髪の毛 裏
「いやだ!辞めてくれ!
これで終わりになるかも知れないんだぞ!
警察!警察を呼んでくれ!」
「良いけどいっくん、警察が来たら別の理由で取り調べられちゃうよ。」
あの時、俺が小学生の時に、必死で抵抗した先生を抑えながら採取した髪の毛が、今でも小瓶の中に入っている。
暴れるものだから想定よりも大分「イッて」しまったのを思い出すと、今でも笑ってしまう。
髪の毛というものは意外と丈夫で長く変わらない物らしく、切った当時と変わらない。
髪の毛に関する呪いは多い。
もちろん個人を追跡する様なものも豊富だが、在庫が限られてるので、燃やして煙を追うだとかの消費が多い手段は採用できない。
音大のクラスメイトでダウジングの件にお世話になったオカルトマニアの女の子に協力を仰ぎ、まずはミサンガ的なものに織り込む事にした。
再会のお守りだ。
手始めとしては無難なところだろう。
「天然物の麻紐と、天然染の刺繍糸を使って作りましょう。
元の中南米で作られている製法と近い方がいいと思うから。
フレンドシップブレスレットなんて呼ばれたりしているから、縁を繋ぐのには適している筈。」
派手になりすぎない様に、青系統と緑系統と黒く染められた紐をちまちまと編む。
信じきっているわけでもないが、一応儀式的な手順は則っておきたい。
本来なら他人の髪の毛を触らせるのはどうかと思うが、彼女にも作成をお願いし、俺が作ったものと、彼女が作ったもの、二つを重ねて着けようかとなった。
個人の念を信じるか、儀式を信じるか、そんなところだ。
紋様にも意味はあるらしく、彼女は縁結びの編み方をしてくれているらしい。
俺は初挑戦というのもあるので、ベーシックな編み方しか出来ないが。
「こういうのは、意味よりも念じるというかさ、想いの強さの方が大事なわけ。
だから頑張って編んでね。」
「ありがとう。」
「え、あ、うん。」
そういえば最近知ったのだが、彼女の名前は夜というらしい。
沈黙が苦手な方ではないが、あまり親しくもない異性と無言でいる彼女がかわいそうなので、敢えて珍しい名前だねと話題に出した。
「夜って、暗い印象があるでしょう?
これでも、ママと祖父母が猛抗議して漢字の名前になっただけ、良かった方なのよ。
ウチのパパはクラシックの指揮者でね、自分の好きな曲から娘の名前の名前を取ろうと思ったみたいなんだけど…。」
ノクターン。
翻訳時に夜想曲とされるが、そもそもラテン語で、そのまま夜という意味らしい。
ショパンなんかが多く作曲しているので、どれかは聞いた事があるのではないだろうか。
「だからパパだけ私の事をノクたんって呼ぶの。
ちょっと恥ずかしいけどね。」
「ふぅん。
俺も好きだよ、ノクターン。
ベートーヴェンの月光とかは厳密には違うけれど、まぁそういうのも好きかな。
生徒を口説く為に作った曲だっていうから、逸話を聞いちゃうとアレだけど、曲の美しさには関係ないよね。」
「もう一度言って。」
「ん?曲の美しさには関係ないよね?」
「もっと前。」
「俺もノクターンが好き?」
「うふふ。
さ、出来ました。
付けてみて。」
「ありがと。
ちょっと待って、俺ももう少しだから。」
自作の物も完成し、普段の演奏に邪魔にならない様に足首に固く結びつけた。
自作品は糸の色の具合かあまりセンスがいいとは言えないが、夜が作った物はグラデーションが模様に組み込まれていて綺麗な物だった。
自分と先生の髪を入れた物を自作と夜作の2本をまとめて着けたが、机にはもう1本ミサンガがある。
「あれ、俺が1本作る間に2本作ったの?」
「そう、すごいでしょ。
紋様を変えてあるから、そっちも付けておいたらいいよ。」
すごい。
音大生という手先を使う仕事に就こうとしている俺だって器用さには自信があったし、シンプルな編み方なのでそんなに時間がかかっていなかった筈だが、その間に2本、しかもまるで前日から用意しておいたかの様に綺麗で複雑な編み目で。
「紋様の意味を教えてよ。」
「先につけた方は離れても再会できます様にっていう、今回の趣旨にあっているもの。
後につけた方は…えーと、縁結び。
その人と深い仲になれます様にって。
遠い意味ではないし、強い願いだから効くかなって。」
「そうなんだ。
ありがとう、夜。
ダウジングは上手くいかなかったけど、こっちは上手くいくと良いなぁ。」
「そうね、本当にそう。」
長い髪をかきあげながら笑う夜に、何故だが少しだけ怖い雰囲気を感じた。
そういえば、夜、髪切った?




