或る日のデストルドー
誠也と初めて会った日、僕は病院の帰りだった。
なに、心配はいらないよ。
その日は痛み止めをもらっただけ。
検査結果は前もって貰っていて、分かりきっていたからね。
検査結果?
まー、予感の通り悪かったんだけれど、、心の準備は出来ていたからね。
精神的には余裕があったよ。
がーん!
なんてお約束をかましたら、先生は引いていた。
皆やるものだと思っていたし、先生も医者になる前は10%くらいの患者はやるもんだと思っていたらしいけれど、僕が初めてやった患者らしい。
光栄だ。
本来なら張り詰めた空気で行われる病状の説明が、緩い感じで行われてしまったけれど、だからと言って結果は変わらず。
余命1年程だろうとの事だった。
上手く薬が効けば少しは延びる可能性がある。
が、副作用も、ある。
手術をするには範囲が広すぎるので、治すことよりも余命をどう過ごすかを重視した方がいいと、もっと遠回しに優しく説明を受けた。
1年か。
大学は辞めるで良いか。
そこそこ将来を嘱望された演奏家なんだけどなぁ、将来だとか言っている場合ではないしなぁ。
思い出作りに、元々目指していた国際コンクールにでも出てみようかと思ったが、時期的に丸一年先になりそうなので間に合わなさそうだ。
音楽はもう良いかもしれない。
道が途切れた感じがして、病気よりもそっちの方が悲しくなった。
病気に殺されるよりは、自分で終わる時を見つけるのも良いかもしれない。
デストルドーに取り憑かれているのは分かった。
終わりの思想が素晴らしい発見のように感じられた。
久しぶりに帰って来た実家の生温さが、そんな気持ちを後押ししてくれた。
なんというか、悔いが消えていったんだ。
その頃の僕は、母に過剰に心配されるのが一番受け入れられなかった。
そうされると、あぁ、僕はこれから死ぬ人なんだという事が分からされてしまう。
病院に行った何で言えば、また色々聞かれる訳で、どうせ良くなった訳でもない話をするのが残酷で、その足は真っ直ぐ家へと向かうことはなかった。
とは言っても先のない僕に行くべき所はなく、実家近くの公園に歩いて行った。
幼い頃から通い慣れた公園にいると、母と会わない様にしてせっかく避けていたというのに、自分の置かれた状況がとても不幸だと突きつけられる。
なにからという訳でもないのだが、小さな頃から変わらない匂いや雰囲気に擦り切られてしまいそうだ。
これからも幼馴染の花や親の憐憫を浴びるのが嫌だ。
このままここで干からびてしまおうか。
川へ飛び込んでしまおうか。
大して金は持っていないが、飛行機に乗って誰も知らない所へ行ってしまおうか。
囚われている自分にも自己嫌悪してしまう。
イライラしているのも感じるが、怒りを発散する気力もない。
僅かに残った悪意を発散させようと辺りを見渡すと、少年が虫取りをしている姿が見えた。
手足を千切っている姿を見て、命を軽く扱っている様が嫌だと感じたのかもしれない。
「虫には痛覚がないらしいよ。」
小学生の頃の自分もそんなものだったが、少しだけ当たり散らしてもいい所業をしている、その時はそう思った。
脅かしてやろうと話しかけた。
怖い話なんかをしてやれば震え上がるだろう。
小学生なんてそんなもんだ。
「蠱毒という呪いがあってね。」
この後に段々と分かってくる事だが、誠也は事象に感情をあまり載せない。
興味と知識は結びつくが、知識と感情は結びつかないらしいのだ。
「毒虫最強トーナメントのチャンピオンを決めるの?」
つまり誠也は、蠱毒のおどろおどろしい印象や呪いというマイナスイメージは何も感じずに、毒虫が戦うと言う事実を受け入れるだけ、それだけだ。
その時の僕は急に未来が途切れた事によく分からなくなっていた。
そうなっても変ではないと思う。
誠也との会話は、僕をいつもの僕にすることを助けてくれた。
わざわざ難しく考えなくても良いかな、と受け入れる役にたった。
残りの時間を心のままに生きていく事への覚悟がついた。
今でも感謝しているし、友人だと思っている。
あれから3年も生きていられたのは、誠也と関わったことで不安やストレスを変に感じすぎず楽しく過ごせたのが大きいだろう。
花や母の心配を一身に受けて過ごして来たなら、宣告通りになっていただろう。
でもなぁ。
誠也と関わった事で、彼にヴァイオリンを教えた事で心残りが出来てしまった。
起き上がる元気も無くなって、病床で死を待つだけの自分にはもう、彼の行く先は見守る事が出来ない。
それが残念だなぁ。
或る日に誠也が奪い去った死にたい気持ち、デストルドーは、少し前向きに、生きたい気持ちへと変わった。
僕はそれを幸せな事だと思う。
母はそれを残酷だと嘆いていたらしい。
未来ある子供が、先のない僕に未来を見せびらかせている様に思ったんだろうか。
誠也は、どう感じるだろうか。
その答えを聞く事は出来ないが、なんとなく想像はつく。
彼にヴァイオリンを教えた理由は、花には気恥ずかしくて、本音を話しては居ない。
ヴァイオリンはピアノとデュオを弾く事が多い。
僕は誠也と一緒にやってみたかっただけなんだ。
誠也はめきめきと上達しているが、音楽家として僕とデュオを奏でるには、その成長は間に合わなさそうでもある。
その楽しみは、いつか遠い未来に彼が死んだ時にでも、また。
人はいつか、どうせ死んでしまうのだ。
僕と同じように。
最終回ではないでございますよ。
ただどこかに捻り込まなくてはいけないし、このタイトルでなければならないだけで。




