神社 裏
大学生になったある日、行きつけの中古レコード屋でCDを漁っている時に、店主からこんな物を見つけたと渡されたDVD。
その個人制作の面白くなさそうな、マイナー映画。
俺はその映画を知っていた。
というか、参加した記憶がある。
「誠也ちゃんの名前が出てたのよ。
劇伴マニアのアタシじゃなかったら気が付かなかったね。」
そうだ、劇伴。
俺の脳に沈澱した記憶が、男だから女だかよく分からないレコード屋の店長の言葉で浮かび上がった。
◆
冬の公園は何もかも真っ白だ。
公園の遊具は撤去されているし、雪の重みで落ちそうな東屋の屋根も取り外されている。
木は筵に巻かれ、中央にある池の大半は凍りついている。
スケーター達がたむろしている橋の下辺りは、市中で除雪機で集めた雪を置く場所になっているので、人が入れる状況ではない。
簡単にいえば、通り道以外の機能が全て無くなってしまう。
そんな状況を探している人達もいるらしく、先生に誘われて映画の撮影を見学していた。
人通りの少ない一面の銀世界は、物悲しいシーンを撮るのに適しているだとかを監督さんは言っていたが、俺にとってはいつもの公園にいつもの雪が積もっているだけなので、寒い中で薄着の女の人を気の毒に思うくらいしか感想はなかった。
監督さんは先生の高校時代の同級生らしい。
今は美術系の学生で、プロの映画監督になるべくコンペ用の作品を撮り続けている日々なのだとか。
先生が俺を連れてきたのは物珍しいイベントがあるから行ってみようかと、そんな様なことかと思っていたのだが、実はこの作品に先生も関わっているらしく、その手伝いを俺に頼みたいとの事だった。
「劇伴って分かるかな。
映画とか舞台とかで流れている音楽があるだろう?
あれを僕が作っているのさ。
バイト代を貰ってね。」
プロが作る物ほど、制作期間に余裕があるスケジュールではないので、先生は場面を直接見て雰囲気をつかみ、すぐに曲を書く為にここにやって来たのだ。
「それでね、まぁ、ここだけ見たら寒そうな女の人が根性で立ってる様にしか思えないかもしれないけれど、不安な気持ちを抽象的に表現しているシーンなんだよ、コレ。
んでね、メロは出来てて、オケもある程度録ってあるんだけどさ、同じ人が演奏して重ねても安定しちゃうんだ。
ほら、僕は上手だから。
誠也もヴァイオリン弾いてよ。
シーンは観てたでしょ?
後で音源渡すから、ここで使われるんだって思いながら聴いて自分の物にしておいてね。」
俺は小学生に無茶を言うな、と思った。
先生から預かった音源を聴いていると、想像していた曲ちと全く違うのに驚いた。
当時あまり劇の伴奏を理解していなかった俺は、会話の邪魔をしない様に、会話のペースに合わせた曲を選択するものだと思っていたのだがら実際は違うらしい。
会話とビタっと合う音は気持ちがいいが、セリフと合わせすぎると妙に曲が目立ってしまうらしい。
「目に見えない雰囲気に、輪郭を与えるし仕事。
それが劇伴ってやつなのさ。
頑張って掴んでおくれよ。」
曲が目立ち、没入感が失われてしまうのは良くない。
最低限は演者の空気感に合わせる事。
理想は観ている人の感情に合わせる事。
「だから、本当は誠也にも通しで見て欲しいんだけどさ…あんまり子供向けではないというかね…。
幸い今回欲しい音は、ある意味でのチグハグさだから誠也が詳しく知る必要はないんだ。
僕の演奏について来て欲しいのさ。
誠也の技術だと、まだヨチヨチ付いてくるのが精一杯だろうと思う。
それは分かるね?」
「うん。
修行不足だと思う。」
「…武道家みたいに言うね…。
まぁ、悪く言っているわけではないけどね。
そのヨチヨチ加減が、誠也は気持ち悪くて最高なんだから。」
先生曰く、俺のヨチヨチは間違っていない音が、ほんの少しだけ変なタイミングで鳴るから、違和感の塊なんだそうな。
連れられていったとんでもなくタバコ臭いほぼ喫煙所の様なスタジオ。
そこで俺と先生は何回も何回も演奏をした。
よく分からないままに収録は進んでいき、結局音楽がどうなったのかも分からないままに劇伴は完成した。
「映画の完成までしばらくかかるそうだから、出来上がったらソフトをくれるってさ。」
バイト代として5000円を貰って、それでその映画のことはすっかりと忘れていた。
先生がいなくなったので接点も消えてしまったのもある。
◆
手元にあるDVD。
調べてみると検索に引っかかった。
腰が抜ける程売れず、風邪をひいてしまいそうなほど評価されなかったらしい。
しかし国際コンペに出品していたので、有象無象をまとめてソフト化した、短編集の中の一つらしい。
無駄にレアで少し高買ったが購入したコレを見てみようと、大学の談話室へとやって来た。
正直、完全に怖いもの見たさだ。
映画自体は足の爪が吹き飛びそうな程面白くなかった。
劇伴は確かに、当時先生が言っていた通りにちょうど良く気持ち悪く仕上がっていた。
コードだけはあっているが、明らかにフラフラとリズムが狂い、先生が弾く主旋律の音符の周りをフラフラと漂うハエの様な演奏。
コレでも当時は一生懸命だった。
今となれば、聞けば聞くほど恥ずかしいけれども。
それでも先生との共演が残っている唯一のものかもしれないと思うと感慨深い。
ひどい映画のひどいシーンなのにも関わらず、俺は涙を止められなかった。
懐かしさなのか、それとも嬉しかったのかは、分からないまま。
ボロボロと泣きながら同じ場面を繰り返して真剣に聴いていると、個室の談話室のドアがノックされた。
振り返ると、あきらがドアを開けた所で固まっていた。
窓から俺が見えて声を掛けようとでも思ったのだろう。
んで、いざ入ったら俺が泣いているから困っていると、そんな所だろう。
「どしたん、話聞こか。」
「いや、映画を見ていただけ…。」
「そんなおもろいん?
誠也が泣くなんて相当やろ。」
「いや…大分クソ映画だよ。」
「嘘つけ、隠すなや。
これ見て泣いてたんを知られるのんが恥ずかしいんやろ。」
近からずも遠からずと言ったところだ。
人に薦めて楽しんでもらえる筈のない稚拙な映画なので、本当にクソなのだと何度も説明をしたが納得しなかった。
余りにも詰められたので、渋々、期待がブチ上がっているあきらと共にもう一度一緒に見ることになった。
「真剣に見るから喋んなや。
ネタバレしたら殺すからな。」
そんな勇んでも、バレるネタもないんだよ。
本当に。
伏線は機能してないし、ストーリーも破綻しているんだもん。
あぁ、また涙が出そうになる。
俺以外には何も刺さらないクソ映画だが、俺には刺さる。
かっこ悪い。
俺の感情を説明しないと、クソ映画愛好家みたいに映るだろう。
そう思ってあきらの方をバレない様に横目で見ると、あきらはやはり真顔だった。
次に見た時は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
だから言ったのに。




