17.Gentleness (優しさ)
祝日投稿、勤労感謝の日です。
前話の次回予告を少し変更しました。11/18
第5話「侍女」の内容に、オディト王国の歴史を追加しました。
ステータスの表記される『称号』を無くしました。11/22
依頼の違約金を払い、サンタクルに戻ってきたアオイ達に、ポーラは夕食を進めてきた。疲れもあったが、食事の重要性は知っているので有り難く頂き、二人は部屋に入った。
壁に備え付けられた机に、ベッドが二つ、洗面所にこの世界では珍しいらしい風呂場がある、日本のホテルでよく見かけるような部屋だ。
部屋に着いて安心したのか、どっと疲れが襲ってくる。取り敢えず、アルテナに風呂に入るよう言いつけ、アオイはベッドに腰掛け、今日の戦闘を振り返る。
葵は始めて、自分の意思で生き物の命を奪った。カードを取り出してレベルの欄を見てみれば三つだけレベルが上がっているが、それだけだ。
危惧していたような精神的苦痛も、罪悪感も大してなかった。こんなに非情な人間だったのかと、自分自身に驚いたが、変に悩まずに済んだのは僥倖と言えるだろう。
ともあれ、心配事が一つ無くなった以上、アオイは次にやるべきことに備える。
まずは、先程問題になったばかりのポーチの新調だ。明日は朝一で二区の商業区に行ってポーチを買い、その足で東にある町に向かう。
東の町だが、首都ほど広いわけではなく、首都の半分程度の大きさしかない。オディト王国の周辺にある十の町にはそれぞれ炭鉱があり、そこを有効活用するために町を作っただけなので、首都ほどの大きさは必要ないのだ。
ただ町に到達するまでにかなりの距離があるので、朝一でここを出なければ間に合わないのだ。荷物を積んだ商人が大体二日か三日ほどかけて到着する道のりなので、大体百キロかそれよりもう少し長いくらいだ。
“身体強化”を常に発動し続けた上で、一日中全力疾走することで間に合うかどうか、と言う計算になる。幸いなのが、アオイ達が大した荷物を持っていないことと、二人とも“身体強化”が使えると言う点だろうか。
“身体強化”自体は“魔力操作”を会得していれば誰でも使用可能なのだが、その四肢爆散を押してまで使用したがるものは少ないらしく、あまり広まっていないのが現状らしい。
確かに、デメリットを押してまで欲しいと言う効果がある訳でもないのだ。所詮“身体強化”はステータスの筋力や敏捷性などに1.1倍程度を乗算するだけだ。
それがデメリットで使えるのなら誰でも使うだろうが、流石に四肢爆散の危険性と秤にかければ、使いたがらないのは納得できた。
もっとも、王国軍の両士団員は全員が会得しているようだった。“魔力操作”さえ誤らなければいいだけなので、危険性を十分に承知した上で、慎重で居れば怖くないものだとアオイは解釈していた。
それに、魔物相手なら“身体強化”無しでも戦えることは今日の戦闘で分かったので、きっと問題ないだろう。
次の課題は魔力容量の上昇だ。
今回の探索で分かったが、アオイは魔力が決定的に足りていない。一定時間ごとに“魔力探査”を行っていたが、ヒートウルフとの戦闘時に魔力は20を切っていたのだ。
幸い、“身体強化”を使わずに勝てる相手だったが、これが“身体強化”や非戦闘職故に効率の悪い魔法を多発しなければ勝てない相手であれば、きっとアオイ達は全滅までは行かなくとも、苦戦を強いられただろう。
いくら魔力の回復が体力の回復速度並に早かったと言っても、毎秒回復するようなものではないのだ。少しは使えるようにしたいので、早急に取り掛からなければならない問題だ。
「葵様。お待たせしました」
「ん? ああ、ありがとう」
風呂から上がってきたアルテナが、少し躊躇した様子でそう話しかけてきた。アオイが考え事をしていたから、それに気を配ってくれたのだろう。
その気遣いに返礼として先に寝ていいと命令する。普通の関係ならば、こんな言葉など要らないのだが、アルテナは侍女としてのルールに自らを縛り付けるきらいがある。なので、それを利用してアルテナに就寝させる。
この一週間余り睡眠をとらなかったアオイが言っても説得力はないが、睡眠は大切なのだ。ましてやアルテナは十四歳で、まだギリギリ成長期だ。だからどうということはないが、やはり体調的な面でも睡眠は大事だ。
妹と年が近いので、つい兄目線になってしまう。そんなアオイの心情を察したのか、アルテナは渋々と言った様子で頷いた。それを確認して、アオイは風呂に入る。
脱衣所で服を脱ぎ、風呂に入る。個室に風呂完備とは、少し値が張るだけあってよいサービスだ。洗剤やシャンプーなどが備え付けだったのは、かなり驚いた。
せっかくなので、備え付けの洗剤を使い、今日の戦闘で汚れた装備を洗い、体も洗って湯船に浸かる。
そして、先程中断した思考を再開する。
ポーチの新調は明日するので問題なく、魔力の容量を増やすには、取り敢えず地道な努力を繰り返すしかないので、これは毎日就寝前に魔力を枯渇、回復を続ければ問題ないだろう。
なので、今現状、アオイが最優先でやらなければならないのは、ルールを定めることだ。
今日の戦闘で分かったが、アオイは“殺し”に対して、考えていたよりも忌避感や嫌悪感を感じなかった。楽しいとは感じなかったが、それでも日本と言う平和国家で育ってきた身としては、少し違和感を覚えた。
この世界ではさほど問題ではない。寧ろ、生き抜くためにはこれくらいの気概が無ければいけないのだろうが、アオイはこの世界にずっと留まっているわけではないのだ。いずれ、日本に戻る。
なので、“殺し”に制限を掛ける。そうでなければ、日本に戻った時に苦労することは目に見えているのだから。
理由はそれだけでなく、結愛と言う目標であり、規律となっていた存在が無くなってしまった以上、アオイは自分でルールを作らなければダメだと判断した。
誰しもが無意識下で持っている自分ルールは、アオイの場合、結愛に全て委ねていたので、“殺し”の件も含めて、問題になる前に早急に対処する。
まずは、“殺し”に関して。
アオイは目の前に立ち塞がった障害を迷わず殺すような、キラーマンになりたいわけではない。そもそも、生き物を殺すなんてことはしたくはない。だが皮肉なことに、この世界でレベルを上げるのに最も有効なのは、魔物を殺すことだ。
殺しはしたくないが、結愛の命が関わっている以上悠長なことは言っていられない。
自分自身と葛藤し、結愛を救いだす手段を整えながら、日本に戻っても心置きなく生活できるよう最大限譲歩した結果、『魔物は殺すが人は殺さない』と、心に決める。
今のアオイは、魔物は殺せたが、人を殺すことはできないと思っている。結愛が殺されたとなれば話は変わるが、そんな状況は有り得ない。有り得て欲しくないので、考えない。
考えてしまえば、気が狂いそうになる。その為のアオイでもあるので、その思考は頭の隅に追いやる。
次に決めるのは、結愛を救うことについてだ。
結愛を助け出すために、どんな手段でも使うと言ったが、人を殺さないと決めた以上こちらにも制限を掛けなければならない。
と言っても、こちらは最初から決めていた。もとから葵の中にあった。
『結愛に出会っても、恥じることの無い人間で在り続けること』
それはアオイにとって至極当然で、常識であったことだ。結愛を守ると誓った日から、ずっと継続していたこと。日本でおばあちゃんを助けたのも、この意識が心の深層に根付いていたからだ。
もっとも、結愛に恥じない人間で在るというルールなので、人を殺すなんてのは以ての外だったが、より深く意識に植え付けると言う意味では悪くなかっただろう。
これからアオイは、この二つのルールを守ったうえで結愛の捜索を続ける。
今までよりもっと大変になるだろうが、結愛の笑顔がまたみられるの出れば、その時まで全力で頑張り続ければいい。
終わりが見えないことを行うには相当な覚悟が必要だが、結愛の笑顔を言う目標さえあればアオイにとって、何にも代え難い覚悟になるので問題はない。
決めたルールを自分に押し込めるように頬を両手で叩き、「よしっ」と声を上げ風呂から上がる。
脱衣所に出ると、アオイの着替えが用意されていた。アルテナが寝る前に用意してくれていたのだろう。その気配に気がつかないとは、どれだけ考え込んでいたんだと自分に呆れる感情と、アルテナへの感謝をしながら着替えて、部屋に戻る。
脱衣所から出ると、寝間着の状態でベッドに横になり、スヤスヤと寝息を立てるアルテナが居た。普段は凛とした頼りになる女性だが、こう言う所は本当に妹のような可愛い女の子だ。
そんな可愛い女の子にアオイの身勝手な願いを手伝わせているのは心が苦しくなるが、最大限アルテナの要望を聞くことでどうにか償いたいと思っている。
こんなことをアルテナに言えば一笑に付されるだろうが、それは偽らざる葵の気持ちなのだ。
寝顔を見つめるのもほどほどに、アオイは先程立てた目標を叶えるべく、行動に移す。ベッドに腰掛け、全身から“魔力放射”を発し、魔力を消費し続けながら手では“魔力操作”を行う。
アオイがこの一週間、ずっと続けてきた鍛錬だ。既に“魔力操作”の練度は、魔法士団員と遜色ないレベルにまで成長している。本当に、“成長補正”様様だ。
しばらくそれを続けていると、次第に魔力が不足していき、倦怠感や疲労感が襲ってくる。今までなら、魔力が回復するまで本を読んで時間を潰していたが、今ここに本などはない。そもそも、倦怠感がある状態で本の内容を覚えること自体を一つの鍛錬にしていたのだ。
しくじったな、と呟くのも束の間、であれば明日からの行動をもっと明確に、正確に計画を立てればいいじゃないかと考え、倦怠感を押し殺して思考する。
それを繰り返していると、当然のことながら夜が更けていき、結局、止め時が見つからずに一夜丸々使ってしまった。
外が白み始めているのを目視したアオイは、またやっちまったか、と小さく溜息を吐いて、長時間座りっぱなしでいた体を解すために、サンタクルの裏手にある庭に出る。昨日の夕食の際に、庭があることを教えて貰っていたのだ。
あまり大きくないが体を動かすのに問題はない広さはある。
小一時間ストレッチやら体操やらをして、鈍っていた体を解したアオイは、睡眠不足でも十分に動けることを再確認し、部屋に戻る。
睡眠不足も鍛錬の一つと思えればいいのだが、注意散漫にならないように気を付けなければならない。
注意散漫にならないよう気を付けると言うのもおかしいが、パッと感じる辺りで行動に支障はなく、パレード前夜はたっぷり寝ているので、大丈夫だろう。
「あっ、おはようございます!」
庭から部屋に戻る為に部屋を予約した食堂を兼用しているロビーを通ろうとすると、机を拭いているエプロンを着た元気っ娘という風貌の美少女が、見た目通りに元気よくアオイに話しかけてきた。
髪の色や元気そうな性格、この時間にここにいることから、きっと若女将の娘さんなのではないかと予想を立てる。
「――おはようございます」
「お客さん、朝早いんですね? 今日は早出ですか?」
「そうだね。これからちょっと旅に出るんだ」
「そうなんですか。じゃあ朝食作って待ってますね!」
「ありがとう」
少女は机拭きを終わらせると、暖簾をくぐって厨房らしき方へと向かって行った。アオイのことをお客さんと言ったことから、自身の予想が間違っていないと分かった。
朝食やら昼食やらのことを考えていなかったな、と自分の計画の甘さを恥じながら、部屋に戻る。
「おはようございます」
「おはよう、アルテナ」
部屋に戻ると、アルテナがタオルを用意して待ってくれていた。既に寝間着からメイド服に着替えている。礼を言ってそれを受け取ると、軽く書いていた汗を拭く。
「本日はどうなさいますか?」
「ここで朝食を取って、二区の商業区で頑丈なポーチを探す。そのまま東を探索しつつ、東の町に行く予定」
「東の町はとても遠いと記憶していますが……馬車か何かをお使いになるのですか?」
「いいや、走っていく。“身体強化”の鍛錬も兼ねてね」
アルテナの質問に、汗を拭きながら夜の内に考えていたことをそのまま伝える。それを聞いたアルテナは一拍開けて了解の意を示す。
その一拍が気になったが、追及しても恐らく話さないのでやめておく。
「聞き忘れてたけど、アルテナの職業って非戦闘職なの?」
「はい。分析家は非戦闘職に分類されます」
「昨日の戦闘で風の魔法使ってたけど、体は大丈夫?」
「はい。問題ありません」
非戦闘職は魔法が使えないわけではないが、非戦闘職は、大人しく自分の職業に合った道を選べと神に言われているみたいに圧倒的に使用が難しくなる。
使用は出来るが、その反動が戦闘職より多いのはアオイが“身体強化”で身を持って実証済みなので、その心配をしたのだ。
だがアルテナは、何でもない様子で荷物を纏めながら応える。アルテナが大丈夫と言うなら、これ以上追及しても藪蛇になるだけだな、とそこで話を止めて、荷物を纏める作業に集中する。
といっても、もともと荷物は少なかったので、部屋を綺麗に整理するほうに時間を掛けた。こちらも、もともと汚くしていたわけでもないので、合計で三十分と掛からず終わった。
ロビーに出ると今度は若女将が出迎えてくれた。
「おはようございます。よく眠れたかな?」
「――はい。とても寝心地が良かったです」
女将の質問に、アオイはアルテナへと視線を向ける。それで察したのか、既に勘付いていたのか、アルテナはアオイの代弁をする。寝てもいないのに感想を述べるのは、嘘を吐いていることになってしまう。
それはあまり褒められたものではなく、アオイとしても気が引けたので、アルテナに代弁をお願いしたのだ。
空が闇に包まれている間、ずっと座っていただけなので、座り心地を聞かれたのなら、答えは「とてもよかった」になるだろう。日本の旅館などと遜色ないレベルのふかふか具合だったので、寝ていれば文字通り夢見心地になれていただろう。
「ランから話は聞いてるよ。直ぐ持っていくから座って待っててね」
「ありがとうございます」
アオイの返答に、ポーラは一瞬アオイを見てから厨房へと去っていった。
ランと言うのが、先程のエプロンの少女の名前だろう。だがそんなことよりも、と手近な椅子に座り疑問を口にする。
「俺、なにかしたかな?」
「恐らく、葵様の礼儀正しさに驚いているのかと思われます。昨日の食堂にいらっしゃった方々は冒険者のようですが、彼らが葵様に向けていた視線から、他人に対して礼儀正しい人物は、冒険者の中では珍しいものと推測します」
アルテナの推測に納得する。昨日は冒険者に対しての認識を改めたが、観察力に優れたアルテナ曰く、どうやらアオイのような態度で他人と接する冒険者は珍しいとのことだ。
直情的ではないだけで、アオイの中の冒険者のイメージ通りだったことに、嬉しいような迷惑なような、何とも言えない気持ちになる。
「お待たせしました!」
そんなことを考えている間に、ポーラが料理を持って厨房から出てきた。両手に四枚の皿を持って、バランスを崩すことなく運んできて、それを手際よく並べる。
並べられたのは、色とりどりのサンドイッチとコーンスープだ。
「東の町に行くのなら、旅の準備は欠かさない方が良いよ。それと、夜の警戒も必須だ。帝国に近づくと賊も多いからね」
「そうなんですか。忠告ありがとうございます」
ポーラの忠告を心の内に留めて置き、朝食を頂く。昨日のおにぎりがあったので、その腕を疑ってはいなかったが、やはり美味しかった。
朝から美味しいご飯が食べられたので、気分は上々だ。食べ終わる頃には他の客も起きてきたようで、食堂がにぎやかになっていく。
「一日ですが、お世話になりました」
「ええ。珍しい冒険者に敢えて嬉しかったよ」
背後から視線が刺さる。昨日より多くなってね? と感じたが、昼間は仕事に出るのが冒険者なので、当然のことだった。
これも今日までなので、十分に我慢できる。慣れとは恐ろしいものである、と深く感じた。
だが、宿を退出する寸前になって、
「待ちな、少年」
件の冒険者たちに呼び止められた。無視しても良かったが、余計な手間が増えそうなので断念する。
「なんでしょうか?」
アルテナを自分の背にする形で振り向いて答える。
そこにいたのは、アオイの予想と違わない屈強な男達だった。きっと地道な訓練を続けてきたのだろう。この世界において、レベルの上げればそれだけでステータスは上昇するのだから。
アオイが振り返ったことで、冒険者は感嘆の声を洩らし、だが威圧を放ちながら、アオイに突っかかる。
「お前、初心者の癖に東に向かうのか?」
「そうですけど……」
「なら止めときな」
「あっちはポーラさんの言った通り、賊や対処が難しい魔物が現れるからな」
「初心者では厳しいぞ」
素晴らしい連携で言葉をパスしながら、冒険者達はアオイにそう告げる。
あれ? とアオイの中で疑問符が湧き立つ。
この人達は、アオイに対してイチャモンをつけに来たのではなく、心配に来てくれたのだろうか?
「えっと……俺達の心配をしてくれているんですか?」
「馬鹿野郎!」
「これは心配ではなく先輩としての忠告だ!」
「勘違いするじゃねぇ!」
アオイの答えに、それは見当違いだと懸命に誤魔化す。昨日のこともそうだが、やはり見事な連携だ。
「それにな、少年――」
最初にアオイに声を掛けてきた頬に傷のある男は、真剣な眼差しでアオイを見据え、心の底から告げる。
「せっかく可愛い侍女を侍らせているんだから、命を無駄にするようなことはするな」
男の言葉に、他の男たちも同調して頷く。
ああ、なるほど、とアオイは納得する。
彼らはきっと、それはもうどうしようもないくらい不器用なのだ。なにせ、これは紛れもなく心配なのだ。そこを隠せず、誤魔化せない辺り、不器用と表現するのが適切だろう。
「お気遣いありがとうございます。ですが、どうしても俺は東に行かないといけないんです」
「北ならまだわかるが……東にそれほど大事な用があるとも思えんな」
「何か訳ありなのか?」
「俺達でよければ相談に乗るぞ?」
最初の高圧的な態度は何処へやら。
完全にアオイ達のことを心配してくれているのだが、それを注意するのも否定されるだけなので、何も言わず、彼らの言葉を吟味する。
果たして、結愛のことを言っても良いものか、と。
アルテナに視線を送り、どうするか尋ねる。
「……どうやら他意はないようですし、ここは話しておいても宜しいのではないかと」
「そっか。……そうだね」
相談の結果、彼らに結愛のことを話すことにした。
召喚のことや王城で暮らしたことなど、身バレしそうなところは大分と省いて説明したが、彼らは一様に真剣に聞き入ってくれた。
そして、アオイが語り終わると、後ろを振り向いてズビズビ鼻を鳴らしていた。
「……なぁ、もしかして――」
「泣いてねぇぞ!」
「ああ! 俺もだ!」
アオイが質問をする前に、彼らはそう応える。
その声は明らかに震えていて、態度からしてもはっきりと分かるのだが、誰もそれを認めない。
何の逆だよと思いながら、泣き終えるのを待つ。人数こそ少ないが、この人達の結束力は相当高いものがあるとアオイは見ていた。そんな人達が手伝ってくれるのならば、多少の時間ロスは許容できると判断した。
それに、この絵面を前にして声を掛けられるほどの勇気は、アオイにはなかった。
「レスさん達、何かあったの?」
男の集団が全員涙している、ある意味凄い絵が展開されている場所に、勇敢にも声を掛けたのは今朝アオイに声を掛けてきたエプロンの美少女だ。
「ああ、ランちゃん。……いや、何でもないよ。それより、学院の方は行かなくていいのかい?」
「これから向かう予定だったんだけど、レスさん達が固まって泣いているのが見えたから、様子を見に来ただけだよ?」
「そうか……。心配かけたね。俺達なら大丈夫だ」
やはりポーラさんの言っていたランと言うのがこの美少女だったらしい。
ランの服装が昨日ソフィアが着ていた制服と同じものなのと、レスと呼ばれた冒険者が「学院」という言葉を口にしたこと、現在の時刻が大体七時であることから、魔道学院の生徒だと予測できた。
だがそれにしても、アオイに対する態度と、ランに対する態度が百八十度変わっていることに驚いた。根本の優しい部分は変わってないが、ランに掛ける声は、父親のそれだ。
やはりこの宿屋の関係性が未だに分からない。まだ一日しか滞在していないし、冒険者たちと実際に絡むのも今日が初めてなので、それも当然なのだが、今のアオイの立場から見ると、どうなっているのか本当に分からない。
そんなことを考えている間に、ランは冒険者の横を抜けて、アオイ達に会釈と軽い挨拶をして学院へと登校していった。強い女の子だなぁ、とその背を眺めていると、後ろから殺気の視線が向けられる。
「おい、新人。侍女を侍らせておいてまさかランにまで手を――」
と、レスと呼ばれた冒険者が言いかけたところで、後ろからフライパンによる物理攻撃が頭部へと見舞われた。
そこには笑顔で威圧を放っているポーラの姿があった。宿屋の若女将として接していた時と違うその様はなるほど昔は冒険者をやっていたと言うことを理解させるものだった。
「あんた達、話が逸れてるじゃないの! 今はランの心配よりアヤノさん達のことが優先でしょう?」
「いや、そうは言いますけどポーラさん。あいつランちゃんのことを――」
「それは大丈夫! ランの心配をしてくれるのは嬉しいけど、あの子は一人でもやっていけるから!」
どうやらポーラさんは、アオイに助け舟を出してくれたらしい。
「いやしかし、俺達はあいつにポーラさんたちを任されて……!」
「そうだけど、優先順位を考えなさいって言っているの。私達のことを心配しながらでも、アヤノさんのお手伝いは出来るでしょう?」
ポーラさんは、アオイの話を聞いており、心打たれたらしい。なので、アオイに助け舟を出してくれたのだそうだ。
最終的に、ポーラさんの説得で計三十六人の冒険者が手伝ってくれることになった。
六人一組でパーティーが形成され、それぞれに結愛の似顔絵が描かれた用紙を数枚渡し、他国に行って貰って、冒険者ギルドに依頼書を出して貰うことにした。
取り敢えずアオイは王国内の十の町を転々と探し、その後日本と比較的近しい歴史を持つ、隣国のトゥラスピース共和国に向かう予定だ。
結愛ならきっと、そこに惹きつけられると判断した。それに移動距離の短い隣国と言うのも大きい。もし共和国がもっと離れた場所に位置していれば、後回しにしていただろう。
ともあれ、こうして、アオイは新たな協力者を得て、ようやく当初の目的に動くことが出来た。
既に八時近くになっており、朝一とは程遠いが二区へと赴き、商人からの途方もない詮索を乗り越え、頑丈なポーチを購入することに成功し、東の町へと向かうことが出来た。
【次回予告】
始まりは遅れたものの、冒険者の手伝いを得たアオイは隣町まで走る。
だが道中で魔物に襲われ、思うように進めず、日が落ちてからやっとの思いで東の町に辿り着いた。
その日は宿屋で休み、翌日から始めた結愛の捜索は、やはり有益な情報は手に入らない。
そのまま、町を巡っていたアオイ達は、とうとう何の手掛かりもなく最後の町へと辿り着く。
そして、最北の森で見たものとは……?
次回「噂」
次回投稿は、11/24(明日)になります。
この会話に、こんなに時間を掛ける予定ではなかったはずなのに……
どうしてこうなった?




