おじさん
北海道は広く、例えば端の函館から逆の端の網走まで電車で移動すると乗り換え込みで10時間程度かかる。
細かい駅を飛ばす快速列車を使ってもそれなので、乗り継ぎを失敗したりすると大変なことになってしまうのだ。
俺と先生は大変なことになってしまっている最中で、コンクールからの帰り道、目的地を寝過ごして通り越し、全く知らない地に来てしまった上に終電も終わってしまったらしい。
周りは一応町の様子はあるが真っ暗で、取り敢えず灯りのある方へ行けばタクシーでも拾えるだろうかと歩いて行くと、それは自販機の灯りだった。
絶望だ。
地名も難読でなんと読めばいいか分からないし、ここが一体何処だか分からない。
幸い季節的に凍死する心配はないが、普通に暗くて怖い。
「いやぁ、参ったね。
何処なんだろう、ここは。
公衆電話だけはあって助かったよ。
誠也の家には連絡しておいたからね。」
「先生、これ見て。」
壁にかかっている観光案内看板には、最寄りの宿が書いてあったが、ここから100km近く離れていて、そこへタクシーで向かうくらいなら、おそらく地元へもタクシーで到着出来るのではと思う程遠かった。
「どうしようかな。
こんなのまるできさらぎ駅の様だよ。
異世界に迷い込んでしまったと考えた方が自然なくらいだーれも通らないし、地名も分からない。」
「きさらぎ駅って何。」
「あぁ、電車に乗っていると変な駅にたどり着く事があるんだ。
もしかしたらこの世にない駅かもしれないところへとね。
それを掲示板で実況した人が居てね、その時の駅の名前がきさらぎ駅。」
「そうなんだ。
この世にない変な駅の名前は分かるのに、この駅の名前は分かんないんだね。」
「…そうなんだよね。
なんて書いてあるか全然読めない。
検索しようにも、後ろの方の漢字がなんて読むか分からなくて変換も聞かないし…。
人に聞きたいけれど、無人駅のお手本の様に人っこ一人通らないし。
…葱?
いや、違うか…。」
「じゃあここは異世界の駅より分からない場所なんだね。」
「現状ね…。」
「こういう時、お話だとどうやって助かるの?」
「えーと…どうだっけかな。
きさらぎ駅はオチとか無かったしね。
例えば変な所に行った場合には…。」
先生がなんとか思い出そうとしていると、遠くから声を変えられた。
作業服のおじさんで、一体こんな所で何をしているかと思ったらしい。
「あぁ、そうだそうだ。」
「何?」
「いや、後で話すよ。
あの、すいません、寝過ごして電車で知らない駅にきてしまって…。」
おじさんのいう話では年に一度くらい、終点まで乗ってしまえばそこそこホテルなんかもあるのに、あせって知らない駅で降りて、途方に暮れている人が居るそうな。
この辺は本当になんにもなく、買い物が出来る通りなんかにも歩いて4、50分掛かるとかで、冬であれば本当に凍死の危機があるとか。
その為に無人駅の駅舎は常時開放されているし、暖房も冬ではつけっぱなしなんだそうな。
「前は若いねーちゃんが膝を抱えてないとったよ。
髪が長くって白いワンピースが闇に浮かんでてなぁ、そん時は本気で幽霊かと思ったわ。
兄ちゃんらは運が良かったな、俺が通りがかったから野宿しないで済むぞ。
駅の宿直室を開けてってやるからよ。
始発は7時15分からだから、それ乗って帰んな。
飯は食ったか?」
「いえ…。」
「そぅかぁ。
よっしゃ、車回してくるから乗りなよ。
坊主連れて行くのは忍びないけども、飯を出してくれるスナックがあるから連れてっちゃろう。」
おじさんは親切で、スナックでご飯を奢ってもらった後に駅までの帰りも送ってくれて、事務室のなかからこの辺りの名物だという黒い蕎麦をくれた。
「もし朝、駅の職員に見つかったらよ、タカハシさんが案内してくれたって言っておいたらいいから。」
そう言い残した去り際に、喉とか乾くだろうし小腹が空いたら、なんて色々持たせてくれて、それを食べながら朝までとゆっくりと過ごさせてもらった。
落ち着いて眠ろうとすると、先生が独り言の様にぽつりと呟いた。
「さっき言いかけたんだけどさ、異世界へ紛れ込むと、謎の作業服のおじさんが助けてくれるんだよね。
もしかしたらさっきのおじさんもこの世の人じゃないのかも。」
◆
翌朝、始発の頃に宿直室を出ると、制服の駅員さんが驚いた顔でこちらを見ていた。
「あ、すいません。
昨夜電車の乗り越しで途方に暮れていた時に、タカハシさんと言う方にここに泊まっていいと言われたものでして、タカハシさんいらっしゃいます?」
先生がそういうと、駅員さんは苦い顔をした。
「タカハシ…先代の駅長は昨年亡くなりました…。
本当にタカハシと名乗っていたのですか?」
「ええ、作業服を着て、スナックへ連れてってくれてご飯まで奢ってくれて…大変助かったんです。」
「そうですか…この駅を夜中も開けておくようにした様な人だったので、確かにタカハシさんかもしれませんね。
分かりました。
またのご利用をお待ちしております。」
駅員さんは納得したような、そうでもない様な顔で俺たちを見送ってくれた。
先生も複雑な顔のままである。
死んだ駅長が、未だに乗客を助けてまわっている。
美談な怪談話だ。
しかし、先生と駅員さんの角度から見えないところで、自称タカハシさんが、悪い笑顔でこちらを見ていたのが、俺には見えた。
俺と目があったのに気がついて、人差し指を立て、シーと、ジェスチャーをしていたので、別に幽霊とかではないはずだ。
だってそもそも、ネームプレートの名前が山本さんだったし。
駅員さんか先生へのイタズラなのだろう。
電車に乗り込んだ後、それを先生に教えてあげようか迷ったが、寝過ごしてこんな目に遭ったのを忘れて、眠りこけている人に教えてあげることは何もない。
次は目的地の駅で、一人だけ降りてやろうか迷っているくらいである。




