鬼 裏
鬼は人に紛れ、人になりきり、少しずつ人を攫い食うとか。
俺もきっと鬼なんだろうか。
でなければ、おかしい。
人を食べたいと思ったことはないけれど、いつかそうなるのかもしれない。
子供の頃、先生と会うよりも前。
俺はテレビで流れている物事には台本があると知った。
それで、父と母の台本が見つからないかと家の中を探し回った事がある。
皆、生まれながらに台本を貰っていて、自分だけが何かの手違いでそれを受け取れていないんだと思った。
どこか、疎外感というか不安感というか、人と話していると、自分だけ正解を話していない気分で生きて来たからだ。
◆
「オッケー。
今日はここまでにしとこか。
今日も誠也は天才やったな。
ボクには劣るけど。
そのまま頑張りなさい。」
フィッツさんはレッスンおわりに、いつもこう言う。
ある時、その定型分に疑問が湧いて聞いてみた事があった。
「フィッツさん、なんでいつも俺を天才っていうのさ。
褒め言葉の様で、褒めてはないよね、それ。
外国人だから日本語の機微に疎い感じ?」
「うん、褒めてはないな。
褒めてはないけど、天才で居ってくれとは思ってるよ。
あのな、誠也。
天才いうんは病気やで。
人と違う事を病気扱いするやろ?
それと同じ、天才っていう病気や。
だから、成長するに従って病気は治ったりマイルドになって、段々と普通の人に成り下がっていくんや。
フィッツさんは世にも珍しい天才のまま大人になったから、他のヤツの事、よく分かる。
アイツらは責任を果たさず逃げ負ったアホ共や。」
いつも明るいフィッツさんの顔が曇った。
けれど、俺にはフィッツさんの言っている意味が分からなかった。
「どういう事?」
「あ?
…あー。
天才っていうのはな、孤独なもんや。
理解して貰わへんのよ。
凡人の、人間にはな。
寂しいやろ?横に並ぶ人がおらんというのは。
だから、とても凄い凡人に成り下がんねんなぁ。
理解してもらおうとして。
共感を欲しがってしまうからな。
でも、それは神さんから貰った才能を捨ててるってことや。
本来、神さんがそいつに託したのは、凡人に背中を見せるってことやねん。
お手本を見せて、ついて来させるためよ。
だけど、寂しいからって、勝手に、その役目を棄ててる。
隣に立っても誰の役にも立たへん人もどきになるだけやのに。
アホや、アイツらみんな。
お陰で、ボクら天才は余計に孤独になるやんか。
それはいいんやけども。
同じ天才いうても同じ道を歩いてるわけじゃあないからな。
遠くに見えるだけや。
あー、まだ天才やってはるわって。
それだけでも嬉しいもんやん。
はぁー。
ボクが売れたのは偶然や。
本当なら、才能を炸裂させて、誠実に野垂れ死んでもおかしくなかった。
時代か、見る目がある人が偶然ボクを見つけてくれたからってだけやんな。
どちらにせよ、ボクはボクの才能に責任を持っとる。
だから誠也も誠也の才能に責任を持ってくれ。
ボクが言いたいのはそういう話やねん。」
いつもヘラヘラしていて、妻と娘に少し鬱陶しがられている、陽気な外国人。
だけど、舞台の上では寒気がするほどの演奏をする。
そんなフィッツさんの演奏家としての凄さは知っていたけれど、演奏家としての本音を聞いたのは、多分これが初めてだった。
「俺は…独りは嫌だな。
小さい頃からずっと、なんというか、独りだと思って生きて来たから。」
そう口に出したが、俺は多分、ずっと孤独だとも思う。
ラジオでいうと、トランジスタとスピーカーがぶっ壊れている。
それも自覚している。
誰の言葉もきちんと受け止められず、上手く返す事が出来ない。
劣等感が身体に根を生やし、花が咲いてしまいそうだ。
「お前は…んー、寂しい天才やけど、寂しさを感じる所がへぼいから、何とかなるやろ。
それに、ヴァイオリンでは饒舌やで。
いい傾向や。
お前のよく分からん感受性では上手い事伝えられん事も、ヴァイオリンを通してならなんとかなるんやろ。
多分、お前にヴァイオリンを教えてくれた先生とやらが、お前の事を思ってそういう風に教えてくれたんやろうなぁ。
自分だけじゃ足りないものだらけなら、外付けのなんかで代用したらいいってさ。
良かったな。
お前の足りないパーツを見つけて取り付けてくれる人がいて。」
先生が俺にそうしてくれたのかは、俺の感度の悪い心では分からない。
けれどもしそうなら、やっぱりもう一度会いたいなと、そう思った。
「…フィッツさんの説明だとさ、俺は元々人もどきで、他所から素材を貼り付けて人間と言い張る悲しいモンスターみたいじゃない?」
「まぁ、似た様なもんやろ。
フランケンシュタインとか、親近感湧くんやない?
あはは。」
先生は人に成り変わる生き物を鬼と呼んだ。
今の先生、フィッツさんは同じ物をフランケンシュタインと呼んでいる。
その辺はやっぱり、人種の違いかな。




