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おじさん 裏

フィッツさん一家と俺とで外食に行くことがある。


大体はフィッツさん行きつけの、恐らく俺の想像よりお高いホテルでの食事なので全く落ち着かない。


フィッツさん達と出かけると靴のまま絨毯に立つ事が多いのだが、ハイソサエティな所へと連れて行かれている実感が足元から来るのは未だに慣れない。


慣れたら終わりな気もするし。


始めはネットで調べたマナーをきっちり守ろうという意識が強く、味も何も分からなかったし、5歳のリンよりも全然ナイフとフォークの使い方がままならない状態であったが、最近は少し慣れて来てしょっぱいと甘いの違いくらいはわかる様になった。


そういう場でもたまにフィッツさんはサインを求められてそれに応じるのだが、それほど数は多く無い。

クラシック奏者の知名度が高く無いのが幸い、というか、俺なんて特にそうだが、外国人の顔を見て個人の特定が難しいのかもしれない。


そのおかげでクラシックが盛んな国とかで出かけるよりは全然快適に過ごせるから、拠点を日本にしているのだとか。


外国に一緒にいる時、結構ジロジロ見られたし、声もかけられているのを見ている身としては、確かにこっちの方が過ごしやすそうだ。


しかし、その日はなんだかとてもジロジロと見て来るおじさんがいた。


それも好意的な感じもなく、サインが欲しいとか写真を撮りたいとかそういう感じの視線では無かった。


例えるならば、値踏みしている様な嫌な視線だ。

それも何故だか、フィッツさんに加えて、俺まで見られているような気がする。


もしかしたら俺のテーブルマナーが終わっているのが目立ってしまったのかと一瞬思ったが、それなら赤ちゃんのリンの方にも視線を向けているだろう。


こういう視線に慣れ過ぎて鈍感なフィッツさんは気にもして居ないが、俺は慣れてなどいないのですごく気になる。


「なんか凄い見られてる気がする…。」


「あー、そうな。

ま、ほっといたらええ。

なんかして欲しかったら向こうから言うやろ。」


「パパのサインとか欲しいんやろか。」


「それなら尚更自分で言わんとあかん。

子供ならボクから言う事もあるけどやな。」


「いや、なんか…俺が見られている気がするんだけど…。」


「パパじゃなくって、誠也のファンなんじゃないの。」


そんな奴はいない。

コンサートを開いたりするようなフィッツさんと同じにしないで欲しい。


不快だし、一度視線を切ろうとお手洗いへ行くことにするが、振り返るとあの目、何度か感じたことのある様な感覚がある。


例えば高校時代にフィッツさんと一緒にいる時とか、コンクールで優勝したりした時なんかだ。

なんだっけ、こういうねばつく様な感情をなんと言うのだっけ。


席へ戻ろうと扉を開けて少し歩き出すと、レストランが騒ぎになっている雰囲気を感じる


ざわつく空気が、トイレのある廊下へも伝わって来ているのだ。


嫌な予感というのは当たるもので、レストランへ戻るとおっさん二人が胸ぐらを掴み合って居た。


こっちを見て居たおっさんと、うちの陽気な外国人のおっさんである。

ちなみにハニーさんはそれを見てゲラゲラ笑っているし、リンは笑顔の母親を見てご機嫌なので一安心だ。


「誠也、思い出したわ、コイツな、指揮者や。

川久保 蘭っていうそこそこ有名なやつやねん。

ボクが言うこと聞かんタイプやから、こんなプライベートでもメンチ切ってくんねや。」


「ふざけるな、フィッツ!

私はお前など見て居ない!


そもそもお前が喧嘩を売って来るまではお前に気がついてすら居なかったんだぞ!


それよりもどうなっているんだ、弟子の教育は!」


「は?」


「え?俺?」


「誠也、なんかしたん?」


「いやいやいやいや、初対面だし、有名な日本人指揮者と一緒になった事なんてないよ。」


「娘が!お前と!

…クソ…!」


やめてくれよ。

なんかしたみたいじゃないか。

俺にそんな非道な心当たりはないよ。


そもそも仲のいい女の子なんて、セッションする様になってからのあきらと、夜くらいしか…。


あ。


夜からふわっと聞いた事があるな。

自分の父親が指揮者だって。


「あ、夜のお父さんか。

はじめまして…だと思うんだけど…。」


「…あぁ、そうだ。

ウチの娘の部屋にお前の写真があった。

随分と面がいいさらアイドルかなんかかと思って居たが…調べても出やしないし、デートだから服を買って欲しいとか言われる様になった。


そして偶然写真の奴が目の前に現れたから、つい見てしまった。


無作法だったのは認める。


しかし…。」


それで俺の姿が消えた際に、俺の事を聞こうと近づいたところ、世界の火薬庫、バルカン半島出身の血が騒いだフィッツさんに胸ぐらを掴まれたらしい。


「…君には悪いけれど、娘と将来結婚する可能性が1%でもある奴と考えると、それだけでくびり殺したくなる。」


「は?

いやいや、付き合ってすら居ませんよ。」


「じゃあ!何故君の写真を夜が飾っているんだ!」


「…俺、夜と写真撮ったり、撮られたりした事ないんですけど…。」


「…………………本当か?」


「ええ。仲はいいですけど、学外で会ったのなんて数えるくらいですし…。」


「…そうか…それは…誠に申し訳ない。」


「ははっ、あかんやん!

蘭ちゃん!

娘とコミュニケーション不足と違う?」


こちらに非がないと分かると、フィッツさんが煽り始めた。

こういうガキ…おっと、えーと、そう、天真爛漫な所がいい演奏の秘訣なのかもしれない。


予期せぬ出来事だったが、父性の暴走と見れば可愛いものだし、フィッツさんが喧嘩腰なのが7割位悪いので、俺からは特に思うところはない。


きっとそのうちフィッツさんにもそのうち罰があるだろう、そう思っていると、その時は意外と早くやって来た。


予期せぬ出来事はあらぬ所からやってくるから、予期せぬというのだろう。


「リンが誠也と結婚するから、おじさんの勘違いだよ!」


幼児の無邪気な戯れはおっさんに刺さった。

あっちのおっさんではなく、こっちのおっさんにだけれど。


フィッツさんはこちらを悲しい顔でチラッと見ると、蘭さんと肩を組んでどこかへ行った。

ハニーさん曰く、傷を舐め合うのだとか。


そのままフィッツさんを待つことなく帰宅して、次の日目を覚ますと、居間のソファで蘭さんとフィッツさんが折り重なって寝ていた。

傷が癒えた様には見えない姿だった。


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