誰が為でなく
「大丈夫ですか」
聞き覚えのある、優しい声音が響く。
それは太陽のように暖かく、春の日のまどろみのように心地よい、ひどく懐かしい声音だった。
ノアはすうっと目をあける。
そこには壁も天井もない、見渡す限り白が広がる、一目みただけで現実ではないとわかる光景が広がっていた。
ノアはその真っ白な空間に仰向けで倒れており、緋色の髪に赤黒い目を持つ、誰かによく似た女性が、心配そうにノアの顔を覗き込んでいた。
「可哀想にね、こんなにボロボロで……。よほど怖いコトがあったのですね」
女性は優しくノアの頭を撫でる。
それはとても心地よくて、どこか安心する優しい手つきだった。
「貴方は、いったい……」
ノアは目の前の女性に問いかけるも、それと同時に昔の記憶が呼び起こされる。
もう忘れてしまった、何てことのない当たり前の幸せ。
その中で笑う幼い自分と目の前の女性。
幼い自分は楽しそうで、女性もまた幸せそうな笑みをこぼしていた。
「貴方は……!どうして……!?っ、おか──」
「しーぃ」
目の前の女性を思いだし、ノアは起き上がって女性を呼ぼうとするも、女性は人差し指でそれを遮った。
「あんまり騒いじゃご近所さんに叱られますわ。
ああでも、ここにご近所さんなんていなかったわね。
わたくしってばうっかりですわ」
女性はくすくすと笑う。
もういないはずなのに、あの頃と変わらぬ笑顔で。




