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龍 裏

「動物園に行きたいんだけど、上野の方に詳しい?」


誠也くんからそんな事を言われたものだから、頷くしかなかった。

正直言って全然上野には詳しくない。


たまに美術館に行くくらいだ。

だけど、誠也くんの目的は動物園。

美術館の裏手にあるし、案内くらいは出来るだろう。


なにより、二人で動物園に行くなんてイベントを見過ごす訳にはいかない。


ごめんねパパ。

私は例え親の葬式でも行く女に育ちました。


だって私は恋をしているのだから。

二人で動物園、勝ったも同然。


ふはは。


気合いを!

気合いを入れるのよ私!


んー!パパに服買ってもらわなきゃ!


◆


どうしても生きているラクダを見たくなった。


いつだったか先生が連れて行ってくれた動物園では、ラクダは死んで標本にされていたので、なんだか切なかった。


日本一の来場者数となった事のある動物園。

あそこには居なかったが、日本一の規模の動物園には居るだろうと思った。


幼少期からの龍への不信感は根が深い。

モチーフとして扱われることが多い龍を、偏見から格好悪い生き物だと思い込んでいるのを払拭しないと、音楽家人生に関わるって。


本当に、龍が出てくる事がが多い事多い事。


フィッツさんの家は渋谷にあり、そこから練馬の学校までの道のり以外はてんで覚えられていない。


どうなってんだ渋谷駅。


行くたびに中が変わっている気がする。

不思議なダンジョンかと思う。


なので東京に出て来て以来、それ以外にはあまり行った事がない。

大体は渋谷で事足りるし、音楽系道具の買い物なんかは、メーカーから直接販売員がフィッツさんの家へとやって来るので問題はなかった。


上野駅へ行く方法を調べはしたのだが、ちょっと俺には一人では無理だと判断して、誰かに頼る事にした。


あきらは言葉のイントネーションから明らかにこちらで生まれ育っていないし、動物を見て可愛いと言っている姿を想像できない。


友達の少ない俺には東京出身の知り合いが一人しかいないので、占いが好きな同級生の女の子を頼る事になった。


お互い渋谷が最寄駅という事で無難に、ベタなハチ公の所で待ち合わせである。


「やっほー。」


朗らかに手を振る彼女。

その姿を見た俺は想定外の事態に慌てた。


別に彼女の服装がダサいとかそういう訳ではない。

あまり関心が無いので評価不能だが、多分むしろおしゃれな方なんだと思う。

だけれど、その服装には参ってしまう。


いやぁ、侮っていたよ。

フィッツさんもだし、音大に来るようなお嬢様というものをナメていた。


フィッツさんの家は広尾にある。

世界的ヴァイオリン弾きが稼いだ金額など知りはしないが、その大きさには納得が行く。


一緒に出かけた際、帰りに送って行った彼女の家は、世界的ヴァイオリン弾きの家よりデカかった。


何をやっている家なのかとか、そんな野暮な話はしていないが誘われても入って行く気がしなかったくらいには。


フィッツさんの財力は俺には理解出来ない。

アリがゾウの視界を想像する様な物だと思う。


フィッツさん同様奥さんも俺を可愛がってくれているので、二人は俺にお金を使うのをなんとも思っていない節がある。


「入学式くらいバシッと決めてや。

ボクの弟子やろ。


ほら、スーツ買いにいくで。

ハニー、どこがええと思う?」


それで連れて行かれたサンローランはもう、なんというか、トラウマだ。

絨毯の床を擦り切れたコンバースで歩きたくはない。


二度と。


なんでも鑑定団の値段発表くらい0が多いスーツを与えられ、震えながら袖を通した。

お陰で入学式の記憶は無い。


汚さないことしか考えられなかった。


待ち合わせに現れた彼女は、そのトラウマを蘇らせた。


観察しなくても高級品だとわかる、カバン、靴、時計。

そして極め付けはデニムジャケットと白いワンピース。

遠目からは分からなかったが、近くに寄って観察してみると、沢山のLとVの文字で埋め尽くされていた。


…総額いくらすんだ…?


サンローランのハンマープライスが蘇る。


そんな服着て確実に汚れる、獣の匂いしかしない動物園などに行ける神経を庶民の俺は持ち合わせてない。


そこらのカフェですら、俺は向かいでナポリタンとか食べられない。


足りない知識を総動員して、動物園以外へ行く道を考えるも汚れを気にせず楽しめる場所などなにも浮かばない。

ウキウキしている彼女はよっぽど動物園が好きなのだろう。

それを俺の庶民さで邪魔するのもどうかと思ってしまう。


「今日の服かわいいね。」


これが限界だ。

あきらから習った京都の皮肉。


「そんなものお召して、どこに行きはるの。」


それをたっぷり込めたつもりだが、残念ながら通じなかった。


「え〜ありがと〜。」


それはそうか。

彼女の感覚ではただのオシャレ服なのだから。


…こうなったら俺が気を遣って動くしかない。

こんな服で電車や地下鉄は論外だ。


タクシーで動物園へ行くしかない。

片道5000円。


あぁ、痛い。

1日分のバイト代が吹っ飛んでいく。


園内も気が気じゃなかった。

そしてラクダは居なかった。

大島公園の方にいるらしい。


すごく疲れた。


帰りも当然5000円。


あぁあぁ、痛い。


思い返せば、龍の鱗はその一枚で財を築けるらしい。

そりゃあ畏怖もするわ。

ヴィトンより高い服着てる様なもんだもの。


これから尊敬を込めて弾かせて頂こうかな。

龍をモチーフとした曲を。


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