞーって話のタネにできるだろうか……と、ふとそんなことが頭をよぎった。


 アホらしい考えに頭を振り、そんな未来は、実際に起こってから自分の目で確かめる出いいか、と思い、風呂から上がる。体を拭いて、部屋で涼んでいると、部屋の外がにわかに騒がしくなった。


 一分も経たないうちに、部屋の扉が開いて、アルテナ達が帰ってきた。先に風呂に入るよう言って、アオイは先に夕食のホールに降りる。この時間帯は混んでしまうので、席だけでもとっておこうと思ったのだ。


 アオイの予想通り、ホールはとても賑わっていた。どこか空いているテーブルはないだろうか、と辺りを見回すと、遠目にブラムが座っているのが見えた。どうやら、同じ宿に泊まっているらしい。何かの縁だと思い、アオイは確認を取ってからブラムのいるテーブルに座った。


 十分程度でアルテナ達も到着し、全員で夕食を食べた。


 どことなく、ブラムの表情が明るくなっているように感じられたので、何故か、仲間が褒められているような不思議な気持ちになり、気分が良かった。


 こうして、良い気分のまま、この日を終えることが出来た。


 明日から、また結愛の捜索が始まる。行方不明からもう二ヶ月が経っているが、まだどこかで生きていると言う希薄な望みに掛けて、明日からまた捜索するのだ。


 憧れていた睡眠ストックの為に、アオイは今日も睡眠をとった。






 そしてアオイは、再び夢を見る――





【次回予告】

どこか見覚えのある光景を前にしたアオイは、目の前に現れた女性の起こす怪奇に翻弄される。

その末路として、アオイは加護を前に必死に耐えてきたシュヴァルツ・ノヴァの過去を視る。

ヴァルの過去を知ったアオイは、誰も知らないヴァルの功績を褒め、涙を流すヴァルを落ち着かせるべく、町を歩く。

その後、落ち着いたヴァルは、突拍子もないことをアオイに言い放つ――


次回「成長」 次回投稿は、2/2です。

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