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異世界最強の翻訳家  作者: 高田大輝
第一章 召喚と王国捜索
18/38

18.Rumor (噂)

前話の次回予告を少し変更しました。11/23


 アオイ達がベガを出立してから、既に六時間が経過した。途中、お昼の休憩を挟み、それ以外は基本的に常時“身体強化”で走り続けたので、道のりの半分は走った頃合いだろう。


 自分のアホらしさにあきれたと言えば、“身体強化”を使用し走ることで体力も消費することを忘れていたのだ。“身体強化”のことにばかりに気を取られていたのが丸分かりだ。


 休憩を挟みながら走ったので、大事にはならなかったが、一つのことに集中しすぎる癖は直さねばならないと深く感じた。


 戦闘のような精密な思考をしてるわけでもなく、“魔力探査”と“身体強化”の“魔力操作”にだけ意識を向けられたので、四肢爆散の心配はなかった。街道が石畳で整備されていて、足元に気を使わなかう手済んだのも大きいだろう。


 この調子で行けば、夜の帳が下りるくらいには辿り着けると思っていたのだが、そう簡単にはいかなかった。昼食を取った一時間後くらいから、魔物に襲われるようになったのだ。


 “魔力探査”で周囲の状況を常に確認しており不意打ちはないとは言え、唐突にやってくる魔物と戦っていたので、時間をかなり浪費してしまった。


 襲ってきた魔物は、昨日も戦った熱角狼(ヒートウルフ)や、王国の街道付近で大きな被害を出す魔物として名を連ねる大爪熊(ネイルベア)、珍しいものでは南の山に生息する、空を飛び、風魔法を使う風刃鷲(ウィンドイーグル)が、タイミングを見計らったように次々と現れたのだ。


 アオイがヒートウルフ以外の魔物のことを知っていたのは、ポーチ購入後に依頼を受けた人が居ないかの確認の為に、ギルドへ立ち寄ったからだ。


 その際に、これから十の町を訪れることを報告したところ、サナが近辺に現れる魔物の情報のさわりの部分を教えてくれたのだ。対処法を知っていたので、楽に処理できると思っていたが、思っていたより疲労が溜まっていたのか、処理に手間取った。


 お陰で連戦を強いられたアオイ達は、より一層、体に疲労が溜まってしまった。走ることは問題ないが、二人ともが非戦闘職である以上、“魔力操作”に全霊を注がなければ体外へと魔力が放出され、直ぐに魔力が枯渇してしまう。


 だが失敗すれば四肢爆散というデメリットがあるので、無謀なことは出来ない。なので、大人しく休息を取り、その後“身体強化”で走ることにした。


 幸い、魔物はその三種以降襲ってくることはなくなり、アオイ達は警戒をしながら三十分弱の休息を取った。


 疲労も消え、再び走り出せるコンディションになったのを確認し、アオイ達は東の町――『アインス』へと向かった。






 夜の闇が空を支配してから、既に二時間は経過した。


 アオイ達は魔物との戦闘以来、順調に歩を進めていたのだが、町の光が薄らと見える距離まで来たところで、再び魔物に襲われた。


 襲ってきたのは、もう既に二度の戦闘を果たしたヒートウルフだ。


 流石に三度目ともなれば、倒し方の要領は掴めているので比較的簡単に倒せると思っていたが、現れた五体のウルフ共は今まで戦ってきた個体とは違い、連携が巧妙だった。


 非常に厄介だったが、ツノと爪に気を付けていればいいので、面倒で簡単ではなかったが、無傷で倒すことが出来た。


 本来ならば死体を町へと持ち帰り換金したいのだが、時間的に余裕がない。町はもう見えかけているが、今日は魔物によく襲われるので、ここは安全を取って身軽になっておくべきだと判断した。


 “身体強化”で走ったので、ものの数分で町に着いた。首都ほどの外壁はなく、五メートルほどの石壁と通行を管理する門があった。


「こんな時間まで魔物狩りか? それにしては獲物を持ってきてい無いようだが?」

「いえ、首都から来たんです。少し用があって」

「そうだったのか。鉱脈しかない町だが、ゆっくりしていってくれよ」


 門のおっちゃん衛兵と他愛ない会話をしながら、カードで内部への通行を認められる。


 そこからはギルドに顔をだし、ベガで出した依頼書をここにも張ってもらった。


 ギルドを出てから、一直線で宿屋で部屋を借りた。今日は流石に遅いので、この街を治める貴族の家に行っても、門前払いを喰らうと思うので、止めておいた。


 サンタクルのように個室に風呂はついていなかったが、大浴場のある宿屋を選んだ。


 値は張ったが、風呂に入れるのならそれくらい問題ない。一日の疲れを癒す、唯一の楽しみだ。


 ゆっくり浸かって、その後アルテナと共に夕食を取った。サンタクルと比較するとやはりグレードは落ちるが、十分に美味しかった。


 結愛の捜索は、明日から始める。


 アオイはこの後に行動しても大丈夫なくらいの余裕があるが、アルテナは体力面でも精神面でも持たないだろう。


 アオイが探しに行くと言えば、きっと無理をしてでもついてくるだろうし、アルテナを一人残して捜索に行くのも気が引けてしまう。


 なので、明日から捜索を始めよう。


 この街にもベガほどの大きさはないが、この街にも時計塔はあった。その時計塔からは、九時を知らせる鐘は鳴っていないが、アルテナはベッドで既に寝ている。


 流石に優秀な侍女のアルテナでも、今日の百キロランと、四回の魔物との戦闘は堪えたのだろう。これでも14歳の少女なので、もっと気を配ってやるべきだったと反省する。


 だが、今日の戦闘中は無傷で切り抜けられたものの、アルテナに気を配ってあげられるほどの余裕はなかった。


 もっと精進しなければいけないと、アオイはベッドに寝転がり、魔力量の上昇鍛錬を開始する――






 夜が明け始めた。体感などではなく、視覚的に――窓の外が白んできているので、それは確実だろう。


 そして、それを眺めているアオイは、今日も寝ていない。また寝るのを忘れてしまった。忘れたと言うよりは、なんか眠たくならないから鍛錬を継続していたら、気がつけば朝、と言った具合だ。


 そのお陰で、魔力の量が200を超えた。最後に見た時から25UPだ。少ないように見えるが、これは相当大きく増えている。


 分かり易く言えば、初級魔術を使うのに必要な魔力量は最低でも5くらいだ。つまり、その計算で行けば、アオイは魔術を五発も多く使えるようになったということになる。


 まだ魔術を覚えたわけではないし、そもそも非戦闘職なので魔道系を使うのが難しいので、まだ使う機会はないだろうが、いずれ使うかもしれないので増やしておいて損はない。


 魔力枯渇時の倦怠感にもだんだん慣れてきたので、これからはもう少し効率化できそうだ。


「おはようございます」

「おはよう、アルテナ」


 アルテナが三の刻の鐘が鳴る前に起床する。毎朝行っている挨拶を行ったが、今日はアルテナの反応がいつもと違った。


 少しばかり、アオイの顔をジッと見つめたのだ。


「本日も眠られていないのですか?」

「目の下にクマとかできてる?」


 召喚からの一週間、寝なかったときはこう言った反応をされなかったので、少し戸惑い交じりに尋ねる。


「いえ、少しだけ気になったものですから」

「……そっか」


 アルテナが言葉を濁したなら、アオイはそれ以上の追及をしない。


 今日の行動予定をざっと話し、朝食へと向かう。




 * * * * * * * * * *



 朝食後。


 アオイ達は貴族が住む館の前に居た。そこで、門番をしている甲冑姿の男に事情を説明し、貴族との対話を申し込んだ。


 アオイが召喚者であることを知った門番は、最初は丁寧に断っていたことも忘れたかのように、館の方へ飛んで行った。


 数分後、門番が戻ってきて、アオイ達を先導してくれた。部屋で待っていたのは、若くて人当たりの良さそうな男性だった。


「お久しぶりです、召喚者アオイ様。私はウェル・アインスと申します」

「パレードの時ぶりですね。今日は宜しくお願いします」


 早く本題に入りたかったので、言葉が雑になってしまった。敵を作らない為のアオイが意味を為していないが、無礼とも取れる態度を気にすることなく、ウェルは笑顔でアオイの話を聞いてくれた。


 結愛のことを町の住人に知ってもらいたいこと。

 なるべく話題に、噂になるように広めて貰いたいこと。

 報酬はしっかり払うこと。


 これらをお願いすると、紙に筆を走らせ、アオイの要望を書き記していたウェルは、「分かりました」と言って、了承してくれた。正直、もっと時間が掛かると思っていた。


 アオイの雑な言葉遣いも気にせずに、しかもこんな面倒なことを頼んでいるのに、嫌な顔一つせずに請け負ってくれたのは有り難い。


 今日の昼にでも、住人へと周知してくれるらしいので、「よろしくお願いします」と頭を下げた。それに対し、ウェルは「これは私達の責任でもありますから」、と苦笑いを浮かべていた。


「ああ、最後に余計なお世話かもしれませんが一つ」


 アオイが退出する直前、ウェルはそう切り出した。


 アオイが扉に掛けた手を離し、背を向けていたウェルの方へ振り向く。そこには、先程までの人当たりの良さそうなウェルではなく、結愛の事を話していたときを超えるほどの真剣な表情でアオイ達を見据えるウェルが居た。


「最近、領地の周辺でよくない噂を耳にします。くれぐれも留意して行動を」

「……肝に銘じておきます。お気遣い感謝します」


 アオイは心の底から感謝し、頭を下げる。アルテナもアオイに続き頭を下げる。




 * * * * * * * * * *




 貴族との対談が終わったので、アオイ達は町の周辺の探索に出掛ける。いつも通り、“魔力探査”で周囲を確認しつつ、捜索を開始した。


 だがやはり現れるのは魔物ばかりで、結愛の手掛かりは何一つ得られない。


 日が暮れるまで町の周辺を捜索したが、結局“この街の周辺に結愛はいなかった”という情報しか得られなかった。


 焦燥感を押し殺しつつ、宿に戻る前にギルドへと立ち寄った。依頼を受けた人がいるかどうかの確認の為だ。


 朝はアルテナを連れていることに視線や意識を向けられていたが、今は何か別の視線を感じる。朝の視線を好奇心と例えるならば、今の視線はさしずめ同情や憐憫と言った類のものだろうか。


 それを不思議に思いつつ、カウンターの受付嬢にここに来た目的を話す。やはり依頼を受けた人は居なかったらしいが、それよりも、と受付嬢はアオイに話を持ちかけた。


「もしかして、アオイさんがウェル様の言っていた、“見知らぬ集団に攫われたお姉さんを探している”冒険者の方ですか?」


 確かに、なるべく注意を引くように言ってくれとは頼んだが、まさかこうも嘘を入れてくるとは思わなかった。


 だが“行方不明になった”はこの世界ではあまり通用しないし、他者の気を引き、噂にするくらいならこのくらいの嘘はご愛嬌だと思いたい。


「ええ、そうですね。私は確かに、家族を探すためにこの世界中を探し回る予定です」


 アオイの返答に、質問をした受付嬢だけでなく、会話を盗み聞きしていたらしい周りの冒険者も反応を示す。


「……苦労されたんですね」

「ええ、まぁ……」


 涙を浮かべながら、目の前の受付嬢はそうアオイに囁く。反応に困り、辺りを見回してみれば、上を向いたり、腕で目元を覆ったり、帽子や兜で顔を隠したり、とそれぞれの方法で涙を隠していた。


「もしかして――」

「「「「「泣いてねぇ!!!!!」」」」」


 ここの冒険者も、相当に頑固で涙脆いらしい。


 突っ込むのも藪蛇なので、依頼書のことを周知させてアオイ達はギルドを出る。ウェルさんの話を聞いて居た人達は、ほぼ全員が協力の意を示してくれたのは、嬉しい誤算だった。


 そして翌日。


 ここの冒険者に周辺の捜索は任せ、アオイは次の町へと旅立っていた。


 道中、やはり魔物に襲われたが、昨日よりは数が少ないこともあり、なんなく処理をして街への旅路を急ぐことが出来た。


 そうして、アオイ達は町に辿り着き、依頼書を張り出し、翌日貴族との対談をして、町の周辺を探すという、アインスで行ったことと同じ行動を繰り返した。


 それをアインスの北東にある町『ツェーン』、ツェーンの南の町『ドライ』、王国最東南に位置する『ツヴァイ』、一日野宿を挟み、ツヴァイの西に位置する『ズィーベン』、その西の『ゼクス』、最西端の『フィーア』、少し首都に近づき、北の『ヒュンフ』、北西の『アハト』と巡ってきた。


 基本的に平原や森が多いオディト王国だったから、ここまでの速度で町から町へと移動できていた。アインス以降は戦闘を避けていたことも、一因だろう。


 それらの町で依頼書を張り、町を治める貴族と対話し、手伝いの約束を取り付けた。そのお陰で冒険者たちの中でもちょっとした有名人になったのは予想外だったが、知名度を上げあると言う点では良かったのかもしれない。


 今までの九つの町の貴族が良い人達でとても助かった。ウェルから出立前に受け取った手紙が功を奏したのかもしれない。


 毎回ギルドに寄っていたお陰で、この世界――主に、オディト王国で起こっている戦争前の変化についての情報収集も出来たのは、僥倖だった。


 その結果分かったことは、やはりどの町の周辺でも魔物の姿を全く見てないということだった。


 アオイは最初の方こそ魔物に襲われていたものの、後半は全く解いて良い程襲われなくなった。野宿をしたときも、アルテナと交代で見張りをしていたのだが、周囲に魔物はおろか、生物の反応自体が希薄だった。


 それは、現在アオイ達が辿り着いたばかりの、首都の北に位置する最北端の町『ノイン』のギルドで得た情報でも同じ話を聞いた。


 どうも、魔人との戦争が始まることが判明するよりも前から、少しずつ魔物の数は減っていたのらしいだが、最近はその減り方が顕著に表れている、とノインの受付嬢さんが教えてくれた。


「魔物の被害が減ることは、多くの人たちにとっては嬉しいことなのですが、その反面、魔物を討伐することで生計を立てている冒険者や、魔物の素材を売っている商人などが被害を被っているんですよね……」


 アオイのようなおまけ程度に冒険者をやっているのなら話は別だが、それで暮らしている人にとっては稼ぎがぐっと減ることになるので迷惑極まりないのだそうだ。


 だがそれよりも、ラノベなどでこのような展開をよく見ているアオイは知っている。この状況は紛れもなくフラグであることを。


 アルテナにも、アオイの勘としてそのことを伝えておき、数多の片隅に置いてもらう。


 今日は、宿屋で就寝し、明日貴族との対談をした後に、ノイン周辺の探索。一夜明かしてから首都に戻り、隣国のトゥラスピース共和国に向かう予定だ。


 色々なことを教えてくれた受付嬢に礼と挨拶をして、ギルドを後にする。夜は冷え込むが、最北に位置するこの街は他の町よりも一段と寒かった。


 今の装備では若干寒かったので、王都でポーチを買った際にお世話になったゴッホ商会の支店で上着を購入した。やはり、この商会の特色である頑丈さはどんなものにでも適応されるようで、暖かさも当然ながら、魔物と戦っても大丈夫なくらいに良い素材を使っていた。


 その上これが銀貨で買えるのだから、相当コスパが良いといえる。アオイのような、重装備を好まない冒険者にはぴったりな商会だ。


 アオイ達は宿屋へと足を運び、疲れを風呂で癒して、明日に備えて床に就く。


 アオイはベッドに寝転がりながら、少し考える。それはこの約三週間の間、アオイの合計就寝時間が二十四時間を超していないことについてだ。


 アオイは地球でも一徹や二徹などはしていたが、流石にここまで寝ずに過ごした経験は、地球では一度たりともなかった。


 パレードまでの一週間もほぼ寝ずに過ごしていたのだが、結愛を救うことに懸命になっており考えもしなかった。


 だが召喚時から少し落ち着いてふと、そのことが疑問になってアオイに問いかける。


 どうして、ここまで寝ずに過ごせているのか――


 アオイに心当たりは一つだけある。それはカードに記されていた耐性欄の文字。


 ―――――――――――――――――――――――――――――

 耐性(tolerance):精神恐怖耐性・睡眠耐性

 ―――――――――――――――――――――――――――――


 アオイにある心当たりと言えばこれだけだ。


 だがこの文字が表記されたのは、一つ前に滞在したアハトでのことで、それ以前はこの耐性無しで過ごせていた。それに、睡眠耐性が持つ効果が、“睡眠に対する僅かな耐性”だ。


 なので、この文字は関係ないと考えている。


 何か見逃しが無いかと、目を瞑って熟考を重ねる。


 例えば、この世界で取った食事。()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う考えは、すぐさま自分自身で否定する。


 ならば、なぜ他のクラスメイトに影響が出ていないのか分からないからだ。アオイが特別な力を持っているから、なんてくだらない考えも毛頭ない。


 特別な力があるのなら、なぜ結愛を助けられていないのか。そんあ当たり前を実行できない人間が特別であるはずがないのだから。


 魔力の許容量上昇の鍛錬を行いつつ、他の可能性を模索する。


 アオイはハッと瞼を開け、鍛錬を中断し上半身を起こす。そのまま右手の甲にある魔方陣を眺める。


 この魔紋の所為だろうか?


 アオイがこの世界に来て、得体の知れないものの一つが、この魔紋だ。


 魔法士団で訓練をした際に魔法媒体としての性質を持つと言われたが、実際にその性質を使えた者はいない。士団長との模擬戦の時に、日菜子が杖を持っていたのがその証拠だ。未だに、その考えが正しいのか分かっていないの。


 では魔法媒体以外の用途はあるのか? と問われれば、答えはやはり「分からない」となる。


 そもそも、文献にすら載っていないことをそう簡単に暴けるのなら、世の中の学者なんてものは必要なくなってしまう。魔族との戦争に備えながら、魔紋についての研究を並行していると、魔法士団の団員は言っていた。


 この後もしばらく考えていたが、やはり確信に至れるような考えは出てこず、やむなく鍛錬だけを続行した。


 睡眠をとらずに過ごせるのなら、それはつまり時間が増えることと同義だ。翌日に睡魔という反動が来るわけでもなく、平時のように過ごせるのであればなおさらだ。


 向こうにいた時も、ずっとショートスリーパーに憧れていたが、それが思わぬ形で叶ったことに感謝しつつ、アオイは鍛錬に励む。




 * * * * * * * * * *




 ――翌日――


 朝食を済ませ、貴族との対談を終えたアオイ達は、ギルドへ赴いて依頼書の確認をし、最北の町の北にある銀の森に向かっていた。


 この辺りは地面の雪が絶えることなく残り続け、年中真っ白なことと、その昔、初代勇者が従魔として可愛がっていたと言う銀狼が眠ることから、銀の森と呼ばれている。


 書物には、先代勇者も銀狼を従魔としていたと書いてあった。


 勇者が仲間にするくらいで、且つ書物にも魔物の中で最強に位置すると書かれていたので、なかなか戦力になるのだろう。願わくば、仲間になって欲しいのだが、気位が高く、自身が認めた者しか主として認めないのと書いてあった。


 認める条件が個体ごとに違うのが厄介、とも書かれていた。銀狼という種族は並の人間など比にならないほど強いので、認めさせられるかどうかが心配だ。


 そもそも森の奥でひっそりと生活しているらしいので、出会えたら、という過程だが、アオイとアルテナが非戦闘職であることを考慮すれば、少し無理をしてでも仲間にしたい気持ちはある。


 そんなことを考えている間に、森の入り口に辿り着いた。入口と言っても門や扉がある訳ではなく、木が並んでいる、その手前まで来たと言うことだ。


 視界が一時的に悪くなるので、少し遠くまで魔力探査の波を広げる。


 周囲に危険な魔物がいないことを確認し、森へと足を踏み入れた。


 そこからは、いつもの通り、魔力探査で周囲に魔力反応が無いかを確認しながら、視覚でもそれを確かめる。アルテナもドライの町で魔力探査を会得したので、効率は倍になっている。


 本当に、アルテナは天才と呼べる人材だろう。アオイもアオイとて人の真似が得意だが、アルテナも負けず劣らず人の技術を盗むのが上手い。


 これで少しは発見の可能性が増えた。だが、一時間、二時間、三時間と探して、やはり何の成果も得られない。何度襲ってきても慣れない結愛が唇ているかも知れないと言う焦燥感に、心を焦がしながら、昼当たりの時間なので、昼食を取ることにした。


 地面に雪が残っていない木に寄り掛かり、地面に昼食の包みを広げる。本日の昼食は露店で売っていた串刺しの肉だ。


 周囲の気温と、時間経過により冷めてしまっているが、そこそこ美味しい。冷めても美味しいんだな、と妙な関心をしつつ残りの串に手を伸ばしたが、その手を空を切った。


 三本ずつ買ったはずよな? と疑問に思い、串の乗っていた包みに視線を向ければ、そこには薄汚れた格好で、二本の串刺し肉を咥えた犬――否、狼が居た。


 アオイは昼食時でも魔力探査を切っていない。間隔を開けてだが、しっかりとそれを続けていた。だがこの狼はそんなアオイの警戒網を嘲笑うかのごとく簡単にすり抜けて、アオイの昼食に手を出していた。


 アオイと視線が合った狼は、アオイが驚く前に身を翻し、串を咥えたまま物凄いスピードで森の奥に消えて行った。


 アオイは直ぐさま近くで昼食を取っていたアルテナを呼び、魔力探査を続けながら狼を追う。やはり、魔力探査の網には引っかからないが、ここは地面に雪が積もっている。


 今は雪は降っていない。つまり、足跡は残るのだ。


 しっかりと視認できる足跡を追い、しばらく走っていると木が生えておらず開けている場所が見えた。


 アルテナにハンドサインで制止を合図し、可能な限り気配を消してその場所に近づく。


 木の陰から覗いてみれば、そのにはアオイが先程確認した狼が居た。だが――


「なんか、様子が違くないか?」


 アオイが先程確認したのは、確かにあの狼だ。だが、先程のような覇気が全く感じられない。雪が積もっていない木の下で横たわっているだけだ。


 アオイから逃げて行った元気の良さも、今は見受けられないのだ。


 力尽きたか? と思った刹那、狼の傍の木陰からもう一匹の狼が現れる。その口にはアオイから奪った昼食が咥えられている。


「アオイ様」


 そう言ってアルテナは指を指す。指を差した方向を注意して見てみれば、そこには口に咥えているものと同じ包みが置かれていた。


「私の串刺しはあの場所に置いてきました」

「なるほど。俺のだけじゃなく、お前のも持ってきたのか」


 どこまで強欲なんだ、と感心と呆れ半分でジッと身を潜める。


 なぜ、ここで身を潜めると言う選択をしたのか、分からない。結愛を探すための時間が惜しいのだから、こんなことをしてる場合ではないと、分かっているのだが、体が固定されたかのように動かない。


 無論束縛などされているはずもなく、アオイは自分の意思でこの場所に留まったのだ。だがこの判断は間違いではなかったと、そう思うことになった。


 串を奪って行った狼は、横たわっている狼の口元にそれを近づける。そして、器用に包みを開けると肉を串から千切り、口移しで食べさせ始めた。


 事情はよく分からないが、アオイはなんとなく、昔のことを思い出していた。


 そんな何とも、眺めていたくなるような光景は、次の瞬間に打ち消されることとなる。


 突如、ズシンッ! という地響きが鳴ったかと思うと、その音が段々と近づいてきた。


 狼達も、突然のことに警戒の体勢で動きを止めている。


 アオイ達が、狼達が、警戒心をマックスに引き上げているのを他所に、木を薙ぎ倒しながら現れたのは、体長五メートルを超える真っ白な体毛を持つ狐のような魔物だった。黒い強膜に黄色の瞳は辺りを見回すように動いている。


 そして、狐は狼の姿をその瞳に移すと、口元をニヤァと厭らしく、嬲るように歪めた。


【次回予告】

巨大な狐の魔物に出会ったアオイは、標的になっている狼の魔物を見て、昔を思い出す。

それは、あの時救えなかった二つの命。

後悔はしたくないと、アオイは狼を助けるべく、狐の魔物と対峙する!

次回「限界突破」


次回投稿は、12/1です。

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