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異世界最強の翻訳家  作者: 高田大輝
第一章 召喚と王国捜索
24/38

24.Uneasiness (不安)

祝日投稿、天皇誕生日です。

一章のストーリーはこれで終了になります。

最後の方を慌てて書いたので、雑な内容になっています。

ですので、なるべく早めに書き直します。


明日のクリスマスに一話、次に土曜日に翔達の話を投稿し、一章を終了する予定です。





 足早に帰ってきたので、夜が訪れる前にサンタクルへと帰ってくることに成功した。


 ヴァイが子供達に振り回された上、帰路を急ぐために更に走らされ、疲労具合が半端ではなかった。鈍感なアオイが分かるほどに、表に顕著に表れていた。


 なので、今日はゆっくり休ませることをアルテナから命じて貰い、今度その要因となったアオイの言いつけに対する褒美か何かを渡さなきゃな、と思案する。


 ヴァル達に夕食を運んでもらったので、それを食べたらあとは勝手に寝るだろう。ヴァイに対する褒美を何にするかの思考は一先ず後回しにし、アオイとアルテナは食堂で夕食を取る。


 孤児院で食べた昼食に負けず劣らずの美味しい料理で腹を満たし、満足したアオイ達は部屋に戻る。


 いつもの通り風呂に入り、アルテナが寝付いたのを確認してから、アオイは鍛錬を開始する。ただし、アオイの意識は、いつもより一段と高くなっていた。


 と言うのも、次いつ白狐のような強力な敵が現れるか分からない。あの時はよく分からないが対処できたが、次も上手く行くと言う保証はない。


 なので、それに備えて汎用性の高い魔力の総量を増やしておく。アオイはアルテナの母のような未来を視る能力はないので、いくつもの可能性を考えて行動する。でなければ、また後悔してしまう結果になってしまう。


 その決意を胸に、アオイは静かに魔力量上昇の鍛錬を始める。




 * * * * * * * * *




 いつもよりも多く魔力を枯渇させたアオイは、座りっぱなしで鈍った体を解すために庭に出ようと部屋を出た。庭にはヴァル達もいるので、体を解し終わる頃にはちょうど良い時間になっているだろう。


 そう考え、庭に出るために食堂を通ろうと階段を下りた。


 最初にこの宿に泊まった時は、この時間は誰もおらず静謐な空間だったのだが、この日は違った。


 食堂の椅子に座り、頭を抱えている人影を見つけた。まだ空は暗く、明りはその人影の近くにあるランプだけで、よく見えない。


 アオイが下りてきたのを察知したのか、その人影はこちらを振り向いた。ランプの光が微妙に届いておらず、顔がよく見えない。


「起こしてしまいましたか?」

「……ポーラさんですか?」


 人影は落ち込んだ声で、アオイに尋ねる。顔は見えなかったが、声から人影が誰かを予想した。アオイの予想は当たっていたようで、ポーラは頷く。


「何かあったんですか?」

「いいえ。大丈夫、少し気が参っていただけだから」

「……よければ話、聞きましょうか?」


 ポーラの座る席に近づいて、そう尋ねてみる。ポーラには沢山お世話になっている。だからこそなのか、ポーラの発言を聞いて口を突いて出ていた。


 だがポーラはアオイの言葉を受けると、首を振った。そして、弱った声音でその理由を述べた。


「お客様であるアヤノさんが、そんなことをする必要はないんですよ。ただ私がお客様の前で弱気になってしまっただけですから、気にしないでください」

「そうですか……。では俺は、お客様としてではなく、一人の知人としてポーラさんの話を聞くことにします。それなら、問題ないでしょう?」


 ポーラはアオイが客だから、と話をするのを拒んだ。それは、多分アオイを面倒事に巻き込みたくないと言う優しさからくる理由だと、何の確証もなく思った。


 だから、アオイは自分が正しいと信じて、ポーラの言い訳に当てはまらない方法で、ポーラの話を聞こうとした。


 だがそれは、やはりポーラの目から見れば不思議に映るようで、疑問符を頭上に浮かべながらアオイの真意を尋ねる。


「……どうして、そこまでしてくれるんですか?」

「簡単ですよ。俺はあなたに助けられたからです」

「……私がアヤノさんを助けたことなんて、ありましたか?」

「ええ。例えば俺がこの宿に初めて来たとき、お弁当をくれたこととか、ここの常連さんに絡まれているときに仲裁に入ってくれたりとか、あとは、この宿を造ってくれたとか」

「最初の二つはまだわかりますけど、最後のは少し意味が分かりません」


 アオイの答えに、ポーラはそう返した。アオイも言った後で、言い方が周りくどかったな、と反省し、違う言い方でポーラに伝える。


「ここの常連さんは今頃、各国に赴いて結愛の似顔絵を張り出してくれているでしょう。ポーラさんの仲裁があったので、この結果が得られましたが、それは元を辿ればポーラさんとポーラさんの旦那さんがこの宿を立ててくれたことで、あの常連さんと俺が会うことが出来ました。まぁ、もっと辿ればポーラさんが生まれて来てくれた――とか、面倒になるので省略しますが、とにかく、そんな理由でポーラさんには感謝してるんです。だから、そのお返しがしたいんです」

「……」


 アオイの話を終始無言で聞いていたポーラは、クスッと笑うと少しだけ晴れた表情を見せた。そして、先程と比較すれば、楽しそうととれる声で応える。


「そんな面白いことを言う冒険者は、あの人たち以来だよ。……お言葉に甘えて、少し話を聞いてくれる?」

「もちろんです」

「ありがとう。……私とジン――旦那は昔、冒険者をやっていたんだ――」


 ポーラとジンは所謂幼馴染と言うやつで、二人は生まれた時から一緒に成長してきた。


 王国で基礎的な知識を身に着け、本来なら普通の仕事に就くような道を歩いていた。


 だが十五歳のある日、ポーラの父親が事故に遭い、酷い怪我を負った。幸い、致命傷の怪我ではなく、現代医療で治せる怪我だったが、早めに治さなければ家計が崩壊してしまう。


 しかし、その怪我を治すには莫大な量のお金が必要で、ポーラの両親の貯金総額を足しても、母の仕事を手伝った程度で払えるような額ではなかった。


 でも、ポーラは自分を大切に育ててくれた父親が、怪我をしたまま、なんてことにさせたくなかった。ならば、と一攫千金が有り得なくもない冒険者になることに決めた。


 当然、両親からの反対が猛烈だったが、ポーラの意志は固かった。


 冒険者になれば、一攫千金があると言ったが、その可能性はほんとに微小なものだ。


 その上、普段の収入は自身の命を張ってようやく得られるものだ。ましてやポーラの固有技能は、“料理”と言う戦闘とは無縁の能力だ。我が子が危険を冒すことが分かっているのに、それを止めない両親は正常であればないだろう。


 ポーラが冒険者になるということを聞いて、幼馴染であるジンの両親もポーラを止めるために何度も声を掛けてきた。だが、実の両親ですら変えられなかった意思を、言ってしまえば他人であるジンの両親が止められるはずもなかった。


 だがジンの両親としても、ポーラは実の娘のような存在だった。そんな子が無茶をすると分かっていて止められないのは、悔しかった。このまま後悔する結果にくらいなら、とジンにも説得を頼んだ。


 ジンは普段から無口で、あまり多くを語らない人物だった。


 ポーラの説得をしに来た時も、特に変わった様子はなく、親から聞いて来てと言われたような言葉を、淡々と連ねていただけだった。


 そんな言葉が響くはずもなく、ポーラの意思を変えることは出来なかった。だがジンは、それは織り込み済み、とでも言いたげな様子で、ポーラの反論を聞いていた。


 そして唐突に、「じゃあ俺も冒険者になる」と言ったのだ。先に、冒険者になる! と周囲の反対を突っぱねていたポーラでも、その言葉には驚かされた。


「どうせ、ポーラは一度決めたら自分が間違っていると教えられない限り頑固として譲らないし、それならいっそ、安全を確保した上で早めに冒険者を止められるように動くべきだ」


 ジンは、ポーラと話し終えた後、両親たちにそう言い放った。


 その言い分に心当たりがあったのか、両親は反論できない。あれこれ、言葉を駆使して二人の冒険者進出を阻止しようと試みたが、結局二人は冒険者になった。


 色々は依頼をこなし、順調にお金を稼いでいた。能力にこそ恵まれなかったポーラだが、戦闘能力自体は優れており、ジンは“知覚速度上昇”という戦闘に有用な固有技能だったこともあり、異様なまでの成長速度で、ギルドのランクを駆け上がっていった。


 ものの一年程度で、目標額の七割を達成し、あと半年も経たない内には父の医療費を稼ぐことが出来るまでになっていた。


 色々な冒険者とも仲良くなり、他の冒険者の噂を聞いたり、逆にポーラたちが噂になっているとしり、嬉しいやら恥ずかしいやらと、色々あるが充実した生活が送れていた。


 そんな折に、二人はイレギュラーに見舞われる。


 いつも通り、魔物を狩りに出掛けていたのだが、その日は北の森へ出掛けていたのだが、目当ての魔物がおらず、少しだけ遠くに出向いた。だがそこには、目的としていた魔物だけでなく、様々な種類の魔物が混在していた。


 普通、魔物同士は出会えば逃げるか戦うかの二択だ。自身が生存するのには、その二択がよく選ばれるのだ。だが、ここにおいていえば、パッと見ただけで十種類はいる魔物の大群が、まるで誰かの命令でも待っているかのように整然と座していたのだ。


 異様な光景に、思わず声が漏れてしまい、その声は魔物に届いてしまった。魔物たちは瞬間的にポーラたちを外敵を断定し、排除行動に出た。


 訓練されていると錯覚するほどの連携で、ポーラたちを追い込み、何とか応戦する二人を嘲笑うかのように次から次へと魔物が溢れてきた。


 次第に疲労が溜まり、足元がおぼつかなくなる。そんな隙を、野性の魔物が見逃すはずがない。たった一瞬でポーラは魔物に倒された。


 肩に噛みつかれ、脚を踏みつけられ、腕には爪を立てられ、と悲惨なまでに蹂躙された。ジンも、ポーラの姿を見て、恐らく人生で初めて見た怒りを魔物にぶつけていた。


 その結果、十数体の魔物を倒すことに成功したが、やはり数には叶わずジンもポーラと同じように魔物に囲まれた。


 そんな幼馴染姿を見て、ポーラは自分が情けなくなった。


 両親の忠告を無視して、冒険者になると言った時、ジンが迷うことなく賛同してくれた時は、とても驚いたと同時に、嬉しかった。ジンなら頼れると、ジンなら心配ないと甘い考えで、頼り切ってしまった結果が、このざまだ。


 心底、情けなかった。


 だが、今のポーラにジンを助ける余裕はない。自分の身を守るだけで精一杯――否、痛みに耐えることで精一杯だ。


 走馬灯が、頭をよぎった。


 懐かしい思い出も、最近の思い出も、全部が一瞬で流れてきた。


 どうせ、今のまま蹲っていても、いずれ噛みつくされて死ぬだろう。ジンも、ポーラと同じような敬意を辿って、死亡する。


 だったら、最後くらい一矢報いたい。


 情けなさで後悔するくらいなら、嫌な思いをして最期を迎えるくらいなら、最後くらい思い通りにしたい!


 そんな考えが頭をよぎり、武器を手放し、腕も足もやられた、蹲っている自分にできる最大限を、ポーラは実行した。


「誰かぁああああああ!!! 助けてぇえええええええ!!!!!」


 まだ口は動いた。呼吸もできた。痛みは、過剰に出過ぎたのか、既に感じていない。


 だからこそ、全力で叫ぶことが出来た。恥も外聞もない。ジンを助ける為ならば、そんなもの捨てて行け。


 魔物も既に死んだと思っていた獲物の咆哮に、驚き攻撃を止めていた。


 だが、そんなことに構えるような余裕はない。こんな奥地に誰が居るとは思えない。それでも、可能性がある限り、その可能性に縋りたい。


 そんな思いに賭けて、ポーラは叫び続けた。


 次第にポーラの声に慣れ、寧ろ煩くなってきたのか、魔物はイライラの募った唸り声を上げてポーラの頭に噛みつこうと顎を大きく開いた。


 これで終わりか、とポーラは自分の最後を悟った。結局、最後の叫びも意味が無く、一矢報いることすらできなかった。


 ポーラの所為で巻き込んでしまったジンも、ポーラの所為で死ぬことになる。結局、後悔したくないと思っていても、後悔することになってしまった。


 こんなことになるのなら、ジンにしっかりとお礼を言っておけばよかったなぁ、と一粒の雫がポーラの頬を伝った。


 そんなポーラの心情など知る由もない魔物は、開いた顎をポーラの顔に近づける。そして、頭を噛み砕こうとそれを閉じる。


 だが、その魔物は顎を閉じることが出来なかった。


 何せ、噛みつこうとした次の瞬間には、首が飛んでいたのだから。


 驚きで言葉を失うポーラを他所に、当たりにいた魔物の首が次々に刎ねられる。その異様な光景を目の当たりにした魔物たちは、我先にと尻尾を巻いて逃げだした。


 目の前で起こっている光景がさっぱり分からず、ポカンとしているポーラの背後から冷たい液体が掛けられた。


 それを冷たいとすら感じられない当たりで、ポーラがどれだけ危機的状況にいたかが推し量れる。


 後ろから掛けられた液体の効果で、ポーラの傷が急速に癒えていく。ポーラが今まであまり使うことのなかったポーションだということが、その効果から推測できた。


 ポーラが背後を振り返ると、そこには黒髪の三十代前半くらいの女性がポーラのことを心配そうな瞳で見つめながら立っていた。振り返ったポーラの容体を見て、一安心と言った様子を見せると今度はジンの元へ寄り、ポーラと同じポーションを振りかける。


 ポーションの効果でジンの傷も回復していく。それを見た女性は、満足そうに頷くと、取り敢えず意識の有無がはっきりしているポーラに話しかける。


「あなた、大丈夫? ここが何処で、あなたが誰だかわかる?」

「……あ、えと、はい。私はポーラって言います。……あのっ、助けてくれて、ありがとうございます!」

「いえいえ、悲鳴が聞こえたから、慌ててきたのだけど、どうやら無事みたいでよかった」


 黒髪の女性はポーラに自身が来ていたコートを被せる。ポーラの服がボロボロに破れ、このままでは周囲の気温で低体温症になる可能性があると判断したからだ。


 女性が寸前まで来ていたコートなので、人の温もりが感じられた。その熱は決して高くないものの、今のポーラには周囲の気温など関係なくなるほどに温かいものだった。


「……あの、あなたは一人でここに来たんですか?」

「んーん、違うよ。ここには夫と来たの」

「旦那さん……ですか?」

「そう。ここにいた魔物の首を刎ねたのもあの人で、今は逃げた魔物を追っかけてると思うわ。……ほら、帰ってきた」


 女性が言葉と共に向いた方を振り向けば、そこには返り血一つ浴びること無く魔物の肢体を引きずってきた男性がいた。


「あっこら! 魔物の皮も売れるんだから、傷はなるべくつけないようにって何度も言ってるでしょ!?」

「いやだってさ、こいつら持ったら服が汚れちゃうじゃん」

「それくらい洗えばいいでしょう? 全く……こっちに来てから大切なモノが汚れたからって神経質になり過ぎよ」


 夫婦と言った二人の軽いやり取りの応酬が為されたことに、ポーラは心の底から不思議だった。


 冒険者で夫婦になることは珍しくない。寧ろ、よくある例だが、基本的に夫婦になったら冒険者業は引退する者達が多い。大切な人が出来て、わざわざ命を張りたい人はいないだろう。


 だから、夫婦で冒険者を続けていることが不思議だった。


 だがこの二人が現役冒険者だということよりも、場の空気の替わりようが不思議でならなかった。


 何せ、先程までここは死地だったのだ。ポーラもジンも、命を散らしてしまう覚悟でいたのだ。そんなことが現実であったとは思えないような軽口を叩きあう二人に、完全に傷の癒えたジンが歩み寄る。


「俺とポーラを助けてくれてありがとう」

「いえいえ、困ったときはお互いさまよ。気にしなくていいわ」


 無口なジンは最大限言いたいことを手短に纏めて伝えた。それを受けた女性は、何事もないように返す。後ろの男性も、うんうんと肯定の頷きを見せた。


 ポーラが何て優しい人達なんだろう、と驚きと感動をしていると、女性はそれより……と続けた。


「どうしてあんな数の魔物に襲われていたの?」

「……それがよく分からないんです。私達は冒険者の依頼でここに来たのですが、あまり目標がいなくて、仕方なく奥まで来たらあの数の魔物がここにいたんです」

「それは、最初から固まっていたの? あんな雑多な種類の魔物たちが連携を取れるとは、到底考えにくいけど……」

「最初から、です。私もその光景を見た時に面喰っちゃって、声を上げてしまったからあんなことに……」


 ポーラは魔物たちがたむろしている場面を思い出し、自身の犯した失態とそれが招いた結果がフラッシュバックし、吐き気を催す。口元を手で押さえ、胃の中の物が出てこないよう必死に抑える。


 女性が背中を擦り介抱してくれたので、醜態を晒すことはなかった。


「ポーラ、そこまで気にするな。ポーラが声を上げていなくても、俺が声を上げていたから」

「……ごめんね」


 ジンがポーラを気遣った言葉を投げかける。正直、それが本当かどうかなんてのは分かるが、それでもジンの優しさはポーラの心にじんわりと浸透していった。


 夫婦と会話をしているうちに、ポーラもジンも落ち着くことができた。


 まだ疲労が残っているだろうということで、夫婦が用意してくれた料理は冒険者御用達の簡素なものだったが、その時のポーラたちにとっては、忘れることのできないものだった。


「えっ、マヤさんってもうすぐ四十代なんですか!?」

「そうだよ。もう少し歳食ってると思ってた?」

「あ、いえ、寧ろその逆で、三十代前半くらいだと思ってました」


 ポーラを助けてくれた女性――マヤは、ポーラの発言に悪戯っぽい笑みを浮かべて質問をした。ポーラは驚きながらも、実際感じたとおりのことを言った。すると、嬉しそうな笑みを浮かべた。


 そんなマヤの反応に、旦那であるリョウはやれやれと言った手振りを行った。それが目に入ったのか、マヤはリョウに詰め寄り、今の反応の意図を問いただした。


「ちょっと? 今の態度は何なのかなぁ?」

「いや、そんな歳になってまで若いって言われて嬉しがるなんてなぁ、と思って」

「おいこら、誰が思ったこと口にしなって言ったんだ? うん?」


 そのやり取りは一触即発のように見えるが、雰囲気はやはり和やかなもので、同時に限りなく珍しいものだった。少なくとも、こんなに横断を言い合ったりする夫婦は、王国では見たことが無かった。


 こんなノリをしている冒険者仲間が居たことをふと思い出し、同時にその冒険者の出身地が隣国の共和国だったことを思い出して、一つ質問してみる。


「お二人は、共和国の出身ですか?」

「ん? あー、そうだね。そこで出会って、結婚してからかれこれ二十年くらいかな~」

「まだ十八年だけどな」

「細かい事はいいでしょっ!」


 ポーラの質問に、マヤは少し悩む素振りを見せてから答えた。その答えが気に入らなかったのか、潔癖症気味のリョウが訂正を入れる。


 女性であれば気にしそうな細かな訂正に、マヤは再びリョウに突っかかる。会話の度に、こんなやり取りが繰り広げられる。


 最初こそ驚いたものの、何度も似たような光景を見せられ、次第に慣れてきたことでそのやり取りの合間に質問を挟んでいく。


「でも、それだけ長い間結婚生活をしていたら、子供が欲しいとは思わないんですか?」

「……」


 ポーラの何気ない質問で、二人はそのやり取りを中断し、黙り込む。


 二人の予想だにしない反応に、無神経なことを聞いてしまったのかもしれないと、慌てて謝罪する。


「ごっ、ごめんなさい! そんなつもりはなかったんです!」

「いいよ、気にしないで。これは()()()()()()()だから」


 後悔と、少しの怒りが混ざったような、複雑な感情の籠った言葉だ。


 先程まで飄々としていた夫婦の雰囲気が、瞬く間に消え去ったことに罪悪感を感じ、ポーラも黙り込んでしまう。


 そんな雰囲気を吹き飛ばすように、マヤは話しかけてきた。


「あっ、そうだ! そう言えばポーラさんはお金に困ってるんだったよね? ここにいる魔物の素材を売ったら、足りるんじゃないかな?」

「えっ!? そんな、悪いですよ! だってこの魔物はマヤさん達が倒した魔物じゃないですか!」

「いいのいいの、気にしない。困ったお気はお互い様でしょ? ポーラさん達はお金が一杯で万歳。私達は人助けが出来て万歳。それでいいじゃない」

「……リョウさんは!? マヤさんの意見に反対ですよね?」

「いや、いいんじゃないか?」

「そっ、そんなぁ……」


 あまりに唐突で、冒険者らしからぬ発言に、いくら場の雰囲気が落ち込んだからって言うことではないでしょ、といらない旨を伝えたが、マヤはそれを受け取ろうとしない。


 ならば! とリョウにマヤの発言のおかしさを正してもらおうとしたが、リョウもリョウでマヤの意見に賛同の意を示す。そういえば、この二人は似た者同士だった! と今更ながらの感想を抱く。


 為す術が無くなり、隣で黙って会話を聞いていたジンに助けを求める視線を送る。


 しかしジンは、「こう言った好意は素直に受け取っておくべきだろう」と、マヤの提案を受け入れる体勢でいる。違うじゃん! と声を大にして反論したかったが、実際ジンの言葉にも一理あるように感じた。


 周りには敵しかいないことが判明し、正直なところ有り難い申し出でもあった。だが全額貰うと言うのは、流石に気が引ける。と言うより、そんなことをしたら、きっと一生後悔することになる。


 だから、魔物を売った額で、必要な額に達するお金だけを貰うということでマヤの提案を受けることにした。


 かなりの数がいた魔物は、解体しバラバラになったとはいえかなりの量があった。これを持ち運ぶのは例え力がある冒険者が四人いても難しいのでは? と感じた不安は、マヤの持っていた『空間拡張』のアーティファクトに収納することで解決した。


 何から何まで頼ってばかりな自分達が情けなくなった。


 一番近い町であるノインの冒険者ギルドに持ち込んだが、如何せん量が多すぎたので首都のギルドまで向かった。そこで驚かれはしたものの、換金を済ませ、マヤから必要な額を受け取った。


 その後、ポーラの父親の治療が開始され、無事治すことが出来た。


 その後、何回か一緒に冒険をしてわかったのだが、マヤとリョウはかなり強かった。ギルドのランクで言えば、全体で三桁しかいないとされる銅階級の冒険者だったのだ。


 それなのに、鼻にかけた態度はとらず、寧ろ新人の冒険者よりも礼儀正しい、近くで過ごしていれば、まずます不思議な存在だった。


 結局、マヤたちとは一ヶ月ほどで分かれることになったが、その一ヶ月でポらたちには新たな目標が出来た。


 それは、マヤが日帰りではない依頼に出掛けた時に漏らしたある言葉が切っ掛けでもあった。


『王国の宿は、質は良いんだけど風呂が無いのが駄目よね~。こうやって遠征から帰った日くらい、ゆっくり風呂に浸かりたいものだわ』

『大丈夫だ。一日二日風呂に入らなかったところで、お前の匂いは変わらん』

『ほぅ? どうやら死にたいらしいな?』


 いつもの如く始まったやり取りだが、マヤの言っていた言葉は本音だった。それは、実際に聞いたのだから間違いない。


 共和国の宿は、全てが個室風呂完備だと言う。それをしっているならば、その願いもおかしくないのか~、と父の治療費を払い終わり、もうすぐ冒険者を止めなければならなくなるポーラたちは、その話を聞いて、新たな目標を立てた。


 それは、宿屋を開くことだ。ポーラの能力はまるでこうなることを予測していたかのように“料理”だ。ならば、二人でマヤの言っていた風呂完備の宿屋を開いた。


 またマヤたちがこの国に来た時に、風呂が無くね嘆く事が無いように――


「もともと、二人の生き様を格好いいと思っていたし、恩人でもあったマヤさん達に、恩返しが出来たらいいなと思ってね」


 懐かしい思い出を思い出し、少し頬を緩ませながら、ポーラは語ってくれた。


 そのマヤとリョウがいなければ、こうしてアオイが風呂に入ることが出来なかったわけだから、どこか引っ掛かりを覚えつつ、心の中でまだ見ぬ夫婦に感謝する。


「でも、もうすぐ人魔大戦が始まるでしょう? 今回は魔王が強いらしいから、本当に幅広く戦力の募集がされているの。ジンも、それに招集されてね……。強制ではなかったけど、戦争に負ければ私達が恩を返す前に宿が潰れてしまうからって、今は昔の勘を取り戻すために共和国の『ダンジョン』に行っているの」


 今日――正確には昨日王から聞いた『ダンジョン』の話を、まさかここで聞くことになるとは、と変な偶然に驚きながら、ポーラの話を聞く。


「確かにランも、八歳にしてはよく働いてくれているけど、それでもジンが心配にならないわけがないじゃない?」

「……ちょっと待ってください?」

「? 何かしら?」


 喉に引っかかった小骨のような違和感は、今のポーラの発言に聞き逃せない箇所によってするりとすり抜けた。遮ってごめんなさい、と前置きし質問をさせてもらう。


「娘さんが八歳?」

「ええ、娘は八歳よ」


 とてもそうには見えなかった。中学生にしてはしっかりしているなぁ、と思っていたが、まさかその下を行っていると誰が思うだろうか。


「でも、制服着てましたよね?」

「ああ、あの制服は魔道学院の制服でね? あの学院は実力があれば年齢関係なく入学できるのよ」

「……それはまぁ、分かりました。でも、八歳にしては大きくないですか? それに対応とかも、到底八歳とは思えませんけど……」

「そうね、同年代の子たちと比べたら、かなり大きい部類に入るでしょうね。対応はまぁ、あの冒険者達を毎日見ていれば慣れても来るでしょう」

「……そうですか」


 学院のことは、関係ないと調べていなかった。学院と言うのだから、なんとなく中学生くらいだろうと、勝手に想像していた。


 どんな知識がどんなところで必要になるか分からないので、やはり要らないと思うような知識でも集めておくに越したことはないな、と少しだけ意識を入れ替える。


 昔見たアニメでとても年相応と思えない背格好の人が居たが、現実に似たような人を見ると、どうやら人間は絶句してしまうらしい。


 初めて知った、あまり身にならない知識だが、もしかすれば何かの役に立つかもしれない、と早速頭の片隅に留めておく。


「あ、遮ってすみません。続けてください」

「何か、ごめんね。――いくらジンが強かったと言っても、昔と比べれば歳も取ったし、ずっと戦いから離れていたから、勘を取り戻すのも大変だと思う。もし戦争に勝ったとしても、ジンが返ってこない可能性だって、信じたくなくてもあり得る。だから私は、ジンに戦争に行って欲しくない……」


 ポーラの話を最後まで聞いて、アオイはやはり、戦争なんて良いものではないな、と再確認した。


 こうして要らない悩みの種を抱える人もいるし、アオイ達のように巻き込まれる要因ともなった戦争なんて、無くなってしまえばいいと心の底から思う。


 だがポーラの悩みを聞いて、アオイが出来ることが何かあるだろうか?


 王に申請して、ジンに良い武器を渡す? それとも、騎士団の人に護衛してもらう?


 それでは戦争に向かう意味がないだろう。


 確かに、ジンの言い分も分かる。そもそも戦争に勝てなければ、人間と言う種は滅びる。そうなれば、恩返しも出来なくなるし、そもそも宿が潰れると言う原理もわかる。


 その判断は間違いではない。だが正しくもない、とアオイは思う。


 確かに恩返しは大切だ。だがそれに固執して、大切な人を悲しませてしまえば、元も子もない。


 だから、アオイは本心でポーラの悩みに立ち向かう。


「俺は、多分ポーラさんの悩みに対して出来ることは、ないと思う。そもそもここで何かできるなら、俺はこの場に立っていないから……」


 アオイがこう言った場面で何かできたなら、結愛と一緒に魔方陣に呑まれることもなかったかもしれない。


「でも、俺じゃなくて、ポーラさんなら出来ることがあるかもしれない」

「……私、なら?」


 ポーラの言葉に頷いて、指を立てながらアオイの考えを説明する。


「例えば、ポーラさんがこうやって冒険者の為の宿を続けながら、戦争を早く集結するように訴えるとしよう。そうすれば、ポーラさんの言葉に感化された冒険者が戦争に参加して、早く解決できるかもしれない」

「でもそれはっ――」


 アオイの言ったやり方では、まるでジン一人の為に他の誰かを犠牲にするとでも言いたげなやり方だ。


 人助けを格好いいと言ったお人好しの部類に入るポーラが、それを呑まないことは承知している。なので、ポーラの慌てた反応を手で制して、アオイは続ける。


「あくまで例えです。これ以外の方法があるかもしれないし、もしかしたらないかもしれない。でも、何もしないよりは断然いいです。一見意味のないものでも、思わない所で役に立つかもしれませんから」


 先程学んだばかりのことが、早速役に立ったのではないだろうか。


 何もしないなら、何かする。後悔するならやってから、がアオイの心情だ。それを強要するつもりもないし、そもそもこんなものでポーラの悩みが取り除けるはずがない。


 アオイがやったのはせいぜいよく見積もってアドバイスだ。下手をすればアドバイスにすらなっていない。


 だがこの際それはどうでもいい。ポーラがこれを聞いて、どう出るかが問題だ。アオイの言葉が響いてポーラが行動に出たら成功。それ以外は失敗だ。


 面倒事に首を突っ込む割には、あまり解決に貢献できていない気がするが、それがアオイクオリティだ。


「……ふふっ。何の解決にもなっていないじゃない、それ」


 笑いながら、ポーラはそう言った。その声音は、どこか晴れているような気がした。


「そうだね。悩んでいても、何も始まらないものね。ありがとう、少し楽になったよ」

「こんなので楽にできたなら嬉しい限りです」

「よしっ! じゃあ遅くなっちゃったけど、朝食の準備をしますね」


 ポーラは話す前とは打って変わり元気になっていた。


 アオイが何かしたわけでもないが、結果オーライだ。そう自分に言い聞かせ、本来の目的だった庭に出て、体を動かす。しばらく体操をしていると、庭で寝ていたヴァル達も起床したので、ポーラにヴァル達の朝食を頼み、部屋に戻る。


 シャワーを浴び、出発の準備を整えて朝食を頂く。


 三十分と経たず食べ終わり、ごちそうさまと言って席を立つ。


 その足で、宿を出ようとしたら、ポーラに呼び止められた。


「今日はありがとう。私も自分なりに、自分が出来ることを探してみるよ」

「そうですか。では俺も、ポーラさんに負けないよう頑張りますよ」


 少し砕けた言葉遣いで、ポーラは宣言した。なのでアオイも、特に理由はないが対抗する。


 アオイの言葉に、ポーラはふふっと笑うと厨房の方に戻っていく。ちょうど朝食の時間帯なので、今の強引に時間を作ってきてくれたのだろう。


 邪魔をしては悪いので、言葉を掛けずに宿を退出する。


 確か、ポーラさんの旦那さんはジンと言う名前だったな、と思いだし、アオイが個人的に気に掛けておくことにした。騎士団は流石に動かせないが、個人的になら問題ないだろう。


 眩しい太陽を手で遮り、アオイは考える。


 これから向かうのは、ちょうど『ダンジョン』のある共和国だ。


 やることが増えたな、とアオイはやらねばならないことを反芻しながら、共和国へと旅立った。





【次回予告】

とある年のクリスマス。

葵は色々な事情が重なり、一人でクリスマスの夜を過ごしていた。

そんな葵にある災難が降りかかり……!?


次回「とある年の葵と結愛のクリスマス」 次回投稿は明日の12/25です。

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