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常世神話譚 ー夜姫と最高神の千年恋譚ー   作者: 福山蓮
【第一部 星を見上げる少女】
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【第8話】 孤高の光と、まだ名のない棘


 常世の東に連なる、高い山脈。


 隆起した岩肌は、大自然の猛々しさを訴えるように、そこに在る。


 ひときわ濃い神気が漂う、その最も高い峰。

 白亜の宮が、威を誇るでもなく静かに佇んでいた。


 その中で、一柱の神が朝の気配を纏い、立っている。


 衣は纏わず、

 冷たい風だけが肌を撫でる。


 鍛え上げられた胸板。

 しなやかな腕。

 引き締まった腹部から伸びる長い脚は、大理石の彫像のようだった。


 ここでは、何を隠す必要もない。


 まだ薄く夜が残る空を背に、

 琥珀の瞳が静かに世界を見下ろした。


 天照の朝は、常に世界より先に来る。


 世界が眠る間に、

 光は彼だけを起こしに来る。


 白亜の太陽宮。

 その最奥にある玉座へ向かうのは、義務ではない。


 癖に近い。


 数日、力を抜こうとも、

 常世を千年支え続けた加護は揺るがない。


 太陽が沈まぬ限り、

 世界は動き続ける。


 それでも、天照は日の出に立ち会う。


 常世の下で巡る、人の世界。


 晴れの日も。

 雨が降る日も。

 雪が積もる季節も。


 百年。

 二百年。

 三百年。

 五百年――。


 幾つもの景色を、その琥珀の瞳に焼き付けてきた。


 人のため――

 光は、そこにあり続けなければならない。


 人と神は違う生き物。

 余計な干渉など、必要ない。


 だが、人間は面白い。


 たった百年足らずで、一つの物語を完結させる。

 忙しなく動き、争い、すぐに愛し、すぐに泣く。


(須佐男に似ている……)


 そこまで考え、すぐに否定した。


(いや、人間のほうがまだ考えて動く。

 あれは思考が常に停止している。

 何かの間違いで神格を持った猿だ)


 共には暮らせない。


 ただ、迷えば光を落とし、

 祈りがあれば救いを与える。


 それで充分だった。



 太陽宮の最奥。


 視線ひとつで世界を掌握できる、孤独の間。


 天照は、その中心に立っていた。


 この部屋へ他の神を招き入れることは、ほとんどない。

 可能であれば、誰にも見られたくはない。


 ――静寂。


 深く息を吸い、

 神力を一瞬だけ解き放つ。


 地の底で眠っていた光が、一斉に持ち上がった。


 朝が、世界へ押し寄せる。


 鳥がさえずり、

 風が柔らかな温度を帯びていく。


 大地に満ちる祈りが、歓喜に震える。


 このひとときが、

 天照は好きだった。


 眼下に広がる大地へ向け、

 ふっと口元を柔らげる。


 世界は歓喜に満ちている。


 けれど、その歓喜を分かち合う者は、

 この部屋にはいない。


 生まれながらに突出した神格。


 孤高は宿命であり、

 罰でもある。


 世界を朝にするこの瞬間だけは、

 持て余すほどの神力に、どうしようもない侘しさを覚える。


 力が、あと少し弱ければ。


 普通の神々のように、

 誰かと笑えていただろうか。


 くだらないと知りながら、

 そんな問いが脳裏をよぎる。


 ふいに、

 銀髪と灰青の瞳が浮かんだ。


 幼い、己の“対”。


 ――すぐに切り捨てた。


 天照は短く嘆息すると、

 琥珀の瞳を大きく見開き、肩を大袈裟に回した。


 背筋を伸ばし、

 子どものように声を張り上げる。


「さーーーーて!

 今日は何をして過ごすか!!」


 太陽の王は、飾り気のない白亜の宮を勢いよく歩き出した。


 光の歩幅で回廊を進む。


 なお、途中で使い神たちに取り囲まれ、

 数柱がかりで慌てて衣を着せられた。


 誰にも合わせて生きてきたことはない。

 誰かと歩み寄る必要もない。


 そう信じてきた胸に、

 僅かな棘が刺さったような朝。


 今日も、世界は彼を祝福している。


 天照は意気揚々と、

 太陽宮を後にした。



 ――天照は知らない。


 その小さな棘が、

 やがて己の心臓を貫くことを。



 ✦ ✦ ✦



 朝の日差しが、強さを増す頃。


 一陣の光となり、

 天照は界降地区の大広場へ降り立った。


 ここは――


 戦神。

 憤怒神。

 嵐神。

 力神。


 通称、脳筋神の巣窟。


 力こそ正義。

 礼儀も肩書きも関係ない。


 だが天照は、ここが嫌いではなかった。


 媚びられることも、

 祀られることもない。


 ただ、

 己のままにぶつかり合える。


(この場所だけは……)


 僅かに目を細める。


(光で作られた檻から、解放される)


 その瞬間――轟音。


 巨大な鉄球が風を裂き、

 天照の髪先を掠めた。


 背後の岩壁へ突き刺さり、

 辺り一帯へ亀裂が走る。


 天照はゆっくりと振り返り、

 口元だけで笑った。


須佐男スサノオか……」


「うおおおお~~!

 やっぱ避けたぁ!

 サイコーだな、太陽神ッ!!」


 須佐男は岩壁へ拳を叩き込み、

 鉄球から伸びた鎖を掴む。


 ひび割れた岩ごと、

 巨大な鉄球を引き抜いた。


「兄弟!

 今日こそ、その完璧なツラに傷をつけさせろや!

 まあ、俺のほうがカッコいいけど?」


 理不尽で、

 騒がしくて。


 だけど――心地いい。


 天照は鉄球のもとへ瞬時に跳び、

 その巨塊を片手で肩へ担ぎ上げた。


「須佐男!

 てめぇ、朝から“タスケ”かよ!」


 満面のガチ笑顔。


 須佐男は、

 その“本当の天照”を見逃さない。


「なんだよ、アマちゃん。

 今日はイケる日か!?」


 天照は、ニッと唇を上げた。


「――ああ」


 担いだ鉄球が肩へ触れた瞬間、

 赤熱し、眩い光を帯びる。


 須佐男は嵐を纏い、

 歓喜に吠えた。


「ひゃっはーー!

 燃える!

 最高だ、兄弟ッ!!」


 天照が鉄球を放つ。


 赤熱した巨塊が光線となり、

 須佐男の嵐と空中で激突した。


 爆ぜる衝撃波。


 地が揺れる。

 空が震える。


 戦神たちが、一斉に歓声を上げた。


 天照は、肩に掛けられていた上衣を乱暴に脱ぎ捨てる。


 露わになった背。

 鍛え抜かれた肩。


 汗が光の粒となり、

 肌の上を滑り落ちていく。


 須佐男は、喉の奥で愉快そうに笑った。


(こいつ……

 どこまで眩しくなれば気が済む)


 天照が叫ぶ。


「須佐男!

 今日は――とことん付き合うぜ!」


「来いッ、天照!」


 鉄球が唸る。

 嵐が吠える。


 太陽が、笑う。


 全能の神であることを忘れ、

 ただの男同士として拳を交わせる、数少ない刻。


 それは彼にとって、

 あまりにも短く。


 あまりにも眩しい――


 束の間の青春だった。



 ※タスケ:ドッジボール的なもの(鉄球版)

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

よろしければ、ブックマークして続きをお待ちいただけると嬉しいです。

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