居なくなった友達
小さい頃、俺にはみつるくんという友達が居た。
あまり活発ではない子で、外に出て遊ぶ事が殆どの俺とは一見接点がなさそうだが、よく絵を描かされたのを覚えている。
自分の絵は、対象を見たままにしか描けないので、周りの子達と違うその絵が嫌いだったのだが、みつるくんは俺の絵を好きだと言ってくれていた。
ある日ふと思い出して、何となく今どうしているだろうかと親に話すと、そんな子は今まで聞いたことがないという。
幼稚園の頃に確実にいたはずだと何度言っても取り合って貰えず、何度も聞いていると、聞くたびに父さんが過剰に優しくなるので諦めていた。
「イマジナリーフレンドかな。
小さい頃って、ストレス耐性と想像力のバランスが整ってないから、架空の友達を作り上げたりするらしいよ。
いつの間にかいなくなってたとかそんな感じかい?」
先生は一応聞いてはくれるが、実在しない前提なのが気に食わない。
とはいえ答えるべき質問に答えるなら。
いついなくなったか、いつから会っていないかと言われると、幼稚園の卒園式だ。
少し離れた位置に座っていたのも覚えているし、俺の両親と祖父母がビデオカメラを片手に号泣していたのも覚えている。
何故この話を先生に話したかといえば、記憶に残っているみつるくんの数少ない情報が、みつるくんのお爺さんが卒園のBGMを担当していて、ヴァイオリンの先生だと聞いていたからだ。
「大分具体的じゃないか。
イマジナリーフレンドの両親なんて聞いた事がないからさ、もしかしたら普通にいて、君の両親が覚えていないだけかもしれないね。」
「だからそう言ってるのに。
でも、卒園アルバムにもいなかった。」
「そんな馬鹿な。
卒園式の演奏なんて、あんまり外部の人には頼らないよね。
普通に教員の誰かがピアノを演奏したら済む話なんだから。」
「うん。」
「ちなみにどんなお爺さんだったんだい?」
俺は人の顔を覚える事が極端に苦手だ。
今でも先生の顔すらはっきり記憶できて居るか定かではないくらい。
なので、一度会ったっきりのお爺さんの顔なんか覚えちゃいない。
とはいえ、個人を識別してはいる。
なにをもってかと言われれば、仕草や歩き方、立ち姿や匂い、話し方。
それらを覚えるのは苦ではない。
そんな俺でも一発で覚えられる特徴を、お爺さんは持っていた。
「髭。」
「ヒゲ?」
「そう、ヒゲダルマの筋肉ダルマだった。」
楽器を弾くというよりか、楽器でぶん殴るほうが似合うくらいの男臭さだったのをよく覚えている。
笑い方もガッハッハという豪快そのものだった。
「あぁ…知ってるわ、その人。
今の時間ならいると思うから、話を聞きにいってみようか。」
何となく不機嫌そうな先生について行くと、公園を過ぎた先にある横断歩道を渡って、すぐのところの大きな家辿り着いた。
先生は躊躇いなくチャイムを鳴らすと、扉からお爺さんが出て来た。
「…おお!
なんだ、樹か?あの小鬼がでっかくなったな!
細っこい身体して、飯食ってんのか!
入れ入れ!馬鹿野郎!ガハハ!」
あ、この人だ。
俺はすぐに記憶と合致した。
出会って5秒でバシバシと、もう10回は叩かれている先生は苦笑いしている。
「なんだ!どうしたんだ!今日は!」
「あぁ、先生さ、お孫さんの卒園式でヴァイオリン弾いた?」
「おぉ!弾いたぞ!気合いが乗ってな、名演だったな!あれは!」
「声がデケーって…。」
聞けばヒゲダルマは先生の先生だとか。
近所の大人に小鬼と呼ばれるほどの奇行を繰り返した先生が、何か習い事でもと放り込まれたのがここだったらしい。
「あー…先生の弟子だろ、僕は。
だからさ、僕の弟子を紹介しておこうと思ってね。
その卒園式に居たらしいから、丁度いいやって。」
「おぉ!そうか!坊主!名前は!」
「誠也。」
「誠也な!うちのみちると同級生だったのか!
世間は狭いもんだな!よろしく頼むな!」
…みちる?
先生も気がついた様でこちらを見ている。
…みちる?
「お爺ちゃん、お弟子さん?」
玄関先で聞こえる話し声が気になったのか、奥から出て来たみちるちゃんは、俺の記憶にあるみつるくんに違いない。
みつるくんは消えてなんて居なかった。
俺がみちるちゃんと言う名前を覚えていなかった上に、女の子と男の子を間違えていたのだ。
見つからないわけである。
「あ!いっくん!
え!誠也くんも!
どうしたの!?
知り合いなの?」
僕はみちるちゃんに対して、いた堪れない気持ちで一杯だった。
挨拶だけして、先生に任せることにする。
彼女になにを言う資格はないのだ、俺は。
「久しぶりみちるちゃん。
僕が先生になったから、先生の先生に挨拶しに来たんだ。」
「そうなんだ、じゃあたまに二人とも来るのね!
よろしくね、誠也くん!」
「うん。」
情けなさに口がカラカラに乾く。
◆
「園児だったなら、舌ったらずだったのかもしれないから、仕方ないよ。」
帰り道、二人で歩いて居る時に先生がそう慰めてくれた。
「先生、お爺さんが先生の先生だってわかったなら、みつるくんがみちるちゃんだって、分かったんじゃない?」
「いや、何歳かまでは知らなかったから、弟とか居るかもしれないじゃない。」
たしかに。
密かな八つ当たりも失敗に終わって、更にいた堪れない気持ちは増した。
「あれかも。」
「なに?」
「俺、パラレルワールドに迷い込んだのかも。
向こうではみちるちゃんはみつるくんで、みつるくんは男の子だったの…かも。」
「…中々やるね、良い言い訳だ。
考察の余地はあるから、いつもの公園でジュースでも飲んで行こうか。」
謎に褒められたが、自分では納得していない。
その日寝るまで、複雑な気持ちは消えることはなかった。
その日飲んだコーラは、小さい頃に飲んだものと、全く同じ味だった。




