髪の毛
「随分と伸びて来たね。
学校の校則とかに引っかからないの?」
或る日俺が先生に貰ったヴァイオリンを教則本を見ながらギコギコやっていると、後ろから急に話しかけられた。
その時俺は安定して長い音を出すのに集中していたので、びっくりして振り向いたが、そこには見慣れた顔があった。
「いいんだ。
髪型は自由なんだって。」
「たしかに小学生の頃は気にした事なかったかもなぁ。
そういえば。」
言われると気になるもので、急に邪魔に思えて来た。
頭を振ると視界に髪の毛が入ってくる。
母親は美容師で、男性のヘアスタイルを様々見ているからか、髪が多少長かろうとそんなに気にはならない様だ。
俺のヘアカットも母親がやってくれるのだが、次切るタイミングを遅らせたいのか、頼んだ長さよりも大分短くされるので、最近は頼むのが嫌になってきている。
「髪を目にかけてると色々ダメなんだよ?
目も悪くなるし、お化けもみえるんだって。」
ピントが前後に動くから疲労が溜まるとかなんとか色々理由は付けられてはいる。
しかし、実は、目が悪くなるというのは迷信だとか。
もう一つは初めて聞く話だ。
霊が見える様になる方法は、いくつか知識として聞いた事はある。
例えば、神社に生えている御神木の柏の葉で目を擦るなんかは有名な話だろう。
先生と試してみた事はあるが、毒毛虫を警戒してよく洗ったのが良くなかったのか、視界に変化があるという事はなかった。
「髪って、ほら、髪は女の命とか言うし、身代わりに神社に納めたりとかするくらい本人の大切なものが宿っているんだって。
怪物に付き纏われたりした時に身代わりにしたりする昔話もあるしね。
わら人形に呪いたい相手の髪の毛を入れるのもそういう理由らしいよ。」
学校の授業で第二次世界大戦を扱ったビデオを見た時に、恋人の髪の毛をお守りに入れて戦地へ行くエピソードが出て来たりもした。
力士は髷を落として引退するし、武士は戦地で遺体を持ち帰れない場合は髪を切り取り遺髪として持ち帰ったとか。
魂が宿るものとしての性格が強いのが髪の毛。
「ね、そんなものをフィルターにしてるんだから、あの世の向こう側も見えるかも知れないよね。」
「じゃあなんでお坊さんはスキンヘッドなの。」
「ん?」
「一番魂を感じなきゃいけないのに。」
「えーっと…。
煩悩を捨てる為に髪を剃るらしいけど、それ以上は知らないから今度聞いておくよ。
同じクラスにお寺の子がいるから。
…それでね?
誠也くんの髪の毛を少し分けて欲しいんだけど、いいかな。」
「いいよ。」
切り取られた髪は、小さな瓶に入れられていたのを覚えている。
聞けば、おまじないの一つらしく、離れ離れになりたくない相手の髪の毛を大切に保管しておくと、将来別れることにならないとか。
実に女の子らしいおまじないだと思った。
「いっくんにも分けてもらったら?
髪が細いから、ハゲるのを気にしているけど、それなら尚更あるうちに貰わないとね!」
「うん、そうする。
ありがとう、はなちゃん。」
はなちゃんは先生の幼馴染で、よく一緒に居る姿を見る。
先生が何かで来られない時なんかは一人でやって来ては、こうやって相手をしてくれることがあった。
毎回なにかのお菓子を持って来てくれて、それを三人で食べる時間が俺は好きだった。
俺はグミとかハイチュウのブドウ味が好きで選んでいたので、いつからかブドウ味を混ぜてくれるようにしてくれる、優しい女性だ。
はなちゃん曰く、自身は冒険者らしく、新発売を試すのが楽しいらしい。
先生は昔からある酢昆布みたいなものをよく食べていた。
一口貰ったが、小学生の俺にはまだ早かったので、その頃はあまり美味しいとは思わなかったが、今は酒のアテに丁度いい。
いまだに懐かしさがあって、見かけたら購入してしまう。
少し経ってから知ったのだが、先生は別に昆布が好きとかそういうわけではなかったらしい。
それでも酢昆布ばっかり食べていた理由は、元々甘いものが苦手なことと、もう一つ「効く」という迷信を信じて食べ続けていたと、後にはなちゃんから聞いた。
ある日、新聞に日曜日だけ付いてくるおまけの子供新聞の特集が、迷信というオカルトに繋がる内容だったので先生へ持っていったことがある。
迷信。
信じられているもので、合理的な根拠がないものである。
例えば、黒猫が前を横切ると不幸が起こる。
例えば、しゃっくりを100回繰り返すと死ぬ。
例えば、酢を飲むと身体が柔らかくなる。
例えば、海藻を食べると髪が生えてくる。
迷信。
合理的な根拠がないもの。
その日から、先生が酢昆布を食べている姿を見る事は二度と無かった。




